新世紀エヴァンゲリオン-if- 特別編

 ボンバーボーイ・ボンバーガール

 - その四 -


 「ねぇ、今日、男子たち何か変じゃなかった?」

 「あ~その事なんだけどね。噂では今日、碇先輩の襲撃計画がある
 らしいわよ」

 『な、何ですって!? 碇センパイの襲撃計画!?』

 「襲撃計画? 何で?」

 「ほら、碇先輩って、綾波先輩や惣流先輩と一緒に暮らしてるって噂でしょ?」

 「ああ、私も聞いた事ある。あれって本当なの?」

 「どうやら、本当みたいよ」

 「でも、それって同棲じゃないの? よく学校が何も言わないわね」

 「噂では、イトコ同士って話よ」

 「え? 私は親の再婚相手の連れ子って聞いたけど……」

 「でも、親と離れて親戚の女の人と暮らしてるって噂も……」

 「実はあの三人がエヴァンゲリオンのパイロットで、作戦のために一緒に暮らしてる
 って噂を聞いたけど」

 「まさか~、それはないわよ。あんなロボットに中学生が乗れるはずがないわ」

 「それもそうね」

 ネルフの情報操作、隠ぺい工作、口止め、そしてニセ情報を大量に流したりしたので
 シンジの同級生以外には、シンジ達の正体ははっきりとは知られていなかった。

 「ねぇねぇ、ところでイトコ同士って結婚できたっけ?

 「え? どういう事?」

 「だってさー、あの三人、異常に仲いいじゃない」

 「そうよねー、どう見たって恋人同士よね、あれって」

 「こないだなんか、三人でデートしてるの見たって子もいるわよ」

 『それはデートじゃないわよ。あの二人が碇センパイを無理やり引っ張り回してる
 だけよ』

 「じゃあ、やっぱりあの三人って、そうなんだ」

 「キャーキャー!」

 『噂話はいいから、早く襲撃計画の話をしなさいよ』

 「それでね、あの二人って、女の私たちから見ても綺麗でしょ?

 「確かに……悔しいけど綺麗よね

 「私もああなりたいなー」

 『私の方がキレイよっ!』

 「で、当然あの二人は男子に人気があるのよ。だから、あの二人を独占している
 碇先輩は恨まれてるの。碇先輩さえいなければって思ってるやつ、結構いる
 らしいわよ」

 「それは分かる気もするわね。私だって、あの二人がいなければ、碇先輩にチョコ
 レート渡したかったのに……」

 「あ、私も」

 「実は、私もなのよ」

 『百年早いわよ』

 「こんな風に、私たち女子にも人気があるから、ますます恨まれてるのよ。
 ……それでね、これも噂なんだけど、三年生の男子を中心にして、VW団って
 のを結成したんだって」

 「何? そのVW団って?」

 「バレンタイン・ホワイトデー撲滅団の略なんだって」

 「くら~~~い!!」

 「そんな事やってるからもてないのよ」

 「でも、噂では男子の殆ど全員が加盟してるって話よ」

 「それって、随分な数じゃないの」

 「噂では、碇先輩のクラスの男子が最高幹部会を作って、全体を指揮してるん
 だって。それで、今日が作戦実行日らしいわよ」

 「ふ~ん……そうなんだ。でも、やけに詳しい噂話ね」

 「ほんと。話してる私も驚くほど詳しいわね。何で知ってんだろ?」

 そして、彼女達の話題は別の事へと移っていった。


 『大変! この事、碇センパイに知らせなくっちゃ! そうすればきっと

 センパイ「ありがとう、キミのおかげで助かったよ。お礼に、一緒に食事でも
 どうだい?


 わたし はい!

 なんて展開に……』

 『……あ、でも待てよ。VW団に適度に邪魔してもらうのもいいわね。VW団の目的は
 ”碇センパイからあの二人を引き離す事”にあるんだから、私と利害関係が一致
 してるわけだし、VW団があの二人から碇センパイを救出してくれれば私が近づき
 やすくなるし……。よーし、徹底的に利用させてもらうわよ。こうしちゃいられ
 ない。早く着替えて、碇センパイが行きそうな所に先回りしなきゃ』

 そう思い、家まで走り始めた。しかし、彼女は気付いていない。VW団の目的は
 シンジから二人を引き離すのではなく、シンジに近づく女性を全て阻止し、
 シンジそのものを殲滅する事だという事に……。


 そして同時刻。ケンスケの家にVW団最高幹部が集結していた。

 「なぁケンスケ、どうして学校で仕掛けなかったんだ?」

 「学校には敵対勢力がいるからな。それに、教師の目もあるから、あまりハデな事
 ができないだろ? だから、放課後まで耐え忍んでたのさ」

 「しかし、奴ら本当に動くのか? ガーフィッシュ隊からの報告では、マンション
 に入ったまま出てこないそうじゃないか」

 「心配するな。奴らは確実に動く

 「どうしてそう言い切れるんだ?」

 「ふっ……簡単な事さ。今日、惣流達は自慢するためだけにクッキーを持って来
 てたろ?」

 「ああ、確かに」

 「自慢するためだけに持って来てたな」

 「しかし、持っていたのはクッキーだけだった。もし、他にも何かもらっているの
 なら、それらも持って来て自慢してたはずだ。つまり、あの時点ではまだ、クッキー
 以外の物はもらっていないという事だ。あの惣流がクッキーだけで納得するとは
 思えない。となると、今からシンジと共に何か買いに行くか、これから
 デートという可能性が最も高い

 「な、なるほど」

 「鋭い読みだな」

 「しかし、あのシンジにそんな甲斐性あるのか?」

 「シンジをなめちゃいけない。あいつは最近自信を付け始めてきている。このまま
 放っておけば、大変な事になるだろう」

 「? どうなるんだ?」

 「シンジは自信を付ける事で、気弱な部分が無くなってきている。そして、そんな
 シンジに愚かにも引かれ始めてる女性が出てきた。一年の天城がそのいい例だ」

 「一年の天城……確かに」

 「シンジの奴、天城からもチョコレートを受け取っていたな」

 「それだけじゃない。綾波や惣流がガードしてたために近づけなかったが、シンジ
 にチョコレートを渡そうとしてた女が随分といたぞ」

 「おのれ~シンジ! 自分だけいい思いしやがって!!」

 「待て! 勘違いするな! 我々は決して、シンジをうらやましがったり、
 嫉妬してるわけではないぞ

 「そうだ。我々は決して個人的な感情で動いているわけではない。シンジの毒牙
 かかろうとする女性を一人でも多く助けるために結成されたんだ。勘違いするな」

 「あ、ああ、そうだったな。済まない」

 「な~に、分かればいいんだ。我々は同士だからな」

 「シンジによる犠牲者が出てからでは遅いのだ! 早急にシンジを
 叩いておく必要がある!」

 「だが、具体的にどうやるんだ?」

 「ふっ……そのための武器はちゃんと用意してある。それが、このケンスケ特製、
 エッグボンバーだ」

 そう言ってケンスケは、一見、生卵に見える物を取り出した。

 「なるほど。生卵をぶつけるわけか」

 「確かに、これは効くな」

 「ああ。まずデートどころじゃなくなるな」

 「甘いな。これはただの生卵じゃない。食らった相手は、まだ生卵なら良かった
 と思えるほどのものだ」

 「一体何なんだ、それは?」

 「良く聞いてくれた。これは生卵に穴を開けて中身を取り出した後、中にコショウ
 すりおろした七味唐辛子、乾燥させパウダー状にしたマスタードワサビ
 タバスコなどを詰めた物だ。卵のカラが割れる程の力を加えると、中に仕込んだ
 火薬によって中身が飛び散るって寸法だ。これを食らったら、少なくとも三十分は
 もがき苦しみ、何もできなくなるんだ」

 「それは凄いな」

 「何て恐ろしい武器だ……」

 「さすがケンスケ、こういう方面には天才的だな」

 「しかし、本当にうまく行くのか? ぶつけてみて失敗だったでは話にならんぞ」

 「その事なら心配ない。さまざまなブレンドを僕自身で人体実験したからな」

 「そ、そこまでしたのか!?」

 「執念だな……」

 「ふっ……シンジを倒すためなら、何だってやるさ。クックック、シンジのもがき
 苦しむ姿が目に浮かぶようだ。本当はチョコやクッキーに反応して猛毒を発生させる
 細菌兵器を作りたかったんだが、さすがにちょっと無理があるんで、このエッグ
 ボンバーに落ち着いたんだ」

 ケンスケは、この日のために自分自身で人体実験を繰り返し、最も効果的なブレンド
 を編み出していた。…………その情熱をヨソに向けろ。

 なお、このエッグボンバーを作るまでには、さまざまな試作品が存在した。モデル
 ガンを改造した物とか、あんな物やこんな物まで、かなりシャレにならないほどの
 危険な物が押入れの中にゴロゴロしていた。僅かに残った理性により、さすがに
 それらの使用は見送ったようだが……。

 「しかしケンスケ、ちょっとやりすぎじゃないのか?」

 「何だ貴様ら、怖じ気づいたのか?」

 「いや、そうじゃない……。しかしシンジは俺達のために命懸けで使徒と戦った
 わけだし……」

 「確かにそうだな。シンジがいなければ、今、俺達生きていないかも知れないんだ
 よな」

 「言ってみれば、世界を救った英雄だからな……」

 「恩を仇で返すようで……。人として問題があるような……」

 「何だ、まだ迷っているのか? いかんな、迷いは作戦に重大なミスを呼ぶぞ」

 「なあケンスケ、目標をトウジあたりに変えないか?」

 「トウジか……。確かにあの裏切り者もいつかは潰さねばならないな。しかし、
 今やらねばならないのは、シンジの殲滅だ!!

 「し、しかし……」

 「ふっ……迷ってるお前達に、いい言葉を教えてやる。まさに、今のお前達の
 ためにあるような言葉だ」

 「何だ、それは?」

 それそれこれこれ。だ!」

 ガーン!!

 バリッ ポロポロポロポロ (目からウロコが落ちる音)

 「ケンスケ、俺は今、目からウロコが落ちた気がするぞ」

 「俺もだ」

 「それはそれ、これはこれ。何ていい言葉だ。まるで今の俺達のためにある言葉
 のようじゃないか」

 「そうだ! 我々は何を惚けていたのだ。倒さねば!!」

 「シンジを倒さねば、日本に未来はない!!」

 「分かってくれたか、みんな!」

 「ああ、あれをやるぞ!」

 「おお!!」

 「全ては、悪しき風習の撲滅のために!!」

 ケンスケの部屋に、男達の熱き魂が燃え上がっていた。


 そんな企みが進行しているとは知らずに、シンジ達は着替えていた。

 普段、服装にこだわらないシンジも、今日はいい服を選んでいるようだった。
 シンジがこれなのだから、レイやアスカは気合が入りまくっていた。

 シンジは一足先に着替え終わっていたので、ペンペンの晩ご飯を用意していた。

 「いいかいペンペン、お腹がすいたら食べるんだよ。今食べちゃダメだよ」

 「クワックワッ」

 ペンペンはシンジの言った事が分かるらしく、うなずいていた。

 「お待たせーシンジ!」

 「碇くん、どうかな? この服」

 「………………」

 シンジは思わず見とれてしまっていた。

 「シンジ?」

 「どうしたの碇くん?」

 「あ、ご、ごめん。良く似合ってるよ二人とも。本当に……綺麗だね

 「え? シンジ、今何て言ったの?」

 「碇くん、良く聞こえなかったからもう一度言って」

 「え? だ、だから、良く似合ってるって言ったんだよ。じゃ、出掛けようか」

 シンジは慌てて玄関に向かった。

 「……しようがないか」

 「もう一度言って欲しかったな……」

 二人は残念そうにしながら、シンジと共にマンションを出た。


 「ガーフィッシュ隊から連絡だ。目標が動いたぞ」

 「やはりな。で、どっちに向かった?」

 「北北西だ」

 「北北西か」

 そう言って、部屋の中心に置かれた第三新東京市の地図を見る。そして、シンジの
 マンションの上に置かれたシンジ達のコマを北北西に動かす。地図のあちこちに、
 自部隊のコマが幾つもある。

 「この方角からすると駅に向かっているな。まだ食事には早いし、他の街に行く事
 も考えにくい。とすると、駅前商店街で買い物、もしくは映画といったパターンだ
 な」

 「確かに、そんな動きだな」

 「駅前にもVW団がいるんだろうな?」

 「ああ、ぬかりはない。エクセリヲン小隊が展開中だ」

 「よし。エクセリヲン小隊に連絡。ガーフィッシュ隊と連動して、目標に対して
 嫌がらせ開始だ」

 「了解」

 「ケンスケ、各小隊にもそのエッグボンバーは配備されてるのか?」

 「いや、これはとどめ用の武器だから、我々本隊のみだ。各小隊には、せいぜい
 シンジ達のデートの妨害をしてもらうさ。……あくまで、とどめは我々の手で
 行う」

 「さぁシンジ、楽しいパーティーの始まりだ! クックックック……」

 「フフフフフ……」

 「ハハハハハハハハ……」

 ケンスケの部屋に、怪しい笑い声がこだました。

 「碇シンジ襲撃作戦」が今、発動されようとしている……。


 <つづく>


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