新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十二部 Bパート


 シンジはこれまで、ケンスケ達から逃げるために仕方なく走っていた。

 しかし、今は違う。

 初めて自分の意志で何かを選び、それを成し遂げようとしていた。

 レイやアスカを守りたい。そのために体を鍛えたい。その思いが強くあるため、
 シンジは真剣に練習に取り組み、記録も順調に伸びていった。また、ちょうど
 成長期と重なったためか、随分と背が伸びてきて、体も徐々に短距離走の選手らしく
 なってきていた。

 シンジは近頃、走る事自体が楽しく感じてきていた。そして何より、そばでタイムを
 計ってくれたり、タオルを渡してくれるレイやアスカが応援してくれる事がシンジの
 力となっていた。

 そんなシンジの走る姿を、アスカは嬉しそうに見つめていた。

 『シンジ、最近またタイムが縮まったわね。それに背も伸びてきたし、体つきも
 なんだか男っぽくなってきたし……。なんか、頼りがいが出てきたって
 感じね。いい傾向だわ』

 と、そんな事をアスカが考えていると、後ろから黄色い声がする。

 「碇君、頑張ってるわね」

 「今日も一生懸命練習してる」

 「なんか、男の子の真剣な顔っていいわね」

 「相田君、ちゃんと撮影してよ」

 「大丈夫だって。僕に任せておけば完璧さ」

 自称『碇シンジファンクラブ』の連中が、今日もシンジの練習を見に来て
 いるのである。しかも、今日はケンスケまで連れて来ている。

 アスカにとって、シンジが男らしくなり、頼りがいが出てきた事はもちろん嬉しい
 事なのだが、それに比例してファンクラブの人数が増えていく事が、今のアスカの
 最大の悩み事だった。

 「ちょっとあんた達また来たわけ? 短距離走は集中力が大事なのよ。シンジの邪魔
 すんじゃないわよ」

 ファンクラブのメンバーとアスカは当然仲が悪い。もっとも、アスカは自分の容姿、
 シンジとの絆に絶対の自信を持っているので、シンジを取られるのではないか?
 という事は全く心配していない。単に、シンジの練習の邪魔をするのが許せない
 らしい。

 「そもそも相田、あんた何やってんのよ?」

 「カメラマンさ」

 「はぁ?」

 「いや~僕の実力を高く評価してくれてね。ぜひカメラマンとしての腕を借りたい
 って言うんだ。やっぱり、見るべき人は僕の実力をちゃんと見てくれてるって事
 だね」

 「はん! 何言ってんだか。学校にまでカメラ持ち込んでるようなやつはあんたしか
 いないからに決まってんじゃないの。……とにかく、明日の太陽を拝みたかったら、
 シンジの写真を売って一儲けしようなんて事するんじゃないわよ。いいわね!!

 シンジを取られる心配は全くしていないが、自分とレイ以外がシンジの写真を持つ
 のは嫌なようだった。

 「何よ、独占欲丸出しにしちゃって」

 「昔はあんなに仲が悪かったくせに」

 「それに、私達が碇君の応援するのは自由じゃないの。勝手に仕切んないでもらい
 たいわね」

 「ただ一緒に住んでるだけのくせに、恋人面しないで欲しいわね」

 「ぬわんですってぇーーーっ!!」

 「相田君、アスカなんか放っといて、いい写真をたくさん撮ってね」

 「あ、あぁ……」

 『……これは血の雨が降るかも……さっさと写真撮ってこの場から離れた方が身の
 ためだな』

 と、ケンスケが考えてる横では、アスカとファンクラブのメンバーが激しく言い
 争っていた、口ゲンカでは負けた事のないアスカだが、やはり多勢に無勢
 徐々に押されていた。

 『くっ……。こいつら数ばっかり増えてくるわね……さすがに私一人じゃ
 きついか……。だいたい、レイは何やってんのよ。私の援護射撃ぐらいしなさい
 よねまったく……』

 「レイ、ちょっとレイ、何やってんのよ? あんたもこいつらに何とか言って
 やんなさい…………レイ?

 レイが一切反応しないので、不思議に思いレイの顔を覗き込む。

 碇くん……かっこいい……」 ぽ~~~っ

 『くっ……またか……』

 「ちょっとレイ、シンジに見とれてる暇があるんならこいつら
 追っ払うのを手伝いなさいよ!」

 「え? え? ……あ、ああ、今日も碇くんの応援に来てくれたの? でも、あん
 まり大きな声を出して碇くんの集中を乱さないように、静かに応援してね

 「そーじゃないでしょーーー!」

 「だ、だって、せっかく応援してくれてるし……」


 「…………平和だねぇ~~~」 (ケンスケ)


 と、いつもの光景が繰り広げられている頃、ネルフ本部では、ミサトとリツコが
 通路を歩きながらシンジの事を話し合っていた。

 「ねぇミサト、シンジ君陸上部に入ったんですって?」

 「ええ、前にシンジ君がレイを守ってケガした事があったでしょ。その時に、自分が
 運動不足だと痛感したらしいのよ。で、レイやアスカを守れるようになるために、
 体を鍛えるんだって言ってたわ」

 「へー、シンジ君がねぇ……。随分と前向きになったわね。それじゃ、二人とも
 喜んでるでしょうね」

 「そりゃあね~『シンジ君のタイムが縮まった』とか『男っぽくなってきた』とか
 毎日のろけるのよ。まったく、すっかり当てられちゃうわ。おまけに、シンジ君の
 専属マネージャーとして二人とも入部するし……もーラブラブって感じよ」

 「ふふ、大変ね。でもミサト、シンジ君が体を鍛え始めてから、シンジ君のシン
 クロ率が結構伸びてるのよ。体を鍛えてるのが原因かしらね?」

 「どういう事? エヴァのシンクロには肉体的なものはあまり影響しないって言って
 なかった?」

 「それはそうなんだけど、大昔の人が言ってるでしょ。

 『健全な精神は健全な肉体に宿る』

 って。苦しい練習に耐える事で精神的にも強くなって、それがシンクロ率にいい影響
 を与えてるんじゃないかと思うのよ。レイとアスカにも体を鍛えるように指導して
 みようかしらね」

 「なるほどね、一理あるわね」

 と話していると、後ろから声が掛かった。

 「二人ともここにいたのか」

 「碇司令?」

 「司令、何かご用でしょうか?」

 「うむ。君達に話があってね」

 「話?」

 「ああ、知っての通り、我々ネルフ職員は勤務時間が不規則になりやすく、生活の
 リズムが狂いやすい。そこで、職員の健康管理、及び体力の向上を考え、ジオフロン
 ト内に総合グラウンドを作る事にした」

 「総合……グラウンド……ですか?」

 「そうだ。各種スポーツのインストラクターも一流の人物を揃える予定なので、
 君達も利用するといい」

 「あ、ありがとうございます」

 「それと、葛城君」

 「はい、何でしょうか?」

 「うむ。シンジが陸上部に入ったと聞いたものでな」

 「はい。ですが、シンクロテストや訓練には何の支障も出ていませんので、ぜひ
 続けさせてあげて下さい、お願いします」

 『せっかくシンジ君が選んだ事なんだから、続けさせてあげたい』

 「ああ、訓練に支障がないのであれば反対する理由は無い。しかも、報告書によれば
 シンジのシンクロ率が伸びているようだしな。これからも続ければいい、その方が
 上達が早いだろうからな。赤木君も科学者の立場から指導してやってくれたまえ」

 「それは構いませんが……体を鍛える事がシンクロ率の上昇に繋がると判断した
 ためですか?」

 「無論だ。走るだけの施設ならすぐに造れるからな。完成次第、シンジに走らせれ
 ばいい」

 「あの……レイやアスカもですか?」

 「ん? あ、ああ、そうだな。二人にも伝えておいてくれ。では後は任せる」

 そう言い残し、ゲンドウは歩いて行ってしまった。

 「碇司令が私達職員の事を意識してたなんてちょっと意外ね。見直しちゃったわ」

 「……本当にそうかしら? ちょっと疑問ね」

 「? どういう事、リツコ?」

 「……考え過ぎだと思うんだけど……ひょっとして、シンジ君のためにグラウンド
 造る気なんじゃないかと思ってね。シンクロ率のためだ、なんて言ってた割にレイや
 アスカの事考えてなかったみたいだし……」

 「まさか、いくらなんでも…………まさか、ねぇ」

 「ま、その事は置いておくとしても、実際にシンクロ率にいい影響が出ているよう
 だし、シンジ君達もネルフ内で訓練の一環としてやる方が能率も上がるだろうから、
 私も協力させてもらうわ」

 「そうね。それに、碇司令も言うように、私達も少しは運動した方がいいかもね」

 「ふふ、どうしたのミサト、ビール腹が気になりだしたの?

 「うっさい!」

 ネルフ内でこんな会話が繰り広げられながら、着々と工事は進んでいった。


 そして数日後、グラウンドのみ完成したので、シンジ達三人は訓練の一環としてジオ
 フロント内で走る事にした。

 今まで特に体を鍛えていなかったアスカは多少難色を示したのだが、レイの

 『碇くんと一緒に走るのは楽しい』

 という言葉を聞き、やれやれと言いながらも走る事にした。もちろん、アスカに
 とってもシンジと一緒に走る事は楽しい事だったし、何よりここにはシンジの
 邪魔をする悪の勢力(ファンクラブ会員)がいないので、アスカの機嫌は結構
 良かった。当然、レイもニコニコしながら走っている。


 そして次回、ネルフ構内大運動会が開催される!

 ……というのは、もちろん冗談です(笑)


 <つづく>


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