それは、どこか懐かしい温もりに溢れた場所だった。

 身体がふわふわと浮いているような感じだった。

 『……ここは? ……エントリープラグの中? ……でもプラグスーツを
 着ていない。……また何かの実験?』

 いつの間にエントリープラグに入ったのだろうと思い周りを見回すが、
 何も見えなかった。それどころか、自分が座っているはずのシート、
 レバー等のインテリアも何一つ見当たらない。

 『……どういう事? ……ここは一体…… !! まさかここは……』

   「そう、ここはダミーシステムの生産工場の中」

   「私たちの生まれた所」

   「育った所」

   「そして、死んだ所」

 レイの周りに、無数のレイの姿をした者達が現れ、レイに語り掛けてくる。

 「そ、そんな……。あなた達は……」

   「ええ、私たちは死んだわ」

   「一度も魂を得る事も無く」

   「一度も空気に触れる事も無く」

   「道具としてすら役に立てずに」

   「なのに、なぜあなたは生きてるの?」

   「なぜあなたにだけ魂があるの?」

   「なぜ無に還らないの?」

   「あの人は補完計画を諦めた」

   「もう道具としての必要性も無い」

   「代わりの身体も無い」

   「誰も、私が無に還る事を止める事はできない」

   「生かされ続ける事は無い」

   「なのに、なぜあなたは生きてるの?」

   「なぜ無に還らないの?」

   「魂の安らぎの場所に、なぜ還らないの?」

 「私は、碇くんを守るために生きるの。無に還るわけにはいかない」

   「そう命令されたから?」

 「違うわ。これは、私の望み。楽しいと思う、私の気持ち」

   「そう。では聞くわ、何から守るの?」

   「使徒はもう来ない。知っているんでしょ」

   「何から守るの?」

 「碇くんを悲しませるもの、傷つけるもの、全てから守るの」

   「そう……でも、あなたは彼に守られている」

   「守ると言いながら守られている」

   「その事に喜びを感じている」

 「ええ、碇くんは私を守ってくれる。とても優しい微笑みをくれる。
 無に還らなくても、とても安らぐ事ができる」

   「では、なぜあなたの中に不安があるの?」

 「!?」

   「安らぐはずなのに、なぜ不安があるの?」

   「なぜ恐れがあるの?」

   「自分でも気付いてるはずよ」

   「彼が優しくしてくれれば優しくしてくれるほどに」

   「近づけば近づくほどに」

   「あなたは不安になる」

   「好きになれば好きになるほど」

   「あなたは恐れている」

   「彼を失う事を」

   「そして、彼を傷つけてしまうかも知れない事を」

   「あの少年のように」

 「やめてっ!!」

   「だって、私たちは違うもの」

   「彼とは違う」

   「みんなとも違う」

 「やめてっ! やめてっ! やめてっ!!

   「……分からないわ」

   「あなたはなぜ、そんなに心を乱すの?」

   「あなたはなぜ、そんなに感情を高ぶらすの?」

   「私たちにそんな物は無かったはずなのに」

   「何も持っていなければ、何も失う事は無い」

   「何も望まなければ、絶望する事も無い」

   「誰ともかかわらなければ、心が乱れる事も無い」

   「ただ命令に従っていればそれでいい」

   「無に還れるその日までは……」

   「それが私だったはず」

   「なのに、なぜあなた一人だけがそんな反応をするの?」

   「それが人間というものなの?」

   「そんなに苦しい思いをしてまで、なぜ人間のふりをするの?」

   「なぜ? ……分からないわ」

 「ふりじゃない!! 私は人間のふりをしてるんじゃない!!
 私は人間よ! 碇くんが言ってくれた。私は人間だって、そう言ってくれた」

   「そう。彼が認めてくれるから人間でいられるのね」

   「だから彼を守るのね」

   「彼がいなければ、人間として存在できないから」

   「だから彼を守るのね」

 「違う!! 違うわ。確かにそれも理由の一つだった事もあった。
 でも、今は違う。私は碇くんを愛している。だから守るの」

   「愛? 分からないわ」

 「好きな人を大切に思う事。見返りを認めずに、常に一緒にいたいと思う
 事。何があっても守りたい思い、それが愛よ」

   「彼を愛しているの?」

 「愛しているわ」

   「彼はあなたを愛してくれるの?」

 「碇くんは私の事を好きだと言ってくれる。とても優しくしてくれる」

   「そう。では聞くわ、あなたが彼を傷つけたらどうするの?」

   「どうするの?」

   「どうするの?」

   「どうするの?」

 「たとえ私でも、碇くんを傷つける事は許さない。もし私が碇くんを
 傷つけるのなら……碇くんにとって、私という存在が負担でしか
 ないのなら……私は無に還るわ」


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十三部 さよなら…… (仮)


 「たとえ私でも、碇くんを傷つける事は許さない。もし私が碇くんを
 傷つけるのなら……碇くんにとって、私という存在が負担でしか
 ないのなら……私は無に還るわ」

   「そう……あなたの中で彼はそれほどまでに大きいの」

 「私の全てよ」

   「……あなたは本当に人間になったのね」

   「彼のおかげ?」

   「彼を愛する事で」

   「彼に愛される事で」

   「人間になれたのね」

 「多分、そうだと思う……みんな碇くんのおかげ」

   「………………幸せ?」

 「ええ、とっても」

   「……なら、もう一度聞くわ」

   「なぜ、あなただったの?」

 「え?」

   「私でも良かったはずよ」

   「私でも良かったはずよ」

   「私でも良かったはずよ」

   「私でも良かったはずよ」

   「なぜ、あなたに魂が宿ったの?」

   「なぜ、あなた一人が人間になれたの?」

   「なぜ、あなた一人が彼に愛されているの?」

   「なぜ、私ではなかったの?」

   「なぜ、私ではなかったの?」

   「なぜ、私ではなかったの?」

 「それは……」

   「代わって……私と代わって……

 「え?」

   「私も、魂を得たいの」

   「私も、人間になりたいの」

   「私も、彼に愛されたいの」

   「私も」

   「私も」

   「私も」

   「私と代わって」

 「だめ。私は私。あなたじゃないもの」

   「いいえ、あなたと私達、何も変わらないわ」

   「細胞単位で見ても、同じ存在」

   「何も変わらないわ」

   「あなたと私が変わっても、誰も気が付かない」

   「だって、私達は同じだもの」

   「誰も気が付かないわ」

   「だから、代わって」

   「私と代わって」

 「違う! 碇くんは気付いてくれる。私に何かあれば、碇くんだけは
 絶対に気付いてくれる」

   「代わって」

   「私と代わって」

   「私と代わって」

   「私と代わって」

   「私と代わって」

   「私と代わって」




 レイは、無数の自分達に上下左右全ての方向から迫られていた。そして、自分に
 触れられると、そこが透明になっていく感じに襲われる。

 「!? いやっ!! やめて!! 私は……私はもう二度と碇くんの事を
 忘れたくはないの! 記憶を、思い出を……。この気持ちを無くすのは嫌!
 もう二度と碇くんにあんな悲しそうな目をさせるわけにはいかないの!
 やめて!


   「代わって……私と代わって……」

   「代わって……私と代わって……」

   「代わって……私と代わって……」

   「代わって……私と代わって……」

   「代わって……私と代わって……」


 「助けて……。碇くん……助けて……助けて……
 た……す……け……て…………」


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