新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第四部 Eパート


 「赤木博士は結婚しないんですか?」

 パキーン!!

 このレイの強烈な一言は、まるで光子力研究所のバリアが破れたような音を発する
 と共に、その部屋にいた全ての人々が固まり、部屋の温度が二~三度下がったよう
 な気がした。

 「? どうしたの、みんな?」

 レイの問い掛けには、誰も答えようとしなかった。いや、答えられなかったので
 ある。

 しばらく続いた沈黙を破ったのは、リツコだった。

 「そ、そうね……。別に結婚してもいいんだけど……私と釣り合う男がいないって
 いうのが……一番の問題ね……」

 リツコはまゆをピクピクさせながら、何とかそう答えた。

 「そ、そうだな。リッちゃんは理想が高かったから」

 「だ、大丈夫よ、リツコ。絶対いい人見つかるから」

 しかしリツコは何も答えない。

 アスカはレイを部屋の隅まで連れて行き、ヒソヒソ話を始めた。

 「ちょっとレイ、あんた何考えてんのよ」

 「? 私何か悪い事言ったの?」

 「当ったり前よ。いい? リツコは三十過ぎてまだ一人なのよ。その上、ミサトが
 結婚するって事は、同級生の中で最後の一人になるかも知れないって焦ってんだ
 ら、そう言う事は言っちゃいけないの。分かった?」

 「え、ええ。良く分からないけど、何となく分かった」

 「分かりゃいいのよ」

 しかし、そんなアスカにリツコが声を掛ける。

 「アスカ、何か言ったかしら?」

 「え!? な、何も言ってないわよ」

 「本当? 何だか、
  『三十過ぎてまだ一人』だとか、
  『最後の一人』だとか、
  『焦ってる』とか、
 随分と気になる単語があったような気がしたんだけど……」

 「き、気のせいよ。リツコの気のせい。私は絶対にそんな事言ってないから」

 アスカは、あぶら汗をかきながら弁解していた。

 「……ま、いいわ。でも、もし私の目の前でそんな事言ったら……
 しゃべれないように改造しちゃうから」

 そう言ってリツコはにっこりと微笑んだ。そのため、部屋の温度が更に二~三度
 下がった気がした。

 それを聞いたアスカは、顔に縦線が入り、表情は青ざめていた。

 「ちょ、ちょっとリツコ。あんたが言うとシャレになんないわよ」

 「あら? 私は軽い冗談のつもりだったんだけど」

 「何言ってんのよ。リツコ、大学の頃から色々やってたじゃない。……確か、カエル
 のジャンプ力を倍増するんだって言って、カエルに薬物投与やら怪しい事やらやって
 できたカエルが、ジャンプした途端に天井にぶつかって死んじゃった事もあったわ
 よね」

 「そんな事もあったわね。懐かしい思い出よ」

 『……リツコさん、そんな事やってたのか。今と全然変わんないな……』

 「そう言うミサトだって、飲み会の時、カラんできたオヤジに、その日の飲み代
 賭けて飲み比べやってたじゃないの。それで結局相手は病院送り……。それも、
 一度や二度じゃなかったわよ」

 「そんな事もあったわね。懐かしい思い出よ。第一、リツコだってただ酒が飲めた
 って喜んでたじゃない」

 『あっきれた! ミサトって全然進歩がないのね』

 「リツコだってあの時……」

 「ミサトだってあの時……」

 それからの二人は、お互いの大学時代の秘密の暴露大会と化してしまった。

 「こ、これはちょっとスゴいな……」

 「何だか、二人ともコワい……」

 「何言ってんのよあんた達! こんな話滅多に聞けないのよ。しっかり聞いて弱み
 を握るのよ。あ~録音しておけば良かった~」

 アスカは、二人の話を楽しそうに聞いていた。レイも多少は興味があるらしく、
 真剣に聞き入っていた。

 そんな時シンジは、少し引きつってミサトとリツコを見つめている加持に気付いた
 ので、加持の元へビールを持って行った。

 ちなみに、この時加持は、

 『少し早まったかも知れん……』

 と、真剣に悩んでいた。

 「加持さん、どーぞ」

 「お。済まないね、シンジ君」

 「でも、加持さんも大変ですね」

 「ははは……。ま、こういう大雑把な所が葛城の魅力だからね」

 「それにしても限度があると思いますが……」

 「ま、シンジ君にも分かる日が来るさ。ところで、俺の事よりシンジ君はどうなん
 だい?」

 「何がです?」

 「アスカと綾波君、どっちが好きなんだい? 俺にだけそっと教えてくれよ」

 加持は、シンジにだけ聞こえるように、そう言ってきた。

 「な、な、何言うんですか突然!? 僕は別に何とも……」

 「何とも思ってない相手とキスしたりはしないだろ?」

 「ど、どうして加持さんがその事を……。ミサトさんから聞いたんですか?」

 「ああ。色々と面白い話を聞かせてもらったよ。シンジ君もなかなかやるね~」

 シンジは真っ赤になり、うつむいてしまった。

 「シンジ君、そう照れる事は無いよ。好きな女性とキスしたいと思うのは当然の事
 だ。それに、無理やりした訳じゃないんだろ?」

 「ええ、まぁ」

 『綾波の場合は、無理やりされたって感じがするけど……』

 「その様子じゃ、シンジ君自身、自分はどっちが好きなのか分かってないみたい
 だね。ま、無理もないか。あの二人は全く正反対の美人だからね。だが焦る事は
 無い。シンジ君はまだ若いんだ。ゆっくりとあの二人と付き合えばいい。その
 うち、自分が本当に好きなのは誰か分かる時が来るさ」

 「そうでしょうか?」

 「ああ、きっと来る。もっとも、二人ともモノにしたいって言うんだったら、俺が
 色々とアドバイスしてあげれるがな」

 そう言って、加持はシンジに色々な話を聞かせた。思春期のシンジにとって、確か
 にそれらの話は興味をひかれたが、いくら何でも十四歳の少年に話すのは早すぎる
 内容も多く含まれていた。

 そこに、レイとアスカがやってきた。

 「碇くん、何の話?」

 「何なに? 加持さん、シンジと何の話?」

 ギクぅっっ!

 いきなりの事にシンジは慌てた。まさか、今の話を二人に聞かせる訳にはいかない。
 しかし、加持は余裕だった。

 「いやー、シンジ君に料理の作り方を聞いてたんだよ。葛城があの調子だから、
 どうやら俺が料理を作るハメになりそうだからな」

 「そうだったんですか。碇くんは教え方が上手だから、すぐ作れるようになります
 よ」

 「そいつは頼もしいな」

 「ねぇ加持さん、あの二人とは大学の頃からの付き合いなんでしょ?」

 「ああ。もう随分と長い付き合いさ」

 「大変だったでしょうね。かたや料理も作れない大酒飲み。かたや三十過ぎてまだ
 一人者のマッドサイエンティスト。加持さんの苦労が目に浮かぶようだわ」

 「い、いや、そんな事は無いんだが……」

 「ア、アスカ、そういう事言うの止めた方がいいよ……」

 「私もそう思う……」

 「何よ? みんなあの二人の事かばうの? 私は本当の事言ってるだけじゃ……

 ひっ!?

 な、何!? ものすごい殺気を背中に感じる……」

 「そ、そうだろうね……」

 「アスカ、振り向いたら原因が分かるわ」

 ギ ギ ギ ギ ギ ・ ・ ・

 そういう擬音を出しながら、アスカはゆっくりと振り向いた。

 そこには、ニコニコ笑っているミサトとリツコが立っていた。はっきり言って、
 これは恐い。まだ怒ってる方がマシといった笑顔である。

 「あ……あは……ははははは……」

 アスカは、引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

 「アスカ、今度はしっかり聞こえたわよ。もう言い逃れはできないわね」

 「リツコ、私が許可します。改造してやって!」

 「ええ、そのつもりよミサト。ああアスカ、心配しなくてもいいのよ。人体実験は
 まだ未経験だけど、理論的には完璧だから。大丈夫、痛くしないから」

 「さ、アスカ、行きましょう」

 そう言って、ミサトとリツコはアスカの両側からそれぞれ腕を取り、引っ張って
 行こうとする。アスカは真っ青になっていた。

 「嫌~~~っ!! 人体実験は嫌~~~っ!!
 改造なんて嫌~~~っっ!!」

 などと危ない事もありながら、宴は深夜まで続いた。


 世の中には、アルコールの臭いだけで酔ってしまう人もいる。ましてやシンジ達は
 まだ十四歳。あまりのアルコールの臭いですっかり気分が悪くなり、それぞれの
 部屋に引きこもり、既に眠っている。

 また、さすがの加持も二人のペースにはついていけず、リビングでつぶれていた。

 そんな中、ミサトとリツコはベランダに出て、風に当たっていた。

 「ふ~っ……。こんなに飲んだのは久し振りね」

 「本当ね。大学以来かしら?」

 「…………」

 「…………」

 「……リツコ、何か言いたい事があるんでしょ?」

 「……ええ。シンジ君の事なんだけど……」

 「シンジ君の事? 私はてっきり、今日の事への文句かと思った」

 「それはまた今度でいいわ」

 「は……はは……リツコらしいわね。で、シンジ君がどうしたの?」

 「ミサト、シンジ君は見掛けによらず、随分と強いのね。私はシンジ君に『あれ』
 を見せたはずなのに、なぜシンジ君は今まで同様、いえ、今まで以上にレイと関わっ
 て生きていけるの? 私には……とてもできない」

 「…………」

 「酔った勢いだから言うけどね、私がシンジ君に『あれ』を見せたのは、碇司令へ
 の復讐のためなの」

 「碇司令への復讐?」

 「ええ。私は……私たち母子は、ずっとあの人に利用されてきた。そうと知り
 ながらね。いつか、いつかきっと私を見てくれる。私の方を振り向いてくれる。
 そう信じて……。でも、だめだった。結局私はレイに、いえ、ユイさんに勝てな
 かった。私は母さんの代わりでしか無かったの……。目的を達成させるための
 手段、道具でしか無かったのよ……。だから憎かった。だから、あの人に復讐
 しようと思ったの」

 「でも、ならどうしてシンジ君を?」

 「……ミサトは信じられないでしょうけど、あの人はあれで随分とシンジ君の事
 を気にしてた。そして、シンジ君はレイの事を気にしてた……。だから、シンジ
 君の目の前で『あれ』を破壊して、シンジ君を傷つける事で、あの人を苦しめた
 かったの……」

 「……リツコ……」

 「でも、そんなやり方は、目的のために人を傷つけるやり方は、あの人のやり方
 そのものだった。シンジ君には何も関係ないのに。シンジ君は何も悪くないのに。
 分かってたはずなのに。私は、自分の最も嫌う方法を取ってしまった。本当、最低
 の女よ。つくづく自分が嫌になるわ……」

 「……あの後、私は激しい自己嫌悪に襲われたわ。自分がどれだけ愚かな事を
 したか分かってるもの……。でも、そんな私に、シンジ君は何も言わなかった。
 ただ、悲しそうな目で私を見てるだけだった。その目を見た時、私はさらに惨めに
 なったわ。私はシンジ君にののしられたかった。殴られたかった。そうしてくれた
 なら、どれだけ楽になれたか……。でも、シンジ君はそうしなかった。十分に
 その権利があったのに……。ミサト、私には分からない。どうしてシンジ君は、
 こんな私を許せるの? どうして、今まで同様に接してくれるの? どうして!?」

 「リツコ、シンジ君はここに来て随分と悲しい思いをしている。そして、大人の
 醜い所もたくさん見てきた。だから、私達が思っている以上に、心は大人になって
 いるんじゃないのかしら。いえ、そうならざるを得なかったのよ、きっと」

 「あの時、シンジ君自身も深く傷ついていた。だからこそ、リツコの心の痛みが
 分かって、何も言わなかったんじゃないのかしら」

 「私の心の痛み?」

 「ええ。シンジ君は人の心の痛みが分かる優しい子。アスカが何だかんだ言いなが
 らも、シンジ君と一緒にいるのも、レイがシンジ君の事を信頼しきっているのも、
 リツコがシンジ君の事を強いと思うのも、シンジ君のそんな所を見てるんだと思う
 わ。私も随分と助けられてるもの」

 「そうね、そうかも知れないわね。私なんかより、よっぽどシンジ君の方が大人ね。
 人を許せるのだから……。いつか、いつかシンジ君にはちゃんと謝らないといけ
 ないわね。レイやアスカにも、私はあの子達を人間扱いしてあげられなかった。
 エヴァのパーツとして見てしまう時があった……」

 「それは私も同じよ。子供達に戦わせて、自分は安全な地下から命令を出すだけ
 なんて、いくらあんな状況下でも許される事じゃないわ。私もいつか、ちゃんと
 謝らないとね」

 「……許してくれるかしら?」

 「それは分からないわね。でも、謝罪だけはしなくては……」

 「ええ、その通りね」

 「……ねえリツコ。まだ復讐続けるの?」

 「ん? もう止めたわ」

 「どうして?」

 「それがね、信じられる? あの碇司令が私の所に来て、頭を下げたのよ。そして、
 『済まない』って言ったの。何だかもう、復讐しようとしてた自分がバカらしく
 思えてきてね、止める事にしたの」

 「あの碇司令がね……。ま、それがいいわ。憎しみは何も生まないもの。例え
 復讐が成功しても、お互い不幸になるだけよ。そんな事をするくらいなら、自分の
 幸せのために生きればいいのよ」

 「自分の幸せのためか……。ミサト、幸せになりなさいよ。私の分までね」

 「何言ってんのよ。リツコだって幸せになれる権利はあるのよ」

 「私はだめよ。この手は汚れきってるもの。とても幸せにはなれないわ」

 そう言って、リツコは自分の手を自虐的に見つめていた。

 「リツコ、復讐は止めたんでしょ? なら、その思いと共に、過去の嫌な事はみんな
 忘れちゃいなさい。今言った話もね」

 「ミサト?」

 「私は今酔ってるからね。リツコから何を聞いたかなんて覚えてないわよ。だから、
 リツコも忘れちゃいなさい」

 「……ありがとうミサト。あなたのそういう所、助かるわ。……加持君の友達の事、
 よろしく頼むわよ」

 「任せなさいって! いい男選んであげるから」

 「じゃミサト、飲み直しましょ」

 「え!? まだ飲むの? さすがに、これ以上飲むと明日の……いや今日の仕事に
 影響が……」

 (注)普通の人なら、この段階で動けないか、病院行き決定です。

 「何言ってんのよ。誘ったのはミサトでしょ。今日は何だか徹底的に飲みたい気分
 よ」

 『まっ、しゃーないか。それでリツコが過去を振り切れるのなら』

 「よーし! じゃ、飲むか!」

 「その意気よ! ミサト!」

 こうして、二人だけの飲み会は来週まで……


 <つづく>


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