「碇くん。はい、口開けて」

 「え?な、何、綾波?」

 「私が食べさせてあげる」

 えっ!?

 な!!

 「ほー」

 「あらま」

 ぬっ!

 何っ?!

 「綾波さん!?」


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 海 編 Cパート


 レイはシンジの口元までおにぎりを持っていき、シンジに食べてもらおうとして
 いた。あまりの突然のレイの行動に、シンジは動揺しまくっていた。

 「ちょっとレイ! あんたいきなり何てことすんのよ!?
 どうせまたマンガかドラマの中でそんなシーンあったんでしょ?」

 「うん」

 「あんたねー。いちいちそんなもんに影響されるんじゃないって何回言えば
 分かるのよ?」

 「え? これっていけない事なの?」

 「別にいけない事じゃないわよ、レイ」

 「そうね。むしろ殿方は喜ぶんじゃないかしら」

 「ほんとですか? 碇くん、うれしい?

 「え? あ、うん」

 シンジはこんな事された事が無かったので動揺し、照れまくっていたが、嬉しく
 ないはずはないので、素直にそう答えた。もっとも、そのお陰でアスカの機嫌は
 すっかり悪くなっていた。

 「良かった。じゃあ碇くん、食べて、はい」

 そう言っておにぎりを差し出す。

 「う、うん。いただくよ」

 シンジは照れながらも、レイの手から直接おにぎりを食べる。そして、味わい、飲み
 込むまで、レイはじーーーっとシンジを見つめている。もちろん、アスカやミサト達
 もシンジを見ている。

 「碇くん、おいしい?

 「うん、おいしいよ、綾波。

 「ほんと!? 良かった!」

 「ぬぅわぁにが『おいしいよ』よ! シンジが作ったもんならおいしいに
 決まってんじゃないの。自分の作ったもん誉めて嬉しいわけ?」

 「違うよアスカ、僕は今回、おかずだけを作ったんだ。ごはんを炊いておにぎりを
 作ったのは綾波だよ」

 「え、うそ、これレイが作ったの?」

 「うん。だからおいしく作れたかどうか不安だったの」

 「へーこれレイが作ったの? やるじゃない」

 「本当ね。なかなか味といい形といい、見事なもんよ。ミサトなんて大学の頃、何度
 やっても三角に作れなくてね。『おなかに入れば同じだ』って言って、いびつな形の
 もんばっかり作ってたのよ。その度、加持君、複雑な顔してたわね」

 「う、うるさいわね……。昔の事じゃないの」

 「じゃあ今は作れるの?」

 「う……。ほんとおいしいわね、これ」 ぱくぱく

 「全く……困ったもんね」

 リツコはやれやれといった感じでミサトを見ていた。

 一方シンジは、みんなの視線が痛いので、早く食べてしまおうとして、レイの手に
 残っていた残り半分のおにぎりを口にした。その時、レイの指がシンジの唇
 に触れた。

 「あ……」

 二人はみるみる赤くなっていく。それを見ていたアスカの怒りも増していき、マンガ
 的表現をするなら、髪の毛から『怒り漫符』がポロポロとこぼれ落ちるほど
 だった。

 「シンジ君、良かったわね。レイに食べさせてもらうなんて。でも、そこまでして
 もらったんなら、ちゃんとお返しするのが礼儀ってもんよ」

 「え、そうなんですか?」

 「ええ、もちろんよ。ね、ミサト」

 「そうよ。それが男ってもんよ。そうだシンちゃん、レイに食べさせてもらったん
 だから、今度はシンちゃんがレイに食べさせてあげたら?」

 「えっ!? ぼ、僕がですか……」

 『う~ミサトめ、余計な事を~~~』

 アスカは恨みがましくミサトを睨んでいたが、ミサトはただ面白そうにしていた。
 どうやら、今のはアスカを挑発するためだったらしい。

 シンジはどうしようかと思いレイの方を見ると、レイは瞳を輝かせながら、
 何かを訴えかけるような目でシンジを見ていた。

 「あの……綾波……食べる?」

 シンジはそう言って、おにぎりをレイに差し出す。

 「うん。いただきます」

 レイはとても嬉しそうにそう言い、おにぎりを食べる。恥ずかしそうな、嬉しそうな
 表情はとてもかわいらしく、シンジはつい見とれてしまっていた。

 そんな二人を見て、ついにアスカが切れた。

 「シーンージーーーーーー!!」

 「え? ん、んぐっ!?

 アスカは、振り向いたシンジの口に、自分が食べかけていたおにぎり
 を、むりやり押し込んだ。

 「シンジ、レイに食べさせてもらったんなら、当然、私からも
 食べるわよね!」

 何がどう当然なのか分からないが、アスカはすごい剣幕でそうまくしたてた。
 こうなると、シンジには断れるはずもなかった。(もっとも、最初から断るつもり
 などないのだが)

 「分かったよ、アスカ。ちゃんと食べるからむりやり押し込まないでよ」

 「分かりゃいいのよ、分かりゃ」

 それを見ていたミサトは、ニヤニヤしながらアスカを冷やかす。

 「ほー、アスカも結構大胆ね」

 「え?」

 「だって、自分の食べてたおにぎりをシンちゃんの口にムリヤリ押し込むなんて
 ねー、リツコ」

 「そうね、どう見ても間接キスよね」

 「うっ」

 「あ」

 『や、やだ、私なんて事を……。みんな見てるのに……恥ずかしい……
 
 アスカとシンジは二人で赤くなる。

 すると今度はレイが少しムッとなる。

 アスカへのライバル心なのか、シンジへの独占欲なのか分からないが、
 シンジの手に残っていたおにぎりをシンジの指ごと口に含む
 という荒業に出ていた。

 「え!? あ、あや、あや……・」

 「おお~~~」

 「くおら! レイ!!」

 「ふぁに?」 (なに?)

 「なに? じゃないわよ! あんた一体何考えてんのよ!
 さっさと放しなさい!!」

 「ひや」 (いや)

 「ぬわあんですってぇ~~~!!」

 この時、レイとアスカの間に、肉眼で確認できる程の火花が散っていた。シンジは
 二人の殺気にすっかり青くなっていた。まさに一触即発状態である。

 シンジは何とか争いを回避しようと、二人をなだめ始める。結果として、シンジが
 レイとアスカから交互に食べさせてもらい、シンジが二人に同じように食べさせた
 ため、レイもアスカも機嫌が良くなっていた。もちろん、シンジも二人に食べさ
 せてもらったのだから、機嫌は良かった。もっとも、緊張のあまり味はほとんど
 分からなかったのだが……。

 幸せいっぱいで機嫌のいいシンジ達三人と対照的に、すっかり不機嫌な二人がいた。
 もちろん、トウジとケンスケである。

 『シンジのやつ、自分だけええ目見おってから……焼きそば無しや』

 『シンジのやつ、自分だけおいしい思いするなんて……かき氷無しだな』

 と思いながらも、ケンスケはカメラやビデオでシンジ達を撮影している。ミサトに
 言ったように撮影係に徹するつもりなのか、それとも別に意味があるのか……。

 「トウジ、どう思う、あれ?」

 「どう思うも何も、ワシらの知らんうちに三人の間に何ぞあったんは間違いないな」

 「だね。綾波の激変だけじゃなく、惣流まであんなに変わるなんて……。一体、
 シンジのやつ何やったんだ?」

 「海では絶対に三人にはでけんな」

 「当然だね。これ以上一人だけおいしい目には逢わせられないからね」

 トウジとケンスケは、シンジ一人が大人になる事の妨害を心に誓った。

 『綾波さんて、おとなしい人だと思ってたのに、あんな事するなんて……。結構
 大胆なんだ……。恥ずかしいと思う気持ちが無いのかな? それとも、そんな事
 思わないほど碇君の事が好きなのかな? ……これはアスカが苦労するはずね。
 でも、アスカも綾波さんに張り合う事で自分の気持ちに素直になってるみたい。
 綾波さんがあんな事しなきゃアスカも碇君にあんな事できなかっただろうし……。
 アスカと綾波さんって、お互いに刺激しあって変わってくみたい。案外、この二人
 はライバルとして、親友になってくんじゃないかな……。ふふ、アスカ、嬉しそう
 ね。私も鈴原とあんな事……。や、やだ! 私、何考えてんのよ、もー!

 ヒカリは一人で赤くなっていた。それをミサトとリツコは楽しそうに見ている。

 「どう、リツコ。来て良かったでしょ?」

 ミサトはリツコに耳打ちするように話しかける。

 「そうね。シンジ君たちといい鈴原君たちといい、これは結構面白い事になりそう
 ね」

 「実はね……アスカ、何か企んでるみたいなのよ」

 「アスカが? ひょっとして一線を超えるつもりなんじゃ?」

 「さーどうかしら。レイがあの調子でしょ、案外、対抗意識で一気に……
 なんて事があるかも……」

 「で、どうするのミサト、見過ごす気?」

 「う~ん……それはそれで面白いんだけど、今決着ついちゃうと、この後つまらない
 でしょ。だから、今回は目を光らせておくわ」

 とりあえず保護者としての立場はわきまえているようだが、それでも、『少しくらい
 なら、目をつぶってもいいかな』と考えてしまうミサトとリツコだった。

 「でも、さすがに今回はネルフの中じゃないから隠し撮りはできないわね。相田君
 が撮影してるからまぁいいとしてもね。さっきのレイの行動なんて、何度見ても
 面白いわよ、きっと。アスカもそれに張り合うようにシンちゃんに迫ってるし、
 シンちゃんもレイやアスカに迫られてまんざらでもないみたいだし。今回は相田君
 のビデオに期待するしかないわね」

 「ミサト、心配しなくても大丈夫よ。リニアトレインの中にも車内監視カメラが
 あるわ」

 「え?」

 「私がどうして時間ギリギリに来たと思う? MAGIに車内のカメラを操作させて、
 シンジ君たちを撮影する準備をしてたのよ。もちろん、海の家のカメラにも細工
 してあるわ」

 「さっすがリツコ! ぬかりがないわね」

 「ま、さすがに海までは手が回らなかったけど、かなりの部分はフォローできる
 はずよ」

 「後々の楽しみが増えたわね」

 「そうね」

 ……あくまで覗き趣味の二人だった。


 そして、激動のお弁当タイムが終わった頃……。

 「ところでミサトさん、さっきから気になってたんですけど、そのクーラーボックス
 何が入ってるんですか?」

 「あ、これ? これはね~」


 <つづく>


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