新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第四部 Aパート


 プルルルルル プルルルルル プルルルルル

 午前8時30分、ミサトの部屋の電話が鳴る。

 しかし、ミサトは起きる気配も電話に出る気配もなく、ただひたすら眠っている。

 「残業続きで疲れたから、昼まで寝るので起こさないでね」

 と、昨夜シンジに伝えてはいたのだが、電話というものは、そんな日には決まって
 掛かってくるものである。

 プルルルルル プルルルルル プルルルルル

 『あ~うっさいわね! 早く切れなさいよ!! 私は今日は一日中寝るんだから!』

 そう思い、ミサトは頭から布団を被り、潜り込んでしまった。

 しかし、ミサトの願いも虚しく、電話が切れる気配は無かった。

 『も~リツコも付き合い長いんだから、お休みの日は一日中寝てる事くらい分かり
 そうなもんなのに……』

 『分かったわよ。出ればいいんでしょ、出れば。とっとと用件聞いてまた寝ちゃる』

 そう思い、仕方なく布団から抜け出した。その動きは緩慢で、まるで冬眠明けの
 クマのようだった。

 「ちょっとリツコ。何よこんな朝っぱらから。私は眠いんだから、早く用件言って
 よね。また寝るんだから」

 ミサトの部屋に直接掛かってきたので、てっきりリツコからだと思っていたが、
 その電話の主はリツコでは無かった。

 「そうか、そいつはすまなかった。でも、元気そうで安心したよ」

 「え!?」

 ミサトは心臓が止まりそうなほど驚いていた。

 『こ、この声は……まさか』

 「か、加持君!? あなた加持君なの!?」

 「ああ、俺だ」

 「で、でも加持君、死んだんじゃ……」

 「ま、確かに一般的にはそう思われているようだが、俺は生きている。生きてこう
 して君と電話で話している。これは紛れもない事実さ」

 「……バカ」

 「ん?」

 「バカって言ったのよ! 生きてんなら何で連絡してこないのよ! 私が、私が
 どれだけ心配したと思ってんのよ、このバカ!

 「すまない、葛城。俺も君だけには知らせておこうと思ったんだが、盗聴されてる
 危険が高かったし、俺とかかわる事で君まで巻き込んでしまいそうだったから、
 どうしても連絡できなかったんだ。それほど、あの時は危険な状態だったんだ。
 それに、俺は死んでると思われてた方が仕事がやりやすかったからな。君には本当
 に心配を掛けてしまって、申し訳ないと思っている。どうか許して欲しい」

 「じゃ、今、こうして電話してくるって事は、もう危険は去ったの?」

 「ああ、その事を君に全て話そうと思って、こうして連絡したってわけさ。で、
 どうする? 眠いのなら、また後で連絡するが……」

 「こんな時に寝てられるわけないでしょ。全て話してもらうわよ」

 「ああ、そのつもりだ」

 そして、加持の説明が始まった。

 「……俺が特務機関ネルフ特殊監査部所属、加持リョウジと同時に、日本政府
 内務省調査部所属、加持リョウジであった事は、君も知っての通りさ。しかし、
 どちらも俺の本当の仕事じゃない。両方とも、ただのアルバイトさ」

 「俺の本当の仕事は、ゼーレから直接ネルフの、いや碇司令の監視を命じられて
 いたのさ」

 「ゼーレから!? それで副司令を?」

 「ああ、ゼーレは碇司令を疑っていた。だから、副司令を直接尋問するために、俺
 に拉致するよう、命令してきたのさ」

 「でも、どうしてゼーレなんかに?」

 「俺は、少しでも真実に近づきたかった。その為に、あらゆる手を使った。そして、
 ゼーレの手先となって、内部からゼーレのやろうとしている事を調べようと思った
 のさ」

 「危ない事をするわね。ま、まさか私のために?」

 「さぁてね。俺が好奇心が強いのは良く知ってるだろ。だからさ」

 「……加持君」

 「ま、危険をおかしただけあって、ゼーレが何を企んでいるのか、色々と分かって
 きた。だが、同時に俺は、ゼーレがやろうとしている事が本当に正しいのかどうか
 分からなくなってしまったんだ。そんな時、碇司令のやろうとしている事も分かっ
 てきた。まだ、そちらの方が自分にとって納得できたから、俺は碇司令に協力する
 事にした。俺の調べた全ての情報と引換えに、碇司令の知る事を教えてもらうと
 いう条件でね。そして、協力の証として、副司令をゼーレから逃がしたのさ。そし
 たら、すぐにゼーレから刺客が送り込まれてきたよ。ま、こうなる事は、ゼーレと
 かかわった時から分かってた事だけどな」

 「ゼーレは自分たちの秘密が外部に漏れるのを極度に恐れている。ゼーレに関わっ
 た者は、良くて毒殺。みんな消されるんだ。だから、俺も色々と準備をしていた。
 防弾チョッキや血のり、死ぬ演技も随分と練習したものさ。その甲斐あってうまく
 いったようだがな」

 「でも、危なかったんだぜ。頭を撃たれたらそれっきりだからな。随分と危険な
 賭けだったよ」

 「でも、そんな事で本当にゼーレの刺客をごまかせたの?」

 「ああ、何しろ俺が撃たれたのはネルフ内だからな。碇司令と協力している今、
 できない隠ぺい工作は無いさ。だから、ゼーレも俺が死んだと思ったらしく、随分
 と仕事がやりやすかったよ」

 「後は、君も知っての通り、ネルフとゼーレの戦いがあったってわけさ。自慢じゃ
 ないが、俺の情報も随分と役に立ったはずだ。と言っても、さすがはゼーレ。こち
 らも随分と危なかったけどな。もし、あの戦いでネルフが負けてたら、碇司令や副
 司令だけではなく、葛城やリっちゃん、ネルフの上層部は全員消されてただろう
 な」

 「じゃあ、今まで何やってたのよ? その戦いから随分と経ってるじゃない」

 「いくらゼーレの力を押さえこんだとしても、ゼーレに協力していた組織、個人は
 世界中にいるんだ。今まで、それらを一つ一つ調べてたのさ。そんな連中を放って
 おいたら、いつ殺されるか分からないだろ? それに、君に会いに行くのに、殺し
 屋をゾロゾロ連れて行くわけにもいかないからな」

 「で、それらの調査が終わって、さっき碇司令に報告した所さ。命の心配もなく
 なったから、こうして君に連絡したってわけさ」

 「あ、ところで葛城、俺の畑、ちゃんと面倒見てくれてたんだな。嬉しいよ」

 「え!? あんた今こっちにいるの? だったら何で私の所に来ないのよ?」

 「ああ、俺も君に会いたいのは山々だが、いきなり会いに行って、死人扱いされる
 のはイヤだし、なにより、葛城、怒るだろ?」

 「当ったり前よ! この私をここまで心配させたんだから、ビンタの二、三十
 発は覚悟しておきなさいよ!!

 「お~コワ」

 「でも……」

 「ん?」

 「でも、今すぐに会いに来てくれるのなら、特別サービスでビンタ一発で許して
 あげるわ」

 「へ~、そいつはすごいサービスだ。じゃあ、今すぐ玄関を開けてくれないか?」

 「え?」

 「でないと、葛城に会えないだろ?」

 それを聞くと同時に、ミサトはふすまを蹴飛ばし、玄関まで走っていった。

 「どうしたのかな、ミサトさん。『今日は昼まで寝るから起こさないでくれ』って
 言ってたのに」

 「トイレじゃないの? ふすまを蹴飛ばして開けるくらいだから、よっぽど慌てて
 たんだろうけど、本当にあれで女なのかしらね……」

 「でもアスカ、ミサトさん、玄関に向かったわよ」

 「じゃあ、寝ぼけて仕事に出掛けたとか」

 少し遅めの朝食を取りながら、三人はミサトの行動を不思議がっていた。


 ミサトは、玄関を開けるボタンを少し震えながら押した。

 開いたドアの向こうには、死んだと思っていた、もう二度と会えないと思っていた、
 懐かしい顔が微笑んでいた。

 「よ、葛城、久し振り」

 「あ、あんたなんか……あんたなんか!

 ミサトの右手が高く振りかざされた。加持は、あえてそのビンタを受けるようだっ
 た。しかし、頬を叩く音は鳴らなかった。ミサトの手は、ゆっくりと加持の左頬を
 なでていた。不精ヒゲのザラついた感触が、妙に懐かしかった。

 「加持君、本当に加持君よね、本当に生きてるのよね……」

 「ああ、俺は生きている。足だって、ちゃんと付いている。短いけどな」

 「う……うう……良かった。本当に生きてて……。
 うわ~~~ん!!!

 ミサトは泣きながら加持に抱きついた。加持は優しくミサトを抱きしめる。

 「加持君、もう危ない事はしないで。私の前から黙って消えるのはやめて。私を
 一人にしないで。私は……私は……

 「ストップ、葛城。そこから先は俺の言葉だ」

 「『8年前に言えなかった事、もう一度会えたら伝えると約束していた事』を、
 今言うよ」

 「葛城、俺は君を愛している。昔から、今も、そしてこれからもずっと……」

 「葛城、俺と結婚してくれ」


 <つまずく……もとい……つづく>


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