新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十七部 Dパート


 「じゃあ早くシンジを見つけないとね」

 「うん」

 二人は決心を新たにし、シンジを探し続ける。やがて、大きな木の根っこの部分で
 うずくまるシンジを見つける。シンジは右手を抱え、ガタガタと震えていた。

 「碇くん……」

 「シンジ……」

 名前を呼ばれようやくシンジは顔を上げる。その目は怯えきっていた。

 「僕は……僕は……一体何を……。教えてくれ。僕は一体何をやったんだ?
 僕は……僕は……」

 「そ、それは……」

 「碇くん、それは私たちが教える事じゃないの。碇くん自身で思い出すしかないの。
 だって碇くん自身の心の問題だもの」

 「僕の心?」

 「でも心配しないで。私たちが守るから。全ての物から絶対に碇くんを守るから」

 そう言ってレイは両手でシンジの右手を包み込む。

 「そうよシンジ、何も心配する事なんてないのよ。心を落ち着けて」

 アスカもレイの手の上からシンジの右手を包み込む。その温もりで少しは落ち着く
 事ができた。

 「あ……ありがとう……でも……こんな……こんな恐ろしい気持ち……どうしたら
 いいか分からないんだ……。こんな……こんな気持ち……誰にも分からない
 よ!!

 「……分かるわよ、私には」

 「え?」

 「さっきリツコが言ってたでしょ。私も今のシンジと同じよ。嫌な事だらけの現実
 から逃げ出してしまった。全ての事から心を閉ざして……。自分の中に閉じこもって
 しまったの……全く情けない話よ。でも……あの時は……本当にどうしていいか
 まるで分からなかった。このまま死んでもいいとすら思ってた。実際、点滴や栄養剤
 で辛うじて生きてただけ。心は死んでいたわ。あのままだったら、本当に死ぬのも
 時間の問題だった。

 でもね、そんな私でもシンジは必要としてくれた。シンジのおかげで私は再び
 生きようと思う事ができたの」

 「僕が……そんな事を?」

 「私も同じ。私も今の碇くんのように記憶を無くしてた事があった。あの時……
 私が碇くんの事を”知らない”って言った時……碇くんはとても悲しそうな顔を
 してた……。あの時は分からなかった……。でも今なら分かる……。大切な人の中
 に……大好きな碇くんの中に私がいない……それがこんなに悲しい事だなんて……。

 でも、碇くんがいたから、私は過去を、碇くんとの記憶を取り戻す事ができたの。
 みんな碇くんのおかげなの」

 「……そうか……僕が……だから君たちは……」

 「違うわよ、シンジ」

 「え?」

 「確かに私たちはシンジに感謝してる。シンジがいなきゃ今の私たちはいないもの。
 でもね、勘違いしないで。助けてくれたから今度は私たちがとか、恩返しとか、
 そんな理由じゃないのよ」

 「え? じゃあ……何で? どうして僕にこんなに優しくしてくれるの?」

 「碇くんの事が好きだからよ」

 「僕の事を……好き?」

 「そうよ。何回も言ってるでしょ。シンジは私たちの事を好きだって言ってくれた。
 そして私たちもシンジの事が好きなの。そういうのを恋人同士って言うのよ。
 恋人が苦しんでいるのなら助けるのは当たり前じゃないの」

 「好き? 恋人? 僕が……?」

 「碇くん、碇くんは笑ってる私が好きだと言ってくれた。でも、私が笑っていられる
 のは碇くんのそばにいられるから。大好きな碇くんが笑い掛けてくれるから。私も
 笑っている碇くんが好き。碇くんが笑っていられる理由の一つにでも私がなれる
 のなら、それが私の幸せ。碇くんに苦しんで欲しくはないの。碇くんが悲しい思い
 をするのは絶対に嫌……。でも……でも……私はわがままだから……碇くんに
 忘れられるのは嫌なの。お願い碇くん、私たちの事を思い出して。元の碇くんに
 戻って。お願い」

 「シンジ、いつも言ってたでしょ、逃げちゃ駄目だって。逃げないで、自分自身の
 過去から、私たちから、現実から。お願いよ、シンジ」

 「僕は……僕は自分が嫌いだ……。父さんからも捨てられて……誰も、誰も僕なんて
 見てくれないと思ってた。僕は誰からも必要とされない人間なんだと思ってた。
 でも……君たちはこんな僕に優しくしてくれる。こんな僕を好きだって言ってくれ
 る。今の僕の記憶の中には、君たちのような人はいない……だけど……僕を必要と
 しているなら、好きだと言ってくれる人ができたのなら……僕は……少しはましな
 僕になっているのかも知れない……。

 確かに今の僕は逃げてる……でも、逃げた先には何にもいいことはない……なぜだか
 それは分かる気がするんだ……。僕が何をやったのか知らないけど……覚えてない
 からといって何もしないのは卑怯だよね……。償える事なら償わないといけない
 し……。恐いけど……とても恐いけど……僕は思い出したい……。自分の事を……
 君たちの事を……僕は思い出したい

 「碇くん」

 「シンジ」

 「で、でも、どうすればいいのかな? 思い出したいと思っても具体的にどうすれば
 いいのか全く分からないし、そう簡単にいくものなのかな……」

 「ふふ、そういった所はシンジのままね」

 「大丈夫よ碇くん、碇くんさえ思い出したいと思ってくれているのならきっと大丈夫
 だから。きっと思い出せるから」

 「そ、レイの言う通りよ。もっと前向きに考えればいいのよ。逃げた所で何にもいい
 事がないって知ってるんでしょ。なら大丈夫よ。だいいち、今さら私たちから逃げ
 られると思ってるわけ?」

 「え、えーと……」

 「安心なさい。今度現実から(私たちから)逃げようとしたら、私が思いっきり
 叱ってあげるから。二度と逃げようなんて思わないほどにね」 にっこり

 「お、お手柔らかに……」

 「じゃあ、私は碇くんが甘えたい時に、いっぱい甘えさせてあげるね」

 「え?」

 「あ、ずるいわよレイ、私だってそっちの方がいい」

 「だめ。アスカは叱る係。私は甘えさせてあげる係」

 「はぁ~~~。ほんっっっとにレイはシンジに甘いんだから」

 「ははは」

 「あ、碇くんが笑ってくれた」

 「うん、やっぱりレイの言うようにシンジは笑っている方がいいわね。深刻そうな
 顔をされちゃこっちまで暗くなるものね」

 「碇くんは一人じゃないの。私たちがいつもそばにいるわ。だから無理はしないで。
 もっと私たちに頼ってくれればいいから」

 「そうよシンジ、遠慮する事なんてないんだから」

 「う、うん。ありがとう」

 「じゃあ碇くん、帰ろ。遅くなると心配するかも知れないから」

 「うん」

 こうして三人は再び手を繋いで歩き出した。不安が無いわけではない。だが、その
 手はもう震えてはいなかった。

 ・
 ・
 ・

 「ど、どうしたのあなた達、その格好は?」

 戻ってきたシンジ達を見てリツコは目を丸くする。三人とも擦り傷だらけで、服の
 あちこちが破れている。いかにも 『何か事件がありました』 といった姿である。

 「すみません。僕がちょっと取り乱してしまいまして……森の中を走り回ったん
 です……。二人とも僕を心配して追って来てくれて……こんな格好に……。
 二人ともごめんね」

 「ううん、いいの。気にしないで」

 「そ、当然の事しただけなんだから気にする事ないわ」

 「ありがとう」

 「はぁ~~~。ま、無理もないけどね。でも、シンジは男の子だからまだいい
 けど、レイやアスカは女の子なのよ。傷でも残ったらどうするの。もっと気を付け
 なさいよ」

 「大丈夫よ。そん時はシンジが責任取るわよ」

 「え、え……と……その……」

 「責任?」

 「あらアスカ、どうしたの急に? 今までそんな事絶対に言わなかったのに……。
 シンジ君に忘れられるかも知れないという恐怖心から吹っ切れたのかしら?」

 「う、うるさいわね。放っといてよ」 かぁ~~~

 「赤木博士、碇くんが、碇くんが記憶を取り戻したいって言ってくれたんです」

 「え、本当なのシンジ君?」

 「はい、色々あったようですけど……それでも僕自身の記憶ですから……逃げたく
 はありませんから……でも、どうすればいいんでしょうか?」

 「それはシンジ君が心配する事じゃないわ。安心して専門家に任せておいて。でも、
 一番大事なのは記憶を取り戻したいという本人の強い意志だから。シンジ君にさえ
 その気があるのならきっと大丈夫よ。慌てる事なくゆっくりと思い出せばいいのよ。
 時間はたっぷりあるんだから」

 「はい」

 「でも、できるだけ早く思い出してね、碇くん。私、待ってるから」

 「そうよ、女を待たせるもんじゃないわよ」

 「うん、頑張るよ」

 「ま、これでとりあえず一安心ねってとこかしらね。……はっ!! そ、そうだ、
 あなた達、早く逃げなさい」

 「え、逃げる? 何でですか?」

 「ミサトがね、シンジ君を元気づけるためだって、今料理作ってるのよ」

 「げ」

 「碇くん、逃げよ」

 「?? え? 何で?」

 「シンジ、説明は後よ。今は逃げる事だけを考えて」

 「碇くんの命に関わる事なの」

 「? ? ?」

 「私も止めたんだけどね……」

 レイとアスカは良く分かっていないシンジの手を取り、逃げ出そうとしたが、一歩
 遅く、ミサトが戻って来た。

 「……」

 「…………遅かった」

 「な、何よあなた達その格好!? 一体何があったの?」

 「ちょっとね、色々あったのよ。それよりミサト、その手に持ってる……物体は
 何よ?」

 「失礼ね。料理に決まってるじゃないの。私自慢のよ。さ、シンジ君、
 お腹すいてるでしょ。これでも食べて元気出してね」

 「はい、ありがとうございます」

 「碇くん、ダメ!!

 レイはシンジの手を取り、首をフルフルと振っている。

 「え?」

 「シンジ、記憶のある時なら絶対に私たちはミサトの作る物体は口にしないのよ。
 悪い事は言わないから、それは食べちゃだめよ」

 「失礼ね~毒なんて入ってないわよ」

 「ミサトの場合食材そのものが毒になるのよ!!」

 「ちゃんと味見だってしたわよ」

 「ミサトの舌は信用できないの!!」

 「え、えーと、でもせっかく葛城さんが僕のために作ってくれたんだし……お腹も
 すいてるし……」

 なぜ喧嘩しているのか分からないが、とりあえずお腹もすいているし、食べる事に
 したようである。

 「さーっすがシンちゃん、そうこなくっちゃ。さ、冷めないうちに召し上がれ」

 「はい。で、でも何か変わった色ですね。においも何だか変わってるし……」

 「そりゃあ特製だもの」

 「じゃあ、いただきます


 <つづく>


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