新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第一部 Dパート


 「アスカ! あんた何やってるの!?」

 「ん? ああ、ミサト。見ての通り食事よ」

 「食事よったって、どう見ても三人分はあるわよ」

 「何だかおなかがすいちゃって、幾らでも食べられる気がするわ」

 「そりゃそうでしょ。アスカが入院してから二十日間、何も食べてないんだから」

 「えっ!? 私、そんなに入院してるの?」

 「覚えてないの? 一言も喋らず、何一つ口にせず、点滴と栄養剤の投与で辛うじて
 生きてたのよ。ホントに危なかったんだから」

 「そうだったんだ……」

 アスカは自分の腕や手を見て、改めて恐怖が沸いてきた。

 「シンちゃんにもお礼言っときなさいよ。毎日お見舞いに来てたんだから」

 「えっ? シンジ、毎日来てくれてたの?」

 そう言ってから、何かを考え、再び食事を始めた。

 「食欲があるのはいい事なんだけど、おなか壊さないでよ」

 「大丈夫よ。早く元の私に戻らなきゃ」

 『こんなに痩せたんじゃ、シンジに嫌われるかも知れない。早く元の私に戻らな
 きゃ』


 アスカは心の中で、そうつぶやいた。ミサトには、そんなアスカの心が手に取る
 ように分かった。

 「こんなに痩せてたらシンちゃんに嫌われるかも知れない、って心配してるんで
 しょ?」

 ミサトは少し意地悪く言った。あまりに心の中の核心を突かれたアスカは戸惑った。

 「なっ、何言ってんのよミサト! 何でそこでシンジが出てくるのよ。私はシンジの
 事なんか何とも思ってないんだから!」

 そう言って、アスカは真っ赤になって抗議した。

 「またまた無理しちゃって~、可愛いんだから。それにしても、アスカがあんなに
 泣き虫だとは思わなかったわ」

 「なっ、何でミサトがそれ知ってるのよ! まさかシンジから聞いたの!?」

 「ここは『集中治療室』よ。アスカの身に何か起きたらいけないから、24時間
 モニターされてるの」

 『み、見られた。シンジとキスしたのを……見られた』

 その恥ずかしさと怒りで、アスカはますます赤くなった。

 「ミサト!」

 「何?」

 「私、部屋替わる! こんな一日中監視されてる部屋で、乙女が
 寝てられますか!」


 「ハイハイ。それだけ元気があれば大丈夫ね。手続きしておくわ」

 ネルフ本部内にいる限り、リツコに見れない所は殆ど無いので、どこに移っても
 同じなのだが、アスカにその事は言わない。

 『またリツコに頼んで、見せてもらおっと』

 ミサトは密かにそんな事を考えていた。

 「ま、アスカも早く元気になって退院した方がいいわよ」

 「? どうして?」

 「レイがね、シンちゃんの事、好きなんだって」

 「何ですって~! ファーストがシンジの事を!?
 どういう事よ、ミサト!」


 ミサトは今までの事をアスカに教えた。ダミーシステムの事はごまかしつつ……。

 「ミサト、私をファーストの所へ連れてって」

 「何言ってるのよ。アスカは絶対安静なのよ。だいいち、レイの所へ行ってどう
 するの?」

 「そこにシンジもいるんでしょ。あの女をシンジと二人っきりになんか、ぜーったい
 させない!!


 「あらあら、いきなり素直になったわね~」

 「連れてってくれないのなら、病院中探すわよ」

 「あのね、自分の身体を人質に取ってどうするのよ……仕方ないわね、おとなしく
 してるのよ」

 そう言って、ミサトはアスカに肩を貸し、ゆっくり立ち上がらせた。足元がふらつく
 が、何とか歩く事は出来た。

 『ファーストがシンジを好き? じょーだんじゃないわよ!』

 その思いが、アスカの歩く力になっているかのようだった。



 ちょうどその頃、レイも目を覚ましていた。

 「んっ……」

 「あっ、綾波。気が付いたんだ。良かった」

 「……碇君? ここは……?」

 まだ寝ぼけ気味のレイは、ゆっくりとシンジに聞いた。

 「大丈夫。病院のベッドだよ」

 「私、どうしたの?」

 「急に色んな事を思い出そうとしたから、脳に負担が掛かって気を失ったんだろう
 ってリツコさんが言ってた」

 「ずっとそばにいてくれてたの?」

 レイは身体を起こし、シンジを見つめた。

 「う、うん。綾波は覚えていないかも知れないけど、僕が入院して目を覚ますと、
 いつも綾波がそばにいてくれてたんだ。だから、僕もそうしようと思って」

 「覚えているわ。それに、私がエントリープラグの中で目を覚ました時も、碇君は
 私のそばにいてくれてた。……ありがとう」

 そう言ってレイは微笑んだ。以前と比べ、さらに優しく、綺麗な笑顔だった。

 シンジは見とれてしまった。顔が赤くなるのを感じた。アスカとは全く違った魅力
 があるレイを、ただ見続けていた。

 「碇君、私、もう一つ聞きたい事があるの」

 「え? 綾波、大丈夫なの?」

 「ええ、私は大丈夫だと思う」

 自分の事を心配してくれたのが嬉しいのか、レイは少し微笑んだ。

 「綾波がいいんだったら、僕は構わないよ。で、何が聞きたいの?」

 「……あの時……16使徒との戦いの時、私は使徒と共に消えたでしょ?」

 「う、うん。あの時は……ありがとう」

 シンジは、あの時何一つできなかった自分が悔しく、自分を守る為に使徒と共に
 自爆した綾波を助けられなかった事が辛かった。その事を思い出し、悲しくなった。

 「……あの時、どうして私はあんな事をしたのかしら……」

 「えっ?」

 「あの時、私には代わりの身体があった。でも、一度死ねばそれまでの私は消えて
 しまうはずだった。……私は、それまでの記憶を全て失ってでも碇君を助けよう
 としたの? 私にとって、碇君はそんなに大事な人だったの? 私は、碇君が好き
 だったの? ……分からない。自分の事なのに、とても大事な事だった気がする
 のに、何一つ分からないの」

 レイにしては珍しく、感情を高ぶらせていた。

 そんなレイを見てシンジは気が付いた。前に比べ、遥かに表情が豊かになっている。
 それに、感情の起伏が大きくなっている。……少しずつレイは変化しているよう
 だった。その変化を見られて、シンジは嬉しかった。そして、そんなレイの苦しみ
 を少しでも和らげたい。シンジは心からそう思った。

 「大丈夫だよ、綾波」

 そう言ってレイの手を取った。

 「綾波は僕の事覚えてくれてたんだろ。だったら、その時の事も思い出せる日が
 きっと来るさ。僕ならいつもそばにいるから、そんなに慌てなくても大丈夫だよ」

 シンジにとっては何気ない一言だったが、レイは、ある言葉を思い出していた。

 『碇君と一緒になりたい』

 そして、その言葉と共に、全ての記憶と感情が蘇ってきた。

 「あ、ああ、私は……碇君を……」

 「綾波、どうしたの? 大丈夫?」

 シンジはレイを心配そうに見つめた。

 「ありがとう碇くん! 私は思い出せたの。全てを」

 「ほんと!? 良かった。良かったね、綾波!」

 「ええ、碇くんのおかげ!」

 レイは懐かしそうに、嬉しそうにシンジを見つめていた。

 「あれ……私……これは……涙。私、泣いてるの? どうして……?」

 「きっと、記憶が戻って嬉しいんだよ」

 「嬉しい時にも涙が出るの?」

 「うん。よっぽど嬉しい時には泣く事もあるんだよ」

 その時、レイは理解した。シンジの涙の意味を。あの時、シンジが泣いてくれたの
 は、自分が生きていた事が嬉しかったからだという事を。そして、その事が理解
 できる、今の自分が嬉しかった。

 「ええ、私は嬉しいの。こうして、また生きている事が。碇くんと一緒に生きて
 いける事が嬉しいの」

 あまりのストレートな言い方に戸惑いつつも、シンジは言った。

 「綾波、一つ、僕と約束してくれないかな」

 「何? 碇くん」

 「自分の事を三人目だとか、最後の綾波レイとか言うはやめて欲しいんだ」

 「綾波は世界でたった一人しかいない、『綾波レイ』という人間なんだから。
 ……それと、自分の命を犠牲にするような事はしないで。……必ず、僕が守る
 から」

 シンジは、真っ赤になりながらそう言った。レイも顔が赤くなっている。

 「うん。私も今は死にたくない。前はいつ死んでも良かった。死を望んだ事も
 あった。……でも、今は死にたくない。碇くんのそばにいたいから」

 「……綾波」

 二人は互いの手を取り、見つめあっていた。

 しかし、その静寂を破るかのように、ドアが開いた。

 「ファースト、起きてる?」


 <つまずく……もとい……つづく>


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