新世紀エヴァンゲリオン-if- 劇場版補完特別編

 世界の中心であいを呼んだ真……

 - Aパート -


 人類補完計画の最終段階。

 シンジは、レイと融合しつつ、これからの事を考えていた。

 そしてシンジは、色々と問題のある人類だが、今までと同じく、多くの人々が暮らす
 世界を望んだ。


 それからどれくらいの時が過ぎたのだろうか。

 シンジは波打ち際に寝転び、ぼんやりと空を見ている自分に気が付いた。

 波の音だけが静かに聞こえている。

 寄せては返す波。それは、生まれては死に、また生まれるといった、命のサイクル
 にも似ていた。

 そんな時、シンジの右手に何かが触れた。

 何だろうと思い右手を見る。すると、誰かが自分の手を握っていた。

 シンジは、その人物の顔を見た。

 「!! 綾波!?」

 シンジは慌てて上半身を起こした。すると、レイもシンジと同じように身体を起こ
 し、シンジににっこりと微笑んだ。

 「ありがとう碇君。私もこの世界で生きる事を認めてくれて」

 「え?」

 「碇君が望んでくれたから、私は今、ここにいられるの。この世界は、碇君が
 望んだ世界だもの」

 「僕が……望んだ世界?」

 「そう。あの時、全ての生物はATフィールドが消え、心も身体も溶け合い、リリス
 を通じて、初号機の中に集まって一つになっていたの。そして、その先には二つの道
 があったの。

 一つは、あのまま初号機の中に残り、全ての生命が一つとなり、永遠に生き続ける
 道。碇君のお父さんが望んだ世界」

 「父さんが?」

 「そしてもう一つが、再びATフィールドで心と身体を他人と分け、別々の人間と
 して暮らす道。……碇君は後者を選んだの。だから、こうして私と碇君は別々の
 人間として、ここにいられるの。あの時、碇君は初号機の中心にいて、最後まで
 自我を保っていた……。だから、全ての生命の未来を決めたのは、碇君なの」

 「僕が……全てを……決めたのか……」

 「後悔してるの? あのまま全ての人々と一緒にいた方が良かったの?」

 「……いや、後悔はしてないよ。だって、こうしてまた綾波に会えたんだから」

 「碇君……」

 「確かに全ての人々と一つになっていれば争いは起きないかも知れない。誰も僕を
 裏切ったり、傷つけたりはしないかも知れない。でも、一人はどこまでいっても一人
 だよ。自分以外の誰かがいれば、自分の思い通りにいかない事もあるし対立もある。
 傷つけ合う事もある。だけど、自分以外の人がいればこその喜びや、幸せもあると
 思うんだ。理解し合える事もあると思うんだ。……一人ではそれが無いからね。
 いつか、一人でいる事が寂しくなり、孤独で耐えきれなくなると思うんだ。だから、
 僕はたとえ傷つけ、傷つけられても、たくさんの人たちと暮らせる世界がいいよ」

 「だからこそ、今、この世界があるの。大丈夫、私は碇君を傷つけたりはしない。
 碇君なら私は傷つかない。だって、私は碇君の事が好きだから

 「好き? 僕の事が?」

 「うん」

 「…………」

 「? どうしたの、碇君?」

 「綾波、この世界は僕が望んだ世界って言ったよね」

 「ええ、そうよ。この世界は碇君が望んだ世界」

 「それじゃあ、綾波が僕の事を好きだと言ってくれたのも、僕が望んだからなの?
 僕が綾波の意思を無視して操ってるの? もしそうなら、僕以外の人がいる意味が
 無くなってしまうんじゃないの? 僕一人が全てを決められる世界なら、他の人の
 意思はどうなってしまうの? 僕には、そんな権利なんて無いのに……」

 「安心して碇君。碇君が決めたのは、この世界の在り方だけ。一人一人の心まで
 は干渉しないわ。だから、碇君に操られているわけじゃないの。私は、私の意思
 として、碇君が好きなの」

 「そ、そうなんだ……。良かった」

 「ねぇ碇君、そんなに不安になるって事は、そう望んでたの? 私が、碇君の事
 が好きだと告げる事を望んでくれてたの? だから、自分が操ってるんじゃない
 のかと不安になったの?」

 え? あ、あの、その…………う、うん

 シンジは真っ赤になり、そう告げた。

 「良かった! 私、いろいろあったから碇君に嫌われてるんじゃないかと
 ずっと不安だったの。ずっと、ずっと不安だったの。今だって、碇君に断わられ
 たら……嫌われたらどうしようと、ずっと震えてたの……。本当に良かった」

 「僕は綾波を嫌ったりはしないよ」

 「ありがとう、碇君」

 レイは本当に嬉しそうに目に涙を浮べていた。

 『そう言えばほんとに色々とあったな。綾波って一体何なんだろう?
 どうして僕はこんなにも自然に綾波と話せるんだろう? ……あんな姿を見たのに。
 あれがミサトさんが言ってたリリスってやつなのかな……。リリスから人間が生ま
 れたのかな……。リリスが人間のお母さん? 綾波の事をお母さんのように思え
 たのは、そのせいなのかな……?

 あの時、僕は綾波と一つになった……。その時に全てを分かり合えたのかな。今では
 何も恐怖を感じない。むしろ、いとしく思える……』

 「……くん、碇君、どうしたの?」

 「え? あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事してて。なに?」
 
 「あ、あのね……私、碇君から聞きたい言葉があるんだけど……」

 「聞きたい言葉?」

 「う、うん。たった一言でいいの。その言葉があれば、私は不安になる事も、寂しく
 なる事もなくなるの。碇君、その言葉、言ってくれないの……?」

 レイは少し寂しそうにシンジを見ている。

 『う、か、可愛い』

 いくらシンジでも、レイがどういう言葉を求めているかは分かった。
 そして、その言葉が、先ほどのレイの言葉の返事にもなる事を。

 シンジは心を決めた。

 「僕も綾波が……好きだよ

 碇君!

 レイはシンジの胸に飛び込み、唇を重ねた。

 !?」

 いきなりの事に、シンジは目を白黒させていた。

 (……しかし、-if-のシンジは主体性がないな。たまには自分からしろ……)

 シンジはとまどいながらも、そっとレイの背を抱いた。シンジの頬が濡れている
 のは、レイが泣いているためだった。

 シンジとレイはしばらく抱き合っていた。

 すると……。

 「あら? シンジ君、大人のキスの続きはレイとしてるの?
 私、ふられちゃったのかなー?」

  「ミ、ミサトさん!? いつからそこに……じゃなくて、無事だったん
 ですね。良かった。本当に良かった。あ、ケガは大丈夫なんですか?」

 「ええ、何とか生きてるみたいね。でも、どうして生きてるのかさっぱり分からない
 のよ。シンジ君を送った後、意識が薄れてきて……レイを見たような気がして……。
 で、気が付いたら、目の前でシンジ君とレイがキスしてたってわけなの。一体、
 何がどうなってるの?」

 「人類補完計画が発動したんです」

 「人類補完計画が? ……そうだったの。でも、それならなぜ私たちはこうして
 いられるの? 確か、人類補完計画は全ての命を一つにする計画だったはずじゃ?」

 「はい。でも碇君はそれを望まなかった。だから、私たちは今、こうしてここに
 いられるんです」

 「そう、シンジ君が決めたの。偉いわよシンジ君。他人を認める事ができたのね」

 「そんなに立派なもんじゃありませんよ。ただ、寂しいのが嫌だっただけですよ」

 「シンジ君、一人では寂しいと思うのは当たり前の事よ。決して恥ずかしい事では
 ないわ。……じゃあ、みんなこの世界に生きてるの?」

 「はい。補完計画が発動した時に生きていた人は、みんな生きています。葛城三佐
 のように、急に目の前に現れるかも知れません」

 「綾波、『生きていた人は』ってどういう事?」

 「あの時に既に亡くなっていた人たちは、この世界にはもういないの。だから、碇君
 のお父さんと、赤木博士は、もうこの世界にはいない……」

 「……そう、リツコはもう……」

 「はい。赤木博士は自ら死を選んだんです。様々なものに裏切られたとの思いから、
 生きる希望を無くしてしまったんです」

 「と、父さんが!? どう言う事!? 父さんは死んだの!?」

 「ええ。あの人は、誰よりも強いATフィールドを身にまとっていた。全ての人々
 を恐れ、全ての人々を拒絶し、自分の殻の中に閉じこもっていた。生きる事すら
 辛いと感じていた。だから、補完を願った。唯一、心を許せるユイさんに再び会う
 ために……」

 「母さんに?」

 「でも、補完が始まれば全ての人たちが一つになる。ユイさんとだけ一つになる事
 はできない。だから、ユイさん以外の人たちと一つになるのを拒み、ATフィールド
 を開放しなかった。そして、亡くなってしまったの……。碇君が望んでも、本人
 が望まない限り、再生はできないの……」

 「……そんな……父さんが……。綾波! 父さんを助けられないの? 一旦無く
 なった身体が、またこの世界で再構築されるんだろ? それなら、魂さえあれば
 また身体を作る事ができるんじゃないの!?

 「ええ、それは可能よ」

 「だったら!」

 「でも、碇君はそれを望まなかった

 「え?」

 「碇君の心の中にも、失った人や大切な人を取り戻したいという思いはあった。
 でも、それより強く、死んだ人が生き返ってはいけないという思いが
 あったの。だから、この世界に、死んだ人たちは存在していないの。人の生死を
 自分が決めてはいけないという思いが強かったから、この世界はそうなっているの。

 死者が生き返る。それは、自然の摂理に反する事。碇君は、それを望まなかったの。
 葛城さんは重傷だったけど、まだ生きていたから助かったの」

 「…………そうか、僕が望まなかったのか…………すみませんミサトさん。僕が
 望めば、加持さんも生き返ったかも知れなかったのに……」

 「……シンジ君、あなたは何も悪くないわ。生者は生者の国、死者は死者の国へ。
 その境界を曖昧にしてはいけないわ。死に意味が無くなれば、生にも意味が無くなる
 もの。人は限りある命の中で、一生懸命生きるから尊いのよ。

 加持君は、自分の信念に基づいての行動だった。きっと後悔はしてないと思うわ。
 その思いは、私がちゃんと受け継いでいるもの。

 シンジ君、あなたもお父さんを亡くしているのに、私の心配をしてくれるのね。
 ありがとう、本当に優しいのね……」

 「……父さんが……もう二度と会えないんだ……。いい思い出なんて殆ど無いけど
 ……それでも僕にとって、たった一人の父さんだった……。僕は、とうとう、本当
 に一人ぼっちになっちゃったんだ……。うっ……くっ……ううっ……」

 シンジは声を殺して泣き始めた。そして、感情が高ぶり、とうとう声にして泣き
 始めた。

 「碇君……」

 そんなシンジを見て、ミサトはシンジを優しく抱きしめた。

 「シンジ君、あなたは決して一人ぼっちじゃないのよ。だって、私たちは家族
 じゃないの」

 「家族?」

 「ええ、家族。私は天涯孤独の身だし、シンジ君もそうなってしまったんでしょ。
 だからシンジ君、私の弟になりなさい。かりそめの家族じゃなく、本当の家族に
 なるの。ね、いいでしょ」

 「ミサトさん……」

 「ほら、男の子がいつまでも泣いてるんじゃないの。それからレイ、あなたも一人
 なんでしょ。私の妹として、一緒に暮らさない?」

 「い、妹? 私が、葛城三佐の妹?」

 「もちろん、無理にとは言わないわよ。嫌ならそう言ってくれればいいから。
 でも、レイが見張ってないと、私、シンジ君に何かするかもよ

 「え! ミ、ミサトさん!?」

 「私、妹になります!」

 「ふふふ。そうそう、女の子は素直が一番よ」

 ちょっと待ったーっ!! ミサト!そんな大事な事、
 私抜きで勝手に決めんじゃないわよ!!」

 「あ、アスカ!!」


 <つづく>


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