シンジは軽い二日酔いの中、目を覚まし、目覚まし時計を止めた。
「いてててて。一口も飲んでない僕がこれなんだから、ミサトさん達は大丈夫なの
かな~?」
そう思いながら着替えを済ませ、キッチンにやって来た。そして、そこで信じられ
ないものを目にした。
寝る前にきれいに片付けたはずのテーブルの上に、ビールの空き缶が山積みされて
いたのである。
「こ、これは一体!? ま、まさか……」
「あ~シンちゃ~ん、おっはよ~~~」
「おはようシンジ君、相変わらず早いわね」
「お、おはようございます。え? まさか二人とも、今までずっと飲んでたんです
か?」
「そ~よ~。ちょうど今、最後の一本を飲み終えた所よ」
「はぁ~~~」
シンジは溜め息をつく事しかできなかった。
「じゃあ、『今日は休みます』ってネルフに連絡しておきます」
(いいのかネルフ、そんな事で)
「な~に言ってるのよ、シンちゃん。私たちは休んだりなんかしないわよ~」
「え? でも……」
「そうよシンジ君。私たちはまだまだ若いんだから、こんな事くらいでは休んだり
しないわよ」
「タフなんですね……」
シンジはあきれるしかなかった。
そんな事を話している時、レイが入って来た。
「おはよう、碇くん」
「あ、綾波。おはよう」
「あれ? 二人とももう起きてるんですか? おはようございます。早いんですね」
「違うんだよ綾波。二人ともずっと飲んでたんだよ」
「え!? 一晩中? タフですね」
一緒に住んでいると思考が似てくるのか、レイはシンジと同じ事を言った。
「おはようレイ。そう言うあなたも早いわね。どうしたの?」
「私は碇くんの手伝いです」
「シンジ君の? どういう事?」
「それがね~リツコ、レイはこうして、毎朝シンちゃんと一緒に朝ご飯を作ってる
のよ~」
「そうだったの。あら? 言われてみればお揃いのエプロン。やるわね、レイ」
「そ、そんな事……」
リツコに冷やかされて、レイは少し赤くなり、うつむきながらエプロンの端を指で
いじっていた。
その表情としぐさを見て、リツコは軽い衝撃を受けた。
『あのレイが恥じらいの表情を見せるなんて……。レイとの付き合いは長いけど、
こんな顔見るのは初めてね……。これもシンジ君の影響かしら』
「碇くん、今日は何を作ればいいの?」
「う~ん、そうだな。ミサトさん達は何がいいですか?」
「あ、私はいいわ。何も欲しくないから」
「私もいいわ。コーヒーだけちょうだい。思いっきり濃いやつを」
「私もね」
「はい。コーヒー二つですね。加持さんはどんなんだろ? 朝食べるのかな?」
「加持君は朝は食べなかったはずよ」
「そうですか。じゃ綾波、今日は目玉焼きにしよう。三人分作ってくれるかな?」
「ええ、分かったわ。目玉焼き三人分ね」
そう言って、レイはフライパンを火にかけ、卵を準備し始めた。そんなレイを、
リツコはじっと見つめていた。
「レイ、あなたいいお嫁さんになれるわよ」
「は、はい。ありがとうございます!」
リツコのこの一言を聞き、レイは嬉しそうに微笑んだ。映像で見せられないのが
残念なほど、この笑顔は綺麗だった。
(単行本3巻の笑顔並みと思って下さい)
その笑顔を見て、リツコはさらに衝撃を受けた。
『レイ、こんな私にも微笑んでくれるの? あんな事をした私に……。ありがとう
レイ。本当にありがとう』
リツコは、レイの笑顔を見て、随分と救われた気になっていた。
レイが目玉焼きを作る横で、シンジはコーヒーメーカーでコーヒーを入れつつ、
みそ汁を作っていた。
そんな二人を、ミサトとリツコはニヤニヤしながら見ていた。
「ねぇミサト、こうして見るとあの二人、まるで新婚さんみたいね。お揃いの
エプロンだし、とっても仲がいいし」
「そーなのよ。もう毎日見せつけられるのよ。参っちゃうわ」
「確かに、これは一人身にはつらいわね」
「でしょ~~~」
「でも、毎日これじゃ、さぞアスカの機嫌も悪いでしょうね」
「ええ、毎日朝から不機嫌よ。そんなにシンちゃんとレイが仲良く朝食作るのが嫌
なら自分も起きてくればいいのに、シンちゃんに起こされるまで寝るって所が、
いかにもアスカらしいでしょ」
「そうね。でも案外、アスカはシンジ君に起こされる事に喜びを感じてるんじゃ
ないのかしら?」
「あ、そうかも知れないわね」
二人がそんな事を話している所に、シンジがコーヒーを持ってきた。
「あの……二人とも、そういう事は本人に聞こえない所で話してもらえませんか?」
「な~に言ってるのよ、シンちゃん。幸せ者が冷やかされるのは宿命よ」
「なら、ミサトを冷やかしてもいいわけね」
「あう!」
「ねえシンジ君、私と賭けをしない?」
「賭けですか?」
「そう。ミサトが料理を覚えるのが早いか、加持君が入院するのが早いか」
「そんな分かりきったもん、賭けになんないわよ」
「あれ? アスカ珍しいね。起こさないのに起きてくるなんて」
「これだけ賑やかにしてたら、寝てらんないわよ」
「ははは。それもそうだね」
「ちょっとアスカ、賭けにならないってどういう事よ?」
「あら、私の口からハッキリ言わせたいの? そんなの、みんなが加持さんの入院
に賭けるに決まってるじゃない。だから、賭けは成立しないのよ」
「なるほど」
「ちょっとリツコ、なに納得してんのよ。『私が料理を覚える』が来れば、超大穴
じゃないの」
「……ミサト、自分で言ってて虚しくない?」
「…………ちょっとね」
そんな事をしているうちに、加持も起きてきた。
「いや~、ここの家は朝が早いんだな。しかし、葛城がこんな時間に起きてくる
なんて信じられんな」
「違うんですよ加持さん、ミサトさん達は一晩中飲んでたんですよ」
「ほ~。そりゃまた元気なこって」
「あっきれた! 信じらんないわね全く。こんなのがネルフの作戦指揮と技術開発の
責任者かと思うと……それで良く使徒に勝てたわね。ま、これも私たちパイロット
が優秀だったからね。……ところで二人とも、その格好でネルフに行くの? 昨日
と同じ格好じゃ、変な噂がたっても知らないわよ。
さすがに、アスカは女の子らしい心配をする。
「ん~そうね。確かにこれじゃまずいか」
「ミサト、私に合う服貸してね。何かあるでしょ」
「まー、何かあるでしょ」
こうして、シンジ達が朝食をとる間、二人は身支度をし、加持も申し訳程度に髪を
とかしていた。
そして、六人で仲良く出社。
しかし、シンジ達はミサト達から少し離れた所を歩いていた。あまりに強いアル
コールの臭いのため、近くにいると気分が悪くなる上、すれ違う人がみんな振り返
るので恥ずかしかったためである。もっとも、ミサト達は何とも思って無かったが。
シンジの右側でアスカが歩き、当然左側にはレイが歩く。知らない人が見れば、
美女二人を独占している極悪人
に見える事だろう。実際そうだが……。
「しかしシンジ君、両手に花だな。ま、苦労も絶えないだろうけどな」
「見てる分には面白いけどね」
「本当ね」
後ろを歩くミサト達は、シンジ達を温かく見守っていた。
ネルフに着いてからも、あまりのアルコールの臭いで注目の的だった。ゲンドウも
冬月も、怒るよりも呆れて何も言えなかった。
徹夜と大量のアルコールのため、体はボロボロだったが、もう二度と会えない、
死んだと思っていた加持との再会、そして加持との婚約が決まったミサト。過去を
振り切る事を決めたリツコ。二人の心は晴々としており、その顔は生き生きとして
いた。また、加持もこれまでの働きが認められ、特殊監査部の主任に任命された。
実際にスパイ活動をするのは、部下に任せる事になるので、今後は、危険な仕事を
する事は殆どなくなるだろう。
これで、ミサトとの結婚に関しては、何の問題も無くなったのである。
なお余談になるが、読者の方の予想通り、ミサトの婚約を知った日向君が、次の日
二日酔いで遅刻したのは言うまでもない。