いやーーーっ!! 碇くん! 碇くんが死んじゃう!
 やめて! やめて!! 早く病院へ!!」

 しかし、そのレイの声も、今のシンジには届いていないようだった。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十一部 Bパート


 『……う……体中が痛い……僕はなんでこんな目に……。

 ……いつものようにこのまま倒れていればこれ以上は殴られない……。こいつら
 だってどこかに行く……。

 でも倒れてはいけない……なぜだか分からないけど、決して倒れてはいけない理由
 があったはず……』

 シンジは気を失いそうな中で、そう考えていた。

 そんな時、必死で自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

 『……この……声……あ……や……なみ……』

 そう気が付くと、途端に意識がはっきりしてくる。

 『……そうだ、僕は何やってるんだ。綾波を守らなきゃ。こんな所で寝てちゃ
 いけないんだ。守らなきゃ……今、僕が守らなきゃ……』

 「くっ!」

 シンジは全身が痛む中、何とか顔を上げる。

 「な!? こいつまだ……」

 碇くん! 良かった……大丈夫、碇くん!?」

 レイは嬉しそうにシンジを見る。そんなレイを見てシンジは、絶対ここで負けるわけ
 にはいかない、と自分を奮い立たせる。

 と、そんなシンジの目に何かが入る。

 『え、何?』

 そう思い、手を当てる。ヌルッとした感覚のその手を見ると、真っ赤に染まって
 いた。シンジの額からはかなりのが出ていた。

 『血?』

 「碇くん! 血が! 血が出てる! 早く! 早く治療しないと!!」

 レイは、自分の血は見慣れているが、シンジが血を流すのを見てパニックに陥いる。
 そして、チンピラ二人組も、

 「あ、アニキ! ヤバイんじゃ……」

 「あ、ああ、き、今日のところはこれで勘弁してやらぁ!! 行くぞ!」

 「へ、へい! アニキ!」

 と、まるでどこかにチンピラ養成学校でもあるのでは? と思えるほど決まり
 きった言葉を並べ、二人組は慌てて逃げていく。

 それを見て、シンジはその場に崩れ落ちる。

 「碇くん! 碇くん!! しっかりして! すぐ救急車呼ぶから!」

 「いいよ、綾波」

 「良くない! こんなに血が出てるのに!」

 レイはそう言って、ハンカチでシンジの額の血が出ている所を押さえる。

 「ほんとに大丈夫だから。僕は子供の頃から良くいじめられてたからね。見た目より
 打たれ強いんだ。それに、自分がどれくらいのケガしてるのかも分かるんだよ。額を
 切ると見た目以上に血が出るんだ。だから大丈夫だよ、心配しないで」

 シンジはそう言って微笑む。レイはそれを見て、ようやく落ち着いた。そして、
 シンジが無事だった事、シンジが自分を助けてくれた事が嬉しく、泣きながらシンジ
 に抱きついた。

 「いかりく~~~ん!!」 だきっ! ぎゅ~~~

 「あ、綾波……あ、あの、血が付いちゃうよ

 「いいの、いいの! 碇くん!!」 ぎゅ~~~

 「あ、あのさ、綾波、その……嬉しいんだけど……痛いんだけど……

 「あ、ご、ごめんなさい!」

 レイはシンジが全身ケガしているのを思い出し、慌てて力を緩める。
 決して離れはしないが……。

 「碇くん、ありがとう……私のために……こんなケガまでして……守ってくれて……
 ありがとう」

 「いいよ、綾波が無事だったんだ。ほんと良かったよ」

 「碇くん……」

 レイは感動してシンジを見る。しかしシンジはどこか悔しそうにしていた。

 「どうしたの碇くん?」

 「ん? あ、ああ、僕はまだ……エヴァに頼ってるんだな、と思って……」

 「エヴァに?」

 「うん、ほら、エヴァに乗るととても大きな力を手にする事ができるだろ。考えた
 だけで動いてくれるし……。僕はエヴァに乗ってるつもりで戦ってたんだ。あんな
 奴ら、使徒に比べたら全然大した事ない、そう思ってた……。

 でも駄目だった……。相手の動きは見えてるのに、身体が全然思うように動かな
 かった。こんなに自分の身体が重く感じたのは初めてだよ……。少しは鍛えなきゃ
 ね。自分の身体くらいちゃんと動かせるくらいには……。綾波をちゃんと守れる
 くらいには……。今みたいに何もできない無力な自分は嫌だから……」

 「そんな事ない! 碇くんは無力なんかじゃない! ちゃんと私を守って
 くれた。無力なんかじゃない」

 「でも、あいつらがいなくなったのは血が恐くなっただけだよ。誰だって、殴った
 相手が血を流せば恐くなるよ。僕の力じゃないよ……」

 シンジはそう言い、悔しそうに自分の手を見る。

 「そんな事ない。碇くんはどんなに殴られても決してくじけなかった。だから
 あの人たちも逃げたのよ。それは碇くんの力。決して碇くんは無力なんかじゃない
 から……」

 レイは泣きながらそう訴える。

 「綾波……」

 シンジはレイの気持ちが嬉しかった。そして、無事にレイを守れた事が嬉しかった。

 「碇くん、私、すごく嬉しいの。碇くんが私を守ってくれた事がすごく嬉しいの。
 ……でも、無茶しないで。碇くんにもしもの事があったら……私……私……
 碇くんがこんなに傷つくくらいなら私が……

 「だめだよ! 綾波!!」

 「え?」

 「綾波はどうして自分を犠牲にしようとするの!? そんな事して
 もらっても僕はちっとも嬉しくないよ!」

 「…………」

 「……僕は自分の事なら耐えられる。でも、僕の力が足りなくて綾波が酷い目に
 遭ったりしたら、その方が僕には耐えられないよ。綾波は無事だったんだ。それで
 いいじゃないか。もうそんな事は言わないで。もっと自分を大事にしてよ!

 「いかり……くん……」

 「あ、ごめん……急に大きな声出して……びっくりした?」

 「うん、碇くんに怒られたの初めてだから」

 「え? い、いや、別に怒ってるわけじゃ……」

 「いいの、私、嬉しいから

 「え?」

 「ねぇ碇くん、普通、誰かに怒られる事って嫌な事のはずよね? でも、嬉しいの。
 碇くんが怒ってくれる事が嬉しいの。だって、私の事、本気で心配してくれてる。
 だから怒ってくれるんでしょ? それがとても嬉しいの。ありがとう、碇くん。
 これからも私が間違ってたらちゃんと叱ってね。それが私のためだから」

 「あ……う、うん」

 レイがあまりに嬉しそうに微笑むのでシンジは見とれてしまった。

 「じゃ、じゃあ帰ろうか、あいつらが戻ってくるかも知れないし、アスカがおなか
 すかせてるだろうし……」

 シンジはそう言って立ち上がろうとするが、身体のあちこちが痛み、うまく立ち
 上がれなかった。

 「い、いててててて……くう……」

 「あ、碇くん、私につかまって

 え? い、いいよ、綾波……」 真っ赤

 「だめ!」

 「え?」

 「碇くん、私、守ってくれた事は本当に感謝してるの。私を守るために強くなるって
 言ってくれるのもすごく嬉しいの。でも、碇くんは一人じゃない。私がいつも
 そばにいるわ。何でも一人で背負い込まないで

 「あ……」

 「私、ケンカとかは駄目だけど、ケガしてる碇くんを支える事ならできる。それ
 くらいしか今の私にはできないけど、私は少しでも碇くんの力になりたいの。だから
 私につかまって、お願い碇くん、遠慮しないで、ね」

 「そうだね、僕一人じゃなかったんだ……何でも一人でやろう、一人でできる。
 なんてのは単なる傲慢でしかないからね……。ありがとう、綾波」

 「ううん、お礼を言うのは私。だって助けてもらったのは私だもの」

 「それでもやっぱりお礼は言うよ、ありがとう、綾波

 「うん」

 こうして、シンジはレイに支えられながら家路についた。身体はボロボロであちこち
 痛んだが、レイを守りきった充実感とレイの気遣いが嬉しかった。

 レイもまた、今自分がシンジを支えている、頼りにされている、守ってくれている、
 その事が嬉しかった。

 二人の心は熱いもので一杯だった。


 そして、そんな二人を見るサングラスの男たち。

 「うう……オレ、こういうシーンに弱いんだ……

 「実はオレもだ……」

 「しかし……ファーストの少女もそうだが、サードの少年も変わったな」

 「ああ、前はクラスメイトに殴られても倒れてるだけだったのに、あんなに何度も
 立ち上がるとはな」

 「やっぱり守るべき女(ひと)ができると男は強くなるのかな?」

 「ああ、あ~いう人物ならオレも守り甲斐があるってもんだな」

 「……守ってないけどな」

 「仕方ないだろ、命令なんだから」

 「そうだな、じゃあ、二人が動き出したし、オレ達も警備再開だな」

 「ああ」

 そう言って、二人はシンジ達のガードを再開した。


 一方その頃、アスカはというと……。

 「まったく……醤油一本買うのにいつまでかかってんのよ!」

 と、すっかり不機嫌になり、ドラマの内容などすっかり頭に入っていない。

 「私も行けば良かったかな……」

 と考えていると、シンジ達が帰ってきた。アスカは慌てて玄関に掛けていく。

 「おっそい!! いったい今まで何やって……ど、どうしたのよ
 二人とも、その格好!?

 アスカは、シンジとレイが血だらけなのを見て愕然とした……。


 <つづく>


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