● 碇シンジ
「……えーと、これで全部だな。水着は明日買えばいいし、一泊だからそんなに
着替えもいらないし……」
男が海に持っていくものなど殆ど無く、シンジの準備はあっさりと終わっていた。
「でも海か~。子供の頃溺れて以来行ってないから、何年振りになるのかな。泳げる
ようになってればいいけど……」
シンジは溺れて以来、水泳の授業はいつも見学していた。そのため、今、自分が泳
げるかどうかも分からなかった。
「多分大丈夫だろう。毎日LCLに漬かってるから水にも慣れたし、あの頃に比べる
と背も伸びたし、何とかなるさ」
と、気楽に考えていたが、重大な事を忘れていた。
海水の中では息が出来ない! という事を。
果たして、シンジの運命やいかに!?
● 綾波レイ
レイは、アスカから教わった事を書いたメモを頼りに、荷物をカバンに詰めていた。
「……えーと、これでいいのかな。もう一度確かめてみよっと」
そう言うと、カバンの中の物を全て出し、一つ一つ確かめながらカバンに入れる。
そして、こんな事をもう三度繰り返している。
「海……碇くんと一緒に海に行けるんだ。初めての海に碇くんと行けるんだ……。
うれしい。私の事も誘ってくれるなんて、やっぱり碇くんって優しいな」
「海ってどんな所なんだろ。どんな所でも、碇くんと一緒なら楽しいんだけど……。
早く土曜日来ないかなぁ~」
レイは、シンジと海に行けるため、すっかり浮かれていた。そんな時、ふっと
浮かれている自分に気付く。
「ふふふ、私がこんな気持ちになるなんて、以前からは考えられない事ね。私も
変わってきてるのかな? きっと碇くんのおかげね。碇くんが私を変えてくれてる
のね。なんだかうれしいな……。以前、碇くんが遊びに来てくれてた時も、碇くん
が来る日を楽しみに待ってたけど、今度は碇くんと一緒に遊びに行けるんだ。それ
がこんなにもうれしいなんて、こんなにも待ち遠しいなんて……」
「あ~あ、早く土曜日来ないかなぁ~。どうして明日もテストなんかあるんだろ。
テストが無ければ明日から遊びに行けるのに……。待ち遠しいな……」
「あっそうだ、早く寝てしまえばいいんだ! そしたら、目が覚めたら
もう明日。明日も早く寝ればもう土曜日ね。うん、今日はもう寝ちゃおっと」
そう決めると、そそくさとパジャマに着替え、布団に入ってしまった。
『…………寝られない。どうして?』
まだ九時前だし、海の事が楽しみで、全く寝つけないレイだった。
『海の事考えてるから寝れないのかな。別の事考えてみようかな……』
『そう言えば今日、碇くん、私の事綺麗だって言ってくれたんだ。私の事かわいい
って言ってくれたんだ。……前にアスカの事は綺麗だって言ってたのに、私には
何にも言ってくれないから、どう思われてるか心配だったけど……。うれしい。
私の事、綺麗だと思ってくれてたんだ。私の事、かわいいと思ってくれてたんだ』
『碇くんが私の事綺麗だと言ってくれた。碇くんが私の事かわいいと言ってくれた。
碇くんが私の事……』
その後、レイの頭の中はシンジのセリフがぐるぐると無限に繰り返され、結局、夜
遅くまで寝られず、翌日のシンクロテストは寝不足で散々な結果だったという。
● 惣流・アスカ・ラングレー
「……今回はこの水着で我慢するとして、問題は何を着て行くかね。やっぱりシンジ
と初めて会った時に着ていた、思い出の黄色いワンピースにしようかな。
結構海に合うし……。あ、でもあの服は風に弱いという致命的欠陥があった
わね。シンジだけならともかく、相田のやつ絶対にカメラ持ってくるだろうし……
う~~ん。ま、この私が着るんだから、何着ても似合うのは間違いないんだけど
ね』
『と、なると、今しなければならないのは、服選びより、あれね!」
そう言って、アスカは机の上に置いてある一冊のノートを見る、それには、
『シンジ攻略計画 -夏の海編-』
と題が付けられていた。
「夏の海と言えば、男も女も最も開放的になるはず。いくら奥手のシンジでも、
私がうまくアプローチすれば……。ふふふふふふ……」
「ここんとこ、どーもレイにポイント取られっぱなしのしような気がするから、
ここらで一気に挽回しておかないとね。そのためには、あらゆるシチュエーション
に対応できるように、完璧な計画を立てなくちゃ……今夜は忙しくなりそうね」
「見てなさいよレイ! この旅行で、シンジの心はアタシのモノ
なんだから!」
そう言って、燃えながら様々な計画をノートに書き出した。そしてその作業は夜通し
行われたので、翌日のシンクロテストは寝不足で散々な結果だったという。
● 葛城ミサト
「……う~ん。この水着とこの水着、どっちがいいかなー。これはちょっちシン
ちゃんには刺激が強いかな……。やっぱりこれにしようかな。でも、これも捨て
がたい。ま、この私が着るんだから、何着ても似合うのは間違いないんだけどね」
ミサトがアスカに似たのか、アスカがミサトに似たのか、一緒に暮らしていると
考え方が似てくるのか、二人は同じような事を言っている。
「それにしても海なんて久し振りね、降り注ぐ太陽の下で飲むビールはさぞかし
おいしいでしょうね。あ~楽しみだわ」
「楽しみと言えば、レイとアスカね。あの二人がどう出るか……。アスカは何か
企んでるようだし、レイも張り合うだろうし……ふふふ、面白くなりそう」
ミサトは、本当にうれしそうに微笑んでいた。
● 鈴原トウジ
「ミサトさんも来るやなんてワシは運がええんやな。せやけど、今回はこの足が
目的やからな。この足がどこまで思った通りに動くか確かめなあかん。色んな泳ぎ
を確かめなあかんな。それに、片方だけ色が白いいうんもカッコ悪いからしっかり
焼かなあかんな」
と、トウジは十四歳の少年らしく、健康な事を考えていた。
● 相田ケンスケ
「ふっふっふっふっふっ……。綾波や惣流や委員長だけじゃなくて、
ミサトさんまで来るなんて、何て僕は運がいいんだ。ミサトさんの写真なら一枚
百円……いや二百円はいける。これは随分と利益が出そうだな。欲しかったあの
カメラが買えるかも……。よし、カメラの調整をしっかりしないとな。これは
今夜も徹夜だな」
と、かなり不健康な事を考えていた。
ちなみに、あまりにカメラの事ばかり気にしていたので、家を出る瞬間まで水着の
準備をすっかり忘れていたのである。
● 洞木ヒカリ
「……鈴原が私を誘ってくれたんだ。私の事覚えていてくれてたんだ……。
足、大丈夫なのかな? 海ではずっとそばについてなきゃね」
「そうだ! 鈴原にお弁当作ろうかな……食べてくれるかな……」
というように、ヒカリもレイと同じく、恋する乙女モードに突入していた。
●
「かき氷、何味おごってもらおうかなー」
「碇くんが私の事綺麗だと言ってくれた。碇くんが……」
「天気で攻める、生年月日で攻める、血液型で攻める、etc……。ふふふ、
完璧な作戦ね。ふふふふふ……時々自分が恐くなるわね。でもこれで
シンジは間違いなく私のものね」
「ああ、ナンパされたらどうしよう。私には加持君が……」
「徹底的に泳ぐ!」
「徹底的に撮る!」
「鈴原にお弁当……」
それぞれの思いを秘めつつ、夜はふけていく。
シンジは海に何を思う?
アスカは海で何を企む?
レイは海に何を感じる?
そして土曜日、天気快晴。
一同は、波瀾を予感させる根府川へと旅立った……。