「ところでミサトさん、さっきから気になってたんですけど、そのクーラーボックス
 何が入ってるんですか?」

 「やーねーシンジ、あの中にはビールがぎっしり入ってるに決まってるじゃない。
 ほんとアル中ってやーねー」

 「うるさいわね。ビールじゃないわよ」

 「え、違うの?」

 「当ったり前じゃない。向こうでタダビール飲み放題なんだから、家から持ってく
 必要なんてないでしょ」

 「それじゃあ、一体何なんですか?」

 「これよ、これ」

 そう言って、ミサトはクーラーボックスのふたを開けた。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 海 編 Dパート


 「クワ?」

 中から顔を出したのはペンペンだった。

 「あ、ペンペン」

 「そ。ペンペンだって、たまには広い海で泳いでみたいだろうと思ってね」

 「でも、日本の海大丈夫なんですか?」

 「お風呂が平気なんだから大丈夫よきっと。それに、暑くなったらこの中に戻って
 くればいいんだし、向こうにだって氷はあるしね」

 「でも、こんな中に入ってるなんて、ペンペン窮屈じゃないんですか?」

 「大丈夫よレイ、ペンギンの特技は何時間でもじ~っとしてる事なんだから、
 少しくらい大丈夫よ。ね、ペンペン」

 「ク~」

 ペンペンはミサトの話が分かってるようにうなづいた。その時、ちょうど車掌が
 キップの点検にやって来た。

 「お客様、ペットの持ち込みは他のお客様の迷惑になりますので……」

 「他のお客様なんて一人もいないじゃない」

 確かに、この車両にはミサト達以外に乗客はいなかった。

 「それに、ペットなんてどこにいるの?」

 「は? ですから、このペンギンの事ですけど」

 「ああ、このかき氷機の事?」

 「は? かき氷機?」

 「そ、レトロなやつ。子供の頃見た事ない?」

 ペンペンはミサトの考えてる事が分かるようで、ペンギンの特技、『何時間でも
 じ~っとしている』を使い、かき氷機のフリをしている。

 「し、しかし良くできてますな。まるで生きているようだ。それに、かき氷機に
 付きもののハンドルが無いようですし……」

 「最新型なのよ」

 「しかし、先ほど『レトロなやつ』と……」

 「だから、外見はレトロでも中身は最新型なのよ」

 「それでは、なぜクーラーボックスの中に?」

 「かき氷機といえば、氷が付きものでしょ。一緒に入れてるだけよ。何か文句ある
 かしら?」

 「う……。わ、分かりました。それでは良い旅を」

 「ありがとう」

 ミサトはにっこりと微笑んだ。車掌は釈然としない表情で、隣の車両に向かった。

 「ペンペン、もういいわよ」

 ミサトがそう言うと、ペンペンはため息をついて首をクキクキと鳴らしている。
 本当に賢いペンギンだ。

 「相変わらず強引ね、ミサト。きっと今頃くやしがってるわよ」

 「いーじゃない別に。ペンペンは誰にも迷惑かけたりしないんだから。ねー、ペン
 ペン」

 ペンペンは、当然といった顔でうなずいている。

 「じゃあ、またもめるといけないから、向こうに着くまで閉めるわよ。顔引っ込め
 て」

 そう言って、ミサトはクーラーボックスのふたを閉めた。

 「いやー、しかしさすがミサトさんや。ほんま、凛々しいわ」

 「全くだね。さすが、その若さで三佐になるだけはありますね」

 トウジとケンスケは口々にミサトを褒めた。

 「ふふふ。ありがとう、二人とも」

 「単に図々しいだけよ」

 「何か言ったかしら、アスカ?」

 「べーつに、何も」

 「あのミサトさん。お弁当食べて軽くなったから、ペンペン僕が持ちますよ」

 「あらー、さすがシンちゃん。誰かと違って優しいわね」

 「どーいう意味よ、ミサト?」

 「べーつに、何も」

 ミサトは、先ほどのアスカと同じように言い返した。この二人は、結構似たもの同士
 だったりする。

 「じゃあ碇くん、私がお弁当箱持つわ」

 「それじゃあ、私がシンジの荷物持ってあげるわ」

 「ありがとう、二人とも」

 「う、嘘や……。惣流がシンジの荷物を持つやなんて……。これはきっと、
 悪い夢や。そうに違いない」

 「惣流、せっかくいい天気なんだから、大雨が来るような事するなよな」

 「ほー、あんた達、随分といい度胸ね。覚悟はできてんでしょうね?」

 「二人とも、アスカに謝りなさいよ。二人が知らないだけで、アスカは優しいのよ」

 「しかしなーイインチョ。あの惣流が、シンジが頼みもせんのに自分からシンジの
 荷物持つ言うたんやで。いくら何でも、今までの惣流とは違いすぎるわ」

 「そうだよ。今までの惣流は、シンジに弁当作らせた挙げ句、学校までシンジに持た
 せるような事をへーきでやってたのに……。いくら何でも変わり過ぎだよ」

 い、いーじゃないの、別に

 アスカは怒ってるのか照れているのか、かなり赤くなっている。

 「まーまー二人とも。アスカも色々とあったのよ、色々とね」

 「そうよ、鈴原君、相田君。人間は僅かの間で、すごく変われるものなのよ」

 「その、『色々』という部分を具体的に教えて下さい、ミサトさん」

 「ぜひ、何があったか聞いてみたいんです」

 「ん~~~。どうしようかな~~~」

 ミサトは面白そうにアスカを見ている。

 「ミーサートー!」

 「はいはい、分かってるって。黙っててあげるわよ。二人とも、その辺は自分で
 想像してね。

 「いいんですか? 僕たちに想像させたら凄い事になりますよ」

 「ほんまや。掲載できんような事、想像するかも知れんな」

 「……ヒカリ、その二人、殴っといて」

 「分かった」

 ……てな事をやってるうちに、列車は目的の駅に着いた。

 ネルフの経営する海の家、及び砂浜は設備が整っている事もあり、この辺りでは結構
 有名で、海水浴客が大勢来るので、駅から直通のバスが出ている。

 シンジ達もそのバスに乗る。そのバスには既に多くの客が乗っていて、これから
 向かう海の事などを楽しそうに話している。

 シンジ達全員が乗り込むと、バスが走り始めた。しばらく走ると、窓から潮風が
 入ってくる。そして、視界が開けたかと思うと、青い海が太陽の光を受け、キラキラ
 と輝いているのが見えてきた。


 「うわー綺麗……。これが海なんだ……」

 初めて直に海を見たレイは、嬉しそうに瞳を輝かせている。そして、ミサト達も、
 久し振りの海にうきうきしていた。そんな中、シンジは昔溺れた記憶が鮮明に甦り、
 少し不安になっていた。

 やがて、バスは目的地に着いたので、シンジ達はぞろぞろとバスから降りた。目の前
 には、海の家と呼ぶにはあまりにも立派なビルがそびえていた。そして、その壁に
 は、大きくネルフのシンボルマークが描かれていた。

 「……ねえミサト、ネルフって確か……」

 「だから、もうネルフは非公開組織じゃなくなったって何度も言ってるでしょ。
 これからは、国民に慕われる組織を目指す事になったのよ」

 「……しかし、いきなり凄い変わり様ね。何だかクラクラするわ」

 「そのうち慣れるわよ。私だって最初はギャップに悩んだんだから」

 「なぁシンジ、ワシは海の家言うから、もっとこう、こじんまりしたもんやと思っ
 とったんやけど……。えらい立派な建物やな」

 「ほんと。これじゃどう見ても立派なホテルだよ」

 「うん、僕もびっくりしてるんだ。まさかこんな大きな建物だとは思わなかった」

 「私もびっくりしちゃった」

 「何や? シンジらも知らんかったんか?」

 「うん。ネルフがこんな施設持ってるなんて知らなかったからね。今までこんな事
 無かったし……。ネルフも随分と変わったね、綾波」

 「そうね。情報公開に合わせて、体質が変わったのかしら?」

 実際には、ゲンドウの性格が大きく変わっているのだった。

 「さ、あなた達、とりあえずチェックインするわよ」

 そう言って、ミサトはロビーに入っていったので、シンジ達も後ろについていく。

 「それじゃあ、部屋分けを説明するわよ。三人部屋を三つ取ったから。
 まず、シンジ君と鈴原君と相田君。はい、これがカードキー。
 で、次がレイとアスカと洞木さん。はい、カードキー、無くさないようにね。
 で、私とリツコとペンペン。じゃあ、それぞれ水着に着替えてビーチに集合ね」

 シンジ達は、それぞれ自分達にあてがえられた部屋に入る。

 「うわー、めちゃくちゃ豪華な部屋やな。ワシらほんまにこんなとこ泊まってええん
 か?」

 「ただ……だよな、シンジ?」

 「ミサトさんがそう言ったんだから、大丈夫だよきっと。ネルフの施設だし……。
 でも、ほんとに凄い部屋だね」

 シンジ達が驚くのも無理はなかった。本来この部屋は、ネルフの幹部達が長期の
 バカンスを楽しむための部屋なので、普通、海水浴に来た一般客が泊まれるような
 部屋ではないのだった。そもそも、この部屋がある最上階は、一般人が入らない
 ように、警備の人間が立っているのである。

 そんな雰囲気に馴染めないシンジ達は、早く着替えて外に出る事にした。

 男の着替えなどあっという間なので、既にシンジとトウジは水着に着替えていた。
 そしてケンスケは、その様子をカメラに収めていた。

 「何やケンスケ、男まで撮るんか?」

 「ケンスケってそういう趣味があったの?」

 ……シンジ、人の事は言えんぞ。カヲルとの一件を忘れたのか?

 「まさか、僕にそんな趣味は無いよ。本当は男なんて一枚だって撮りたくないよ」

 「じゃあ、どうして僕たちを撮るんだよ?」

 「カメラの動作チェックだよ。ちゃんと写らないと困るだろ」

 「そうやったんか。せやけど、リニアトレインの中でも撮影しとったやないか」

 「ああ、あれはどちらかというと失敗しても問題の無いタイプの写真だからね。
 しかし、今からは違う。一枚の失敗も許されない、真剣勝負なんだ」

 ケンスケの背後にが燃えていた。

 「おお、ケンスケが、ケンスケが燃えている!

 「まあ、毎度のこっちゃけど、ケンスケお前、泳ぎに来たんか、写真撮りに来たんか
 どっちや?」

 「もちろん、写真を撮りに来たんだよ。こんなチャンス滅多にないからね。この日
 のために、全てのカメラには防水加工してあるし、塩や砂にも耐えられるよう加工
 してあるのさ」

 「……トウジ、最初から分かってた事じゃないか」

 「そうやな。ほなケンスケ、ワシら先行くからな」

 「ちょ、ちょっと待ってよ。今着替えるからさ」

 そう言ってケンスケは慌てて着替え始めた。シンジ達はそれをただ呆れて見ていた。


 そして、シンジ達はミサトに言われたように、ビーチに来た。焼けた砂が心地よい。

 青い空、白い雲、輝く太陽、光を反射する青い海、爽やかな潮風、海水浴客の歓声。
 まるで、景色全てが、今が夏である事を主張しているかのようだった。

 「やっぱ海はええな~」

 「そうだね、プールじゃこうはいかないね。な、シンジ」

 「え? う、うん。そうだね」

 「? どうしたんやシンジ、顔色悪いぞ。気分でも悪いんか?」

 「え、いや、そうじゃないよ。僕は大丈夫だよ。ほんと、大丈夫だから」

 「そうか? それやったらええんやけどな」

 シンジは、海に近づくにつれ、幼い日の恐怖が甦ってきていた。この爽やかな風景
 も、シンジの目には暗黒の世界に映っていた。

 『だ、大丈夫さ。きっと泳げるようになってるさ。うん、そうに違いない』

 そう自分に言い聞かせ、何とか落ち着こうと努力している時、後ろから声がした。


 「お待たせーシンジ!」


 「来たーーーっ!!」×2


 <つづく>


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