新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第四部 Dパート


 「よっ、リッちゃん。久し振り」

 「か、加持君!? ど、どうして……。加持君は死んだって……」

 「やれやれ。みんなよっぽど俺に死んでいて欲しいようだな。残念だが、俺は生き
 てる。碇司令に協力していたんだよ」

 「碇司令に? ……私は何も聞いてない……」

 「ま、『敵をあざむくには味方から』と言うからな。その為だろ」

 「全く碇司令らしいわね。リツコにも教えて無かったなんて」

 「……でも、良かったわね加持君。生きてて」

 「ああ、ありがとう。俺も良く生きてたもんだと思うよ」

 「ミサト、加持君の事で驚かそうと思って黙ってたのね」

 「へへへ。ま~ね~」

 「それだけじゃ無いでしょ、ミサト」

 「? どういう事、アスカ?」

 「あのね、ミサトはね……」

 「待ってアスカ、私が言うわ」

 「一体何なのよ? ミサト」

 「あのね、リツコ。実は、私、加持君と結婚する事にしたの」

 その言葉を聞いた瞬間、リツコの顔が引きつるのを誰一人として見逃さなかった。

 「そ、そうなの。それは良かったわね。おめでとう、ミサト」

 リツコは極めて冷静を装い、そう答えた。

 「リツコ、喜んでくれるの?」

 「当たり前でしょ。だって、私たち友達でしょ?」

 「良かった~。やっぱり持つべきものは友達よね~」

 「そうね。わざわざ呼びつけて自慢してくれるなんて、私はいい友達を持ったもん
 だわ、全く……」

 「まぁまぁリツコ、座って座って。さ、飲んで飲んで」

 「言われなくても飲むわよ!」

 リツコは、ミサトの手から奪うようにビールを取ると、一気に飲み干した。

 「お~、いい飲みっぷりね。だ~いじょうぶよリツコ! ちゃんと加持君の友達を
 紹介してあげるから。加持君、まだ一人の友達いるんでしょ?」

 「ん? ああ、俺達の仕事柄、一人者は多いからな。それに、大学の友人も何人か
 いたと思う」

 「私の心配までしてくれるなんて有りがたいわね。嬉しくて涙が出そうだわ」

 「友達だもの。当たり前じゃない」

 「……余裕ね、ミサト」

 「そ~お~? リツコの気のせいじゃないの?」

 二人を中心にして、一気に空気がピリピリと緊張してくる。シンジは、その重圧に
 耐えきれず、その部屋から出ていく事にした。

 「じゃ、じゃあ僕、何か料理作ってきます」

 「あ、私も手伝う」

 「じゃ、私は料理を運んであげる」

 三人は、そう言うと慌ててキッチンに向かった。

 「ふぅ~~~。あの部屋は空気が重いや。加持さんも大変だ」

 「どうして赤木博士は、あんな言い方をするのかしら?」

 「いつかレイにも……って、私たちが『売れ残る』なんて事は絶対無いから、
 リツコの気持ちなんて一生理解出来ないでしょうね」

 ”私”と言わず、”私たち”と言ったあたりにアスカの成長が見て取れる。

 「売れ残る?」

 「結婚相手が見つからないって事よ」

 「ふ~ん、そうなの」

 「じゃあ、作り始めようか。酔っぱらいを怒らすと恐いから」

 「シンちゃ~~~ん、まだ~~~!?」

 「ほら」

 「ふふ、そうね」

 「じゃあ、出来た料理は私が運んであげるから、どんどん作りなさい」

 それからのキッチンは、まるで戦場のようだった。シンジとレイが作る料理を次々
 とアスカが運ぶ。しかし、テーブルに置いた途端に、三人の胃袋に消えていった。
 嬉しさの余り、ついつい食べ過ぎるミサト、ヤケ食いが入っているリツコ、二人の
 ペースに付き合っている加持。三人の食べるペースと量は半端ではなかった。その
 為、シンジ達が食事にありつけたのは、二時を少し回ろうかとしている頃だった。

 「ふぅ~、やっと食べれる」

 「おなかすいた」

 「ミサト、嬉しいのは分かるけど、少しは遠慮して食べなさいよ。作ってる私たち
 が全然食べられないじゃないの」

 「ご~めんごめん。あんまりシンちゃんの料理がおいしかったから。それに、アスカ
 だって、つまみ食いくらいしたんでしょ?」

 「失礼ね。私はそんな事してないわよ」

 「またまた~」

 ミサトは、アスカの言葉を全然信用していないようだった。

 「ミサトさん、本当ですよ。アスカは何も食べてないはずです。ね、綾波」

 「ええ、アスカはずっとお料理を運んでいたから食べてないはずです」

 「ほら見なさい」

 「うう。アスカ、成長したのね。私は嬉しいわ」

 ミサトは、少し大げさにアスカを褒めた。アスカは妙に恥ずかしくなり、プイッ
 と上を向いてしまった。

 そんなアスカを見て、加持とリツコは少し驚いていた。

 『アスカがシンジ君や綾波君に気を使ってる? 二人が食べてないから自分も食べ
 なかった? ……確かに、アスカも随分と成長したようだな』

 『あのアスカが人に気を使ってる? あのアスカが……? ミサトの結婚といい、
 アスカの変化といい、サードインパクトが起こらなきゃいいけど』

 結構、失礼なリツコであった。

 「いやーすまないな、俺達ばかり食べて。しかしシンジ君、その歳でこれだけの物
 が作れるなんて大したもんだよ」

 「そんな事ないですよ。それに、僕一人で作った訳じゃ無いし」

 「謙遜しなくていいよ。な、リッちゃん」

 「ええ、本当に、お世辞じゃなくおいしいわよ、シンジ君。でも、いかに日頃から
 ミサトが何もしてないかが伺えるわね」

 「うっ!」

 さすがに本当の事なので、何も言い返せないミサトであった。

 ミサトから一本取って、機嫌のいいリツコは、更に続ける。

 「でも、加持君も大変ね。命懸けの日々がやっと終わったのに、また命懸けの日々
 が始まるなんて……」

 「? どういう事、リツコ? 加持君はもう危ない仕事はしないって約束してくれ
 たのよ」

 「あら、私は仕事の事なんて言ってないわよ」

 「? じゃあ、どう言う事?」

 「ミサトと結婚するって事は、毎日ミサトの手料理を食べるって事でしょ? これ
 は十分命にかかわるわよ」

 「……」

 ミサトは絶句したが、シンジ達は顔には出さないものの、心の中で頷いていた。
 うんうん。

 「失礼ね、リツコ。私は料理に毒なんて入れないわよ」

 「別に毒なんて入れなくても、あれは十分に激薬よ」

 うんうん。またしても三人は心の中で頷く。

 「リツコ、私の事ひがんでるから、そんな事言ってんでしょ?」

 「あら、私は極めて客観的に言ってるつもりよ。シンジ君もそう思うでしょ?」

 「え?」

 いきなり自分に意見を求められ、シンジは戸惑ってしまった。

 「あ……あの……僕はその……ミサトさんの前ではちょっと……」

 「じゃあ、レイはどう思ってるの?」

 「私は……その……」

 以前、ミサトの料理を食べ気を失ったレイは、答に迷っていた。

 「か、変わった味だと思います」

 「アスカはどう思うの?」

 「う~ん……加持さんには嘘つきたくないけど、本当の事言って結婚が駄目に
 なっても困るし~」

 「分かったかしら、ミサト」

 「よ~く分かったわ、あんた達がどう思ってるか。本人目の前にして、それだけ
 言えりゃ大したもんよ」

 「あ、す、すいません、ミサトさん」

 「ごめんなさい」

 「何よ、本当の事じゃない。大体、ミサトのは料理とは言えないわよ。何よ、こな
 いだのカレー、得意料理が聞いて呆れるわ」

 「あれはアスカだって一緒に作ったじゃないの」

 「味付けはミサトがやったじゃない。大体、いくらシーフードカレーだからって、
 カレーにナマコなんて入れる? フツー」

 「アスカだって、タコを生きたままカレーに入り込んだじゃない。中で暴れるわ、
 スミ吐くわで大変だったじゃない」

 「い、活きがいい方がおいしいと思ったからよ。大体、暴れたのは、ミサトが生き
 たまま入れたカニとケンカしたからよ。私のせいじゃないわ」

 「…………な、何か、聞くだけで凄い状況だな。怪獣映画並みの出来事が、
 この家のキッチンで起こっていたとは……」

 「本当ね。聞いてるだけで気分が悪くなってきたわ……。で、シンジ君、その時の
 カレーって、どんな物が出来たの?」

 「すいません。あの時の事は思い出したくないんです」

 「私も、ちょっとあの日の事は……」

 「……そう。加持君も大変ね」

 「……俺もそう思う……。そうだ、シンジ君、葛城に料理を教えてやってくれない
 か?」

 「はぁ。僕も加持さんの気持ちは分かるんですけど……」

 「分かるわけ~? シンちゃん」

 「あ、いや、その……」

 「まぁまぁ葛城。シンジ君、続けてくれ」

 「はい。以前、ミサトさんが料理を作る所をずっと見てたんです。そしたら、別に
 どこも悪くないんです。普通に作ってるんですけど、その……」

 「出来上がった料理は、とんでもない物が出来てるって事ね、シンジ君」

 「ええ、僕も原因が分からない以上、教えようが無くて……。すみません加持さん、
 役に立てなくて」

 「そうか、シンジ君でもだめか」

 「加持さんかわいそ~。結婚式には胃薬の詰め合わせをプレゼントするからね」

 「とほほ。有りがたくて涙が出るよ」

 「だ、大丈夫よ加持君。ちゃんとした料理を作れるように練習するから」

 「本当に大丈夫なの? ミサト。あなたって味の変化には敏感なくせに、どんな
 酷い味の料理でも平気で食べられる舌してるのよ。一般人とは味の許容範囲が違う
 んじゃないの?」

 「……それって、褒めてんの? けなしてんの? ……ま、大丈夫よ。味見は
 シンちゃん達にやってもらうから。

 「え~~~っ!!」×3

 「僕は遠慮しておきます」

 「私もいらない」

 「ミサトの場合、味見じゃなくて毒見でしょ。私はまだ死にたくないわ」

 「随分とハッキリ言うわね。……仕方ない、ペンペンに味見をしてもらう事にする
 わ」

 「ちょっとミサト、あなた人間の料理の味見をペンギンに任せる気?」

 「大丈夫よリツコ、ペンペンの舌は確かなんだから」

 「……呆れたもんね、全く」

 「あれ? ところでペンペンはどこ行ったの? さっきまでそこにいたのに」

 「ミサトさんが料理の話を始めた途端、自分の冷蔵庫にこもっちゃいました」

 「なるほど、確かにペンペンの舌は確かなようね」

 「うっ」

 「まっ、ペンペンだってまだ死にたくはないでしょうからね。しかし、ペンギンが
 嫌がる料理を平気で食べられるなんて、ミサトの舌ってペンギン以下なんじゃ
 ないの?」

 「ぬぅわんですってぇ~!?」

 こうして、アスカとミサトの口げんかは果てしなく続いた。リツコは、それを面白
 そうに見ていた。


 そのリツコに、強烈な言葉が降りかかった。

 「赤木博士は結婚しないんですか?」


 パキーン!!


 このレイの強烈な一言は、まるで光子力研究所のバリアが破れたような音を発する
 と共に、その部屋にいた全ての人々が固まり、部屋の温度が二~三度下がったよう
 な気がした……。


 <つまずく……もとい……つづく>


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