新世紀エヴァンゲリオン-if-

 海 編 Iパート (最終回)


 「わ、私、碇くん探して来ます!」

 「よっしゃ、ワシらも行こか。手分けして探すんや」

 「そうだな」

 「ええ」

 「リツコ、私たちも行くわよ」

 「もちろんよ」

 そう言って、全員でシンジとアスカを探し始めた。

 『良かった。みんな碇くんの事、心配してくれてるんだ……』

 レイは、みんながシンジを探すのを手伝ってくれるのでそう思ったが、もちろん
 それぞれの思惑は全く違っていた。

 『くそー、シンジのやつ、一人だけ大人にはさせへん』

 『こんなシャッターチャンス逃してなるものか』

 『不潔よアスカ!! 不潔よ不潔だわ! 私たちはまだ十四歳なのよ』

 『う~ん……アスカにしてやられたわね~。このセミしぐれを利用してシンジ君を
 拉致するとは……。私たちが気を抜く一瞬を狙っていたのね』

 『やっぱりアスカは強行手段に出たわね。シンジ君の身に何か起きる前に見つけない
 と面白くないわね。シンジ君、私たちが行くまで無事でいてね……』


 その頃、シンジはアスカに手で口を塞がれて、木の陰にいた。

 んー、んー!

 『……もうみんな行ったかしら。……そろそろいいか』

 そう思い、アスカは手を離す。

 「何だよアスカ!? いきなり口を塞ぐなんて。みんな先に行っちゃった
 じゃないか!」

 「ちょっとシンジに聞きたい事があってね」

 「僕に聞きたい事……って何、アスカ?」

 「うん……あのね……」

 アスカはシンジに背を向け、少し歩く。シンジは、アスカがなぜこんな事をするのか
 まるで分からなかった。

 「アスカ?」

 「シンジ……。私の事、『好きだ』って、あの時そう言ってくれたわよね」

 アスカはシンジに背を向けたまま、そう言った。

 「え? あ、あの、その……だから……あれは……」

 いきなりの展開に、シンジはすっかりうろたえてしまった。

 「言ってくれたわよね?」

 アスカはもう一度そう聞く。

 「う、うん」

 シンジの返事を聞くと、アスカは更に数歩歩き、木の向こう側に回る。

 そして再びシンジの前に現れた時、目に涙を浮かべていた。

 ア、アスカ!?

 「私の事『好きだ』って言ってくれたのに、どうして私の事だけを見てくれないの?
 どうしてレイにばかり優しくするの?」

 「ぼ、僕は別に、綾波にだけ優しくしてるわけじゃ……」

 いきなりアスカが泣いているので、シンジはどうしてていいか分からなかった。

 『……これまでの経験から、シンジは泣いてる私に弱いはず。この状態で迫れば、
 シンジは逃げられないはずよね』

 『ど、どうしよう、アスカが泣いてるなんて……。僕は泣いてる女の人に弱いから
 な……。どうすればいいんだろう……』

 アスカはゆっくりとシンジの方に歩いてくる。

 「シンジ……私の気持ち知ってるんでしょ? ……私は……きゃっ!?

 アスカはシンジの顔だけを見ていたので、木の根につまずき、転びかける。

 あ、アスカ、危ない!!

 シンジは慌ててアスカを助けようとした。結果として、シンジとアスカは抱き合う
 ような形になってしまった。

 お互いの体温が熱く感じられる……。

 ア……ア……アスカ……

 シ……シンジ……

 二人は思わず見つめ合う。

 『ど、どうしよう。これはちょっと予定外の展開だわ。で、でも今さら後には退け
 ないし……。作戦4-2……いや5-3の変形パターンで何とかなるかな。ちょっと予定
 より早いけど、これはチャンスだわ』

 この時、シンジは『ヘビに睨まれたカエル』状態で、完全にアスカの術中に
 はまっていた。

 二人は少しずつ顔を近づける。

 『あああ~体が勝手に~~~』

 『これでシンジは私のものに……』

 ポト。

 その時、アスカは何かを落とした。シンジは、ふっとそっちを見る。すると、そこ
 には、もはやお約束だが、目薬が落ちていた。

 「こ、これは……」

 「あ、い、いや……だから……これは……その……」

 アスカが必死に言い訳をしようとした時、

 「碇くーん! どこ行ったのー!」

 「シンジー! どこやー!」

 「おーい! シンジー! 出てこーい!」

 「アスカー! どこー!」

 と、シンジ達を探す声が聞こえてきた。

 シンジはレイの声を聞き、我に返り、慌ててアスカから離れた。

 「み、みんな心配してるみたいだから、ぼ、僕、先に行くね!

 そう言って、シンジは逃げるように歩き出す。

 「あ! ちょ、ちょっと待ってよシンジ!!」

 だが、シンジはもうかなり先に行ってしまっている。

 「……あ~あ、もう少しだったのにぃ~」

 アスカはしきりに悔しがっていた。すると、すぐ後ろから声がした。

 「ほんと惜しかったわね~、もう少しでシンちゃんの唇を奪えたのに……」

 「今一つ、詰めが甘かったわね。シンジ君が逃げられないような状況へ持っていく
 までは良かったのに……。これは今後の作戦に影響が出そうね、アスカ」

 な!? な、何でミサトとリツコがここにいるのよ!?」

 「そりゃあ、アスカがシンジ君を連れてどこかに行っちゃったんだから、みんなで
 探してたのよ。私は保護者としてここに来てるんだから、不純異性行為は見逃せない
 でしょ。だから、何か間違いが起きないうちに二人を見つけるために走り回ってた
 のよ」

 「そしたら、何だか二人とも盛り上がってるみたいだったから、キスくらいは大目に
 見ようかなと思って、ミサトと二人で温かく見守ってたのよ」

 「……『覗いてた』って素直に言ったらどうなのよ

 アスカは恥ずかしさと怒りで真っ赤になりながら抗議をする。しかし、ミサト達は
 それすら面白そうに見つめている。

 「いーじゃないの別に、減るもんじゃないし。それに、私たちは何一つ邪魔なんて
 してないわよ。ねーリツコ」

 「そうね、今のは間違いなくアスカの作戦ミスね。あんな所で目薬なんか落とさな
 ければ、今頃キスより先に進んでたかも知れなかったのに……ほんと、惜しかった
 わね、アスカ」

 「う、うるさいわね。べ、別に私はそんな事……

 「あらそうなの? 少しも考えなかったって言える? それとも、今の段階では、
 キスで止めるつもりだったのかしら?」

 「…………

 アスカはうつむき、更に赤くなる。

 「ふふふ、アスカも随分とかわいくなったわね。それよりいいの? シンジ君、行っ
 ちゃったわよ」

 「え? あ! こらーシンジ! 女の子置いて先に行くんじゃないー!

 アスカは慌ててシンジを追いかける。

 「……何とか今回は防げたわね。何か企むのは自由だけど、私たちの目の前でやって
 もらわないとね。でもリツコ、よくアスカの居場所が分かったわね。いったいどう
 やったの?」

 「簡単よミサト。アスカがいつも付けてる、『インターフェイスヘッドセット』
 あれはエヴァとのシンクロ率を上げるため以外にも、色々と機能が付いてるのよ。
 こんな事もあろうかと思って、アスカのインターフェイスヘッドセットの場所が
 すぐ分かるように、探知機作っておいたのよ。ちなみに、盗聴もできるわよ。
 やはり科学者としては、一生のうちに何回『こんな事もあろうかと思って』という
 セリフが言えるかが全てだものね」

 「さっすがリツコ、それなら見失う事もないわね。じゃあ、私たちも行きますか」

 「ええ」

 そう言って、二人はアスカの後を追った。

 ・
 ・
 ・

 「あ、碇くん」

 「や、やぁ、綾波」

 「シンジ、お前どこ行っとったんや? 惣流と何ぞあったんとちゃうやろな?」

 「そうなの、碇くん?」

 レイは不安げにシンジを見る。

 「ち、違うよ、何もないよ。ほんとだよ綾波、ほんとだから」

 「そう、良かった!

 「な、何や、えらいあっさり信用するんやな。もっと修羅場が見れると思うたのに」

 「ほんとだね。弁当の事で惣流と張り合ってたから、もっと嫉妬深いのかと思った
 のに、意外だったね」

 「だって、碇くんは私に一度も嘘をついた事がないもの。だから私は碇くんの事を
 信じるの」

 「綾波さんて、ほんとに碇君の事を信用してるのね。それで碇君、アスカはどうした
 の?」

 レイに『信用している』と言われ、自分の行動を思い出して自己嫌悪に陥っている
 シンジにヒカリが聞く。

 「え? ああ、アスカなら後から来ると思うよ。僕だけ先に来たから」

 そう言ってシンジが振り向くと、アスカが走って来ていた。

 「ちょっとシンジ! 何も逃げる事ないじゃないのよ!」

 「べ、別に僕は逃げたわけじゃないよ。みんなが探してるみたいだったから……。
 って……綾波!?

 「ちょっとレイ! 何シンジと手なんか繋いでんのよ!? 離れな
 さいよ!」

 「いや。だってこうしてないとアスカが碇くんをどこかに連れてっちゃうもの」

 「う……」

 実際、レイの言う通りなので、アスカは反論できない。レイはシンジの事を信用は
 しているが、やはり自分のそばにいてもらいたいらしい。

 「じゃあ碇くん、行こ」

 「う、うん」

 「あ! こら待ちなさいよ! それじゃあ、私もレイがシンジをどっかに連れて
 いかないように見張る事にするわ」

 そう言い、アスカもシンジの手を取る。シンジは二人に引きずられるかのように
 歩いていった。

 「……どう思う、トウジ?」

 「どう思う、言うたかて、三人で仲良う手ぇ繋いで歩いとるようには見えんなー。
 シンジの奴、笑顔が引きつっとったようやし……」

 「そうだね、どちらかと言うとシンジの奴、綾波と惣流に連行されてるっていう
 イメージだね」

 「全く、その通りやな」

 「でも、碇君も大変そうね」

 『それにしても、アスカってほんと変わっちゃったなー。前は碇君の事で冷やかされ
 たら本気で怒ってたのに、今では自分から手を繋ぐようになっちゃうんだもの……。
 鈴原たちに冷やかされると今でも怒るけど、どこか嬉しそうにさえしてる……。
 いきなり強力なライバルが現れたからなのかな? 綾波さんも随分と変わったけど、
 碇君もかなり変わったみたいね。相変わらずアスカに振り回されてるけど、何だか
 ゆとりが出てきたようにも見えるし……。そんな所にアスカや綾波さんはひかれて
 るのかな?』

 「いや~、もてる男は辛いわね~」

 「そうね。はたから見てる分には、これほど面白いイベントは無いけどね」

 「あ、ミサトさん、リツコさん」

 いつの間にか、二人ともトウジ達のもとに来ていた。

 「アスカも色々とやってるようね。やっぱり、どうやって意中の男の子を落とそうか
 と、あれこれ作戦を考えたり実行したりするのが恋愛の醍醐味ってやつよね。次は
 どんな手で来るのかしら」

 「でもミサト、シンジ君にはそんな回りくどいやり方より、レイのように素直に
 自分の気持ちをぶつけた方が効くんじゃないかしら」

 「うーん……。でも、さっきだってアスカがあんなミスを犯さなければ、シンジ君
 だってどうなってた事やら……。シンジ君だって年頃の男の子なんだしね。あんな
 風に迫られるのも嫌じゃないわよ、きっと」

 「そりゃあそうだろうけど……。でも、今の事でレイの監視が厳しくなるのは
 確実ね。アスカもやりにくくなるわね、きっと」

 「当然、私の監視だって厳しくなるわよ。二度と見失ったりしないわよ」

 「……あの、ミサトさん。アスカ、碇君と何かあったんですか?」

 ヒカリはかなり興味あるのか、何があったのかを聞きたがっている。もちろん、
 トウジやケンスケも聞きたそうにしている。

 「うーん……今の段階じゃ特に何もないわね。問題は、むしろこれからね。あなた
 達もあの三人を見失わないようにしててね。あ、そうだ相田君、フィルム代はネルフ
 で出すから、徹底的に撮影してやってね」

 「はい! そういう事なら、この相田ケンスケ、命にかけても、ミサトさんの喜ぶ
 ような映像を撮ってみせます! お任せ下さい!!

 「期待してるわよ。じゃあ、私たちも行きましょうか。早く行かないとまた見失っ
 ちゃうわ」

 そう言って、覗き魔の集団と化した一向は、シンジ達の後を追った。なお、
 ヒカリもかなり興味があるらしく、特に反対はしなかった。


 その後、シンジ達は身体を焼いたり、ビーチバレーをしたり、かき氷、焼きそば等
 を食べたりしながら、それぞれ、思い思いの方法で海を楽しんでいた。もっとも、
 シンジにとっては、水の中にいる時は楽しむゆとりなど無かったのだが……。

 なお、この間、アスカは様々な計画を発動させようとしたのだが、ミサトやトウジ達
 の妨害、特にレイが警戒してシンジから離れようとしなかったため、今までの計画は
 全て失敗に終わっていた。

 『……うー、こうなったらもう、『シンジ攻略計画-お泊まり編-』に全てを
 懸けるしかないわね!』


 波乱はまだ、終わりそうにない。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 海 編(第六部) 


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