「………………」
「………………」
しばらくの沈黙、そして……。
「あ……あの……碇くん」
「え? な、なに!? 綾波」
「わ、わたし……海って行った事ないから、何を持っていけばいいのか
分からないの……」
「あ、そうか……。でも僕も女の人が何持っていくかなんて分からないから、
後でアスカかミサトさんに聞いてみて。ごめんね、役に立てなくて」
「ううん、いいの。後で二人に聞いてみる」
「うん。そうするといいよ」
「………………」
「………………」
そして再び沈黙。
『う~ん、気まずい……一体何を話せばいいんだろう……。あ、そうだ』
「綾波、ちょっと早いけど、僕、夕食の準備するから……」
そう言ってシンジはキッチンへ向かう。何かしてる方が気まずくならずに済むから
だ。
「あ、碇くん、私も手伝う」
レイにとって、シンジと一緒に食事の準備をするのは、最も好きな時間だった。
「う、うん。そうだね、一緒に作ろう」
「うん!」
結局、キッチンに二人っきりでいる事になったのだが、いつものように準備を
するうちに自然に硬さも取れ、いつもの二人に戻っていった。
なお、この日の夕食は、やたらと手の込んだ豪華な食事になった。
やがて、二人が帰ってくればいつでも食べられるという頃になって、ミサトとアスカ
が帰ってきた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「お帰りなさい。……あれ? 二人とも一緒だったんですか?」
「そうじゃないのよ。マンションの入口でばったりアスカと会ったのよ」
「そうだったんですか」
「ところでシンちゃん、どうしてシャツが裏表逆なの?」 ニヤニヤ
「え? ……これで合ってますよ。何言ってんですかミサトさん」
「ちっ! かからなかったか。今日一日中、レイと二人っきりだったんでしょ?
シンちゃんってホント奥手ね」
「は?」
「……ミサト、私たちをミサトの基準で見ないで欲しいわね」
「? あの……アスカ、どういう事?」
「シンジは分からなくていいの。ところでシンジ、レイと何にもなかった
でしょうね?」
「何よアスカ、やっぱり心配してんじゃないの」
「アスカってトウジやケンスケと同じ事言うんだね」
シンジは溜め息をついた。
「何? あいつら帰ってきてんの?」
「うん。今日遊びに来てたんだ」
「ふーん、そうなんだ」
『それなら大丈夫か……』
「あ、そうだアスカ。この土曜か日曜、海に行くんだけど一緒に行く?」
「え? シンジ、それってデートの誘い!?」
アスカは瞳を輝かせてシンジを見つめている。
「お~シンちゃん、やるわね~」
「え? い、いや、そうじゃないんだ。トウジやケンスケも一緒なんだけど……」
途端にアスカは不機嫌になる。
「なんでこの私があいつらに水着姿を見せてやらなきゃなんない
のよ! 私、行かない!」
「ほ~。すると、シンちゃんだけなら、いつでも水着姿になると」
「う、うるさいわね!」
「あの……アスカ、私も行くんだけど……」
「それを早く言いなさいよ! レイが行くんなら当然私も行くわよ!」
(何がどう当然なんだか……)
「それでアスカ、お願いがあるんだけど……」
「何よ急に改まって」
「私、海行った事ないから何持っていっていいか分からないの。だから、教えて
欲しいの……」
「え? あんた海初めてなの? 珍しいわね今時。……いいわ、後で教えてあげる
わ」
「ありがとう、アスカ」
「アスカ、委員長も誘って欲しいんだけどいいかな?」
「ヒカリを? 何で?」
「トウジがさ、どうせなら大勢で行った方が楽しいから、アスカから誘って欲しい
って言ってたんだ」
「ふーん……。私はヒカリを誘い出すエサか」
「え?」
「いいわ。ヒカリに電話してあげる。で、いつどこに行くの?」
「アスカと委員長の予定を聞いてから決めるって事になってるんだ」
「ふーん……そうなんだ」
「ちょっと待ってあなた達!」
「え? 何ですか、ミサトさん?」
「そう言う事は、まず作戦部長の私に相談してもらわないと困るじゃ
ないの。大切なパイロットが三人揃っていなくなるなんて……使徒が現れたら
どうするの?」
「えー!? ミサト、行っちゃいけないの?」
「う~ん……。あなた達は修学旅行にも行かせてあげられなかったから、できる
だけ行かせてあげたいんだけど……。う~ん……よし! 仕方ない! 私が
保護者としてついていってあげるわ!」
「保護者ぁ~? ミサトが?」
「保護者ですか? ミサトさんが?」
「保護者?」
「そ。私がいれば何か起きた時にもすぐ対応できるでしょ。ほんとは私も忙しいん
だけどね。優しい上司に感謝しなさいよ~」
「うまい事言っちゃって。ほんとは自分が遊びたいだけなんじゃないの?」
「アスカ、私は別に、許可しなくてもいいのよ~~~」
「ミサト、そういうやり方はずるいわよ」
「いいじゃないアスカ。ミサトさんだって遊びたい時くらいあるだろうし」
「ちょっとレイ、私は本当に忙しいのよ。仕方なくついていってあげるんだから、
勘違いしないでね」
「あ、ご、ごめんなさい、ミサトさん」
「謝る必要なんか無いわよ。ミサトだって遊びたいっていうのはほんとなんだから」
「ほー。まだそういう事を言う?」
「まーまーアスカ、せっかくミサトさんがついてきてくれるって言うんだからお願い
しようよ。その方が僕たちだって安心して遊べるじゃないか」
「さっすがシンちゃん、いい事言うわね~。で、まだどこに行くかは決まって
ないって言ったわよね?」
「はい」
「それじゃあ、この土日を利用して根府川へ一泊旅行をしましょう。あそこには
ネルフ直営の海の家があるのよ」
「ネルフ直営の海の家~~~!?」×2
「碇くん、海の家って何?」
「ああそうか、綾波は知らないのか。海の家っていうのはね、海水浴に来た人たち
のための様々な施設の総称だよ。大きいのから小さいのまで色々あるけどね」
「しっかし……呆れたわね~。ネルフってそんなもんまでやってたわけ~?」
「何しろ、ネルフの運営には莫大な費用が掛かるのよ。だから、少しでも利益の
上がりそうな物は色々やってるのよ。ネルフマークの商品が多いのもそのせいよ。
あれって結構人気商品で、いい稼ぎになるのよね~」
「あっそうそう。それとね、今回のネルフ情報公開の一環で、ネルフと使徒との戦い
のドキュメントを、全二十六巻セットで売り出す事になったのよ。初回特典、
結構豪華だから、友達にも宣伝しておいてね」
「は、はい」
『ケンスケは絶対に買うな……』
「あ、でもミサトさん。まだ委員長の予定を聞いてないんですけど……」
「大丈夫よシンジ。鈴原が誘ったって言えば、絶対に来るから」
「ああ、なるほど」
「さ、詳しい事はご飯食べてからにしましょ。おなかすいちゃった」
「そうね。おなかペコペコだわ」
「あ、はい。すぐ食べれますよ」
そう言って、四人はかなり豪華な夕食を取りながら、旅行の事を楽しく話し合って
いた。
そして食事が終わると、ミサトは自分の部屋に閉じこもり、ガサゴソと何かを始めた。
シンジとレイは、いつものように仲良く後片付けをしている。
そんな二人を横目で見ながら、アスカはヒカリに電話を掛けていた。
「……というわけで、土曜日の午前十時に駅前集合って事だから、忘れないでね、
ヒカリ」
「うん、分かった。アスカ、私も誘ってくれてありがと」
「ああ違う違う。さっきも言ったように、ヒカリを誘ったのは鈴原よ」
「………………」
ヒカリは急に黙り込む。アスカには、ヒカリが電話の向こうで真っ赤になっている
のが手に取るように分かった。アスカは自分の事のようにうれしく思った。
「ふふふ、良かったねヒカリ。ま、鈴原が誘わなくても私が誘ったけどね」
「う、うん。ありがと、アスカ」
女の子の電話が用件だけで終わるはずもなく、その後二人は海の話などでかなり
盛り上がっていた。
そして、電話を終えた時、シンジ達の後片付けもちょうど終わった所だった。
「アスカ、委員長どうだって?」
「ええ、来れるって言ってたわよ。だから言ったでしょ。鈴原がいればヒカリも来る
って。ヒカリを誘ったのが鈴原だって事教えたら、すごく喜んでたわよ」
「ははは。委員長らしいね。で、委員長は元気そうだった?」
「ええ、元気にしてたわよ。私はヒカリに随分と頼ってたから、私の事すごく心配
してくれてたの。だから、この街に帰ってきてすぐに電話してくれたの。ほんと、
ヒカリには頭が上がらないわね」
「委員長もどこかに疎開してたの?」
「近くの親戚の家にしばらくいたんだって。あの時、この街には何も無かったし、
普通の人じゃ生活できなかったから仕方無いけどね。でもヒカリの家は無事だった
し、街の機能も戻りだして、学校も始まるんで帰って来たんだって」
「へー、そうだったんだ。……じゃあ、僕はトウジ達に電話するから、綾波に色々
と教えてあげて」
「お願いね、アスカ」
「いいことレイ、少しでも疑問に思ったら、遠慮しないで私に聞くのよ。変な
勘違いするんじゃないわよ。いいわね」
「ええ、分かった」
そして、アスカはレイに海での常識や、海に持っていく物を親切丁寧、事細かに
教えていく。普通、そこまで教えなくても……と思われる事まで教えている。
なぜなら、レイは今でも良く勘違いするので、教える方が慎重にならざるを得ない
のだった。
レイは、アスカから聞いた事を真剣にメモしている。そんな様子を見て、レイの事は
アスカに任せようと思い、シンジはトウジ達に電話を掛ける。
「なにぃ~~っ! ミサトさんも来る~~っ!? よーやったシンジ!
海で焼きそばおごってやる」
「なにぃ~~っ! ミサトさんも来る~~っ!? よくやったシンジ!
海でかき氷おごってやる」
トウジとケンスケは殆ど同じ反応をしたので、シンジは苦笑してしまった。
そして、シンジが電話を終えた時、レイとアスカの話も終わったようなので、シンジ
はお茶を入れた。
その時、ミサトが両手に洋服を持ってシンジ達の前に出てきた。
「ねーねーあなた達。これとこれ、どっちが海に合うと思う? あ!
そう言えばあの服もいいわね~。」
そう言うと、シンジ達の答も待たずに再び自分の部屋に入ってしまった。
「……ねぇシンジ。あれが仕方なくついてくる人間の態度に見える?」
「ははは、見えないね」
「ミサトさんも海に行けるの楽しみにしてるのね」
「それならそうと素直に言えばいいのに……。ほんと、一番子供なんだから。
……でも、随分と急に決まったわね。今日は木曜だし明日もテストがあるし、
新しい水着を買いに行く暇もないわね」
「え? アスカ、修学旅行用に買ったのがあるじゃないか」
「でもあれは一度着てるでしょ。一度でも着たら、それはもう古着なのよ」
『シンジに一度見せてるし』
「あ~あ。せっかく日本の海で初めて(シンジと一緒に)泳ぐんだから、新しい水着
で泳ぎたかったな~」
「ふーん、そんなもんなんだ……。じゃあネルフの売店で買ったら? あそこにも
水着売ってたよ」
ネルフの売店、それは、勤務時間が不規則なため地上の店に通う機会の少ない職員の
ために造られた店である。売店といっても、大型デパート並みの規模を誇っていた。
「まー確かに水着も売ってたけど、あんまりいいのが無かったのよ。それに、合う
サイズが殆ど無かったし……」
無理のない話である。本来、ネルフのような組織に子供などいるはずがないので、
子供サイズの服など殆ど置いてないのである。
「仕方ないから、今回はあれで我慢するか。あ、そうだレイ。あんた白い水着持って
たでしょ。海にはあれ持っていきなさい。間違ってもスクール水着なんか
持って行くんじゃないわよ」
「そうなの? じゃあそうする。」
「あ、危なかった……」
アスカは思わず溜め息をついた。
『ま、僕はサイズさえ合えばいいから、明日にでも水着買えばいいか』
シンジはこれまで、自分から泳ぎに行く事など無かったので、スクール水着以外
持っていなかった。さすがのシンジも、スクール水着で海に行こうとは思わなかった
ようである。
まだ土曜まで時間があるし、慌てて準備する必要は無いのだが、遠足を前にした
子供のようなミサトを見たため、自分たちも用意をしなくてはいけないような気が
してきたので、それぞれ自分の部屋に戻り、旅行の準備を始める。
それぞれ、色々な思いを抱きながら……。
<つづく>