新世紀エヴァンゲリオン-if- 特別編

 ボンバーボーイ・ボンバーガール

 - その参 -


 「良かったら、放課後私とお茶しませんか?」

 えっ!!

 なっ!!

 『!!』

 「ね、いいでしょ? 碇センパイ、ね、ね」

 「い、いや……でも僕は今日は……」

 『うー……この女、私がおとなしくしてるもんだからつけあがっちゃって。
 ここはやはりガツンと言っておいた方がいいわね!

 シンジがうろたえ、アスカが切れかかったその時、

 「ごめんなさい。碇くんは今日、私たちと約束があるの。だから、
 あなたとは行けないの」

 「え?」

 「えっ?」

 「ええっ!?」

 なんと、アスカより先に口を開いたのはレイだった。シンジやアスカは茫然として
 いる。

 しかし、そんな事では天城さんはくじけない。

 「そうですか。先約があるなら仕方ありませんね。じゃあ、また今度って事で。
 碇センパイ、手作りクッキーありがとうございます。大事に食べますね。それじゃ、
 失礼します」

 そう言って、自分の教室に入っていった。

 『また今度? ……残念ながら今度なんてないのよ、今度なんて。……それにして
 も、レイって……』

 「どうしたの? 二人とも」

 「い、いや、その……」

 「レイ、なかなかやるわね。見直したわ」

 「そう?」

 『やっぱりレイが一番のライバルね』

 「綾波、ありがとう。助かったよ」

 「うん」

 『ひょっとして、綾波って怒らすとアスカより恐いのかも……』

 「とりあえずシンジ、どうやって渡すか考えなくて済むようになったから、気が楽に
 なったでしょ?」

 「うん。肩の荷が下りた気がするよ」

 シンジは、ホッとしながら教室に向かった。


 その頃、天城さんは嬉しそうにクッキーの箱を開けていた。バレンタインデーに
 シンジにチョコを渡せなかった女子達から嫉妬の視線の集中砲火が来るが、そんな
 事でくじけるほどヤワではなかった。

 『うわ~かわいい! 碇センパイって、カッコ良くって優しいだけじゃなく、料理も
 できるのね。ますますあの二人にはもったいないわ』

 そんな事を思いながらクッキーを見ていると、ふと、ある事に気が付いた。

 ・どうやら、このクッキーはトランプのマークをかたどった物である。
 ・しかし、それならば本来あるはずの、あるマークが見当たらない。

 『こ、これは一体……?』

 再びクッキーを調べ直すが、やはりマークが一種類足りない。

 そう、ハートのマークのクッキーが一つも無いのである。

 (ここで『ハートのマークが出てこなぁ~いぃ~』と歌った方、仲間です(笑))

 『優しい碇センパイはこんな事するはずがない。と、すると、あの二人ね!

 (恐るべし女の直感)

 『まったく信じられない事するわね。ただ一緒に住んでるだけのくせに……。
 きっと私のクッキーは全部ハートだったに違いないわ!
 碇センパイは嫌々あの二人と暮らしてるのね。でも優しいから言えずにいるのね。
 ああ~、かわいそうな碇センパイ。いつか私が助け出してあげますからね!』

 この日以降、天城さんはレイやアスカとの対決姿勢を強めていった。

 ・ ・ ・

 シンジ達が教室に入ると、トウジが小さく手招きしていた。

 『何だろ?』

 シンジはトウジの席に向かったので、レイとアスカはヒカリの席に来ていた。

 「おはよーヒカリ!」

 「おはよー洞木さん」

 「おはよう二人とも。どうしたの? やけにニコニコしてるじゃない」

 「えへへ~。コレよ、コレ」

 そう言って二人はクッキーを取り出す。

 「あ、碇君からもらったの? 良かったわね二人とも」

 「碇くんの手作りなの。とってもおいしいのよ」

 「ヒカリだから、特別に一個あげよっか?」

 「ふふふ、ありがと。でもそれはアスカが全部食べてあげて。それに、私も……
 スズハラから……もらってるから」

 「へー!? あの鈴原がヒカリにねぇ。良かったじゃない、ヒカリ」

 「おめでとう洞木さん」

 「ありがとう、二人とも」

 「で、今日の予定は? 鈴原とデートなの?」

 「え? わ、私は別にそんな……」

 「何だ、何にも無いの? つまんないわねー」

 「それじゃあ、アスカ達は碇君と何かあるの?」

 「今日ね、学校が終わったらシンジとデートなのよ」

 「碇くんが誘ってくれたの」

 「いいわねー二人とも。碇君優しくって……」

 ヒカリも鈴原にどっか連れてってもらえばいいじゃない。いつもお弁当作って
 やってんだから、それくらいしてもらって当然よ。……いいわ、私が鈴原に
 言ってきてあげる」

 「ア、アスカ! ちょっと待って。私はそんな事……」

 「いいヒカリ? 相手の気持ちを無視して自分の気持ちを押しつけるのは良くない
 事よ。でも、自分の気持ちを伝えるのは大切な事なの。でないと、あの鈍感、一生
 気付いてくれないわよ」

 「……でも鈴原、碇君ほど優しくないし……。きっと私の事なんか誘ってくれない
 と思う」

 「大丈夫よ洞木さん、自信を持って。それに、碇くんは確かに優しいけど、碇くん
 の方から私たちを誘ってくれたのは、これが初めてなのよ」

 「え、そうなの? だって今までも何度もデートしてるんでしょ?」

 「ほんとよヒカリ。今までは私たちがシンジを連れ出してたのよ。もちろん、無理
 やりじゃないけどね。でも、今回初めてシンジの方から誘ってくれたのよ」

 「きっと私たちが、自分の気持ちをちゃんと碇くんに伝えてるから、碇くんもそれ
 に応えてくれてるんだと思うの」

 「だから、ヒカリも自分の気持ちを鈴原に伝えてみればいいのよ。大丈夫、きっと
 うまくいくって!」

 「私も応援するから。頑張って、洞木さん!」

 「……うん、ありがと二人とも。何だか自信が出てきたわ。後で鈴原に聞いて
 みる」

 「その意気よ、ヒカリ!」

 「うん!」


 その頃、シンジはトウジと話をしていた。

 「おはようトウジ、何か用?」

 「シンジ、どーもクラスの男どもの様子がおかしいんや。……特にケンスケを中心
 にな……」

 「ケンスケが?」

 そう言ってシンジはケンスケを見る。メガネが白く光り、クックックッと怪しく
 笑っている。

 「た、確かにおかしい。いつもに増してデンジャラスだ」

 「やろ? ケンスケがああいう顔する時は、何ぞ企んどる時や。バレンタインの時
 の事もあるし、今日はお互い、気ぃ付けといた方がええ」

 「う、うん。そうだね」

 そんな二人の元に、ケンスケがやって来た。

 「やあ二人とも。朝から何の相談だい?」

 「あ、おはようケンスケ。別に何でもないよ」

 「ふーん……。ところでシンジ、今日遊びに行ってもいいかな?」

 「え、今日? ……ごめん、今日はちょっと用事があるんだ」

 「ふーん。そうか、用事があるのか。やっぱりね。実は僕も用事があるんだよ。
 それじゃあシンジ、その用事とやらをせいぜい楽しむんだなクックックッ」

 不気味に笑いながら、ケンスケは自分の席に戻っていった。

 「何なんだケンスケのやつ? 自分も用事があるのに何で遊びに来るなんて言った
 んだろ?」

 「…………シンジ、その『用事』っちゅうんは、惣流達とデートか?」

 「え? そんなんじゃないよ。ただ、チョコレートのお礼に、今日学校が終わったら
 食事に行くだけだよ」

 「それをデートちゅうんや。気ぃ付けやシンジ、ケンスケの今の態度、あれはシンジ
 の今日の予定を探りに来たんや。惣流たちと何ぞある事、気付いとるようやったで。
 何ぞ仕掛けてくる可能性が高いんとちゃうか? ……ま、ケンスケの気持ちも分か
 らんでもないけどな。ワシも向こうに入れて欲しいくらいや。せやけど、ま、ワシ
 も義理とは言え、イインチョからチョコレートもろとるから、それも叶わんやろ
 なー。今のケンスケにとって、ワシも敵やからなー」

 「……トウジ、ほんとに義理だと思ってんの?」

 「な、何のこっちゃ?」

 「毎日お弁当作ってくれてる委員長が、わざわざ義理チョコなんて渡すと思う?
 トウジ、本当は気付いてんじゃないの?

 「………………」

 「ま、別にいいけどね。……ところで、ちゃんとチョコのお返しはしたの?」

 「当たり前や。何ぞしてもろたら、ちゃんと返すんが男ちゅうもんや。ちゃんと
 クッキー渡しとる」

 「ふ~ん。それで?」

 「な、何や!? それでええやんか」

 「トウジも委員長を食事にでも誘ったら? きっと喜ぶと思うよ」

 「何でワシがそないな恥ずかしい事せなあかんのや」

 「いつもお弁当作ってもらってるんだからさ、それくらいしてあげたら? 何かして
 もらったら、ちゃんと返すのが男なんだろ?」

 「う」

 「トウジが言いにくいんだったら、僕が委員長に言って来ようか?」

 「ま、待てシンジ! こういう事は人に頼むもんやない」

 「そうだよね。男だったら自分で言うよね、トウジ」

 「当たり前や。ワシが自分で言う」

 『ほんとトウジって、男ならって言葉に弱いな』

 「しかし、シンジも随分と変わったなー。前までやったら、絶対にそないな事言う
 ようなやつやなかったのに」

 「そうかな?」

 「やっぱり、二股かけとる上に同棲までしとる男のゆとりっちゅうやつ
 か?」

 「……あのねトウジ、僕は別に二股かけてるわけじゃないよ。そりゃ確かに、
 一緒には暮らしてるけど……」

 「い~や! シンジがどう言うても、周りのもんはそう見とるんや。ま、それが
 シンジの自信になっとんやからええやないか。敵は多いやろけどな」

 「だから違うって! それより、委員長に早く言っておいた方がいいんじゃない
 の?」

 「わ、分かっとるわい! 今から言うわ」

 「じゃあ、見届けさせてもらうね」

 「好きにせー」

 そう言って、トウジはヒカリの席に向かう。そして、その後ろを、シンジがついて
 いく。

 「イ、イインチョ、ちょっと話があるんやけどな」

 「え、何? 鈴原?」

 「せ、せやから~、えーと。本日はええお天気で~……

 「え?」

 「鈴原、あんた何言ってんの?」

 「どうしたの鈴原君?」

 「トウジ!」

 「分かっとるわ。……イ、イインチョ、いつも弁当作ってもろて、ほんまに感謝し
 とるんや」

 「え、い、いいのよ、そんな事。それに、三人分作るのも、四人分作るのも殆ど
 変わらないし……」

 「いや、ほんまワシは助かっとるんや。それでな、いつも食わしてもろとるだけ
 いうんも悪いんで、今日メシでも食いに行かんか?」

 「え?」

 「も、もちろんワシのおごりや。イインチョは好きなもん食べたらええ」

 「……スズハラ……」

 「い、嫌ならそれでええんや。無理にとは言わん」

 「ううん、そんな事ない。ありがとスズハラ」

 「そ、そうか」

 「良かったな、トウジ」

 「お、おう」

 「おめでとヒカリ、良かったじゃないの」

 「おめでとう、洞木さん」

 「ありがとうアスカ、ありがとう綾波さん、ありがとう碇君。……ありがと、
 鈴原!」

 ヒカリはとても嬉しそうにし、トウジは恥ずかしそうに横を向いている。


 と、この様にクラスの片隅で幸せなエネルギーが発生している時、周りの男達は、
 暗黒のオーラを発していた。そして、その中心人物、ケンスケはもはやブラック
 ホールと化していた。

 『ククククク……せいぜい、今のうちに幸せを噛みしめておくんだな。クックッ
 ク……』

 口もとは笑っているが、あまりに怒っているのか、メガネにヒビが入っている。
 そして、その心の中では、邪悪な計画が渦巻いていた。


 結局、学校内では、ケンスケを中心とした男子達が異様な雰囲気を放っていたが、
 何事もなく放課後を迎えていた。

 「トウジ、ケンスケ何もしてこなかったね」

 「ああ。絶対何ぞしてくると思うたんやけどな」

 「で、そのケンスケはどこ行ったの?」

 「さっきから姿が見えんのや。何もしてこんかったんが、かえって不気味やと思
 わんか?」

 「うん。今日は一日中気を付けてた方がいいね」

 「せやな。お互いにな」

 「うん」

 「シンジー、帰るわよー!」

 「あ、うん、分かった! じゃトウジ、お先に!」

 「ああ、頑張れや、シンジ」

 「トウジもね」

 「じゃあねヒカリ。鈴原とうまくやるのよ!」

 「頑張ってね洞木さん!」

 「うん。ありがと。碇君にもお礼言っといてね、お願い!」

 「分かってるって!」

 それぞれ挨拶を交わし、学校を後にする。

 「ねえ碇くん、今日、男子たち、なんか変じゃなかった?」

 「うん。ケンスケが何か企んでたみたいだったね」

 「私も、相田のヤツが絶対何かしてくると思ったけど、何もしてこないとは意外
 だったわね。おとなしい分、かえって不気味よね」

 「うん。トウジもそう言ってた。今日は気を付けた方がいいね」

 「ふ~ん、そうなんだ。それにしても洞木さん、随分と喜んでたね」

 「そうね。あんなに喜んでるヒカリ見るのは久し振りね」

 「碇くん、鈴原君に何か言ったの?」

 「うん。いつもお弁当作ってもらってるんだから食事にでも誘ったらって言ったん
 だ」

 「やっぱりシンジが言ったんだ。おかしいと思ってたのよね。あの鈴原が、あんな
 事言い出すんだもの。ヒカリも気付いてたみたいね。シンジにお礼言っといてって
 随分と言われたわよ」

 「私も。顔合わせる度に言われたわ」

 「僕はトウジに言ってみただけだよ。決めたのはトウジだよ」

 「ま、ヒカリが喜んでるんだからいいけどね。それより、今は人の事より自分たち
 の事よ。早く帰って着替えましょ」

 「うん」

 「そうね」

 シンジ達はこの時、自分達を尾行している者がいる事に気付きもしなかった。


 一方、天城さんは、ユーウツな気分で歩いていた。

 『あ~あ、碇センパイ、今頃あの二人とデート……じゃない買い物かぁ~~~。
 きっと無理やり付き合わされてるのね。かわいそうな碇センパイ……』

 その時、前を歩いている数人の女生徒の話し声が聞こえてきた。

 「ねぇ、今日、男子たち何か変じゃなかった?」

 「あ~その事なんだけどね。噂では今日、碇先輩の襲撃計画があるらしい
 わよ」

 『な、何ですって!? 碇センパイの襲撃計画!?


 <つまずく……もとい……つづく


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