特務機関ネルフ
この組識には、世界でも最新鋭の器材、設備が揃っており、世界中の優秀な人材が
次々と集まってきていた。そして、豊富な研究資金を背景に、様々な研究、開発が
行われていた。
そんなネルフの中でも、特に最新の技術を誇るのが、リツコ専用の研究室だった。
リツコはそこで、誰にも邪魔される事なく、日夜怪しい実験を繰り返していた。
そのため、ネルフスタッフの間では、
『魔女の館とその主』
として恐れられていた。もちろん、そんな噂がリツコ本人の耳に入れば、どんな目に
あうか分かったものではないので、リツコはもとより、マヤの前でさえそんな事を
話す者はいなかった。
そんな魔女の館の主、つまりリツコに呼ばれたため、ミサトは仕事を終えた後、
リツコの元へ来ていた。
「リツコ~、私に用事って何?」
「あら、やっと来たわねミサト。特に用って事はないんだけど、プレゼントを
渡そうと思ってね」
「プレゼント? ……私に? …………リツコ、気持ちは嬉しいんだけど、私、
そっちの趣味は無いから。犠牲者はマヤだけで十分でしょ?」
「何の話よ!? まったく……私だってそんな趣味持ってないわよ。だいいち、
犠牲者って何よ?」
「な、なんだ、違うの。あ~びっくりしちゃった。でも、それじゃあ何で私に
プレゼントくれるわけ?」
「だって、今日はミサトの三十歳の誕生日じゃないの」
「う。そ、そう言えば今日は私の誕生日だったわね……」
「あら、本当に忘れてたの? それとも、意識的に忘れてたのかしら?」
「とほほ~~~私もとうとう三十歳かぁ~~~」
「おめでとうミサト。どう? みそじに突入した感想は?」
「あんまりめでたいもんじゃないわね。それにしてもリツコ嬉しそうね。そんなに
三十歳の独身女の仲間ができたのが嬉しいの?」
「あら、私は友達として、純粋にミサトの誕生日を祝ってあげてるだけよ。
はい、プレゼント」
リツコはそう言って、ミサトにプレゼントを渡した。
「あ、ありがと……。でもリツコ、やたらと機嫌がいいわね。私が同類になった事
以外にも何かいい事があったの?」
「あ、分かる~~~?」
「そりゃあね。で、何があったの?」
「んふふふふふ~~~。実は、長年研究していた若返りの薬がようやく
完成したのよぉ~~~! ……って、何よミサト、その思いっきり疑わし
そうな顔は?」
「あ、私そんなに疑わしそうな顔してる? やっぱり?」
「大丈夫よ。今度のは今までみたいに思い付きで作ったわけじゃないのよ。長年の
研究の結果、ようやく完成したのよ」
『思い付きで色んなもん作られるのも十分迷惑なんだけど……』
「それが、この『メノレモB10』よ!!」
そう言って、リツコは青い液体を取り出した。
「メ、メノレモB10!? 何だか機械獣みたいな名前ね」
「あら機械獣、懐かしいわね。ま、それはともかく、この薬は凄いわよ~~~。
何しろ、飲んだだけで十歳は若返る、素晴らしい効果があるのよ!
……何よミサト、その疑いが確信に変わったような顔は?」
「あ、私そんな顔してる? やっぱり?」
「大丈夫よミサト、今回の薬は完璧なんだから何の心配も無いわ。だから
安心していいのよ」
「ちょ、ちょっとリツコ、あんたまさか私で人体実験するつもり!?」
「あら、私はミサトのために言ってるのよ。加持君だって若い子の方がいいだろうし」
「余計なお世話よ。私は大人の色気があるからいいの。だいたいリツコ、自分の
ために作ったんでしょ。だったら自分で使えばいいんじゃないの、私より年上なん
だから」
「同い年でしょ、ミサト」
「う……。あ、あはは……そ、そうだったわね。そう言えば私も三十になったん
だった……。う、うん分かった、私が私が悪かったわ。だから……この銃
どけてくれない……?」
ミサトは冷や汗を流しながら、額に突きつけられている銃を指差した。
「分かってくれればいいのよ、ミサト」
リツコはにっこりと笑って、銃を降ろした。
「……しかしリツコ、あんた今の動き、やたら早かったわね……。この私に反応
する隙すら与えないなんて……殆どプロの動きね……。だいたい、何よその銃、
私見た事ないわよ?」
「そりゃあそうよ。だってこれは私が作った銃だもの」
「作ったぁ~~~っ!?」
そ、実験の合間にちょこちょこっとね。だから世界に一つしかないのよ。ほら、
ここにシリアルナンバーも入ってるわ」
「……ねぇリツコ、前から聞こうと思ってたんだけど……あんた一体、何が専門
なの?」
「ん~~~そうね。自分でも時々分からなくなるんだけど……。あえて言えば、
『天才』の専門かしら」
「天才って言うんだったら、さっさと男見つければいいのに……」 ぼそっ
「何か言ったかしら!?」
「だから、いちいち銃を向けるんじゃないわよ! じゃあ、何でその
天才様が自分のために作った薬を私で実験しようとするのよ?」
「いくら天才と言えども、ミスを0%にはできないのよ。私に何かあったら
困るでしょ?」
「じゃあ何? 私に何かあってもいいって言うわけ!?」
「あ……ち、違うのよミサト。言い方が悪かったわね。ちゃんと説明するから
銃向けるの止めてくれないかしら……」
「まったくもー!」
引きつった笑いを浮べるリツコを睨みながら、ミサトは銃を降ろした。
(……しかしこの二人、本当に仲がいいんだろうか……謎だ)
「じゃあ、どういう事か、きっちりと説明してもらいましょうか」
「つまり、もし私が自分の身体で実験して、何かあったら私を元に戻せる人がいなく
なるでしょ。でも、私さえ無事ならどうにでもなるじゃないの。だからミサト、安心
して。何かあっても私が責任持って元の身体に戻してあげるから。……ちょっと
ミサト、どこ行くのよ。話はまだ終わってないわよ」
「付き合ってらんないわね。私、帰らさせてもらうわ。それとリツコ、一言警告して
おくけど、こんな事ばかり繰り返してると、ますます悪い噂が立つわよ。ただでさえ
ネルフでの危険人物No.2なんだから」
ちなみに、危険人物No.1はもちろんゲンドウである。
「じゃあ、これはありがたく貰っていくわね」
ミサトは、リツコから貰った誕生日プレゼントを手にし、研究室を後にした。
だが、その後ろ姿を見たリツコが、ニヤリと不気味に微笑んだ事を知る者は
一人もいなかった……。
そして、次の日の朝。
日曜日という事もあり、シンジ、レイ、アスカ達は遅めの朝食を取った後、それぞれ
の部屋の掃除をしたり、洗濯をしたりしていた。アスカも、シンジとレイの二人に
説得され、渋々自分の部屋の掃除をしていた。
そして、それも一段落したので、三人でお茶を飲んでいた。
「あ~あ、まったく、どうして掃除ってこう面倒臭いのかしら。やっぱりシンジに
任せるのが一番ね」
「何言ってんだよ。アスカは洗濯しないし、食事の支度もしないんだから、自分の
部屋の掃除くらい自分でやってよ」
「そうよアスカ、それに部屋の中が綺麗な方が気持ちいいでしょ」
「そりゃそうだけど……。でもシンジ、良くこんな面倒臭いもの毎日できるわね。
感心するわ」
「ふふふ。アスカも明日から私たちと毎日掃除する?」
「そうだね、そうしてくれると僕も助かるんだけどな」
「う。それはちょっと……。そ、そうだ、私の事よりミサトの方が問題じゃないの」
アスカは、このままでは毎日掃除させられてしまうと思い、何とか話題を変えよう
とした。
「え? ミサトさん?」
「そ。こんな時間まで起きてこないなんてどうかしてるわよ。嫁入り前の女とは
とても思えないわね。加持さんもかわいそうね~、とんだ貧乏くじを引いたものね」
「ああ、その事。ミサトさんなら、最近仕事で夜遅かったから、今日は起こさないで
欲しいってテーブルの上に手紙が置いてあったよ」
「疲れがすぐ取れないなんて、ミサトももう年かしらね~。ん? シンジ、あれ何?」
アスカは、戸棚の隅に見慣れない箱があるのに気が付き、シンジに聞いてみた。
「え? あれ? 何だろう……昨日までこんな物無かったのに……」
シンジにも心当たりが無いので、何だろうと思っていると、レイが気を利かせて
その箱をテーブルまで持ってきた。
「何か書いてるわね。なになに……
『ミサトへ。三十歳おめでとう。 リツコより』
か。ふ~ん……ミサトってとうとう三十歳になったんだ~~~」
「じゃあ、これってリツコさんからミサトさんへの誕生日プレゼントなんだ。でも、
どうして僕たちに内緒にしてたんだろ?」
「そうね。言ってくれれば私たちも何かプレゼントを用意したのに……どうして
かしら?」
「私たちに知られたくなかったんでしょ。三十歳といえば、もう若いとは言えない
年だものね。後で思いっきりからかってやろ~~~っと」
「あんまりミサトさんをからかわない方がいいよ。怒らすとまた無茶な訓練させ
られるかも知れないし……」
「分かってるわよ。怒り出しそうならすぐ止めるって」
「でも、こんなプレゼントを用意するなんて、赤木博士って本当にミサトさんと仲が
いいのね」
「う~ん……これはちょっと、一概に仲がいいとは言えないような気が……」
「そうね。どう見ても嫌味か嫌がらせよね」
「え?どういう事なの?」
「ほらレイ、ここ見て。やたら三十歳の所を大きく書いて強調してるでしょ。
つまり、リツコはミサトが自分と同じ三十歳になったのが嬉しいだけ
なのよ」
「? ? ?」
「……まぁ、レイにはまだちょっと分からないかもね。ところでシンジ、この
プレゼントってお菓子かな?」
「そうだね、多分お菓子だと思うけど……それがどうかしたの?」
「んふふふふふ……。せっかくお茶飲んでるんだし、ちょっとだけ食べて
みない?」
「駄目だよアスカ」
しかし、アスカは勝手に箱を開け、一つ口に入れた。
ひょいぱく。
「……変わった味だけど美味しいわよ」
そう言って、更にお菓子に手を伸ばそうとした時……。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
<つづく>