新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第二部 Eパート (最終回)


 「碇くんって、嫌いな物ってあるの?」

 「いや別に。特に嫌いな物は無いよ」

 「じゃあ、好きな物は?」

 綾波

 えっ!?

 レイは、みるみるうちに顔が赤くなっていった。

 「の、作ってくれる料理なら、何でも好きだよ」

 「も、もう! からかわないでよ!」 ぽかぽか

 レイは、少しほほをふくらませて、軽くシンジをぽかぽかと叩いた。

 「はは、ごめんごめん」

 シンジはそう言って軽く逃げる。そんな二人は、はた目には、付き合い始めたばかり
 で、どこかぎこちなさの残る恋人のように見えた。

 シンジは、レイと話しながら、ふと考えていた。

 『でも綾波、ホントに変わったな。以前だと、話しかけても殆ど受けごたえくらい
 しかしてくれなかったし、最小限の言いたい事だけしか話さなかったのに。それが
 今では綾波の方から話しかけてきてくれる。ほんと、うれしいな』

 二人の会話は途切れる事なく続いていた。そしてそれは、シンジにとっても意外な事
 だった。

 『僕は人付き合いが苦手で、人とこんなに喋る事なんか今までなかったのに。しかも
 女の子とこんなに楽しく話せて、いくらでも話す事がある。……きっと僕も変わって
 きているんだ。いい事なんだ』

 シンジがそんな事を考えている時、レイもまた、自分の事を思っていた。

 『どうしたのかしら、私。碇くんと話をしてると、こんなに楽しい。普段、碇くん
 と一緒にいても、言いたい事も言えないのに、今は後から後から言いたい事が出て
 くる。そして、それを碇くんに伝える事ができてる……。うれしい

 そしてレイは、今の自分たちの状況を考えてみる。

 『夜の街に碇くんと二人で楽しく会話しながら歩いている』

 『はっ! こ、これって、クラスの女の子が言ってた、

 デ、デート

 なのでは!?』

 そう思って、レイはますます舞い上がってしまった。これまで、エヴァのパイロット
 としてのみ育てられたレイは、他人との付き合いが殆ど無かった。そのため、一人で
 暮らしていく上では何も問題は無いが、他人と一緒に暮らすようになると、一般的な
 知識の欠落があった。

 特に、男女間の事は全く分からなかった。クラスの女子の会話、アスカが持ってきた
 少女マンガ、インターネット等に登録されているエヴァのラブ米小説の世界、それら
 がレイにとっての知識の全てだったので、かなりの偏りがあった。そのため、ただ
 一緒に歩いているだけなのに、デートだと思ってしまう。以前、シンジにキスしたの
 も、当時はアスカに対するライバル心からの行動だった。だいぶ後になり、自分が
 した事の意味を知り、一人で真っ赤になっていた。

 とにかく、今、レイはシンジと初デートだと思っているので、幸せだった。

 『ああ、碇くんと一緒に歩けるなんて夢のよう。こんな事なら、もっと遠くのマン
 ションに住んでれば良かった。そうすれば、もっと長い時間、碇くんと一緒にいられ
 るのに……』

 そんな少女的な事を思っても、マンションが逃げる訳は無く、二人は綾波の部屋の前
 に着いてしまった。

 「碇くん、送ってくれてありがとう。あの……お茶でも飲んでく?」

 レイは精一杯の勇気を出して、そう言った。

 「え? あ、ありがとう。でも、今日は遠慮しておくよ」

 (なに~っ! レイちゃんの誘いを断る気かシンジ!)

 「え!? ど、どうして……?」

 『私、何か嫌われるような事したのかな……?』

 レイは不安になった。

 「だってほら、今日はもう遅いだろ。こんな時間に独り暮らしの女性の部屋にお邪魔
 するのも失礼だから……」

 『……良かった。嫌われてる訳じゃないんだ』

 「私は別に構わないけど」

 「ごめんね、せっかく誘ってくれたのに。でも、遅くなると二人とも心配するだろう
 から……。本当にごめんっ!」

 「そう……。なら仕方ないわね……」

 「ごめん!」

 もちろん、シンジだって部屋に入り、レイとお茶を飲みながら楽しく話ししたかった
 し、せっかくレイが誘ってくれたのだから断りたくはなかった。しかし、アスカは、
 レイのマンションまでの時間を知っている。恐らく、今頃、時計をにらんでいる事だ
 ろう。少しでも遅くなれば、何をされるか分からない。また、ミサトのひやかしも、
 1分遅れる事に激しさを増すだろう。

 レイと話しはしたいが、今は二人が恐い。

 というのが、シンジの本音だった。

 「それじゃ、引っ越しの時は呼んでね。じゃ、おやすみ

 「え?」

 「ん? どうしたの、綾波?」

 「あの……私、誰かから『おやすみ』って言われたの初めてだから……」

 レイは少し恥ずかしそうに、そうつぶやいた。

 「そうなんだ。でも、これからは一緒に住むんだから、毎日言えるね」

 「ええ、そうね」

 「じゃ、改めて……。おやすみ、綾波」

 「おやすみなさい、碇くん」

 そしてシンジは帰って行った。レイは、シンジが見えなくなるまで見送っていた。

 「おやすみなさい……初めて言われた言葉……初めて言った言葉……何だか、恥ずか
 しい……」

 レイは、シャワーを浴びながら、そんな事をつぶやいていた。そして、その時、鏡に
 映るレイの顔はほほえんでいた。また、無意識のうちに、生まれて初めての鼻唄を
 歌っていた。

 そしてレイはシャワーを浴びた後、部屋に戻り、下着を付け、ベッドに寝転がった。

 「もうすぐ、碇くんと一緒に住めるんだ……。朝起きたらすぐ碇くんに会えて、
 おはようと言える。寝るまで碇くんといられて、寝る前にはおやすみと言える。
 ……うれしい!

 レイは、顔がほころぶのを止められなかった。

 「私におやすみと言ってくれる人、私がおやすみなさいと言える人ができるなんて、
 考えてもみなかったな……。おやすみなさい、碇くん」

 そう言ってレイは、静かに目を閉じた。シンジの名を呼んだだけなのに、胸の中に
 暖かいものが溢れ出してくれるような気がした。そして、ここ数週間、夜になると
 襲ってきていた孤独感や不安感は全く訪れる事なく、幸せな眠りにつく事ができた。


 一方、その頃シンジは、玄関の前にいた。

 『はぁ~。きっとアスカ、待ってんだろうな、僕が帰るのを……。仕方ない、ここ
 でこうしていても、時間が過ぎてくだけだ。ますます僕に不利になるからな……』

 覚悟を決め、シンジはドアを開けた。

 「ただいま」

 「お帰りシンちゃん、早かったじゃない!」
 「遅いじゃないシンジ! 何やってたのよ!」

 『……やっぱり……』

 シンジが思った通り、玄関にはミサトとアスカが出迎え……いや、待ち構えていた。
 シンジが今帰るのが分かっていたかのように。

 『やっぱりアスカ、ずっと時計をにらんでたんだな……』

 「いや~お泊まりはないと思ってたけど、休憩もなかったの? ちょっと意外ね~」

 「ミサト! 何言ってんのよ! いやらしいわね。自分を基準に考えないでよ」

 「あ~ら。私は中学生の頃に同棲なんかしてなかったわよ」

 「な!? ど、同棲って何よ! ミサトがいるじゃない!」

 「何言ってんの? 私はいつも帰り遅いでしょ。帰って来ない日もあるし……。そん
 な時は、あなた達二人っきりじゃない。何やってるかなんて、私は知らないわよ。
 現に、キスしてたんでしょ、私のいない時に。

 「あ、あれは……その……つまり……

 「ま、どうせアスカがシンちゃんに迫ったんでしょうけど」

 「う、うるさいわね! それよりシンジ、何やってたのよ! レイの
 マンションまで往復で四十分。三分もオーバーしてるじゃないのよ!」

 「僕は機械じゃないんだから、それくらいの誤差くらい出るだろ。引っ越しの時は声
 をかけてくれって、綾波に言ってただけだよ!」

 「ほんとうに?」

 アスカは、シンジをにらみつけた。

 「ほ、本当だよ!」

 「あやしいわね……」

 さらにシンジをにらみつける。

 「ま~ま~アスカ、たった三分じゃ何もできないわよ。できたとしても、せいぜい、
 キスくらいね」

 「十分問題よ! シンジ、レイとキスしたの? してないの? 答え
 なさい!」

 「何でそうなるんだよ!してないよ!ミサトさん、いい加減な事言わ
 ないで下さい!」

 「な~に、本当に何も無かったの? 結構、奥手ね、シンちゃんって。……良かった
 わね、アスカ。レイが一緒に住むようになって」

 「? どういう事よ? ミサト」

 「だってそうじゃない。自分の目の届かない所で、レイとシンちゃんが何かあったん
 じゃないかって心配する必要が無くなるでしょ。いつも目の前に二人ともいるんだか
 ら」

 『その分、こっちもシンジと二人っきりになれないじゃない!』

 アスカはそう思い、ミサトをにらみつけた。

 「……それにしてもミサト、随分楽しそうね。何かあったの?」

 「これから起きるのよ。目の前で女の戦いが見られると思うと嬉しくて嬉しくて。
 ああビールがおいしい!

 そういって、エビスビールを一気に飲み干した。

 「ミサトさん。まさか、僕たちの部屋にカメラ隠して、覗くつもりじゃないでしょう
 ね? 本部で覗いてたみたいに」

 「そ、そういえば、そうね。ミサト、まさかカメラなんか隠してないでしょうね?」

 二人は、ジト目でシンジをにらんだ。

 「隠してるわけないでしょ。第一、あれはアスカが心配だったからだし、本部の施設
 の内部だからできたのよ。そんなに、私が信用できないの?

 「できません!」
 「できないわ!」

 二人は、見事なユニゾンで答えた。

 「そ……そんなに言うなら、部屋中探せばいいでしょ?」

 「そうします」
 「そうするわ」

 又も見事なユニゾン。

 そして、二人はそれぞれの部屋を探し始めた。

 「なによなによなによ、二人とも! そんなに私が信用できないって
 言うの? あ~腹が立つ! 飲まなきゃやってられないわ!

 そう言って、冷蔵庫からビールを山ほど取り出した。そして、隣の冷蔵庫を開け、
 寝ていたペンペンに抱きついた。

 「あ~~ん! ペンペン! 二人が私の事いじめるの~。私は、
 保護者としてアスカの事を心配していただけなのに~ ……あんな
 所でキスする二人が悪いのよ! ペンペン! 今日は朝まで飲む
 わよ!

 「ク、クワ?」

 いきなり、寝ていた所に抱きつかれて、ペンペンは目をパチパチしていた。そして、
 くちばしにビールを押し込まれた。

 「ング、ング、ング」

 「お~~! いい飲みっぷりね! さ、次行こ、次!」

 そう言って、嫌がるペンペンに無理やりビールを飲まし続けた。

 シンジとアスカが部屋を探す物音、ミサトの愚痴、ペンペンの絶叫。ミサトのマン
 ションでは、それらの物音がいつまでもこだましていた……。

 「クワ~~~~~~!!」

 (訳:誰か何とかしてくれ~~!)


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