来るべきホワイトデー!

 バレンタインデーにチョコをもらた男達は、お返しに苦労しつつも、幸せな時間を
 過ごせる日である。

 ここ、第三新東京市立第壱中学校でも、二つの勢力が激しくぶつかりあっていた。

 片や、悪しき風習の撲滅を唱える、

 VW団 (正式名「バレンタイン・ホワイトデー撲滅団」)

 「全ては、悪しき風習の撲滅のために!!」

 そして、もう一つの勢力、バレンタインデーにチョコレートをもらった男達。

 自称、「勝利者たち

 「ふっ……。負け犬の遠吠えはみっともないね」

 自称、「勝利者たち」には女性のバックアップがあるため、両者の戦力は拮抗し、
 表面的には何も起こっていないように見えるが、水面下では激しくぶつかりあって
 いた。

 そして、その争いの中に、自分の意思とは全く無関係に巻き込まれた
 少年がいた。

 その少年の名は、碇 シンジ

 これは、その少年の戰いの記録である……。


 新世紀エヴァンゲリオン-if- ホワイトデースペシャル!

 ボンバーボーイ・ボンバーガール

 ホワイトデーを襲う恐怖の白爆弾

 - その壱 -


 話は、ホワイトデーの数日前……。

 「ねえ二人とも、チョコレートのお返し何がいい? 一応クッキーを焼こうとは
 思ってるんだけど……」

 「私は、碇くんのその気持ちだけで十分よ」

 「ありがと、綾波。でもやっぱり、ちゃんとお返しはしておかないとね。三倍返し
 なんだろ、アスカ?」

 「まあ、レイの言うように、その気持ちが一番大事なんだけどね。でもやっぱり、
 『何か形として欲しい』っていうのが女心ってもんよね。何にしようかな~?」

 「ははは。お手柔らかに頼むよ」

 「う~~~ん。あ! そうだシンジ、口紅なんてどうかな?」

 「え? 口紅? でもあれって結構高いんじゃ……」

 「な~に言ってんのよ! 私たちが更に綺麗になるのよ。男なら喜ぶべき状況で
 しょ。それにさ、口紅だったら、少しずつシンジに戻ってくるかも知れない
 じゃない。そんなに高い買い物じゃないわよ」

 「え? 少しずつ戻ってくる?」

 「ま、まあ、それは冗談として……。ほんとに何もらおうかな~~~」

 アスカは赤くなりながら、慌てて話を逸らした。

 「? ? ? ?」

 シンジはアスカの言った意味がまるで分かっていないようだった。当然(?)ながら
 レイもシンジ同様、意味が分かっていない。

 「日曜なら一日中デートって手もあったんだけど、今年は平日だから、そういう訳
 にもいかないし……。う~~~ん……」

 「じゃあさ、学校が終わったら映画でも観に行かない? で、その後どこかで食事
 っていうのはどうかな? ……あ、あれっ、どうしたの二人とも?」

 レイとアスカは、やや茫然とシンジを見ていた。

 「いや、シンジがそんな事言うなんて珍しいと思って……」

 「本当、びっくりしちゃった」

 「へ、変かな?」

 「ううん。ちっとも変じゃない」

 「そうね、むしろいい変化よ。私はそれでいいわ」

 「綾波もいいかな?」

 「うん。私は碇くんが誘ってくれるならどこでも行くから。でも、碇くんと外で
 食事なんて、随分と久し振りね」

 「言われてみればそうだね。最近、外で食べた事ないね」

 「シンジの作るご飯がおいしいから、わざわざ外で食べようなんて思わないのよ。
 でもまっ、たまには外食ってのも悪くないわね」

 「それじゃあ、どんな映画が観たい? 食事する店も決めないといけないし……」

 「それはシンジに任せるわ。せっかくシンジの方から誘ってくれたんだから、全て
 シンジの選択に従うわよ。でも、無理して高級料理店なんかに連れてってくれなく
 てもいいからね。シンジの小遣いの範囲内で十分だから。……あんまり安っぽい
 のも嫌だけどね」

 「私も碇くんにお任せするわ。楽しみに待ってるね」

 「そう? それじゃあ色々と調べておくよ。あ、でもそれだとミサトさんの分の食事
 を別に作らないといけないな」

 「放っときゃいいのよ。どうせミサトは加持さんとデートよデート!」

 「あ、そうだねきっと」

 「でもミサトさん、どうして加持さんと結婚しないのかしら? プロポーズされたの
 随分前でしょ?」

 「そうだね。二人とも好き合ってんだから、結婚すりゃいいのに」

 「あれじゃないの。慌てて結婚して所帯じみちゃうより、もう少し自由な関係で
 恋愛を楽しみたいんでしょ。お互いに好きなんだし、私たちに隠れて大人の付き
 合いしてるみたいだし。……子供でもできたら結婚するんじゃない? 今日だって、
 『仕事で遅くなる』って言ってたけど、怪しいもんよ」

 アスカの言うように、ミサトは今日仕事で遅くなると言っていたが、加持と会って
 いる可能性も高かった。よほどシンジの事を信頼しているのか、それとも何か起こる
 のを楽しみにいるのか? ……どちらにしろ、困った保護者である。

 「ところでシンジ、その手作りクッキーって、あの『天城』って子にも渡すの?」

 アスカがシンジをじ~~っと見る。レイも気にしているようで、シンジの方を
 じ~~っと見ている。

 「う、うん。一応チョコレートもらってるから、お返しはしておかないと……」

 義理よね、義理!」

 「う、うん。もちろんだよ」

 「…………碇くん…………」

 レイは少し悲しそうにシンジを見る。

 「あ、綾波……。だから、これはその、チョコレートもらったからお返しする
 だけだよ。単なるホワイトデーの風習だから。僕は別に、天城さんの事は何とも
 思ってないから」

 「本当に?」

 「うん、本当。絶対本当」

 「なら、仕方ないわね……」

 「分かってくれた?」

 「うん」

 「よ、良かった……」

 シンジは思わず大きな溜め息をついた。シンジにとって、悲しそうにしているレイ
 は、怒っているアスカよりも苦手だった。もっとも、レイに限らず、悲しそうに
 している人全てが苦手なのだが……。シンジは、自分が傷つく事や、肉体的な痛み
 には耐えられる。しかし、自分が誰かを悲しませるのだけは耐えられなかった。
 そのため、優柔不断と思われる事も多々あるが、それがシンジの魅力でもあり、
 最もシンジらしい所だった。

 「で、シンジ。それどうやって渡すの?」

 「それなんだよ。僕は天城さんのクラス知らないし……かと言って、一年のクラス
 に探しに行く訳にもいかないし、どうしようか?」

 『あの女、見掛けによらず結構気が強そうだったから、シンジの目に付く所をうろ
 ちょろするんでしょうね、きっと。ま、シンジが一年のクラスまで探しに行く事を
 思えば、その方がいいか』

 「大丈夫よ、欲しけりゃ向こうから出て来るって」

 「そうかな……」

 「気楽に考えときゃいいのよ、気楽に」

 「碇くん、私が探して渡しておこうか?」

 「え? いくら何でも、それはちょっとまずいよ、綾波」

 「そうよレイ、それはさすがにマナー違反よ。それに、そんな事したらシンジが
 学校に行かれなくなるかも知れないわよ。……そんなに心配しなくても大丈夫よ
 レイ。シンジは、義理チョコをもらったから、義理クッキーを返すだけなん
 だから」

 アスカは、やたら義理を強調していた。

 (……見ず知らずの一年生が、わざわざ義理チョコを渡すとは思えんが……)

 そんな事を話しているうちに、もう寝る時間になったので、三人とも自分の部屋に
 戻っていった。

 部屋に戻ったシンジは、ホワイトデーの事を考えていた。バレンタインデーにチョコ
 レートをもらったのが初めてのシンジにとって、当然ホワイトデーに参加するのも
 初めてだった。

 「ホワイトデー……か。何か照れるな。でも、ほんと天城さんにはどうやって
 渡そうかな? アスカは何とかなるって言ってたけど……。あ、そうだ。綾波や
 アスカへのプレゼントも決めないと……。何にしようかな? ……アスカは口紅
 を欲しがってたみたいだったけど……。でも、『少しずつ帰ってくる』ってどう
 いう事なんだろ? …………あ、そうか。そういう事だったのか。それでアスカ
 は赤くなってたんだ……」

 今頃になって気付くのが、いかにもシンジらしかった。いや、気付くようになった
 だけ進歩したと言える。また、同じ頃レイも、アスカの言った意味に気が付いて
 いた。

 「碇くんと食事なんて、ほんと久し振り。楽しみだなー」

 「ふふふ……シンジの方から誘ってくれるなんて……うんと楽しまなきゃね」

 三人とも、ホワイトデーを楽しみにしながら眠りについた。

 ちなみに、ミサトは結局戻ってこなかった。困ったもんだ……。


 そして、いよいよ運命のホワイトデー当日がやってきた!


 <つづく>


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