真夏の太陽の日差しが降り注ぐ第三新東京市には、セミの声と建設工事の音が響き
 渡っていた。

 使徒と戦うために造られた街、そして、使徒との戦いの中、消えてしまった街、
 第三新東京市。世界中の人々は、人類のために戦い、消えてしまったこの街の復興
 を願った。感謝の気持ちとして……そして、使徒に打ち勝ち、生き残る事を許さ
 れた事の記念碑として……。

 そのため、世界中の国々、組織、企業、団体、個人から莫大な額の復興資金が集め
 られていた。そして、世界中の建設会社が先を争うように、この復興プロジェクト
 に参加した。しかし、純粋に感謝の気持ちから、という企業は殆どなかった。

 全人類が注目するこのプロジェクトは、自社の技術力の高さを全世界に示せる絶好
 のPRの場と考え、採算度外視、赤字覚悟で自らの持てる技術の全てをつぎ込み、
 他のプロジェクトを延期、または中断させてでも、優秀な人材をこの地に送り込ん
 できていた。また、同様の理由から、各重機メーカーも、最新鋭の機材を殆どタダ
 で貸し出していた。

 人類は、セカンドインパクトから復興した経験から、セカンドインパクト以前に
 比べ、建設技術が飛躍的に進歩し、以前からは考えられないほどの早さで、立派な
 建物を造る事ができるようになっていた。

 しかし、このプロジェクトは、それさえも遙かに超える速度で、様々な建物や施設
 が造られていた。各社とも、少しでも早く他社よりいい物を造ろうとしていたため、
 その力の入れようは異常ともいえるほどだった。そのため、後にギネスブックにも
 載るほどの短期間で、区画整備された美しい街が造られたにもかかわらず、一切の
 手抜き、欠陥、不正などは行われなかった。そして、各社が利益を追求しなかった
 ため、莫大な復興資金のかなりの部分が手つかずで残ったので、家を失った人々や
 けがをした人々への、十分すぎる補償金に充てられた。

 なお、こうなる事を全て予想し、世界中の人々を巧みに誘導した人物が、ニヤリ
 と笑ったのを知っているのは、冬月くらいだった。


 そして、そんな町並みを、二人の少年が歩いていた。


 新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第五部 Aパート


 「……しかし、いきなりケンスケに声掛けられた時はホンマびっくりしたで。
 まさかケンスケも今日この街に戻ってきとったとはなー。こないな偶然てあるんや
 なー」

 「びっくりしたのは僕の方だよ。前の方をジャージを着たやつが歩いているから、
 まさかとは思ったけど、本当にトウジだったとはね。しかも、僕と同じように今日
 この街に戻ってきてて、こうしてシンジの所へ向かってるなんてね。こんな風に僕
 たちが出会うなんて、きっとものすごい確率だよ」

 「まったくや」

 「でもトウジも人が悪いな。この街に戻ってきてる事、まだシンジに教えてないん
 だろ?」

 「ん? まぁな」

 「シンジの事だからきっと心配してるよ。連絡くらいしてやればいいのに」

 「まぁ、こういう事はいきなり訪ねていって、びっくりさせるんがおもろいんや。
 ケンスケもそう思って連絡してないんやろ?」

 「考える事は同じって事だね」

 「そういうこっちゃ」

 トウジとケンスケ、二人ともつい先ほどこの街に戻ってきたばかりだった。そして、
 引っ越しの片付けもせずに、とりあえずシンジの所へ顔を出そうと思い、こうして
 シンジのマンションへ向かっている時に出会ったのだ。

 二人は、疎開先の事やこれからの事を話しながら歩いていた。

 やがて、シンジのマンションが見えてくる。以前はシンジたちの部屋以外は全て
 雨戸が閉められてひっそりとしていたが、今は全ての雨戸は開けられ、ベランダに
 は観葉植物や洗濯物が干され、多くの人々が暮らしているのが見て取れた。

 「なんや、このマンションも人でいっぱいやなー」

 「そりゃあそうだよ。いくら急速に復興してるとはいっても、まだまだ住む所は
 足りないからね。工事関係者の住む所も必要だし、空き家にしておける所なんて
 どこにもないさ」

 「ま、そりゃそうやな。ワシも人が大勢おって賑やかな方が好きや。前はシンジ
 たち以外、誰も住んどらんかったようやしな」

 「たぶん、安全上の理由からだったんだろうね。今だって、このマンションに住ん
 でるのは、きっとネルフ関係の人たちだけだと思うよ」

 二人はそんな事を話しながら、いつもの階でエレベーターを降り、右へ曲がり、
 突き当たりの部屋の前までやってきた。

 何度もここを訪ね、そして久し振りに見る懐かしいドア。何もかも変わってしまった
 第三新東京市の中で、ここだけは二人の記憶にあるままの姿だった。

 二人はこのドアを見て、やっと自分たちが第三新東京市に戻ってきたんだと実感
 できた。二人はドアばかりに気を取られていた上、いまさら表札など見る必要も
 ないので気が付かなかったが、そこには、二人の知っている人物の名前が新たに
 書き加えられていた。

 『ピンポーン』

 二人は揃ってチャイムを押した。

 「はーい!」

 すると、中からかわいい声の返事が返ってきた。その声を聞き、二人は思わず顔を
 見合わせる。

 今の声に聞き覚えがあった。しかし、まずここにはいないであろうと思われる
 人物の声に良く似ていたので、疑問に思ったのだ。

 「はーい、どなたですか?」

 ドアを開き、そう言って出てきたのは、想像した通りの人物、綾波レイだった。

 「あ! 鈴原くん、相田くん。戻ってきたんだ! 待ってて、今碇くん
 呼んでくるから」

 レイはそう言うと、茫然としている二人を残し、ドアを開けたまま部屋の中に走って
 行った。

 「……なんで綾波がここにおるんや?」

 「さぁ? パイロットのミーティングが何かかな?」

 「今、綾波、笑うとらんかったか?」

 「トウジにもそう見えた? 目の錯覚じゃなかったんだ」

 二人が信じられないものを見たような顔をしていると、シンジが走ってきた。

 「トウジ! ケンスケ! 戻ってきたんだ! 一体
 いつこの街に!?」

 「ようシンジ、久し振りやな。元気しとったか? ワシはついさっき、この街に
 着いたとこや」

 「僕もそうなんだ。それでとりあえずシンジんとこに挨拶しようと思ってね。そし
 たらトウジとばったり会っちゃってさ、二人で来たってわけさ」

 「そうだったんだ……でも二人とも元気で良かったよ」

 「シンジもな。街が消えたりして大変そうだったから、心配してたんだ」

 「うん、ありがと。僕は大丈夫だよ。そ、そうだ! トウジ、足は? 足は
 大丈夫なの?

 「ああ、見てみ。この通り、ちゃんと付いとる。しかも義足やあらへん。ちゃんと
 生身の足や。つねれば痛いし、ちゃんと血も出るんや」

 「え? でもどうして?」

 「それがワシにもよう分からんのやけどな。何でも、バイオなんとかって技術で
 治した言うとったわ」

 トウジの話を聞き、シンジはダミーシステムの事を思い出していた。恐らく、あれ
 の技術の流用だろう。シンジは、システム自体には嫌悪感を持っていたが、今は
 トウジの足が元通りになったのが素直にうれしかった。そして、技術は所詮技術。
 それをどう使うかは全て人間にかかっている。人間は、神にも悪魔にもなれるんだ
 という事を、シンジは改めて思い知っていた。

 「いやー、しかし足の一本くらい簡単に治してしまうとはさすがネルフや。一時は
 どうなる事かと思たわ。足が一本のうて何が困る言うたら、便所に入れん事
 からな。

 「え、便所に?」

 「せや。ワシはどうもあの洋式便所は性に合わん。やっぱり日本人は和式便所で
 ないとアカン。その点、この足はちゃんと動くし、ほんまに助かっとるわ」

 「でもトウジ、どうせなら加速装置とか付けてもらえば良かったのに」

 「アホ! ワシはサイボーグやあらへん。これはちゃんとした生身の足や」

 「いやー本当に惜しかったなー。トウジが加速装置付けてれば、ネルフの技術を
 間近で見る事ができたのに……。僕は医学には興味ないからね。……しかし、
 本当に惜しかったなー」

 「……人ごとや思うて。それやったらケンスケが改造されたらええやないか」

 「分かってないね。こういうのは他人のを見るのが楽しいんじゃないか」

 「ほんま、自分の欲望に正直なやっちゃな」

 二人はいつものように漫才を始めた。シンジはいつもと変わらぬ二人に安心し、
 そして自分に余計な気を使わさぬよう、明るく振る舞ってくれる二人がうれしかっ
 た。

 それと同時に、自分にこんなに気を使ってくれる友人を傷つけてしまった自分が
 許せなかった。

 「トウジ、僕を殴ってくれ。トウジの気の済むまで殴ってくれ。いくら治ったとは
 言え、僕はトウジの足を……僕は……」

 「シンジ、ええんや。あれは事故や。ワシは何とも思とらへん。せやから、シンジ
 が気にする事あらへん」

 「だけど、だけど僕は……」

 「シンジ、ワシがええ言うとるんや。せやからもうええんや。これ以上言うと、
 ほんま怒るで」

 「…………トウジ」

 「シンジ、トウジがいいって言ってんだ。だからそれでいいじゃないか」

 「せや。それにあれはシンジがやったんと違うんやろ?」

 「それは……そうだけど……え? どうしてトウジがその事を?」

 「実はな、入院しとるワシんとこへ、ネルフの総司令ちゅうんが見舞いに
 来たんや」

 「父さんが!?」

 「そしてワシにこう言うたんや。あの時、シンジは人の乗っとるもんとは戦えん
 言うて攻撃命令を無視したさかい、自分が司令室からエヴァを操っとったんや、
 言うてな。せやからシンジに罪は無い。恨むんやったら自分を恨んでくれ。シンジ
 を恨まんとってくれ、言うてワシの前で土下座したんや」

 「父さんが……そんな事を?」

 「それにな、ワシの足は見ての通りちゃんと元通りなったし、妹のケガも良うなっ
 た。エヴァのパイロットの退職金と慰謝料や言うて、えらい額の金ももろた。せや
 から、ワシは何とも思とらへんのや。な、シンジ、ワシらこれからも友達や」

 そう言ってトウジはシンジに手を差し出した。シンジは少しためらいながらも、
 トウジの手を握った。すると、トウジは強く握り返し、左手も重ねた。シンジも
 つられるように左手を重ね、強く握る。そして、そこにケンスケも手を重ねる。

 「シンジ、僕たち三人は、いつまでも友達だからな」

 「そう言うこっちゃ」

 「ありがとう。二人とも、ありがとう!」

 シンジは二人の手を握り、涙を流していた。

 「なんや、シンジの泣き虫は変わっとらんな」

 「ほんと。とてもエヴァのパイロットとは思えないね」

 軽口をたたきながらも、二人とも涙目になっていた……。


 <つづく>


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