新世紀エヴァンゲリオン-if-

 夜の海編 Iパート


 綾波!? どうしたの、こんな時間に?」

 「碇くんがどこに行くのか気になって……。ごめんなさい、勝手に
 ついて来て……」

 「別に構わないよ。目がさえちゃったから、少し散歩しようと思ったんだ。それより
 ごめんね。綾波まで起こしちゃったみたいで……」

 「ううん、私はいいの。……ねぇ、碇くん、そっち行っていい?」

 「もちろん、いいよ」

 レイは、シンジの元までやって来て、シンジのすぐ横に腰掛けた。

 その時、サーッと潮風が吹き、レイの髪をなびかせた。月の光を浴び、髪の毛の
 一本一本がまるで輝いているように見えた。そして、白い肌はまるで透き通って
 いるかのように見え、自分を見つめる赤い瞳が、さらにレイを神秘的に見せていた。

 シンジは、まるで月の女神が目の前でいるのではないかと思い、まばたき
 する事も忘れ、見とれ、目が離せずにいた。月の光の元でこそ、レイの
 魅力が全て発揮されているかのようだった。

 「? 碇くん、どうかしたの?」

 レイは、自分を見つめるシンジの様子がおかしいので、声を掛けてみる。

 「いや……綾波があんまり綺麗だから……

 え!? ……な、な、なにを……言うのよ……

 レイは、それだけ言うのがやっとで、真っ赤になり、うつむいてしまった。が、それ
 すらとても可愛く見えた。

 「ほんとに……綺麗だ……」

 やだ……もう……

 レイはさらに赤くなり、うつむく。しかし、言葉とは裏腹に、ほころぶ顔を
 緩める事ができないレイだった。

 月の光には魔力がある。

 シンジは、普段なら絶対に言えないようなセリフを、ごく自然に口にしていた。
 それほどまでに、レイは綺麗だった。

 しかし、シンジは自分が何を言ったのかやっと分かってきて、真っ赤になる。

 『ど、どうして僕はあんな事言ったんだろ……。どうしよう……綾波、あんなに
 赤くなってる。多分、僕も赤いんだろうな……。でも、綾波、何だか嬉しそうだ
 な……。ほんとに可愛いな……じゃなくて、えーと、えーと……』

 『……何か話題、話題…………あ、そうだ』

 「あ、あのさ、綾波」

 「え? は、はい! 何、碇くん?」

 「えー、えーと、だから、その……綾波、海初めてだったよね、どうかな? 楽し
 いかな?」

 「う、うん。とっても楽しい。スイカ割りやビーチバレーも楽しかったし、お風呂は
 広くて気持ち良かったし、花火は綺麗だったし、ウェディングドレスも着れたし、
 お料理もとっても美味しかったし、それに……

 「ん? それに?」

 「……碇くんに綺麗だって言ってもらえたし……ほんとに来て良かっ
 た」 ぽっ

 「そ、そう。そんなに喜んでくれるなんて、誘った甲斐があったよ。綾波が喜んで
 くれて、僕も嬉しいよ」 ぽっ

 「碇くん……ありがとう」

 「う、うん。また休みがあったら、みんなでどこかに出掛けられたらいいね」

 「うん。私は碇くんが誘ってくれるのなら、どこでも行くから。楽しみにしてるね」

 「そ、そうだね。今度は山に行ってみたいね。山なら溺れる事もないから……」

 「ふふふ……。そうね、でも、碇くんが泳げなかったなんて全然知らなかった。
 ほんとにびっくりしちゃった。あのまま碇くんが目を開けなかったらどうしようと
 思ったもの」

 「ほんとにごめん。心配掛けちゃって……。僕は子供の頃に溺れた事があってね。
 それ以来、どうも水が苦手になったんだよ。だから、初めてエヴァに乗った時、
 使徒も怖かったけど、まずLCLが怖かったんだ」

 「そうね、泳げないんじゃ、あれは怖いでしょうね」

 「うん。でも、何とか慣れてきたから。水への恐怖心もなくなってきてたんだ。
 でも、変に慣れたために、普通の水の中では息ができない事をすっかり忘れて
 たんだ」

 「そうだったの。変に慣れるのも危険ね。でも碇くん、随分と泳げるようになってる
 から、もう溺れる事はないと思うよ」

 「綾波とアスカが特訓してくれたおかげだね」

 「ううん、そんな事ない。碇くんが自分で泳げるようになりたいと思って努力した
 からよ。私たちは手伝っただけ」

 「でも、僕一人じゃここまで訓練しようなんて思わないから、やっぱり二人のおかげ
 だよ。ありがとう」

 「そうなのかな……。碇くんはアスカが言ってたように、努力すれば何でもできる
 と思うよ。明日になれば、もっと泳げるようになってると思う」

 「だといいんだけどね。早く泳げるようにならないと、特訓で殺されちゃう
 からね

 「そうね。アスカの特訓ってちょっと厳しいから」

 「ま、おかげで泳げるようになったんだけどね」

 二人はそんな風に、今日の出来事、これからの事などを時の経つのも忘れ、話し合っ
 ていた。シンジは、こんな風に、何気ない会話で、何気なく過ぎていく平和な時間
 を持てるようになった事が、ただ嬉しかった。

 しかし、そんな時ふと、ある事に気が付いた。

 降るような星空に浮かんだ見事な満月、幻想的に染められた銀色の世界、静かに
 聞こえる波の音、波打ち際の光のダンス、頬を撫でる優しい潮風、そして、こんな
 時間に二人っきり、おまけに、はっきり綺麗だと告げている……。

 いくらシンジが鈍くても、さすがにここまで揃うと意識してしまう。すると、今まで
 あれほど自然に会話ができていたのに、急に何を喋ったらいいのか
 分からなくなってしまった。

 レイも何か感じるものがあったのか、急に無口になってしまった。

 『ど、どうしよう……。こんな時、僕はどんな事を言えばいいんだろう? こんな
 事になるんだったら、加持さんにもっと色々聞いておくんだった……』

 シンジは、以前加持から恋愛のイロハを教えてもらった事があるのだが、その内容は
 キスから先に進んだ話だったので、とりあえず今のシンジには役に立たなかった。

 シンジがどうしていいか分からず悩んでいると、レイがそっとシンジの肩に
 もたれかかってきた。

 シンジは口から心臓が飛び出すほど驚いていた。もちろん、レイのこの派手な
 行動の裏には、ドラマやマンガの影響があるのは言うまでもなかった。

 『こ、こ、こういう時は……や、やっぱり肩を抱いたりするものなのかな……。
 よ、よーし行くぞ! せ、せーの……

 碇くん

 わーーーっ!! ご、ごめんなさい!」

 「? どうしたの、碇くん?」

 「い、いや別に……何でもないよ。で、な、何? 綾波?」

 「うん、あのね………………アスカの事、好き?

 「…………そうか、あの時、綾波も見てたんだったね」

 「うん」

 シンジは、自分でも不思議なほど冷静でいられた。

 「確かに、僕はあの時、アスカの事を好きだと言った。その思いは今も
 変わらない。

 「………………」

 「でも、その好きというのが、一人の女性として好きなのか、家族として、友達と
 して、パイロットの仲間として、一人の人間として好きなのか、自分でも良く分から
 ないんだ」

 「私の……事は?」

 「綾波の事も……その……好きだよ

 「ほんとに? 碇くん、ほんと?」

 「う、うん、ほんとだよ。でも、その好きというのも、アスカと同じように、一人の
 女性として好きなのか、一人の人間として好きなのかが良く分からないんだ。
 ……でも、一つだけはっきりと分かる事がある

 「何?」

 「それは、綾波もアスカも、僕にとって、とてもかけがいのない、大切な
 人たちだっていう事。二度と失いたくない、ずっとずっと一緒にいたい人たち
 だっていう事。これは間違いなく、僕の本心だと思う」

 「ずっと……一緒にいたい人たち……」

 「僕はね、子供の頃からずっと一人だった。父さんに捨てられた、誰にも必要と
 されない、いらない子だと思ってたんだ」

 「そんな事ない。だって、私にとって碇くんは絶対に必要な人だもの。決して
 いらない人間なんかじゃない。決して、碇くんはいらない人間なんかじゃない
 から……」

 「……ありがとう……だからね、僕は人から嫌われないように、ただそれだけを
 願って生きて来たんだ。人の言う事には素直に従い、自分の主張なんて一切しな
 かったんだ、嫌われたくなかったからね。でも、そのくせ、人と係わり合うのも
 苦手だった。

 もし、親しい人ができても、いつか裏切られてしまう。そうすれば、自分が深く
 傷ついてしまう。それが怖かったんだ。だから、いつも僕は一人だった。だから、
 友達もなく、好きな人もできなかったんだ。僕は、人を好きになるという気持ちが
 良く分からないんだよ。

 でも、この気持ちが、ずっと一緒にいたいというこの気持ちが好きという気持ち
 なんだとしたら、僕は綾波の事もアスカの事も好きなんだと思う。

 もし、どちらが好きなんだ、と聞かれても、きっと僕には答えられないと思う。
 だって、僕にとって、綾波もアスカも同じように大事な、好きな人
 だから。僕にとって、大切な人たちだから……。

 ごめんね、綾波、こんないい加減な返事で。……怒ったろ?」

 「ううん、そんな事ない、碇くんらしいもの。私は、碇くんが私の事を好きでいて
 くれるのなら、それでいいの。私も碇くんの事が好きだから……」

 「ありがとう、綾波」

 「ね……碇くん」

 「ん? 何、綾波?」

 「うん、あ、あのね……碇くんがアスカの事を好きでもいいの。でも、
 私の事を好きでいてくれるのなら……今だけ……今だけでいい
 の、私だけを見て欲しいの……

 そう言って、レイはそっと目を閉じた……。


 <つまずく……もとい……つづく>


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