「今だけ……今だけでいいの、私だけを見て欲しいの……

 そう言って、レイはそっと目を閉じた……。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 夜の海編 Jパート (最終回)


 そのレイの仕草を見て、シンジは凍り付く。

 『こ、これは……や、やっぱり、そ、そういう事なのかな……。
 ど、どうしよう。僕は一体どうすれば…………』

 シンジがパニックに陥りかけた時、シンジの目の前に、『悪魔の羽根と尻尾』
 を持ったシンジが現れた。

 ボン!

 なーに悩んでんだよ! キスしてくれって言ってんだから、すりゃあいい
 じゃないか』

 『で、でもこんな状況に流されるままキスしていいものかどうか……。
 アスカの事もあるし……』

 『ほー。じゃあ昼間のアレは何だ? 状況に流されてたんじゃないのか?』

 『

 『大体、今の言葉聞いただろ? 『アスカを好きでもいいの、でも私の事も好きなら
 キスして』と言ってんだぞ。そもそも、二人ともお前がそれぞれとキスしたのを知っ
 てんだ。それでもいいってんだから何の問題もないじゃないか。だーいじょうぶ、
 黙ってりゃ分かりゃしないって』

 『そ、そういうものなのかな…………』

 と、その時、今度は『天使の羽根とリング』を持ったシンジが現れた。

 ボン!

 『お待ちなさい。いくら相手がキスを求めているからと言って、誰それ構わず
 キスしていいというものではありません

 『そ、そうですよね、やっぱり……』

 『しかし、彼女は君の事を好きだと言ってくれている。そして君も彼女の事が
 好き。何の問題もありません。さあ、おやりなさい

 『ほー! おめぇ、良心にしちゃ、なかなかいい事言うじゃねぇか』

 『私の事も好きならキスしてと言ったのです。ここでキスしないという事は、
 彼女の気持ちを受け入れないという事になります。女性を悲しませては
 いけません』

 『うう、僕は一体どうすればいいんだ……』

 『さっさとやれ!』

 『女性を待たせてはいけません』

 『そ、そういうものなのかな…………』

 こうして、シンジは様々な葛藤(とすら呼べない物)の果て、ゆっくりとレイの
 唇に近づいていった。 そして、月明かりの中、二人の影は一つに
 なった。

 そして、しばらくして、どちらからともなく二人は離れた。それは一瞬だったのか、
 かなり長かったのか、本人達にも分からなかった。

 ただ、唇に相手の温もりが残り、顔が耳まで真っ赤になっている二人が見つめ合って
 いるだけだった。

 「えへへへ。初めて碇くんからキスしてもらえた

 「え?」

 「これでやっとアスカと同じね」

 「え?」

 「ううん、何でもないの」

 「そ、そう?」

 実は、レイはこれまでアスカに対して、ある種のコンプレックスを持っていた。

 その壱) アスカは自分より長くシンジと一緒に暮らしている。

 しかし、それは仕方のない事だし、シンジと会ったのは自分の方が先。という事で
 納得している。

 その弐) シンジはアスカに綺麗だと言っていたのに、自分には言ってくれなかった。

 ついさっき、自分にも言ってくれた。

 その参) シンジはアスカに好きだと言っていたのに、自分には言ってくれなかった。

 ついさっき、自分にも言ってくれた。

 その四) 最も重要な事。

 シンジはアスカと二度キスした事があるらしい。しかも、二度目はアスカがお願い
 したとは言え、シンジの方からキスした。

 なのに、自分は一回だけ。しかも自分からしている。自分ももう一度、シンジ
 の方からキスしてもらいたい

 この最大のコンプレックスも、ついさっき解消した。これによって、決してアスカに
 負けているわけではないんだ。やっと同じ立場に立てたんだと思い、嬉しかった。

 もっとも、本人が気付いてないだけで、レイの方が一歩進んでいるのだが……。

 しかし、今、レイが機嫌がいいのは、そんな事が原因ではなかった。ただ単に、
 シンジの気持ちをはっきりと聞けた、そしてキスしてもらえたという事で、すっかり
 舞い上がっていた。

 「あ、あの、綾波」

 「え、は、はい。何、碇くん?」

 「え、と、だから、その……そろそろ帰らない? みんなまだ寝てるとは思うけど、
 ひょっとしたら誰か目を覚ましてて、僕たちがいないのに気付くと心配するだろう
 から……」

 『もしミサトさんやリツコさんに知られたら、ネルフの総力を挙げて探しに
 来るだろうな……』

 「だから、帰ろう」

 シンジはそう言って立ち上がり、レイに手を差し出した。

 「うん」

 レイはそう言ってシンジの手を取り、立ち上がった。そして、そのままシンジと
 腕を組む。

 「え、あの、綾波?」

 「どうしたの? 好きな人同士はこういう風に腕を組むものなんでしょ?」

 「あ、そ、そうだね」

 「碇くん、嫌? ……嫌なら止めるけど……」

 レイは悲しそうにそう聞いてくる。

 「そんな事ないよ。ただ、腕なんて組んだ事ないから、ちょっと驚いただけだよ」

 「うん。私もこんな事するの初めてだから……ちょっと恥ずかしい

 「う、うん。確かに照れるね

 「碇くんが恥ずかしいの嫌なら、人のいる所ではしないから……でも二人の時は
 いいでしょ。だから今はこうさせて」

 「……うん」

 そうして月明かりの中、二人は腕を組み、歩き始めた。ぎごちなく、嬉しそうに
 しながら。

 そんな二人を、月だけが見下ろしていた。


 シンジとレイは、腕を組んだまま、みんなが寝ている部屋まで戻って来ていた。

 シンジはそーっと中を伺ってみる。どうやら、まだみんな寝ているようだったので、
 ほっと胸を撫で下ろし、静かに部屋の中に入った。

 「ねぇ碇くん、みんなこのまま、ここで寝るつもりなのかな?」

 「そうみたいだね。でもこのままじゃあ風邪ひいちゃうかも知れないし……。
 でも起こすのもかわいそうだし……。どうしようか?」

 「困ったわね……。じゃあ、私たちの部屋から布団を持ってくる?」

 「布団……あ、そうだ。こういう大きな部屋って、団体客とか合宿とかに使ったり
 するだろ。だからきっと布団がしまってる部屋がそばにあると思うから探してみる
 よ」

 「あ、私も手伝う」

 二人は布団部屋を探し始めた。すると、ご都合主義丸出しだが、一発で見つかった
 ので、二人はみんなに布団を掛けていった。

 そして、全員に布団を掛けたので、自分達も布団を敷いて寝る事にした。さすがに
 並べて敷くわけにはいかなかったが、それほど離れているわけでもない所に布団を
 敷いた。

 「じゃあ綾波、おやすみ」

 「おやすみなさい、碇くん」

 そして二人は目を閉じた。

 しかし、シンジは眠れない。眠れるはずがなかった。つい先ほどまでキスを交わした
 少女が、すぐ隣で眠っているのだ。気にするなという方が無理である。

 しかし、シンジが寝られずにいると、レイの寝息が聞こえてきた。シンジは、その
 寝息の方を見てみる。すると、レイが穏やかな表情で眠っていた。その表情を見ると
 シンジは自分が少しでもやましい事を思った事を恥ずかしく思った。そして、なぜか
 安心していた。

 「おやすみ、綾波」

 シンジはそうつぶやくと、昼間の疲れからか、今度は深い眠りに落ちていった。


 長かった一日目がようやく終わった……。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 夜の海編(第七部) 


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