綾波っ!!

 シンジはベッドの上で飛び起きた。酷い寝汗をかき、呼吸が乱れている。

 『な、何だ……今の……夢……。どんな夢? ……何も覚えてない……。でも……
 何だこの感じ……心が潰されそうな……何だ…………綾波……?』

 シンジは自分でもなぜだか分からないが、無性にレイの事が気になってきた。

 もう二度と会えないのではないか?

 と思い、いてもたってもいられなくなり、レイの部屋へと向かった。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十三部 Bパート


 レイの部屋の前にはアスカがいた。

 「? アスカ、どうしたの?」

 「え、シンジ? シンジこそどうしたのよ、こんな時間に?」

 「うん、何だか良く分からないけど、綾波に呼ばれたような気がして……」

 「シンジの部屋まで聞こえたの?」

 「え? どういう事?」

 「どうもさっきから、レイの部屋からうめき声というか……苦しそうな声が聞こえて
 くるのよ」

 その時、確かに部屋の中から、苦しそうなレイの声が聞こえてきた。

 「……た……す……け……て…………い……か……り……く……ん…………
 ……た……す……け……て……」

 !! 綾波!! どうしたの、綾波!?」

 「……た……す……け……て……」

 「綾波、入るよ!」

 「ちょ、ちょっとシンジ!」

 シンジは、止めようとするアスカを振り切り、部屋の中に入る。
 慌てて続いて入ったアスカが部屋の明かりを点ける。

 レイは酷く苦しそうにし、酷い寝汗をかいていた。

 「綾波! しっかりして、綾波!!」

 「……う……ん……碇……くん……?」

 「どうしたの綾波!? しっかりして!」

 !! 碇くん!」

 レイはシンジの姿を見つけると、その胸にしがみ付いた。

 「ちょ、ちょっとレイ!」

 「あ、綾波?」

 『え? 綾波、震えてる……』

 「碇くん……みんなが……みんなが私を責めるの……どうして私だけ生きてるんだ
 って……どうして私だけ人間なんだって……みんなが責めるの」

 「綾……波……」

 「みんな? みんなって誰よ?」

 「碇くん、私、生きてはいけないの? ここにいてはいけないの?
 生まれて来てはいけなかったの?」

 「あんたバカっ!? 何バカな事言ってんのよ!!」

 「え? アスカ?」 (レイ)

 「生まれてきちゃいけない人間なんているわけないでしょ!!
 生まれてきた以上、望まれたから生まれたに決まってるじゃないの!
 そんな事も分からないの!?」

 「………………」

 「綾波、アスカの言う通りだよ。生まれてきちゃいけない人間なんて……
 いらない人間なんていやしないんだ。……恐い夢を見たんだね。だから取り乱して
 るだけだよ。大丈夫だから、落ち着いて」

 「夢……今のが……夢……」

 「レイ、あんたそんなに私たちの事が信用できないわけ?」

 「え?」

 「だってそうでしょ。何悩んでんのか知らないけど、悩みがあるんだったら相談
 すればいいじゃないのよ。私たちは家族なのよ。何のために一緒に暮らしてると
 思ってんのよ。あんたは一人じゃないのよ。まぁ確かに、ミサトが保護者として
 全く役に立たないのは認めるけど、私たちがいるでしょ。シンジに言えないような事
 なら私が相談に乗ってあげるわよ。何でも相談しなさい」

 「……ありがとう……アスカ……」

 『……でも……言えない……せっかく仲良くなれたのに……言えば……嫌われて
 しまう……』

 「……綾波」

 「え?」

 「さっきの綾波の取り乱しようから、綾波がどんな夢を見たのか大体分かるよ。
 綾波は優しいから、彼女たちに申し訳なく思ってるんだろ? ……その……
 自分だけが……生きてる事が……」

 「……うん」

 「彼女たち?」

 「そうなんだ……やっぱり……。ねぇ綾波、人間って何だと思う?」

 「え? それは……碇くんや……アスカや……ミサトさんや……」

 「そうじゃないよ。かけがえのないたった一つの身体と魂、心、それらが合わさって
 人間っていうんだ。今の綾波の姿だよ。僕と何も変わらないよ」

 「あ……」

 「僕は、彼女たちは死んだわけじゃないと思う。綾波と一つになったんだって、
 そう思うよ」

 「私と……一つに……」

 「うん。そして、たった一人しかいない、かけがえのない、綾波レイという人間に
 なった。それにね、僕は人間にとって一番大事なのは、自分以外の人の事を真剣に
 心配できる優しい心だと思うんだ。綾波はちゃんとそれを持ってる。だからそんな
 夢を見たんだと思う。何も心配する事はないよ」

 「碇……くん……」

 シンジに言葉で、レイは救われかける。しかし、それでも不安になる。

 「でも……でも……私は……。碇くんも見たんでしょ? 私は……碇くんの……
 お母さんの……」

 「綾波、それは違う」

 「でも……でも……」

 「綾波、正直言って、確かに僕は綾波の中に母さんの面影を見た事はある。でも、
 だからといって、綾波を誰かの……母さんの代わりだなんて思った事は一度も
 ないよ。だって、綾波は綾波だもの。僕はちゃんと綾波を見ているつもりだよ」

 「じゃあ……じゃあ私は何? 私は誰なの?」

 「綾波は綾波だよ。それ以外の誰でもないよ」

 「私は……私……」

 「綾波、僕は頭悪いから難しい事は良く分からない。医学や科学がどんなに進んでる
 のかも知らないし、何のためにあんな状態になってたのかも知らない。でも、色んな
 生き方があってもいいと思う。さっきアスカが言ったように、望まれたからこそ
 生まれてきたんだから……。それに、子供には生まれ方や親は選べやしない。
 綾波には何の責任も無いんだ。だから自分を責めないで。過去は変えられないけど
 未来は変えられる。どう生まれて来たかを悔やむより、どう生きるかが大事だよ」

 「どう生きるか?」

 「うん。綾波は綾波らしく生きればそれでいいと思うよ」

 「私らしく……生きる……私らしく……」

 「綾波は自分が生まれた事が悪い事かも知れないと思ってるみたいだけど、そんな
 事はないよ。だって、綾波が生まれて来なかったら僕たち会えなかったんだし……」

 「碇……くん?」

 「僕は、綾波が生まれてきてくれた事、出会えた事、今ここにいてくれる事、とても
 嬉しく思うよ」

 「……碇くん……本当? ……本当に……私が生まれた事を……喜んで……くれる
 の? ……ここにいる事を……喜んでくれるの?」

 レイは信じられない思いでシンジを見つめる。シンジはかなり恥ずかしかったが、
 それでも自分が嘘を言っているわけではない事を伝えたいため、レイの目をまっすぐ
 に見つめていた。

 「碇……くん……」

 「それに……綾波、前に僕と約束してくれたよね。綾波は間違いなく人間だから、
 もうそんな悲しい事は言わないで欲しいって。僕との約束を守ってくれないの?」

 「そ、そんな事ない。私は碇くんとの約束は絶対に守る! 絶対に!
 もう言わない。碇くんがいてくれるもの。もう絶対に言わないから」

 「うん、なら僕もあの時の約束を守るよ。頼りないだろうけど、綾波を守るという
 約束は絶対に守るから。だから心配しないで、今はゆっくり眠ればいいよ、ねっ」

 シンジはレイを落ち着かせようとにっこりと微笑む。決して作り笑顔ではなく、
 心からの微笑みだった。その時レイは、その信じられないほどの優しい瞳の中に
 自分が映っているのを見つけた。たったそれだけの事なのに、心が、身体が震える
 ほど嬉しかった。そして、シンジの輪郭が歪んでいく。瞳から、後から後から
 大粒の涙が溢れてきていた。

 「いかり……くぅん……」

 レイはシンジの胸にしがみ付き、激しく泣き始めた……。


 <つづく>


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