新世紀エヴァンゲリオン-if-

 第一部 Bパート


 「ねぇシンジ、キスしよっか?」

 アスカは悪戯っぽく微笑んだ。

 「えっ!? そ、そんな……何で急にそんな事?」

 いきなりのアスカの言葉に、シンジは動揺した。

 「私の事、好きって言ったでしょ。それとも、あれはウソだったの?」

 顔色は青白く、頬はこけていたが、目元と口調はいつものアスカに戻っていた。

 「い……いや、そんな事はないよ」

 「じゃ、キスして」

 真っ赤になったアスカは、そう言って、そっと目を閉じた。

 シンジは悩んだが、心を決めた。前と違い、今度は自分から唇を重ねた。

 しばらくしてから二人は離れ、真っ赤な顔でうつむいてしまった。

 「じゃ…… じゃ、また来るから」

 シンジは、そう言って立ち上がった。

 「う、うん。待ってる」

 アスカは、そう言ってシンジを見送った。

 シンジがいなくなってから、アスカはそっと唇を指で触ってみた。まだシンジの
 ぬくもりが残っている。

 「……シンジとキス……したんだ」

 そう言って、一人でニコニコしていた。



 ……そんな二人を見ていた人物がいた。

 「ミサト、シンジ君なかなかやるわね」

 「まったく……。シンちゃんったら、いっつの間にアスカとあんな仲になったの
 かしら? ちい~~っとも気が付かなかったわ」

 「それにしても、あそこまで自分の殻に閉じこもっていたアスカがあんなに元気に
 なるなんて……。やっぱり一緒に住んでると違うのね」

 「私だってアスカと一緒に住んでるわよ。でもアスカは、私が行っても何の反応も
 見せなかったわ」

 「そりゃそうよ。やっぱり同じ十四歳で、一番近くにいる男の子なんだから。
 ミサトとは影響力が違うわよ」

 「ふ~ん。アスカってシンちゃんが好きだったのかしら?」

 「それより、いいの?ミサト」

 「何が?」

 「何が? じゃないわよ。ミサトが、『アスカが心配だから病室を映してくれ』
 って言うから映したら、まさかこんな面白い……じゃなくて、こんなシーンが見ら
 れるなんて……アスカに知られたら大変よ」

 「だ~いじょうぶよ。私は二人の保護者で直属の上司なんだから、二人の事を心配
 するのは当然の事よ。それにリツコだって面白がってたじゃないの」

 「私もアスカが心配だっただけよ」

 「またまた~」

 アスカが元気になったので、二人も自然に明るくなっていた。

 しかし、そんな二人の後ろで、複雑な表情をしている少女がいた。検査のため、
 リツコに呼ばれていた綾波レイである。

 『どうしたのかしら、私。碇君とアスカのキスを見ていたら、胸が苦しくなって
 きた。こんな事、今までなかったのに……。この気持ちは一体、何?』

 レイは自分の中に生まれた初めての感情、『嫉妬』というものを理解出来ずにいた。

 『二人を見ていてこうなったのだから、二人に聞けば分かるかも知れない。
 ……アスカは病人だから、碇君に聞いてみよう』

 そう考えたレイは、リツコの研究室から出ていった。

 「? ……レイ、どうしたのかしら?」

 「リツコも鈍いわねぇ~。レイはシンちゃんとアスカが気になるのよ」

 「レイが? まさか……」

 「レイにとってもシンちゃんは同じ十四歳で、一番近くにいる男の子でしょ?」

 「それはそうだけど、あのレイがねぇ……。ちょっとミサト、どこ行くの?」

 「面白そうなんで、ちょっちレイをつけようかと」

 「まったく……趣味が悪いわね、ミサト」

 「で、リツコはどこ行くのよ?」

 「科学者として、興味があるわ」

 「……人の事、言えないわね、リツコ」

 「ほらほらミサト、早く行かないと見失うわよ」

 「ヘイヘイ」

 こうして二人は、レイの後についていった。



 「碇君」

 レイは、角を曲がった所でシンジを見つけ、声を掛けた。

 「えっ……あ、綾波?」

 シンジは戸惑った。綾波の方から話しかけてくる事は、今まで殆どなかった。
 それに、この少女は自分の事を知らないと言っていたはずなのに、どうして?

 そんな事を考えているうちに、ダミーシステムの事を思い出し、どんな顔をして
 綾波と話していいのか分からず、目をそらしてしまった。

 「……碇君、私の事、嫌いなの?」

 「えっ!? ……ど、どうしてそんな事を?」

 「だって、私の顔を見ようとしないし…… それに、最近、私を避けてるような気
 がするから……」

 「そ、そんな事ないよ。綾波の気のせいだよ」

 「…………碇君、私の事、知ってるのね」

 「!! …………う、うん」

 シンジがそう答えると、レイは少し悲しそうな顔をして、うつむいてしまった。

 「……そう。碇君も知ってるように、私にはたくさんの代わりの身体があるの。
 死ぬ事も許されず、ただエヴァに乗るためだけに生きてるの……」

 「死ぬ事も許されない? それって一体……」

 「私の身体が生命活動出来ないほどの傷を受けると、次の身体に魂が引き継がれる
 の。エヴァに乗るためだけに……。でも、その時に、それまでの記憶や、感情と
 いったものは全て消えてしまう……それまでの私ではなくなってしまう。
 ……私は人間じゃないのかも知れない」

 そう言って、悲しそうにシンジを見た。

 シンジは、その赤い瞳を見ながら、ふっと気が付いた。綾波も自分と同じ、いや
 それ以上に孤独で、寂しいのだという事を。

 自分が何者かも分からない。人間じゃないのかも知れない。それは、自分には想像
 もつかない程の恐怖と絶望と孤独感があるのだろう。ひょっとすると綾波は、その
 重圧に耐えるために、出来るだけ感情を持たないようにしているのかも知れない。

 そう思うと、一瞬でも綾波の事を避けていた自分が恥ずかしくてたまらなくなった。
 子供には、自分の生まれる環境や両親を選ぶ事は出来ない。綾波も、自分と同じ
 ように、つらい子供時代を過ごしたのかも知れない。

 シンジは、自分の子供時代を思い出して、つらくなっていた。

 「……でも」

 「えっ?」

 「でも、私は碇君の事を覚えてる。他のみんなの事も……ぼんやりとだけど、最近
 になって少しづつ思い出せるようになってきたの」

 「ど、どうして!? 記憶は無くなってしまうんだろ?」

 「わからない。もしかしたら、使徒と接触したのが原因かも知れないし、私には
 もう代わりの身体が無いからかも知れない」

 「綾波……知ってたんだ」

 「ええ。何となくだけど分かるの……。私にはもう代わりはいない、私は最後の
 綾波レイなんだ、と。……もしかすると、そのおかげで人間になれたのかも知れ
 ない。みんなと同じ、人間に……」

 そう言って、少しだけ微笑んだ。シンジも少しだけ気が楽になった。

 「……だけど、それは記憶として思い出せるだけ。その時私が何を思い、何を感じ
 たのかは、全く思い出せないの。だから、碇君に私の事を教えて欲しいの」

 「え? 僕に? ……でも綾波の事なら、と……父さんの方が良く知っているん
 じゃないのかな?」

 「いいえ、碇君に会うまでの私は、ただ同じ毎日を繰り返していただけ。何の変化
 もなかったの……。それに、私のために泣いてくれたのは、碇君だけだった。
 ……だから、私は碇君に教えて欲しいの」

 シンジは嬉しかった。綾波が自分の事を頼りにしてくれている事、信頼してくれて
 いる事、そして父よりも自分の事を選んでくれた事が、とても嬉しかった。

 「分かったよ、綾波。僕に分かる事なら、何でも答えるよ」

 「ありがとう。……じゃ、一つ教えて欲しいの」

 「うん、何?」

 「碇君とアスカがキスしてるのを見てたら、胸が苦しくなったの。……その事を
 思い出している今も、同じように胸が苦しくなるの。これは一体、どうしてなの?
 ……こんな事、今までなかったのに……」

 「なっ!? 何で綾波が知ってるの!?」

 「赤木博士の部屋で、葛城三佐と赤木博士がモニターで見ていたの。私はその時、
 後ろから見てたの……」

 レイは正直に答えた。嘘をついた事も無いし、シンジがなぜこんなに慌てるのかも
 良く分からないでいる。その冷静さが、シンジを更に混乱させた。

 『リ、リツコさんはともかく、ミサトさんに知られたという事は、後でどれだけ
 冷やかされるか分からない……。綾波は冷静だ。何とも思っていないのかな?
 でも、僕とアスカのキスを見て、胸が苦しいって言ってたし……、まさか綾波が
 嫉妬している? でもなぜ? 僕が好きだから? まさか……、でもそれ以外に
 考えられないし……』

 『僕は一体、どうすればいいんだぁ~~~』

 シンジは、心の中で叫び続けていた。

 「碇君? ……どうしたの碇君?」

 その声でシンジは我にかえった。

 「い、いや大丈夫。何でもないよ」

 「そう。……それで、私の事、分かった?」

 「僕とアスカを見てたら、胸が苦しくなるんだろ?」

 「ええ」

 『困ったな。多分、綾波は嫉妬してるんだと思うけど、そんな事言えないし』

 シンジは、どう答えていいのか分からなかった。まさか『綾波は僕の事が好きなん
 だよ。だから、僕とアスカがキスしたのを見て、嫉妬してるんだよ』とは、とても
 口に出来るようなシンジではなかった。しかし、綾波は自分の答えを待って、じっ
 とこちらを見ている。どうしよう……。

 シンジが迷っていると、後ろから声がした。

 「それは、嫉妬ね」

 「ミ、ミサトさん! リツコさんまで。何でこんな所に?」

 「レイの様子がおかしかったんで、心配になって見に来たのよ」

 「ホントですか? ただ、面白そうだからつけて来たんじゃないんですか?
 僕とアスカを覗いていたようだし……」

 シンジはジト目でミサトを見た。

 「うっ……」

 「さすがシンジ君。ミサトの事、良く分かってるじゃない」

 「うっさいわね! 今はレイの事が先でしょ」

 「しっと?」

 レイが、ミサトに尋ねた。

 「そう。好きな人が、他の女の子と仲良くしてるのがつらいと思う心、悲しいと
 思う心、胸が苦しくなる事、それらを嫉妬というのよ」

 「好きな人?」

 「そう。その人に、自分だけ見て欲しい、自分の事だけ考えて欲しい、他の女の子
 は見ないで欲しい、そんな気持ちを好きというの」

 「私は、碇君の事が、好きなの?」

 「今までの話を聞くと、そうなるわね」

 「ミ、ミサトさん!」

 「い~じゃないシンちゃん、照れなくったって。もてるわねコノコノ」

 「からかわないで下さい!」

 二人が騒いでいる時に、レイは一人で考えていた。

 『嫉妬? 好き? 私は碇君が好きなの? 私は、私は、私は……』

 「? ……ちょっとレイ、どうしたの? レイ」

 リツコの声を聞く事なく、レイは気を失った。

 「あ、綾波っ!」


 <つまずく……もとい……つづく>


 Cパートを一刻も早く読みたい!

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