新世紀エヴァンゲリオン-if-

 夜の海編 Bパート


 「あ、碇くん!」

 「あ、シンジ! 見て見て!!

 シンジに気付いた二人は、シンジの所に駆け寄る。

 「ねぇ碇くん。私、浴衣って初めて着たんだけど、どうかな?
 変じゃないかな?」

 レイは、シンジが褒めてくれる事を期待して、目を輝かせていた。

 「どうシンジ? 私も浴衣着るのは初めてだけど、結構似合ってる
 でしょ?」

 そう言って、アスカはクルッと一回転して見せる。シャンプーのいいにおいが、
 シンジの鼻をくすぐった。この段階で、男の思考能力は大きく下がる。まさに、
 シャンプーの香りは女の武器である。

 初めて見る浴衣姿、風呂上がりのためほんのりと明るくなった肌、少し濡れた髪、
 そして、妙に刺激的な首筋あたり……、二人の風呂上がり姿を見慣れている
 (何ぃ~! 見慣れているだと~!?) シンジでさえドキドキしてしまい、目が
 離せずにいた。

 「? 碇くん、どうしたの? 似合ってないかな……」

 レイはシンジが何も言わないので、似合っていないのかと不安になっていた。
 もちろん、アスカも同様である。

 「え? い、いや、そんな事ないよ。二人ともほんとに良く似合ってる
 よ。浴衣姿なんて初めて見たけど、良く似合うよ」

 「ほんと!? 良かった!」

 「ありがと、シンジ」

 「ふふ。良かったわね二人とも、碇君に褒めてもらえて」

 「うん!」

 「まぁ私の場合、欠点探す方が難しいんだから当然なんだけどね」

 『アスカって、照れ隠しで強がるのは変わってないのね』

 「あ、委員長も良く似合ってるよ」

 「ふーん。私は『も』か。何か今まで気が付いてなかったみたいね」

 「え……あ、そういう意味で言ったんじゃなくて、あの、その……」

 「ふふふ、冗談よ碇君、ありがとう」

 「ほんとに似合ってるよ、ね、トウジ」

 「お、おう、よう似おとる。やっぱり浴衣や和服が似おうてこそ日本人やさかいな」

 「ほんとに!? 良かったー! 鈴原も良く似合ってるわよ」

 「そ、そうかー? 何か照れるな」

 ヒカリはとても嬉しそうにしている。シンジに褒められた時とはやはり比べ物に
 ならないくらいに。

 「シンジも良く似合ってるわよ」

 「うん。やっぱり碇くんは青い色が良く似合うと思う」

 「あ、ありがとう、二人とも」

 『…………ふっ……ここでも僕は一人浮いてる存在か……。いいんだ、僕は写真や
 ビデオに生きると決めたんだ。浴衣姿なんて滅多に見れないからこれは高く売れる
 に違いない! この悔しさをバネにいい写真を撮ってやるー!!』

 ……将来、一流のカメラマンになるかも知れない発想だな、ケンスケ。

 「あれ? ミサトまだ来てないの? 私たちより先にリツコと出たのに。まったく、
 ロビーに集まれって自分で言っといて何やってんのかしら?」

 「あ、そうだ碇くん。ミサトさんと言えば、さっき私に、『こういう服を着る時は
 下着を付けないもんだ』って教えてくれたけど、そうなの?」

 「え!?」

 「レイ、あんたさっきミサトから何か耳打ちされてたと思ったら、そんな事言われ
 てたの?」

 「うん。違うの?」

 「あのね、綾波さん。それはもう随分と昔の話よ。今でもそんな事してる人は殆ど
 いないと思うわ」

 「そうなんだ。じゃあ二人とも付けてるんだ」

 「え? 綾波さん……ひょっとして…………付けてないの?」

 「うん」

 「ちょっとレイ、こっちに来なさい」

 「え?」

 「綾波さん、いいから早くこっち来て」

 「え? え?」

 「こら相田! 撮影してんじゃない!!

 レイが下着を付けてないと分かっても、いや、分かったからこそケンスケは撮影を
 止めなかった。そのケンスケを、アスカが攻撃するより早く、シンジがケンスケの
 カメラの前に立ち、撮影の妨害をする。そんなシンジを見て、アスカとヒカリは
 良く分かっていない表情のレイを引きずるように女湯まで連れて行った。

 その様子を、三人はア然と見ていた。

 「……シンジ、お前んち、いつもこんなんか?」

 「いや……いつもはもう少しマシなんだけど……」

 「マシって……お前、家でどんな暮らししてるんだ?」

 そんな事を話しているうちに、三人が再び戻ってきた。

 「まったく……ミサトって何考えてるのかしら? レイにあんな事教えるなんて」

 「アスカ、ミサトさんって案外無茶な事するのね。綾波さんの事からかってるの
 かしら?」

 「分かったでしょヒカリ、ミサトがどういう性格してるかが」

 「ええ、何となく」

 「いい事レイ、ミサトから何か聞いたら、必ず私に確認取りなさい。ミサトの言う
 事は100%信じちゃダメよ、いいわね。ミサトは自分が楽しけりゃ後はどうでもいい
 と思って生きてるんだから」

 「いーじゃないの。深刻に生きるより楽しく生きた方が得よ」

 「あ、ミサトさん」

 「ミサト! 何でレイにあんな事教えるのよ!!」

 「まぁまぁ、別に何も問題無かったでしょ?」

 「問題があってからじゃぁ遅いのよ!!」

 「そんなに怒らなくてもいいじゃないの。あ、そうだレイ、あなたにプレゼント
 があるのよ」

 「え、私にプレゼントですか?」

 「そ、初めて海に来た記念になればと思ってね。昼間、アスカの水着を羨ましそう
 に見てたでしょ? だから>水着をプレゼントしようと思ってね。これよ」

 そう言って、ミサトはふところから一着を水着を取り出し、レイに手渡した。

 「あの……これ、水着なんですか?」

 「ミサト、これは水着とは言わないわよ。ヒモっていうのよヒモって。身体隠す
 所が殆ど無いじゃないのよ」

 ミサトが取り出した水着は、アスカの言うように殆どヒモだった。この水着を
 デザインした本人も、本当にこの水着を付ける人がいるとは思わないであろう。
 それほどすさまじいものだった。

 「いーじゃないのこれくらい。わーかいんだから!

 「いくら若いからって、物には限度があるのよ!!

 「でもレイ、この水着だったら、シンちゃんにた~っぷりと日焼け止め
 クリーム塗ってもらえるわよ」

 「え? あ、そうですね。ありがとうございます、ミサトさん」

 「ちょ! ちょっとレイ、待ちなさい! さっきも言ったでしょ、ミサトの
 やる事は100%疑えって。今日そんな水着着てた人いた? いなかったでしょ」

 「そう言えば……いなかった」

 「でしょ。つまり、その水着は普通の神経してる人間が身に付けるようなもんじゃ
 ないのよ。下手したらデジタルもんよ。それに見なさいよ、シンジなんてその
 水着を見ただけで鼻血出してんのよ。レイがこの水着を着たらシンジ倒れちゃう
 わよ」

 「え、い、いや、違うんだ。この鼻血はその……風呂にのぼせただけであって、別
 にそういうつもりじゃ……」

 「説得力がまるで無いぞ、シンジ」

 「ほんま、正直なやっちゃな、シンジは」

 「だ、だから違うって……」

 「碇君、はい、ティッシュ」

 「あ、ありがとう委員長」

 「碇くん、大丈夫?」

 「う、うん。僕は平気だから」

 「そう、良かった。あの、ミサトさん。せっかくのプレゼントですけど、碇くんが
 具合が悪くなるみたいなので、これは遠慮しておきます」

 「あらそう、残念ね……。似合うと思ったんだけど……

 「似合うとか似合わないとは以前の問題よ! だいたい、ロビーに
 集合させておいて、今まで何してたのよ?」

 「ちょっち準備をね」

 「準備? 何のですか?」

 「もちろん、花火大会の準備よ」

 「花火大会?」

 「そう、夏の海といえば、昼間はスイカ割り、そして夜は花火。これはもう、
 紀元前から決まってる事なのよ」

 「相変わらずお祭り女ね、ミサトは」

 「いーじゃないの、せっかくの海なんだから。めいっぱい楽しまなくちゃね。
 ……ところでリツコ、あんた花火におかしな細工してないでしょうね?」

 「あ、あら、何の事かしら?」

 「とぼけるんじゃないわよ。リツコが何かするとシャレじゃ済まないんだから。
 ちょっとその袋の中見せなさい!

 そう言って、ミサトはリツコが持っている、花火を入れた袋を奪い、中をチェック
 し始めた。すると、ラベルも何も張られていない、怪しさ大爆発の花火が
 いくつか出てきた。

 「リツコ、これは何かしら? 説明してもらいましょうか」

 「お店の人がサービスで入れてくれたんじゃないかしら?」

 「こんな何も書かれていない怪しげな花火をサービスで付ける店なんてあるわけ
 ないでしょ。とにかく、これは破棄します!

 「大丈夫よミサト、絶対綺麗だから」

 「実験もしてないようなもんは危なくて使えないの! とにかく破棄します」

 ミサトはきっぱりとそう言った。

 「ちぇー」

 「ちぇー、じゃない!」

 そう言って、ミサトは恐らくリツコが作ったであろう花火をまとめてごみ箱に捨てて
 しまった。トウジ達は、なぜミサトがこれほどリツコの作った花火を恐れているのか
 分からなかったが、リツコの性格と能力を知っているシンジ達は、ミサトの判断が
 正しいと心から思っていた。

 「それじゃあ、外もいい感じに暗くなってきたし、浜に出るわよ」

 「はーい!」

 「ん? どうしたの綾波、随分と嬉しそうだね」

 「だって、私、花火するのって初めてだもの。それに、碇くんと
 一緒に花火ができると思うと嬉しくって!」 ぱ~っ!

 そう言って、レイはにっこりと微笑んだ。そのレイのバックには、色とりどり
 の花が咲いているように見えた

 『え、!?』 (シンジ)

 「ちょ、ちょっとリツコ、今レイの後ろに……」

 「ひ、非科学的だわ、こんな事。でも、確かに花が見えたような……」

 『うーん、さすがはレイ。少女マンガを人生の教科書にしてる
 だけの事はあるわね。いつの間にあんな技を覚えたのかしら……。
 やはり侮れないわね』 (アスカ)

 レイの特技を見た後、一行は砂浜に来た。

 時代の進歩と共に花火の性能も格段に上がり、個人で買えるものとは思えないほど
 の立派な打ち上げ花火も売られていた。

 しかし、いくら花火の性能が上がっても、遊んでいる人間の方はそうは変わらない。

 初めて花火を手にして、瞳を輝かせているレイ。
 ねずみ花火でレイをからかうアスカ。
 びっくりしてシンジに抱きつくレイ。
 照れるシンジ。
 怒るアスカ。
 冷やかすミサト達。
 撮影するケンスケ。

 といった風に、お約束が展開されていた。

 『ふふふ、盛り上がってるわね。ここらで私が開発した花火でみんなを
 びっくりさせてあげようかしらね。あんまり綺麗なんで驚くわよ』

 そう思い、リツコはふところから怪しげな花火を取り出し、こっそりと
 火を付け、アスカの後ろ辺りに転がした。

 『あら、思ったより遠くに行っちゃったわね。ま、いいか』

 「あれ? もう花火おしまいなの? たくさん買ったと思ったんだけど……」

 「あ、ミサトさん、私の後ろにまだあります」

 そう言って、レイが振り返った瞬間、目の前で

 すさまじい光を伴った爆発

 が起きた。

 全員、何が起こったのか分からず、一瞬パニックに陥りかけた。

 アスカは、演技ではなく、本気でシンジに抱きついていた。これは、シンジを頼って
 いる証拠とも言える。また、シンジも、とっさに抱きついたアスカをかばうような
 姿勢をとった。

 トウジ達三人は、何が起こったのか分からず、茫然としていた。この爆発の元凶で
 あるリツコも、ただ茫然としていた。ミサトは、訓練を受けた事があるのか、誰より
 も早く自分を取り戻していた。

 『何、テロ!? ……にしては規模が小さいし……まさか!?

 「ちょっとリツコ、まさかあんたの仕業じゃないでしょうね?

 「え? な、なに、ミサト?」

 「この爆発、あんたの仕業でしょ」

 「おかしいわね……。こんなに火薬入れた覚えはないのに……」

 「何言ってんのよ。見なさい、砂浜にクレーターができてるじゃないの。
 リツコの作るもんは下手したらケガ人程度じゃ済まないかも知れないんだから、
 実験もしてないようなもんは使わない事! いいわね!!

 「わ、分かったわよ……」

 「まったくもー、人騒がせなんだから」

 そんなミサトの前に、慌ててネルフの保安部の人間が数名駆け寄って来た。いくら
 休暇中とはいえ、シンジ達は常に警備が付いているのである。

 「何事です?」

 「無事ですか?」

 男達は服の中に手を入れ、いつでも銃を抜ける体勢をとり、周りの気配を探って
 いる。しっかりと訓練された動きで、見えない敵の攻撃に備えているようだった。

 「あーごめんなさい、あなた達。どうやらリツコが暴走したようなの。何でもない
 から警備に戻ってちょうだい」

 「赤木博士が……分かりました。それでは気を付けて」

 そう言って、男達は闇に溶け込むように姿を隠した。

 『リツコの暴走』その一言で全てを理解するという事は、リツコは普段からこんな
 事を繰り返しているのかも知れない……。困ったもんだ。

 保安部の人間が消えた頃、ようやくシンジ達も何が起きたのか理解できるように
 なっていた。トウジ達は、なぜミサトがあれほどリツコの花火を警戒していたのか
 をようやく理解する事ができた。

 「あなた達、大丈夫? どこもケガしてない?」

 「え、ええ、平気みたいです」

 「ワシもケガはないようですけど」

 「良かった。誰もケガしてなくて……。ん? ところで、シンちゃ~ん、
 いつまでそうやってアスカと抱き合ってるつもりなのかな~?」

 「え? あ、い、いや……これは、その……」

 ちょ、ちょっとシンジ、いつまでくっついてんのよ!?
 早く離れなさいよ!

 アスカは、自分から抱きついたのだが、赤くなりながらシンジに抗議した。

 「わ、分かってるよ。……あ、あれ?

 「ん、どうしたの?」

 「か、身体が動かないんです……」

 「シンジ、露骨だぞ! そうまでして惣流に抱きついていたいのか?
 どうせ嘘つくならもっとマシな嘘を考えるんだな」

 「シンジ、お前かなり性格変わったんとちゃうか?」

 不潔よ! 不潔だわ!! 碇君ってそんな人だったの!?」

 「ち、違うよ委員長。ほんとなんだ、ほんとに身体が動かないんだよ」

 「ちょっとミサト、どうなってんのよ! 私も身体が動かないのよ!」

 「え? アスカも!?」


 果たして、この二人の運命やいかに!?


 <つづく>


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