新世紀エヴァンゲリオン-if-

 夜の海編 Aパート


 「シンジ、立てる? 今から泳げるように特訓するわよ」

 「え? 特訓!?」

 「そ、男子だってプールの授業あるんでしょ。十四にもなって泳げない事ばれたら
 恥ずかしいじゃないの。だから特訓よ」

 ・ ・ ・

 アスカとレイによるシンジの特訓は続いていた。

 やがて、太陽がかなり傾き、周りが赤く染まり始めた頃、シンジは何とか沈まずに
 前に進めるくらいにはなっていた。

 「シンジ、ここまで来れば今日はもう上がっていいわよ」

 アスカは、シンジの元から岸の方に泳ぎ、シンジを手招きしている。

 「碇くん、頑張ってね!」

 「う、うん」

 レイは、シンジがいつ溺れてもいいように、常にそばで泳いでいた。シンジは、
 レイに励まされた事もあるが、一日中泳いでクタクタで、早く海から上がりたかった
 ため、必死になって泳ぎ、アスカの横を通り抜け、浜に上がった。その直後、仰向け
 にひっくり返り、肩で息をしていた。

 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 そんなシンジの左右に、レイとアスカが腰を下ろす。

 「碇くん、だいぶ泳げるようになったね。もう溺れる心配は無いと思うわ」

 「そりゃあ、この私がコーチしてるんだから、泳げるようになるのは当然よね」

 「はぁ……はぁ……ありがとう二人とも。なんとか泳げるようになったみたい
 だよ」

 「特訓は必要だけどね。ま、今の調子なら、それほど厳しくしなくてもいいとは思う
 けどね」

 「ははは。お手柔らかに頼むよ」

 そう言ってシンジは身体を起こした。太平洋に沈もうとしている夕日が、三人を赤く
 染めていた。

 「きれいな夕日ね。空もこんなに赤く染まってる」

 「ほんとだね。海に沈む太陽がこんなにきれいだなんて知らなかったよ」

 「そっか、シンジは海に来るの十年ぶりくらいだって言ってたし、レイは今日が
 初めてだったわね。海も結構楽しいでしょ。これで泳げるようになれば、もっと
 楽しくなるわよ」

 「そうかも知れないね。泳ぐ事以外は今でも十分楽しいんだから、思うように泳げ
 たら気持ちいいだろうな」

 「シンジはやる気になれば色々できるんだから、もっと自信を持てばいいのよ。
 今日だって、溺れてたシンジが今では何とか泳げるようになってるでしょ。
 逃げなきゃ大抵の事は何とかなるもんよ」

 「そ、そうかな」

 「私もそう思う。だって、今までどんなに苦しい戦いでも、碇くんは使徒に打ち
 勝ってきたし、私たちを助けてくれたもの。だから、碇くんはアスカの言うように、
 もっと自分に自信を持てばいいと思うよ。碇くんは、それだけの事をしてきたん
 だから」

 シンジは、レイとアスカにそう言われ、少し自分に自信を持つことができたような
 気がしてきた。しかし、何だか照れくさくてどう言っていいのか分からず、ただ
 夕日を見つめていた。

 「……そう言えばさ、前にもこうやって、三人で星を見た事があったよね」

 「そう言えば、そんな事もあったわね。確か、第三新東京市が停電になった時よね」

 「ええ、そうね。もう随分と昔の事のように思えるわ」

 「あの時、初めて僕たち三人で戦ったんだよね」

 「言われてみれば、確かにそうね。エヴァ三機揃って戦ったのは、あれが最初だった
 わね」

 「零号機が改装された直後だったわね。アスカが使徒の溶解液を防いでいる間に、
 私がパレットガンを碇くんに渡したのよね」

 「まさに、チームワークの勝利といった所ね。考えてみれば、私たちが
 危ない目に遭ったり負けたりしたのは、いつも単独で戦ったり、独断先行したりで、
 全員がバラバラだった時だったわね」

 「ええ、三人で一緒に戦ってた時は、そんなに危ない目には遭わなかったような
 気がする。碇くんがそばにいてくれるだけで安心できたもの」

 「確かに、なんだかんだ言っても、シンジが一番多くの使徒を倒してるもんね。
 やっぱり、心のどこかで頼ってたのかも知れないわね。あの頃の私は、それを認める
 のが一番嫌だったけど……」

 「でも、僕だって二人がそばにいてくれたから、安心して戦えたんだよ。僕一人の
 力じゃないさ。三人で力を合わせて戦ったから勝ってこれたんだよ。……もう
 使徒なんて二度と来て欲しくないけど、僕たち三人で力を合わせれば、どんなに
 使徒が強くても、きっと勝てるよ」

 「そうね、三人でやれば、きっとうまくいくわ」

 「私たち三人はいつも一緒だったものね」

 「うん、そして、これからも……」

 シンジは自分のセリフが恥ずかしかったのか、じっと夕日を見つめる。その顔が赤く
 染まっているのは、夕日のせいだけではないようだった。

 そんなシンジの横顔を見ていた二人は、胸が高鳴るのを感じた。二人の顔が赤いのも
 また、夕日のせいだけではなかった。

 そして、レイとアスカは、そっとシンジに寄り添うように動き出した……


 その時!


 うおっほん!!

 急に後ろから咳払いがしたので、二人は慌ててシンジから離れた。

 シンジは慌てて振り向くと、そこには、ミサト、リツコ、トウジ、ケンスケ、ヒカリ
 ペンペン……全員が揃っていた。

 ミ、ミサトさん!? いつからそこにいたんですか!?」

 「あなた達が海から上がった直後くらいからいたわよ。もう日も沈むし、そろそろ
 上がろうかと思って呼びに来たんだけど、何だか三人の世界ができてて、青春
 してるみたいだったから、声掛けるのも悪いかなと思って、しばらく見てたのよ」

 「ミサト、どうせ声掛けるなら、もう十秒待ってあげれば良かったのに」

 「そうですよミサトさん、もう少しで面白いシーンが撮れたのに……」

 「ま~いいじゃない。それにしても、あなた達、成長したわね。最初はあんなに
 いがみ合ってたのに……私は嬉しいわ

 「確かに、エヴァがいくら強くても、使徒と一対一で戦うのはかなり危険が伴なう
 わ。でも、私たち人間にはチームワークという最大の力があるのよ。あなた達
 三人が力を合わせれば、どんなに使徒が強くてもきっと勝てるわ。今の気持ちを
 忘れないでね」

 はい!」×3

 「そうだ。あなた達、今の気持ちを忘れないように私がいい話をしてあげるわ」

 「いい話?」

 「そう! 例えるなら、エヴァ一体一体は火よ、火!
 でも、火は集まれば炎となるの、炎!
 炎となったエヴァンゲリオンは無敵よ!!!

 「…………リツコ、その話、どこかで聞いた事があるんだけど……」

 「いーじゃないの。いい話はいつ聞いてもいいもんよ。それに歌にもあるじゃない。

 一人より二人がいいさ。二人より三人がいい~

 って。これらはみんな、協力の大切さを言っているのよ!」

 リツコは一人、燃え上がっていた。

 「ところでシンジ、お前いつからあんなクサイセリフ言えるようになったんや?
 聞いとる方が恥ずかしかったわ」

 「だったら聞かなきゃいいでしょ」

 「あ、やっぱりクサかった? 自分でもそうじゃないかな、とは思ってたんだ
 けど……」
 
 「シンジ、せっかく夕日の沈む海、というシチュエーションなんだからさ、海に石
 でも投げながらセリフ言えばビシッと決まるかも知れないぞ。まさに青春映画
 そのものだな」

 「べ、別に青春映画やってるわけじゃないんだけど……」

 「本人にそのつもりがのーても、周りのもんにはそう見えるんや」

 「別に、無理に見てくれなくてもいいんだけど」

 「そりゃあ無理ってもんよレイ。今のあなた達の状況は、どっから見ても三角関係
 そのままなんだから。本人たちは大変かも知れないけど、はたから見ても、これほど
 面白い事はないのよ。だから、冷やかされるのは当然なのよ」

 「何無茶苦茶言ってんのよ! で、何の用なの?」

 「あぁ、そうそう。あなた達、今日はもう上がるんでしょ? お風呂にでも入って、
 ゆっくり疲れを取るといいわ」

 風呂!?』

 その言葉を聞き、ケンスケとペンペンの目が輝きだした。片や純粋に風呂好き
 として。片や邪悪な計画を秘めつつ。

 「お風呂ですか?」

 「そう。ここの売りの一つに大浴場があるのよ。この辺りじゃ結構有名で、お風呂
 に入るために泊まりに来る人もいるくらいなのよ。もっちろん、温泉よ。
 特にシンジ君は慣れない筋肉使って疲れてるだろうから、ゆっくりと入るといいわ」

 「はい、そうします」

 「私も一日中シンジの特訓してたから、結構クタクタだわ」

 「私もゆっくりとお風呂に入りたい」

 そして、全員で風呂に向かって歩き出した。ロッカーに預けてある自分の荷物を
 取り出し、それぞれ男湯と女湯に向かう。


 なお、この後、女湯の細かな描写が200行ほど続く予定だったのですが、作者が
 女湯に入った事が無い上、女性たちの検閲があったため、ここから先は各自の想像
 で補って下さい。

 ちなみに、男湯の描写なら幾らでも細かくできるんですが、書いててもつまらない
 し、読んでもつまらないのでカットします。

 ……しかし、このままでは手抜きと勘違いされる恐れがあるので、男湯の中の事を
 少し書きましょう。


 「いやー、しかし、ミサトさんが自慢しとーなる気持ちも分かるわ。ワシはこなに
 立派なフロに入ったのは初めてや」

 「僕もだよ。僕は今まで旅行した記憶があまりないから、ネルフ本部以外でこんなに
 広い風呂に入ったのは初めてだよ」

 「まったくだね。さすがネルフ、いい仕事してるねー

 シンジ達は頭にタオルを乗せ、のんびりと疲れを取っている。そして、その周りを
 ペンペンがうれしそうに泳いでいる。

 「ところで、何でケンスケがここでおるんや?」

 「そうだね。僕はてっきり覗きに行くもんだと思ってたのに」

 『もしそうなら、みんなにそれとなく知らせたけど……』

 「そりゃ、僕だって当然そのつもりだったさ。こんなチャンスそうあるもんじゃ
 ないからね」

 …………どの辺りが当然なんだか……。

 「でも、僕はまだこの建物の構造を把握しきれてないんだ。いくら海の家とはいえ、
 ネルフの関連施設だろ? どんな警備システムがあるか分からないじゃないか。
 だから、万が一の事を考えて、涙を飲んで今回は見送ったのさ」

 ケンスケはかなり悔しそうにしていたが、実はこの判断は正しかった。ここの女湯は
 ミサトとリツコの趣味により、非常識なほどの警備システムが揃っており、特に
 リツコが趣味で実験的に作った迎撃システムの数々のため、世界一覗くのが困難な
 女湯となっていた。下手すれば、日本国の最も警備の厳しい場所より侵入は難し
 かった。

 どんな一流のスパイでも、生きてこの女湯を覗けはしない、と、リツコは絶対の自信
 を持っており、もしケンスケが覗こうとしていれば、ケンスケの出番はもう二度と
 無かったであろう。

 「だからシンジ、綾波や惣流との面白いシーン期待してるぞ。風呂が覗けなかった
 分、そっちで楽しませてもらわないとね」

 「な、なんだよそれ」

 「だいたい、ほんまに惣流とは話しただけやったんか? なんか怪しいな」

 「そうそう。あの惣流がシンジと手を繋いで歩いてんだからな。ちょっと前からは
 信じられない光景だよ。おまけに、綾波まであんなに変わるなんて……。
 シンジ、ほんとに何があったんだ? 男同士、裸の付き合いに隠し事は良くないぞ」

 「別に何も隠してないよ。じゃ、じゃ僕もう出るから」

 そう言って、シンジは慌てて二人の前から逃げ出した。

 「逃げおった。やっぱり何ぞ隠しとるな」

 「そうだね。ま、これからゆっくりと聞けばいいさ。月曜からは学校だし、時間は
 たっぷりとあるからね。じゃ、僕たちも出ようか。風呂から出たらロビーに集まる
 よう、ミサトさんに言われたろ」

 「せやな、ワシらも出るとするか」

 二人はシンジを追って風呂を出る。すると、脱衣所には、備え付けの青い浴衣を着た
 シンジがいた。背中にでかでかとネルフマークが描かれている以外は、上品な感じ
 の浴衣である。

 「ん? シンジ、どしたんや、ワシらを待っててくれたんか?」

 「まぁ、それもあるけど……。あ、出てきた」

 「ん?」

 不思議そうにしているトウジとケンスケの足元を、ペンペンが歩いている。

 シンジはタオルを掛け、ペンペンの体を拭き始めた。ペンペンは気持ち良さそうに
 目を閉じ、クゥ~~~と鳴いていた。

 「他のお客さんもいるから、床とか濡らせないからね。ちゃんと拭いてやらないと
 ね」

 「相変わらずマメやなー」

 「ほんと、すっかり主夫してるね」

 そんなシンジを見ながら二人とも浴衣に着替え、ロビーにやって来る。

 「まだ、ミサトさん達、出てきてないみたいだね」

 「女は風呂が長いんだよ、きっと」

 「お! シンジ、土産もん売場がある。ちょっと見ていかんか? ワシは妹に土産
 買うてやるって約束しとるんや」

 「うん、いいよ。あそこならミサトさん達が来てもすぐ分かるだろうから」

 そう言って、土産物売場を見て回る。そこには、ネルフマーク入りの饅頭、ネルフ
 マーク入りのタオル、ネルフマーク入りのテレホンカードなど、お土産売場には必ず
 ある品物全てにネルフマークが入っていた。また、ネルフ本部が描かれたペナント
 や、エヴァンゲリオンの人形、使徒の人形なども売られていた。

 ネルフって一体……』

 シンジは軽い頭痛に襲われていた。

 その時、ケンスケが

 おおおおおぉーーーっ!!

 と叫び、ビデオカメラで録画を始めた。

 何だろう? と思い、ケンスケの向いている方向を見ると、

 レイ、アスカ、ヒカリが、シンジ達と同じように、薄いピンク色の浴衣
 着て、歩いて来ていた。もちろん、背中にはネルフマークがしっかりと入っている。

 「あ、碇くん!」

 「あ、シンジ! 見て見て!!

 シンジに気付いた二人は、シンジの所に駆け寄る。

 どうシンジ!? 似合ってるでしょ!?

 碇くん、これ、どうかな?


 <つづく>


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