新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十七部 Cパート


 「……リツコ」

 「ええ、分かってるわミサト。こんな事ぐらいで私達の罪が消えるとは思わない
 けど、シンジ君の記憶が戻るよう、全力を尽くすわ」

 「そうね。何としてでもシンジ君には元のシンジ君に戻ってもらわないとね。
 せっかく三人でいい雰囲気になってるのに……このままじゃ悲しすぎる
 もの……。それでリツコ、シンジ君の記憶が戻る可能性はあるの?」

 「記憶自体が消えているわけじゃないわ。封じ込められてるだけだから、何か
 きっかけがあれば……」

 「きっかけか……」

 「できるだけ外科手術や薬物投与とかの方法は使わないようにしてみるつもりよ。
 とりあえず催眠術や暗示による効果を試してみるけど……最後はシンジ君の心次第
 ね」

 「……そうね……」

 『レイが心配するように、シンジ君の心が壊れてしまわないように全力でフォロー
 しなくちゃ……』



 場面は変わって地底湖周辺の遊歩道。シンジ達は無言でゆっくりと歩いている。

 「あ、あの……えーと……」

 「惣流・アスカ・ラングレーよ」

 「私は綾波レイ。さっきの人は葛城ミサトさん、白衣の人は赤木博士」

 「あ、あの……そ……その……ぼ、僕が……その……綾波さんや……惣流さん
 と……」

 「あ~~~も~~~気持ち悪いわね! アスカでいいのよ!!」

 「あ、う、うん、あの……」

 「碇くん、何か聞きたい事があるの?」

 「う、うん」

 「何?」

 「その……ぼ、僕が……その……綾波さんやアスカさんと……その……キ……キス
 したって……本当なの……?」

 「嘘じゃないわ、本当よ」

 「ええ、碇くんは私とアスカと二回づつキスしてる」

 「言っとくけど、ちゃんと二回とも口にしてるのよ。頬のは数に入ってないんだ
 から」

 「に、二回も!? ……二人と……な、何で……」

 「女がキスする理由なんて一つしかないでしょ」

 「碇くんの事が好きだからよ」

 「…………」

 「どうしたの碇くん?」

 「そんな事……あり得ないよ……。僕が人に好かれるなんてあり得ないよ……」

 「…………色々あったのよ」

 「ええ、本当に色々あったわ。全ては碇くんが閉ざした記憶の中にあるの」

 「……僕の記憶の中……。あの……それで……僕はなぜあの時あの部屋に? 遊びに
 行ってたの?」

 「何言ってんのよ。さっきミサトが言ってたでしょ、私たちは一緒に暮らしてる
 のよ」

 「い、一緒に? そ、それって僕の保護者として葛城さんが一緒にいるって事じゃ
 なかったの?」

 「もちろんそうよ。でも私たちも碇くんと一緒に暮らしているの。もう随分と前
 から」

 「そんな……そんな……そんな……」

 「……シンジ、少し落ち着いて。ほら、そこのベンチで少し休みましょ」

 アスカの勧めで三人はベンチに腰を下ろす。

 「シンジ、まだ何も思い出せない?」

 「碇くん、何が恐いの?」

 「それが……それさえも分からないんだ。僕は何を怯えているんだろう……」

 「碇くん、何も心配しないで。私たちが絶対に守るから。何も心配いらないから」

 「そうよシンジ、私たちが守ってあげるから何も心配しなくてもいいのよ」

 「あ、ありがとう……でも……僕は一体何を……」

 そうつぶやいてじっと両手を見る。すると何かのビジョンが浮かんでくる。それが
 何かは分からないがシンジは酷く動揺する。

 「あ……あ……ああ……」

 「? 碇くん、どうしたの?」

 「ちょっとシンジ、一体どうしたのよ?」

 シンジは自分の手が真っ赤に染まっているように見え、慌てて手を振るう。しかし
 その赤はねっとりと手に付き、離れようとしない。

 「な、何だよこれ……血!? な、何で……」

 「血?碇くん落ち着いて! 血なんか付いてないから」

 「シンジしっかりして、シンジ!」

 シンジの体はガクガクと震え出し、体中から大量の汗をかいているためレイもアスカ
 も慌ててしまう。

 やがて、シンジの手の中に何かの筒のような物や、誰かの顔が浮かんでくる。

 「うわぁ!! ああ、僕は……僕は……うわあぁぁぁ!!

 シンジは頭を抱え、叫びながら森の奥へ走って行った。

 「碇くん!?」

 「シンジ!!レイ、追うわよ!」

 「うん」

 ・
 ・
 ・

 シンジは走った。怖くてたまらなくてひたすら走った。小枝がシンジの体に無数の
 傷を付け、木の根っこにつまずき激しく転んでも、ただひたすらに走り続けた。
 とてもじっとしてなどいられなかった。
 そんなシンジをレイとアスカは一所懸命に追っている。シンジの走った後は木の枝が
 折れているのですぐに分かるため見失う事はなかったが、二人の体にも擦り傷が
 かなりできている。だがそんな事を気にもせず、ただシンジの後を追った。

 「シンジ……やっぱり鈴原の足の事を気にしてるのね……無理もないけど……」

 「うん……。でも……それだけじゃないと思う……」

 「え、何?レイ、何か心当たりでもあるの?」

 「うん」

 「何? 教えて」

 「一つ約束してくれる?」

 「約束?」

 「うん。碇くんが記憶を閉ざしてまで忘れようとした出来事だもの。絶対に碇くん
 には話さないって約束して」

 「レイ……」

 「碇くんが自分で思い出すのならともかく、私たちが教えていい事じゃないもの」

 「……そうね、うん、約束する。絶対にシンジには話さないから。それで、何が
 あったの?」

 「アスカが入院している時の事なんだけど……フィフスチルドレンが来たの」

 「フィフスチルドレン? も、もしかして私の代わり?」

 「…………」

 「……仕方ないわよね。私があんな状態だったもの……。レイ、話を続けて」

 「うん。あの時、碇くんは深く傷ついていた。でも、私は自分を無くしていたし、
 アスカは入院していたし、ミサトさんも自分の事で精一杯だった。誰も……誰も
 碇くんに優しくしてあげられなかった。でも、そんな時、フィフスチルドレン……
 彼だけは碇くんに優しかったの」

 『私が人間じゃないという事や……碇くんを忘れてしまってた事も……碇くんを
 傷つけてしまった……。ごめんなさい……』

 『彼? ……良かった、男なんだ』

 「だから碇くんも彼と仲良くなっていったの……でも……彼は……フィフスチルド
 レンは……使徒だったの……」

 !! 使徒!? で、でもフィフスチルドレンなんでしょ!?
 人間だったんでしょ!? な、何で?」

 「人間の姿をし、人間の心を持った使徒だったの」

 「そ、そんな……そんな事って……。そ、それでまさか……」

 「ええ、碇くんに攻撃命令が出たわ」

 「…………それで…………どうなったの…………今…………私たちが生きている
 以上…………」

 「ええ、碇くんが初号機で……握り潰したの……」

 「そんな……事が……」

 「あの後……碇くんも……アスカのようになる寸前だってミサトさんは言ってた。
 ……でも……碇くんは私やアスカを助けてくれた。私たちを守ってくれた。
 ……でも……もし……もう一度同じ悲しみを味わえば……思い出してしまった
 ら……碇くんは……今度は……。私はそれが恐いの。碇くんを悲しませたくは
 ないの。何より碇くんを失いたくない。だから……私は……無理に碇くんに思い
 出してもらわなくても……とても辛いけど……碇くんを失うよりはいいと思うの」

 「……レイ、確かにレイの言う事も分かる。いくら使徒とはいえ、人間の格好を
 している……しかも自分に優しくしてくれた友達を……自分の手で殺してしまった
 んだもの……辛いのは当たり前よ。その事から逃げ出したとしても、シンジを責める
 事なんて誰にもできない……。でもレイ、思い出して。シンジは私たちのように
 壊れたりしなかった。私たちを助けてくれた。そんなシンジだからこそ、私たち
 は好きになったんでしょ。私はシンジが好き。今さら他の男なんて愛せないわ。
 でも、私の好きなシンジは今のシンジじゃない。私の事を好きだと言ってくれる、
 私の事を守ってくれるシンジは……。だから……元に戻ってもらう」

 「で、でも……」

 「聞いてレイ。あの時壊れてしまった私なんかよりシンジはずっと強いのよ。今度
 だってきっと……きっと大丈夫よ」

 「でも……あの時は私たちを助けるために頑張ってくれたんだと思うの。でも、
 今は……」

 「レイ、あの時私たちはバラバラだった。でも今は違う。うぬぼれかも知れないけど
 私はシンジとの間に絆があると思うの。例えシンジが記憶を無くしてても……
 シンジの中に……絆があると信じたいの。シンジは一人じゃないもの。私たちが
 いる。それに気付いてくれるなら……きっと大丈夫よ」

 「アスカ……絆……碇くんとの……うん、そうだよね。私……碇くんの事を心配
 するあまり……臆病にになってたかも知れない……。碇くんは私が思うよりずっと
 強いもの。きっと大丈夫よね。今度もきっと乗り越えてくれるよね。元の碇くんに
 戻ってくれるよね」

 「うん、きっと大丈夫よ」

 「私も碇くんとの絆を信じたい。碇くんが私たちを置いて行くわけないもの。
 きっと壊れたりしない。碇くんが苦しむのなら私たちが守ればいい。ずっとずっと、
 私たちが守ればいい」

 「ええ、その通りよ。守られてるだけじゃなく、支え合わなくっちゃね。私たち
 だってシンジの力になれるはずよ」

 「うん、私も碇くんの力になりたい」

 「よし、その意気よ。じゃあ早くシンジを見つけないとね」


 <つづく>


 Dパートを読む

 [もどる]