新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十七部 Bパート


 「ミサト……これって……」

 「ええ、間違いないわね。連載ものにおいて作者がネタに困ると、登場人物の誰かが
 必ずかかるといわれている奇病、記憶喪失ね。う~ん作者のやつ、とうとう
 このネタを使ったか。よっぽどネタが尽きたのね。この連載ももう終わりね」


 えーい人聞きの悪い! これは加藤文書のタイムスケジュールにもきっちりと
 載っているラス前のネタだ。決して思いつきではない!

 ……はっいかんいかん。こんな所に出てきてしまった。
 では続きをどうぞ。


 「ミサトさん!!」

 「ええ、分かってるわ。すぐにネルフ本部に行くわよ」

 何が何だか分からないシンジを乗せてミサトはネルフ本部へと車を走らせる。
 その間、誰一人として口を開こうとはしなかった。レイとアスカは必死で恐怖を
 こらえるかのように手をきつく握り締めていた。

 やがてミサトの車はカートレインに乗り、ジオフロント内に入る。

 「うわ……こんな地下にこんな空間があるなんて……」

 「覚えてないの? シンジ君は毎日ここへ来てるのよ」

 「毎日僕がここに? どうして? それに、ここって何なんですか?」

 「特務機関ネルフ、使徒から人類を守るために造られた組織よ。あなたのお父さんが
 司令を務めているわ」

 「……父さんが?」

 「そう、そしてあなたは碇司令に呼ばれてここに来たの」

 「…………」

 その後シンジはリツコを始めとする専門のスタッフによる精密検査を受ける。
 これまでの戦闘記録や映像を見せ、エヴァンゲリオンのエントリープラグにも入る
 など、記憶が戻るきっかけを与えようとしたが全て無駄に終わっていた。
 そしてリツコはシンジを連れてレイ達の元へ戻ってくる。

 「碇くん……」

 「シンジ……」

 シンジの検査が終わるまで一言も話さなかった二人がシンジに声を掛ける。しかし、
 シンジからの返事は無かったので、二人ともそれ以上何も話せなくなってしまう。

 「……リツコ、シンジ君の精密検査の結果はどうなの?」

 「……一言で言うと、ネルフに来る直前から今までの記憶が全て無い
 わね

 『!!!』

 「そ、そんな……どうして……」

 「恐らく……心の防衛機能が働いたようね」

 「心の防衛機能?」

 「ええ、そうよ。ミサト、シンジ君がネルフに来て幸せだったと思う?」

 「う。そ、それは……」

 「シンジ君にとってネルフに来てからの生活……命懸けの戦いの日々……さまざまな
 プレッシャー……悲しい出来事の連続……仕方がないとは言え……まだ十四歳の少年
 に世界の運命を負わせるのは無理がありすぎたのよ……。

 人はね、あまりに悲しい出来事があるとね、心が壊れてしまわないように無意識に
 防衛機能が働くのよ。大きく分けてパターンは二つ。

 一つは外からの情報を全て閉ざしてしまい、自分の中に閉じこもってしまう状態。
 アスカが陥った状態ね。

 そしてもう一つ、悲しい出来事の記憶そのものを無かった事にしてしまい、自分の
 記憶を無意識のうちに改ざんしてしまうの。心を守るためにね」

 「そ、そんな事って……で、でもシンジ君はこれまで普通に暮らしてたじゃない
 の。それはどう説明するのよ?」

 「確かにシンジ君は悲しい出来事を乗り越えていたわ。でもね、悲しい記憶という
 ものはなかなか消えないし、心の奥の方に有り続けるものなのよ。頭を打った時の
 ショックで、たまたまそれらの悲しい記憶が強く表に出てきてしまったんだと思う
 わ」

 「じゃあ何? シンジは私たちとの生活を辛いものだと思ってるって
 わけ!?」

 「違うわ。あなた達との暮らし、特に使徒が来なくなってからの暮らしは間違いなく
 シンジ君にとって幸せな時間だったはずよ。それは一緒に暮らしてるあなた達が一番
 良く知ってるでしょ」

 「じゃあ何で……」

 「人間は完璧じゃないわ。誰だって弱い部分がある。それがたまたま出てきた
 のよ……ほんとに、運が悪いとしか言いようがないわ……。アスカになら分かる
 でしょ。あの時、自分がどんな気持ちだったかが」

 「……でも……でも……シンジに忘れられるなんて嫌よ!! シンジ!
 早く私たちの事を思い出しなさいよ!! 記憶を閉ざしたって ろくな
 事ないんだから!!

 「ご、ごめん……ほんとに……何も思い出せないんだ……」

 「あんたまさか、私やレイとキスした事まで忘れてんじゃないんでしょうね?」

 「キ、キ、キス!? ぼ、僕が!? ふ、二人と……な、な、何で……」

 「あんたバカぁ!! そんな大事な事まで忘れるなんて!! さっさと
 思い出しなさい!!」

 「アスカ止めて、碇くんが困ってる」

 「レイこそさっきからずっと黙ってるけど、シンジに忘れられて平気
 なの!?」

 「そんな事無い。そんな事絶対に無い。碇くんに忘れられるのは絶対に嫌」

 「じゃあどうして……」

 「私は碇くんが苦しむ所は見たくないの。碇くんが記憶を閉ざしてまで忘れようと
 したほどの悲しい記憶なら……碇くんにとって覚えてない方が碇くんのためなん
 じゃないの? 碇くんは碇くんだもの。これからも一緒に暮らせば……」

 「そんなのダメよ!!」

 「アスカ……」

 「今のシンジの中には私たちがいないのよ! これまでの事を話して聞か
 せたり、色んな映像を見せたりしても、それは今のシンジにとっての記録でしかない
 のよ。今のシンジ自身の記憶じゃないのよ。その時その時に何を感じ、どう思った
 のか、それを今のシンジは持ってないのよ。そんなの耐えられるわけないじゃない
 の。シンジと過ごしてきた時間、確かに辛い事もたくさんあった。でも、それは私に
 とってかけがえのない、大切な時間なのよ。

 なのに、今のシンジの中には私がいない……そんなの……
 そんなの絶対に嫌よ!! レイだってそうなんでしょ! 泣いてる
 じゃないの! 綺麗ごとはもう止めなさい!!

 「私だって……私だって……そんなの嫌よ……。碇くんの中に私がいない……
 そんなの絶対に嫌よ。だけど……だけど……私たちの事を思い出すという事は
 碇くんにとって辛い記憶も一緒に思い出してしまう事になる……。私は碇くんの
 心が壊れてしまうのは絶対に嫌なの。それなら……辛いけど……とても辛い
 けど……今のままの方が……碇くんにとっていいのなら……私は……
 私は……」

 「二人とも落ち着きなさい。感情的になっても何も解決しないわよ。ねぇ、シンジ
 君」

 「あ、はい」

 「私達があなたをからかっているわけではないって事は分かってくれてるわよね?」

 「ええ……地下にこんな施設があるなんて知らなかったし、随分と日にちも経って
 いるみたいだし……僕一人からかうには大げさすぎますし……いまだに信じられ
 ないけど……僕があのロボットに乗ってあんな化け物と戦ってたのは……どうやら
 事実みたいだし……」

 「……シンジ君、あなたは確かにここに来て、たくさんの辛い事を経験したわ。
 シンジ君が深く傷付いているのも知ってる……。でもねシンジ君、あなたはそれを
 乗り越えたのよ。そして前より随分と強くなった。だからこそレイもアスカもあなた
 と暮らす事を選んだのよ。私はあなた達の保護者として一緒に暮らしてるから、
 三人の絆の深さは良く知っているつもりよ。レイにとってもアスカにとっても、
 シンジ君はなくてはならない存在なのよ。もちろん私達にとっても。
 そして、シンジ君にとってもレイとアスカはかけがえのない存在なの。
 だから、お願い。自分を取り戻して。この子達のためにも。シンジ君自身のため
 にも……」

 「…………」

 「シンジ君、どんなに辛い過去でも、それはシンジ君自身が過ごしてきた時間よ。
 どんなに否定しても過去は変えられない。変えていけるのは未来だけなの。
 逃げちゃ駄目よ……自分自身の過去から……現実から……自分自身から……」

 「……仰る事は分かります。僕だって自分が何をしてきたのかを覚えてないなんて
 嫌ですから……。でも……駄目なんです……。さっきから何度も思い出そうと
 しているんですけど……身体が震えてきて……なぜかとても怖くなって……
 どうしても思い出せないんです……。僕は一体……何を……」

 「シンジ君……」

 「やはり過去の苦しみから逃げている今のシンジ君に、急に過去を思い出せと言って
 も無理のようね。身体が拒否反応を起こしているようだし……」

 『無理もないわね。十四歳が経験するにはあまりにも辛い毎日だったもの……』

 「じゃあどうすればいいのよ?」

 「そうね、とりあえず今は心を落ち着かせる方がいいわね。レイ、アスカ、二人で
 シンジ君を地底湖周辺の散歩にでも連れて行ってくれるかしら。そうすれば少しは
 落ち着けると思うから。その間に私達が対策を立てておくから」

 「はい、分かりました。碇くん、行こ」

 「あ、う、うん」

 レイはシンジの手をぎゅっと握りしめる。そうしないとシンジとの絆がなくなって
 しまうかのように。その手は不安のためか震えていた。もちろん、同じようにシンジ
 の手を取るアスカの手も……。


 「……リツコ」

 「ええ、分かってるわミサト。こんな事ぐらいで私達の罪が消えるとは思わない
 けど、シンジ君の記憶が戻るよう、全力を尽くすわ」

 「そうね。何としてでもシンジ君には元のシンジ君に戻ってもらわないとね。
 せっかく三人でいい雰囲気になってるのに……このままじゃ悲しすぎるもの……」


 <つづく>


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