ここはミサトのマンション。シンジとレイは、いつものように夕食の
 準備をしていた。

 アスカは、シンジとレイの事を視界に入れながらも、TVドラマを楽しんでいるという
 いつもの平和な光景がそこにはあった。

 「あ、しまった

 「ん? どうしたの、碇くん?」

 「醤油切らしてるのを忘れてたんだ……どうしようか……今さらメニューの変更
 効かないし……。しょうがない、買ってくるか……。アスカー!

 「んー、なーにー、シンジ?

 アスカはテレビを見ながら、なま返事を返す。

 「ちょっと醤油切らしてるのを忘れてたんだ。今から買ってくるんだけど、ごはん
 少し遅くなるんだ……。我慢してくれる?」

 「まぁ、少しくらいならね。早く買ってきなさいよ」

 「うん、じゃあ行ってくるよ」

 「碇くん、私も行く」

 「え、いいよ綾波、すぐそこだし……」

 「ううん、いいの。お米はもう洗ったし、私今する事ないから」

 「そう、じゃあ行こうか」

 その言葉に、アスカはピクッと反応する。

 「うん。ねぇアスカ、一緒に行かない?

 「私はパース!

 「どうして?」

 「このドラマ今日で最終回だから見逃すわけにはいかないのよ」

 「ドラマ?」

 「そ。優柔不断なくせに美女二人から言い寄られる主人公が、どっちを選ぶかって
 大事な場面なのよ。今日だけは見逃せないわ」

 「そうなの? じゃあ碇くん、二人で行こ」

 「うん、じゃあアスカ、すぐ買ってくるよ」

 「はーい、行ってらっしゃい」

 そう言ったやりとりの後、シンジとレイは部屋を出ていった。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第十一部 Aパート


 シンジとレイは行きつけのスーパーに行き、目的の醤油(お得サイズ)を買う。
 そして、食事が遅れた事でアスカが怒るかも知れない、と、アスカの大好きなお菓子
 もついでに買っていく。

 「さてと、買い物も済んだし、帰ろうか、綾波」

 「うん」

 買い物を済ませたシンジとレイは家路につく。すると、前方から、どう見ても
 酔っ払っている、二人組のガラの悪そうな人物が近づいてきた。
 そして、まるでそうするのが義務であるかのように、シンジ達に文句を言ってきた。

 「をい、兄ぃちゃん、こんな時間まで何やっとんのや? ガキが
 うろちょろしてんじゃねぇ!」

 「デートか? まったく近頃のガキどもは……」

 『デート? 私たち、そう見えるのかな……良かった……』

 『関西弁? トウジの知り合いかな?

 シンジとレイはどこかズレた感想を持っていた。

 「あ、鈴原さんのお宅だったらこの道を……

 「お、そりゃすまんな……って、誰や鈴原って!?

 「え?」

 『トウジの知り合いじゃない……やくざ!?

 シンジの中の、関西弁を使う人間の認識はこんなもんだった。

 しかし、この場合、不幸な事に間違ってはいなかった。やくざというより、チンピラ
 程度だが……。

 「兄ぃちゃん、ワシら金無いんや。痛い目見とうなかったら、おとなしゅう出した方
 が身のためやで」

 「有り金とこの子置いて、とっとと行っちまいな。怪我しとぅないやろ」

 そう言って、シンジ達を脅し始めた。

 「綾波、行こ」

 「うん」

 シンジはレイの手を取り、その場から逃げようとした。

 しかし、回り込まれてしまった。 パッパララ~ (ってド○クエか)

 そして、そのうちの一人がレイの後ろに回り、手を掴み、捻じり上げる。

 痛い! やめて、痛い!」

 綾波!! やめろ! 綾波を放せ!!」

 シンジはレイを助けようとするが、もう一人がシンジの前に立ち塞がる。

 「なんや兄ぃちゃん、恋人の前でナイト気取りか? はっ! ガキに何ができる。
 カッコつけんと金出して行っちまいな」

 そう言ってシンジをバカにしたような目で見る。

 「くっ!」

 シンジはこぶしを握り締める。しかし冷静に、携帯電話の非常事態のポタンを気付か
 れないように押す。

 『これですぐにネルフ保安部の人間が駆けつけてくれるはず……。でも、それまで
 は僕が綾波を守らないと……』

 そう思い、相手を睨み付ける。

 シンジはこれまで十四年間、ケンカというものをした事はなかった。トウジの事は
 相手が殴られる事を望んだため、極めて例外と言える。

 シンジは子供の頃から良くいじめられていた。しかし、どんな時も抵抗せず、数発
 殴らせてわざと倒れていた。そうすれば、それ以上自分が傷つく事はない。何より、
 相手も傷つけずに済む……。シンジはそう考える人間だった。

 たとえ自分を傷つける相手でも傷つけたくはない。常にそう思っていた。それは
 決して弱さではなく、シンジの優しさだった。

 しかし、いじめる側にそんなシンジの気持ちが分かるはずもない。

 『こいつは弱い。決して反撃してこない。自分が傷つく心配はない』

 と、勝手にそう思い込む。しかし、そんな自分より弱いと思い込んだ相手にさえ、
 一対一では何もできず、複数で一人をいじめる者達。どちらが弱いかなど比べる
 までもない。

 そんなシンジが、初めて相手を傷つける事を決意する。

 自分のためではなく、守りたい人のために。

 「……なんやその目は? 気にいらんな、ワシに勝てるとでも思とるんか?」

 「へ、アニキ、どうせ女の前だからってカッコつけてるだけですぜ。やっちまい
 ましょうよ」

 「あぁ、そのつもりや。お前はその女逃がさんよう捕まえとけよ」

 「へい」

 「さーて……兄ぃちゃん、どこまで意地を張り通せるか……ま、見物やな、来いや」

 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 そう叫びながら飛び掛かって行く。しかし、いくら決意をしても全くケンカをした事
 の無い者と、ケンカ慣れしている者とでは、やはり実力が違う。シンジのタックルは
 あっさりかわされる。そして、相手のこぶしは確実にシンジを傷つける。

 「いや! やめて! 碇くんに酷い事しないで! やめて!!

 しかしレイの叫びも、ただ面白そうに聞いているだけだった。

 「綾波を放せっ!!」

 「どこ行くんや? お前の相手はワシやろが」

 そう言ってシンジを殴り飛ばす。

 「ぐっ」

 シンジは道路に倒れてしまった。

 「なんや? もうおしまいか?

 「く、くそー!」

 そう言って再び立ち上がる。しかし、シンジの攻撃は全てかわされ、シンジのケガ
 だけが増えていく。チンピラどもはレイの叫びを全く無視し、シンジを殴るのを
 楽しむかのようだった。

 しかし、シンジはどんなに殴られても決して怯まなかった。


 その頃、そんなシンジ達と少し離れた所からシンジ達を見ているサングラスの
 男達がいた。

 「おい、助けなくていいのか? 非常事態の呼び出しが入ってるだろ?」

 「ああ、しかし碇司令に言われてるだろ。命にかかわるような時以外は手を
 出すな、と」

 「そ、それはそうだが……」

 「それに俺、チルドレン達の撮影も命令されてるんだ」

 「撮影?」

 「ああ、俺のサングラスに超小型の高性能カメラが仕込まれててな。マギで操作
 してるらしいんだ。俺以外にもかなりいるぞ」

 「……なんでまた……。しかし、音はどうするんだ? こんなに離れてるのに」

 「ああ、それはな、チルドレンに持たせてある携帯に盗聴機を仕込んでいる
 らしいぞ」

 「……なんで碇司令はそんな事を……」

 「さぁ、俺には碇司令が考える事は分からん。とにかく、もう少し様子を見た方が
 いいだろう」

 「ああ、そうだな」

 と、そんな会話がなされている頃、シンジはこれまでにない強烈なこぶしを顔面に
 受けてしまった。

 シンジは、これまでのいじめられていた悲しい経験から、相手の力をうまく逃がす事
 を体得していた。が、同じ学生とは違い、今シンジを殴っているのは、他人に害しか
 与えない人間のクズ。手加減というものを全く知らない連中だった。

 シンジは殴られた拍子にアスファルトに倒れ、頭を強く打ち、意識がもうろう
 なっていた。

 「ハァ ハァ 手こずらせやがって……」

 いやーーーっ!! 碇くん! 碇くんが死んじゃう!
 やめて! やめて!! 早く病院へ!!」

 しかし、そのレイの声も、今のシンジには届いていないようだった……。


 <つづく>


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