新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 拾七 夢・・物・語  その2

 ~ 女心とやけえびちゅ ~ (タイトル命名 Y.Bさん)


 「碇君」

 「え? なに、綾波?」

 「碇君にお願いがあるの……二つ……」

 「僕に? 別にいいけど、何かな? 僕にできる事?」

 「ええ、碇君じゃなきゃだめなの」

 「? なに?」

 「私の事、レイって呼んで欲しいの」

 「え!? ど、どうして……」

 「そう呼んでもらえると嬉しいから…………だめ?」

 「そ、そんな事はないけど……」

 「そう、良かった」

 「え、えーと、それで綾波、もう一つのお願いって……」

 「…………」 くすん

 「あ! ご、ごめん。あの……レ、レイ

 「何、碇君?」 にこっ

 「だから……その……もう一つのお願いって何かな?」

 「碇君に、私を幸せにして欲しいの」

 「へ? 幸せって?」

 「私の幸せは、碇君と一緒になる事

 「え? え? え?」

 「だめなの? 私を幸せにしてくれないの? 碇君、お願い……」

 「あ、あの……。う、うん、僕で……いいのなら……」

 「ありがとう碇君!」 だきっ

 「レイ……」



 だめーーーーーーっ!!



 はっ!?



 「…………な……な~んだ、夢オチか……良かった……ん? 何がいいのよ?
 シンジが誰とくっつこうが私には関係の無い事じゃないのよ。なのに、何でこんな
 に安心してるのよ……。なんか腹立つわね。

 これもみんな、ファーストが悪いのよ。勝手に私の夢の中に出てくる事自体腹立つ
 のに、シンジ相手にバカな事言っちゃって。シンジが名前で呼ぶのは私だけなん
 だから。シンジを名前で呼ぶのも私だけ。そこんとこ分かってんのかしら?
 まったく……。

 ん? なに、まだこんな時間じゃないのよ。せっかくの日曜だってーのに、朝から
 ファーストが夢に出てくるわ、こんな時間に目が覚めるわ、最悪ねまったく。

 そうだ。こんな最悪の気分の時は、加持さんとデートするのが一番ね。ちょっと
 時間が早いけど、モーニングコールしちゃお~っと」


 ピ ピ ピ ピ


 『んふふ、どっこに連れてってもらおっかな~♪』


 カチャ


 「ふぁ~~~い。一体誰よ、こんな朝早くから?」

 な!? ミ、ミサト!? な、なんでミサトが加持さんの家に
 いるのよ!?」

 「え、アスカ? ……え……あっ!!


 ガチャッ


 ミサトは慌てて電話を切る。一人呆然としていたアスカは、身体を震わせ、携帯に
 ヒビが入るほど握り絞めていた。


 そして……


 なんでミサトが加持さんちにいる
 のよーーーっ!!!

 そう叫んで、携帯を壁に力一杯叩き付けた。そして、手当たり次第、目に付く物に
 八つ当たりを始めた。さらに、何を思ったのかキッチンに駆け込み、ミサトのビール
 を取り出し、一気に飲み始めた。

 いわゆる、『飲まなきゃやってなれない』状態になってしまった。


 その騒ぎを聞きつけ、シンジがキッチンまでやって来る。

 「ふぁ~~~どうしたのアスカ? こんな朝早くから……」

 「何よバカシンジ! 文句あるっての!?」 ギロッ

 「うっ……」

 アスカに睨まれて、シンジは瞬時に悟った。

 『このアスカは危険だ』と。

 迂闊な事を言えば、間違いなくボコボコにされてしまう。しかし、背を向け、自分
 の部屋に帰ろうとしても結果は同じである。何とかアスカをなだめようと、シンジ
 は慎重に言葉を選んだ。

 「え、えーとアスカ、何があったのか知らないけど、ビールなんか飲んじゃ身体に
 悪いよ。それに、ミサトさんに怒られるかも……」

 しかし、今のアスカに『ミサト』という言葉は禁句だった。シンジは、よりにも
 よって最も言ってはいけない人物の名を出してしまった。

 「ミサトーーー? ミサトがどーしたってのよ? あんな女の事なん
 て放っときゃいいのよ! あんな女なんか!!

 「ちょ、ちょっとアスカどうしたんだよ? ミサトさん、もう帰ってきてるだろう
 し、聞こえちゃうよ」

 シンジはミサトの部屋の方を見てオロオロする。

 「ふん! 聞こえるわけないわよ。ミサトは今加持さんの家にいるんだから」

 「え、加持さんの家に? こんな朝早くからミサトさん何しに行ったんだろ?」

 あんたバカ!? ミサトは加持さんちに泊まったのよ!!」

 「え、泊まったって…………ええっ!? そ、それって?

 「反応が鈍い! 一発で気付きなさいよまったく……ほんとにお子様なんだ
 から」

 「え、えーと、こんな時僕はどうすれば……やっぱり赤飯とか炊くのかな?」

 「なにパニクってんのよ。二人は大学の時から付き合ってんのよ。とっくの昔から
 そういう関係だったに決まってんじゃないのよ」

 「あ、そ……そうか・・」

 「……バカよ……加持さん……あんな女と……あんな大酒呑みで何一つまともに
 家事もできない女と……私の方が若くて美人で加持さんの事好きなのに……。何度
 も好きだって言ったのに……どうして私を見てくれないのよ? ……どうして私を
 選んでくれないのよ?……どうして私ばっかりがこんな目に……。バカ……加持
 さんのバカ……」

 そう言って、アスカはとうとう泣き始めてしまった。いくらシンジが情けないとは
 言え、泣いている女の子を放っておく事などできるはずもなかった。

 「あ、あのさアスカ、大丈夫だよ」

 「何が大丈夫なのよ!?」

 「だ、だからさ……その……アスカ、性格悪いけど綺麗だし、可愛いし……。すぐ
 に恋人できるよ。加持さんがミサトさんを選んだんだから、アスカは新しい恋を
 探せばいいじゃないか。うんと綺麗になって、アスカを選ばなかった事を加持さん
 に後悔させればいいじゃないか。いつまでも悔やんでるなんて、アスカらしくない
 よ」

 「…………あんた、それでなぐさめてるつもりなわけ?」

 「え? あ、あの、僕何か気に障る事言ったかな?」

 「……まったく……シンジなんかに同情されるとは、私もヤキが回ったもんね……」

 「そんな言い方ないだろ、僕だって心配してるんだから」

 「ふ~ん……私の事、心配してくれてるんだ~~~?

 「当たり前だろ」


 ドキっ


 『ふ、ふ~ん、今日はヤケに男らしいじゃないの……。それにしても、何が、
 ”新しい恋人探せ”よ。”僕がアスカの恋人になってあげるよ”くらい言えないの
 かしらね、まったく』

 「シンジ、なぐさめてくれるのは嬉しいんだけど、あんた男でしょ。こんなチャンス
 を他の男に譲るつもりなわけ?」

 「え、チャンス?」

 「そうよ、今がチャンスじゃないのよ。今ならうまくやれば私の心を……」

 「え、心?」

 「な、な、何でもないわよ! さっさと忘れなさい!

 「?」

 『あ、危ない危ない……私、何を言うつもりだったんだろ? やっぱり今の私って
 普通じゃないんだな……さっきはシンジの事が格好良く見えたし……加持さんの事
 もあるし……あんな夢まで見るし……と、とにかく何とかごまかさなきゃ』

 「ま、まぁ、うんといい女になってミサトなんかを選んだ事を加持さんに後悔させろ
 っていうのは、シンジにしてはいい意見ね。そうよね、私の方があらゆる面でミサト
 より優れてるんだから、私を選ばなかった事を加持さんに死ぬほど後悔させてやるん
 だから」

 「うん、アスカならきっと、もっと綺麗になるよ

 「そ、そうかな?」 ぽっ

 『な、なんか嬉しいな……やだ、ドキドキしてきちゃった……。さっき、シンジの
 事が格好良く見えたの、気のせいじゃなかったのかな…………』

 『……新しい……恋……か……』


 じぃ~~~


 「な、何、アスカ?」

 「新しい恋、今見つけた……」

 「え?」

 「な、何でもないわよ! ほらシンジ、出掛けるわよ。さっさと着替えてきな
 さい」

 「え? 出掛けるってどこへ? こんな朝早くから……」

 「決まってるじゃない、ショッピングよ。傷ついた乙女心はビールなんかじゃ癒せ
 ないのよ。甘い物を食べたり、ショッピングしたりしなきゃだめなのよ。分かった
 かしら?」

 「ま、まぁ、ビール飲んでるよりはいいと思うけど、何で僕まで?」

 「あんたバカぁ!? 傷ついた乙女心につけ込もうとするオオカミが街には
 うじゃうじゃいるのよ。シンジみたいなのでも一緒にいれば寄ってくるバカどもが
 減るのよ。感謝しなさいよ、シンジ。暫定で私の恋人扱いしてあげるわ」

 「ざ、暫定?」

 「そ。私に新しく好きな人ができるまでの間だけ恋人扱いしてあげるわ。良かった
 わね、シンジ。私が傷ついてなきゃ、シンジなんて一生私の恋人になんてなれない
 んだから」

 「は、はぁ……」

 「な、何よ、嬉しくないってーの?」

 (『嬉しくないの……シンジ……?』)

 「そ、そんな事ないよ、嬉しいよ」

 「そーでしょ、そーでしょ」 (『良かった……』)

 「で、でもアスカ、新しい恋探すんなら街で声掛けてもらった方がいいんじゃない
 の?」

 「うっさいわね! 早く着替えてきなさい」

 『まったく……変なとこだけ鋭いんだから……』

 「じゃあ着替えてくるよ」

 「そうしなさい。あ、それと今日は、全部シンジのおごりね

 「な、何でそうなるんだよ!?」

 「決まってんじゃないの。傷ついた恋人をなぐさめるのは男の務めよ」

 「恋人ったって暫定なんだろ?」

 「暫定でも恋人は恋人なの! 分かった、バカシンジ?」

 「はぁ~~~。ま、それでアスカが元気になるんならいいか」

 「えらい! それでこそ私の恋人」

 「ははは。じゃ、着替えてくるよ。アスカも元気出してね」

 「うん、ありがと、シンジ」

 アスカはそう言って、部屋に向かうシンジを見送った。


 「暫定でも恋人は恋人か……じゃあ今からシンジとデートって事になるのかな。
 ……なんか照れるわね……まぁいいか、あの夢まで現実になったら、それこそ
 最悪だもんね。さーてと、シンジがびっくりするくらいに、うーんとおしゃれ
 しなくちゃね」

 アスカはそうつぶやくと、浮かれて自分の部屋に入っていった。どうやら、失恋
 から完全に立ち直ったようだった。


 なお、シンジの肩書きから『暫定』の文字が取れるまで、そう時間
 は掛からなかったという。


 <おわり>


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