「おっそい!! いったい今まで何やって……ど、どうしたのよ
 二人とも、その格好!?

 アスカは、シンジとレイが血だらけなのを見て愕然とした。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十一部 Cパート


 一方その頃、保安部の人間のサングラスに仕込まれた超小型カメラが映し出す映像
 を、ただっ広い部屋の中で見ていた人物が二人いた。

 「……碇、警備の人間にきつく言っておかねばならんぞ。もっと早く
 助けに入るようにな。これではガードの意味が無い」

 「問題ない。男なら大切な人くらい自分の力で守らねばならん。常に
 守られているという思いは甘えに繋がるからな。自分の力で切り抜けられるならば、
 何もしない方が本人のためだ」

 「それは……そうだが。しかし、彼らにもしもの事があれば……」

 「ふ。問題ない

 「…………まさか碇、今の二人、お前が仕掛けたのではあるまいな……

 「ふっ。何の事だ冬月」 ニヤリ

 「まったく、お前という奴は……。息子に甘いのか厳しいのかどちらなんだ?」

 「男は強くなくてはならん。ましてシンジは守るべき人が二人もいるからな。これ
 くらいの試練は当然だ。獅子は我が子を谷に落とし、這い上がって来た者のみを
 息子と認めるという。私は、シンジに強い男になってもらいたいだけだ。いずれ
 ネルフを継いでもらわねばならんからな」

 ゲンドウの言葉に冬月が呆れていると、ゲンドウのデスクの電話が鳴る。

 「私だ」

 「碇司令、作戦に変更があったのですか?

 「? ……どういう事だ?」

 「はい、作戦では目標に対して接触するのは我々のはずでしたが、作戦を開始しよう
 とした所、既に別の者たちが目標に接触していましたので、作戦に変更があったのか
 かと思い、我々は手を出さなかったのですが……」

 「なに!? ……すると……今の二人は……」

 「……碇……」 (冬月)

 「作戦変更。直ちにあの二人を捉えろ」

 「はっ!」

 「おのれーよくもうちのシンジを……硬化ベークライトで固めて芦ノ湖に
 沈めてやる

 「落ち着け碇! そもそもお前がこんな事を考えるからいかんのだ。十年くらいの
 強制労働で許してやれ。出来る限り穏便に事は進めるべきだ。いいな碇」

 「……ああ、いいだろう」

 「それとな碇、ネルフの保安部は現在の所、世界で最も優秀な諜報機関だ。それは
 お前も知っているだろう? 彼らに取れない情報は存在せん、と言っても過言では
 ない。そんな彼らの任務が単なる覗きと知ったら、彼ら嘆くぞ」

 「問題ない。エヴァパイロットの重要性は彼らも良く知っているはずだからな」

 「しかしな、お前のやってる事は覗きという犯罪だぞ」

 「問題ない。覗きとは相手にばれなければ犯罪ではないのだ。ネルフの
 保安部の連中は皆一流だからな、シンジ達に気付かれる恐れは無い」

 「しかしな……なぜこんな事を?」

 「親としてシンジの成長が気になるからだ。当然だろう」

 「そんなにシンジ君の事が心配なら、一緒に暮らせばいいではないか

 「い、一緒に……し、しかし私まで居候してはさすがに葛城君に迷惑が……」

 「お前が引き取るんだ!!」

 「ふ、冬月、何も青筋立てて怒らんでも……」

 「まったく、お前という奴は……」

 「し、しかしだな冬月、私は子育てというものが分からんのだ。私といるとシンジも
 硬くなるし……。ここはやはり葛城君に任せ、こうして見守っている方が……」

 『見守るではなく、覗きだ……』 (冬月)

 「……お前は不器用な奴だからな、まぁ仕方があるまい」

 「そうか冬月、分かってくれるか」

 「だが一言言っておく、ネルフ内や公道での撮影は認めるが、彼らの個室やプライ
 バシーに関わる所まで覗こうとするなら、俺はシンジ君たちにすぐ話すぞ。お前が
 覗いているとな。嫌われるだろうな、間違いなく」

 「う……。わ、分かった、早速監視カメラは撤去しよう」

 「お前という奴は! もうそんな物を仕掛けていたのか!?」

 「す、すぐ取り除く。だからシンジにはこの事を黙っててくれ。な、な、冬月。
 もうせんから、な、な?」

 ゲンドウは情けなく冬月に訴えかけていた。冬月は、それをやれやれ、といった風に
 見下ろす。

 『ユイ君、君の言っていた碇の可愛い所、というのはこれか……? 可愛いという
 より、不気味だな』

 そんな事を考えながらも、『碇がこんな事をしているのだから、世の中は平和
 なんだな……』 と、しみじみ思う冬月だった。



 そして再び、ミサトのマンション。

 「ど、どうしたのよ二人ともその格好!?」

 「アスカ! 早くお湯とタオル持ってきて!」

 「え?」

 「早く!」

 「う、うん!」

 アスカは何がなんだかさっぱり分からなかったが、とにかくバスルームでお湯を
 洗面器に入れ、タオルを持ってくる。レイも救急箱を持ってきていた。そして、
 二人掛かりでシンジの身体から血を拭き取っていく。

 「いてててて……」

 「ごめんなさい、ちょっと我慢してて……。良かった、血は止まってる。ちょっと
 しみるけど我慢してね」

 レイはそう言って傷口を消毒し、包帯を巻いていく。アスカも心配そうにシンジの
 腕や足の傷にバンソウコウや湿布を貼っている。

 二人掛かりでシンジの治療は進んでいった。

 「シンジ、いったい何があったのよ? こんなにケガして?」

 「う、うん、ちょっとケンカをね……」

 「シンジがケンカ? シンジが? それで、頭のケガは大丈夫なの? 病院行かな
 くて大丈夫なの?」

 「うん、大丈夫だよ。それより、ごめんねアスカ、晩御飯が遅くなっちゃって。
 すぐ作るから……」

 「何言ってんのよ。そんなのいいからあんたは休んでなさい。晩御飯は私とレイで
 作るわよ。いいでしょ、レイ?」

 「ええ、私もそのつもりだから」

 「で、でも……」

 「心配しなくても味付けはレイに任せるわよ。だから安心して横になってなさい」

 「う、うん、ありがとう。それじゃちょっと休ませてもらうよ」

 「そうしなさい」

 「碇くん、ゆっくり休んでて。後は私たちがやるから」

 「ほら、部屋まで連れてってあげるから」

 そう言ってアスカはシンジの手を引っ張り、シンジの部屋まで連れてくる。レイが
 部屋のふすまを開け、電気を点ける。そして、シンジは部屋に入り、座り込む。

 「ふぅ……」

 「何があったか知らないけど、ゆっくり休んでなさい。寝ててもいいから」

 「私もそうした方がいいと思う。ご飯ができたら呼ぶからゆっくり休んでて」

 「うん、ありがとう」

 シンジが微笑むのを見て、とりあえずレイとアスカは安心して部屋を出る。

 「レイ、あなたも血だらけよ。レイもケガしてんの?」

 「ううん、私のは碇くんを支えてた時に付いただけ。私はケガしてないから心配
 しないで」

 「そう、ならレイも着替えてきなさい。それから何があったのか聞かせてもらうから」

 「うん、そうする」

 レイが着替えるのを待って、アスカは何が起きたのかをすべてレイから聞かされて
 いた。そして、その後二人は何も話さず、黙々と晩御飯の準備を進めていく。

 どれくらい経った頃か、アスカが小さな声でレイに話し掛けた。

 「……し……かった?」

 「え? なに、アスカ?」

 「……シンジに助けてもらって……嬉しかった?」

 「うん、嬉しかった」

 レイは迷う事なくそう答える。その嬉しそうな顔がアスカには辛かった。

 「そ……そうよね……好きな人が……あんなにケガしながらも守ってくれたんだ
 もの……女なら……嬉しくないはずがないわよね……。いいな、レイ……私も……
 行けば良かった……」

 「アスカ?」

 レイは、これほどまで弱々しいアスカを見るのは始めてなので、驚いていた。

 いつも明るく元気で、太陽みたいなアスカ。自分に無い物をたくさん持っている
 アスカがここまで落ち込む事など、考えた事すらなかった。

 「アスカ? どうしたの?」

 レイの問いかけにアスカは震えるように答える。

 「……このまま……シンジとレイが私の前から消えてしまう……。私だけが一人に
 なる……。そんな気がして……不安なの……」

 「アスカ……」

 「不安なの! どうしようもなく不安なのよ! 一人は嫌…… もう一人
 は嫌!!」

 アスカはそう言いながら、泣きそうな顔をしていた……。


 <つづく>


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