新世紀エヴァンゲリオン-if-

 海の完結編 Bパート


 「シンジ! とっとと着替えて海に出なさい! 特訓の再開よ!
 今日は私より早く泳げるようになるまで絶対に岸に上げないわよ!
 覚悟しなさいよ!!」

 「そ、そんな、無理だよ……。僕はまだまともに泳ぐ事もできないのに、アスカ
 より早く泳ぐだなんて……」

 「ぶつぶつ言ってないでとっとと起きなさいっ!!」

 そう言って、アスカはシンジの布団を引き剥がす。シンジは寝ている間に浴衣の帯が
 ほどけたのか、前がはだけていた。

 「あら、まぁ、シンちゃんったら……」

 「ふふ。シンジ君、若いわね」

 「うう…… いやーーー! エッチバカ変態! 信じらんない!!

 「え? な、何……あ、うわああああ!! しょ、しょうがないだろ、
 なんだから

 シンジは慌てて浴衣の前を閉じる。

 「ま、こればっかりはしゃあないわな」

 「そうだね。自分の意思じゃないからね」

 「…………ぽっ」 (レイ)

 「…………ぽっ」 (ヒカリ)


 その後、シンジは海に引きずり込まれ、特訓が再開された。もちろん、レイもついて
 来ている。

 アスカの特訓は熾烈を極めた

 まるで八つ当たりをしているかのようであった。 (八つ当たりだが)

 シンジが海に入って、すでに三時間ほど泳ぎっぱなしである。さすがに、普通に
 泳げるようにはなっていたのだが、今度は疲れて溺れる心配が出てきた。

 「ア、アスカ、そろそろ勘弁してよ……」

 「何言ってんのよ。言ったでしょ、上がりたかったら私に勝ちなさい。ほら、もう
 一度競争よ。レイ、ちょっと向こうまで行ってくれる? そっちに向かって競争する
 から、どっちが早かったか見てて」

 「ええ、分かった。碇くん、頑張ってね」

 「じゃあシンジ、行くわよ」

 「う、うん」

 「よーい、スタート!

 レイの声を合図に、二人は泳ぎ始めた。シンジは必死に泳いだ。

 『このままでは殺される』

 この時、本心からそう思い、文字通り死にもの狂いで泳いだ。そして、ギリギリで
 アスカに勝つことができた。

 「はぁ……はぁ……はぁ……あ、綾波、どうだった……?」

 「うん。碇くんの方が早かったよ。おめでとう、碇くん」

 「や、やったー!

 「はぁ、はぁ……レイ、本当なの? ほんとにシンジの方が早かったの? シンジ
 のためにも、甘やかさない方がいいのよ」

 「ほんとよ、アスカ。碇くんの方がちょっとだけ早かったの」

 「……そっか、とうとう負けちゃったか……」

 「アスカ、上がっていいよね。もうクタクタだよ」

 「ええ、いいわよ、上がって。そういう約束だものね」

 「よ、良かった~」

 シンジは何とか岸までたどり着き、砂浜に上がる。すると、今まで身体を支えていた
 浮力がなくなり、倒れてしまう。重力はこんなに重いものなのかと初めて分かった。
 シンジは仰向けになり、肩で息をしていた。

 そして、シンジの隣にレイとアスカがやって来て、同じように倒れ込む。二人とも、
 シンジ同様、三時間泳ぎっぱなしだったので、クタクタだったのだ。

 そこへ、ミサト達がやってくる。

 「あなた達ね~、特訓するのはいいんだけど、もう少し体力の配分くらい考えなさい
 よ。明日から学校なんでしょ。そんなに疲れきってて大丈夫なの? 今使徒が来たら
 世界はおしまいね」

 しかし、シンジ達は答える気力も無かった。

 「仕方ないわね。シンジ君も泳げるようになったようだし、明日の事もあるし、
 今日はもうお昼食べて帰る事にしましょう。鈴原君たちもそれでいいかしら?」

 「ええ。ワシはそれでええです。身体も焼けたし、十分泳いだし」

 「僕もいいですよ。写真の現像しなくちゃいけませんし」

 「私も構いません」

 「じゃあ着替えてお昼にしましょ。ほらシンジ君、レイ、アスカ、起きなさい」

 「う~~~」

 しかし三人とも疲れきっており、起きる気力も無かった。

 「はぁ~~~。鈴原君、相田君、シンジ君を部屋まで連れてってくれるかしら?」

 「はい、分かりました」

 「ほらシンジ、しっかりせー!」

 「洞木さん、手伝ってくれるかしら」

 「はい。アスカ、綾波さん、起きて!」

 「……眠い……」

 「……疲れた……」

 トウジとケンスケはシンジを引きずり、ミサト、リツコ、ヒカリはレイとアスカを
 部屋まで連れていった。

 その後、全員で食事をしたが、シンジ達はほとんど寝ているような状態だった。
 バスに乗り、リニアトレインに乗った頃、三人は本格的に寝てしまった。
 シンジを中心に、レイとアスカがシンジにもたれるように眠っていた。

 「……しかし、この三人は寝とってもこれかい」

 「ほんと、いや~んな感じ」

 と言いつつ、写真を撮るケンスケだった。

 「でも、三人ともほんとに安心しきった顔で寝てるわね。よっぽどお互いの事を信頼
 してるんでしょうね」

 「そりゃあね。共に命懸けの日々を戦い抜いた仲間だからね。絶対に信頼関係は
 生まれるさ。戦場での仲違いはそのまま死に繋がるからね」

 「しかしなーケンスケ、ワシがパイロットに選ばれた頃の三人、とても信頼しあっと
 るようには見えんかったけどなー」

 「そうね。特にアスカは碇君や綾波さんの事を避けてたっていうか、顔すら合わせな
 いようにしてたものね」

 「じゃあ、あれだな。信頼以外のある種の感情が三人の中で働いてるんだろうね」

 「それは間違いないな」

 「いい事よね。アスカ達があんなに楽しそうにしてるの、初めて見たもの」

 「そうなんかイインチョ? シンジや綾波はともかく、惣流はいつも元気そうにし
 とったんとちゃうんか?」

 「ううん。あれはどちらかと言うとカラ元気っていう感じだった。いつも本心は
 隠してたもの。でも、今は心から楽しんでるみたいで、見てる私も嬉しくなって
 くるの」

 「そうだね。シンジや綾波があんなに楽しそうにしてるのも初めて見たけど、惣流も
 何だか人間が丸くなったって感じがするね」

 「色々辛い事があったみたいだけど、今日みたいに楽しそうにしててくれればいい
 わね。それが世界が平和だって事の証でもあるもの」

 「せやな。ところで、シンジ達、学校でもこの状態を続けるつもりなんやろか?」

 そう言って、トウジ達は改めてシンジ達を見る。

 「さすがにそれはないんじゃない? 今回は旅行に来てるから、たまたま開放的に
 なってるだけだと思うけど……。アスカだって冷やかされるのは嫌だろうし」

 「でも綾波は冷やかしなんてものともせず、自分の思う通りの行動に出るだろう
 なー」

 「間違いなく惣流は張り合うだろうなー。おもろーなりそうやな」

 「退屈だけはしないだろうね。見ててこれほど面白いイベントはそうないからね。
 シンジは何かと大変だろうけど」

 「ほんと。賑やかになりそうね」

 そう言いながら、トウジ、ケンスケ、ヒカリの三人は、シンジ達を優しく見つめて
 いた。


 一方、ミサトとリツコも、そんなシンジ達を見守るように見つめていた。

 「ねえミサト、この子達、本当に明るくなったわね。海では心からはしゃいでた
 みたいだし。三人とも一時期に比べて別人と言っても過言じゃないわね」

 「そーねー。でも、今の顔が本来の顔なんじゃないかしらね。何と言ってもまだ
 十四歳だもの。遊びたい盛りのはずよ」

 「全くね。私たちが、この子達が子供でいられる時間を奪っちゃったのね。取り戻
 してあげたいわね。少しでも多く……」

 「ええ。普通の十四歳でいられる時間を過ごさせてあげたいわね。これからも、
 お休みが取れたらまたみんなでどこかに出掛けましょ。私たち自身も失った時を
 取り戻さなくっちゃね」

 
 「何だか良く分からないけど、碇司令、やたら物分かりが良くなったって言うか、
 融通が利くようになってるから、きっと許可してくれると思うわよ。何だかんだ言っ
 ても、たった一人の子供だもの。楽しそうにしているシンジ君を見るのは嬉しいはず
 だものね」

 「あの写真見せたときの反応が楽しみね」

 「ほんと。どんな顔するかしらね」

 二人とも、軽口を叩きながらも、幸せそうに眠る三人が、いつでもこんな風に、
 安らかに眠れる日々が来る事を、ただ願っていた。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 <完>


 [エンディング(?)]

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