新世紀エヴァンゲリオン-if- 特別編

 ボンバーボーイ・ボンバーガール

 - その弐 -


 そして、運命のホワイトデー当日。

 ミサトは先日遅かったので、まだ寝ている。

 「はい、二人ともこれ、チョコレートのお返し。とりあえずクッキーだけ先に渡して
 おくね。初めて作ったから、うまくできたかどうか分からないけど……」

 「ありがとう、碇くん」

 「ありがとシンジ。ねえ、今食べてみてもいいんでしょ?」

 「うん、いいよ」

 二人はワクワクしながらも、ていねいに包装紙を外し始めた。

 二人ともシンジと一緒に暮らしているのだから、先日シンジがクッキーを作って
 いたのは当然知っている。しかし、今この瞬間のために、あえて手伝おうとも、
 覗こうとも、味見しようとも思っていなかった。

 ちなみに、ミサトはシンジにはチョコを渡さなかった。ミサトいわく、

 「シンちゃんは本命チョコを二個ももらえるんだから、私のなんかいらないわよね。
 あの二人に恨まれたくないし……。それに、私は加持君に……ふふふ」

 との事である。にも関わらず、昨日、味見と称してシンジのクッキーをパクパクと
 食べていた。しかし、ミサトの味覚はアテにできないので、シンジは初めて作った
 クッキーが二人の口に合うかどうか不安だった。

 「うわー! カワイイ~!!

 「ほんと、シンジって何でも器用に作るわね」

 そう言いながら、二人は嬉しそうにクッキーを見つめていた。

 クッキーの形は、

 スペード ダイヤ (ヘイヘイ ヘヘイ)
 ハートに クラブ (ヘイヘイ へヘイ)

 といった、ジャッカー電撃隊のマーク……じゃなく、トランプのマークを
 あしらった形だった。全てハートにしなかったのは、シンジの照れの表れだろう。

 「さーて、問題の味は、と」 ぱく

 「何だか食べるのもったいないなー」 ぱく

 シンジは二人の反応をじーっと見ていた。

 おいしー! 碇くんってお菓子作るのも上手なんだー!」

 「ほんと、おいしいわよ。初めて作ってこれなんて、大したもんよ」

 「良かった。気に入ってもらえて」

 「ね、碇くん、今度私にも作り方教えてね」

 「うん、いいよ」

 「あ、そうだシンジ、あの子の分も作ったんでしょ? ちょっと見せて」

 「? 別にいいけど……」

 そう言って、シンジは自分のカバンから天城さん用のクッキーを取り出し、アスカに
 渡した。

 『何するんだろ?』

 シンジは、そう思いながらアスカを見る。

 アスカは、天城さん用のクッキーの包装紙をていねいに開き、中を見ている。
 その中身は、アスカやレイの物と全く同じだった。

 すると、アスカは天城さん用のクッキーからハート型のクッキーを取り出し、
 自分のスペード、ダイヤ、クラブ型のクッキーと入れ替え始めた。

 「あー! アスカずるい!」

 「だったらレイも取り替えればいいじゃないの」

 「そうする!」

 シンジが呆気に取られている間にも、ヒョイヒョイと移植作業は続けられていった。
 やがて、天城さん用のクッキーの中には、ハートが一つも無くなっていた。
 それを確認してから、アスカはていねいに包装し直し、シンジに手渡した。

 「はい、シンジこれ。文句ないわよね?

 「…………はい

 (情けないぞ、シンジ)

 そして、二人とも自分のクッキーをていねいに包み直し、カバンに入れていた。

 「あれ? 二人とも、学校に持ってくの?」

 「当然じゃない。本当は学校でみんなの前でもらいたかったんだけど、さすがに
 シンジの性格じゃそれは無理だろうから、今ここで受け取ったのよ」

 「でもやっぱり、みんなに自慢したいから……。いいでしょ、碇くん?」

 「う、うん。別に構わないけど……」

 シンジは、『これでまたトウジやケンスケに何かされるな』と思ったが、二人が
 あまりに嬉しそうにしているので、それでもいいか、と思っていた。

 「じゃあペンペン、行ってくるね」

 「行ってきまーす、ペンペン」

 「ペンペン、あの『ねぼすけ』そろそろ起こしてやってね」

 「クワッ!」

 三人は、玄関まで見送りにきたペンペンに挨拶をし、学校に向かった。学校に近づく
 につれ、いつもと雰囲気が違う事に気が付いた。

 恋人や普段仲のいい男女は、いつもに増してラブラブな雰囲気だった。対して、
 シングルの男達は、いつもに増して不機嫌だった。そして、そんな男達は、
 嫉妬、憎悪、敵意、羨望の眼差しでシンジを見る。

 壱中でも五本の指に入る美女(それも一、二を争う)二人と一緒に暮らし、双方
 から本命チョコをもらっている。しかも、三位に入るであろう、一年の大型新人、
 『天城メグミ』さんの、本命(と思われる)チョコまでもらっているとなれば、
 恨まれても仕方ない事だった。

 さすがのシンジも、今回は視線に気付いているようだった。

 『うう……居心地が悪い。一体、僕が何をしたっていうんだ……』

 もし、その言葉を口に出せば、シンジは袋叩き決定である。

 そして、校舎に入り、靴箱を開ける。中には、不幸の手紙がぎっしり詰まっていた。

 「はぁ~~~」

 「碇くん、大丈夫?」

 「シンジ、気にする事なんかないわ。こんなのまとめてゴミ箱に放り込めばいい
 のよ」

 そう言って、アスカは近くのゴミ箱に全て捨ててしまった。

 「全く……こんな暗い事してるからもてないのよ。シンジ、こんなのはもてない
 ヤツのひがみなんだから気にしちゃだめよ」

 「うん。ありがと、二人とも」

 「じゃあ碇くん、教室に行こ」

 「うん」

 三人が教室に向かおうとすると、シンジの前を偶然(を装った)天城さんが通り
 かかった。

 『……やっぱり出たか、この女』

 『…………』

 「あ、天城さん」

 「え? あ、碇センパイ。お早うございます。私に何か?」

 『くー! しらじらしいわね。どうせシンジが来るのを待ってたんでしょ』

 『………………』

 「あ、あの天城さん。ほら、前にチョコレートもらったから、そのお礼にクッキー
 焼いたんだ。良かったら食べて」

 そう言って、シンジはカバンからクッキーを取り出し、手渡した。

 「うわー! 碇センパイの手作りですか!? ありがとうございます!
 私、感激です!!

 彼女は、やたら手作りを強調して喜んでいた。

 『喜んでんじゃないわよ! それは義理返しの義理クッキーなんだから!
 私たちだって同じのもらってるし、その中にはハートは一つも無いのよ。し・か・も
 私たちは今日、シンジと映画観て食事するのよ。どう見ても私たちの勝ちね!』

 『……………………』

 しかし、彼女はアスカが思っているより、遙かに強気だった。

 「あ、そうそう碇センパイ。私の事は『天城さん』じゃなくって、『メグミ』
 って呼んで下さいね」

 「え!? う、うん……。分かったよ、メグミさん」

 「きゃー嬉しい! ……ところで碇センパイ、今日はお暇ですか?」

 「え?」

 「良かったら、放課後私とお茶しませんか?」

 えっ!!

 なっ!!

 『!!』


 <つまずく……もとい……つづく


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