新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 拾伍 ハッピーバースデイ・シンジ (True)

 - Bパート -


 「お誕生日おめでとう」

 「え? 綾波、僕の誕生日知っててくれてたの?」

 「今日、葛城三佐と赤木博士が教えてくれたの」

 「ミサトさんとリツコさんが?」

 「ええ、今日、碇君元気なかったから、どうしたのかと思って聞いてみたの。そし
 たら、今日は碇君の誕生日だって教えてくれたの」

 「そうだったんだ……。綾波、心配してくれてたんだ。ありがとう、優しいね。
 僕はもう大丈夫だから。ほんと、ありがとう」

 「そう、良かった」

 シンジが元気になった事、喜んでくれている事、優しいと言われた事などで、レイ
 の機嫌も随分と良くなっていた。

 「あの、これ、プレゼント」

 そう言ってレイはスカートのポケットから何かを取り出し、シンジに手渡した。

 「え? ぼ、僕に? ありがとう」

 シンジは心の底から嬉しそうにプレゼントを受け取った。

 「え……と……これ、包帯?

 「ごめんなさい、私、こういう事した事がないから、どういった物を渡したら碇君が
 喜ぶのか分からないの……。私の持ってる物で人の役に立ちそうな物はこれくらい
 だから……。いらないのなら捨ててくれていい」

 「そんな事ないよ、とても嬉しいよ。大事にするね。それに、プレゼントも嬉しい
 けど、祝ってくれる人がいるっていう事が嬉しいよ。綾波が祝ってくれるのが一番
 嬉しいよ。本当にありがとう、綾波」

 「……うん」

 『綾波が祝ってくれるのが一番嬉しい』 シンジははっきりとそう言った。

 『来て良かった』 レイは心からそう思っていた。

 「そうだ。綾波、ごはんまだなんだろ? 上がって、今から作るから。一緒に食べ
 よう」

 そう言ってシンジはごく自然にレイの手を取る。レイが自分の誕生日を祝ってくれ、
 プレゼントまでしてくれた事がよほど嬉しいのか、普段からは考えられない積極的な
 行動を取っていた。

 レイもまた、シンジの意外な行動に目をパチクリさせていたが、断る理由もないので
 靴を脱ぎ、上がる事にした。

 「お邪魔します」

 「うん、上がって」

 そしてシンジはレイの手を引き、リビングまで連れてくると、クッションを薦めた。

 「じゃあ、ゆっくりテレビでも見てて。すぐできるから」

 「ええ」

 そう言って、レイは薦められるままに座った。そんな時、シンジの鼻をくすぐる匂い
 があった。

 『あれ? シャンプーの匂い。綾波、LCL落とす時、髪も洗ったのかな?
 でも、ネルフ内では匂わなかったような……気が付かなかっただけだな、きっと』

 シンジは深く考えずにキッチンへと向かった。ミサトが言ったように、レイもお年頃
 身だしなみを整えて来たようだった。

 レイはテレビを見る習慣がないので、テレビはつけず、先ほどシンジと繋いでいた
 手を嬉しそうに見つめていた。

 『どうしてだろう……とても心地よい温もり……不思議』

 そう思っているとペンペンがやって来て、ひざの上にちょこんと座った。レイは
 何度かペンペンに会っているし、ペンペンも妙にレイになついていた。

 「ペンペン、元気だった?」

 そう言って、レイはペンペンの頭やお腹などを優しく撫でていた。

 「クゥ~~~」

 ペンペンも気持ち良さそうにしている。

 そうしながらも、レイは周りを見回している。

 「……惣流さんは?」

 口にしてみて自分でも驚いた。『なぜそんな事を聞くのだろうか』、と。

 「アスカなら委員長の所に遊びに行ってるよ。晩ごはんいらないって言ってたから
 遅くなるんじゃないかな?」

 「そう、良かった

 またしても無意識に口から出た言葉にレイは戸惑っていた。『どうして惣流さん
 がいないといいのだろか』、と。

 「え? 何か言った?」

 「な、なんでもない」

 「?」

 それ以降、レイは変な事を言わないように気を付けながら、キッチンで料理を作る
 シンジを飽きる事なく見つめていた。

 そして、しばらくして料理が出来上がった。予告通り、ペンペン用の豪華な料理と、
 レイのために卵や野菜中心のヘルシー料理など、実に手際良く作っている。

 「クゥ~~~!」

 ペンペンは感動で目をウルウルさせている。

 「綾波、嫌いな物があれば気にしなくていいから残してね」

 「ええ」

 「じゃあ、頂きます

 シンジはそう言って、手を合わせてから食べ始める。

 「 いただきます」

 レイにはそういった習慣がなかったが、シンジの真似をしていた。


 二人の間にそれほど会話があるわけではなかったが、決して気まずい雰囲気や重苦し
 い雰囲気はなく、どこか穏やかな時間が流れていた。

 「綾波、おかわりあるよ」

 「ありがとう、もういいわ。おいしかった」

 「そう、良かった。じゃあ片づけるね、ごちそうさま」

 シンジはそう言って手を合わせ、食器を片付け始めた。

 「ごちそうさま」

 レイは再びシンジの真似をしていた。

 この日から、レイは一人の時も、同じように食事の前後に手を合わせるようになって
 いた。

 シンジは『一人でやるからいいよ』と言ったのだが、『私も手伝う』とレイが
 言ったので、二人仲良く食器を洗っていた。それは、シンジにとって至福の時
 だった。

 ……もっとも、二人分の食器とペンペンの皿だけなので、すぐに終わるのだが。


 その後、二人はリビングでのんびりとくつろいでいた。特に何をするというわけでも
 なく、とりとめのない事を話し合っていた。シンジは、本来なら二人きりでの会話と
 いうのは苦手なのだが、今日は嬉しさのためか、いつも以上に良く喋っていた。
 ペンペンは、そんなレイの背中にもたれてうたた寝をしていた。

 「あ、そうだ。綾波の誕生日っていつなの? 僕もお祝いしたりプレゼント
 渡したりしたいから、良かったから教えてくれないかな?」

 シンジがそう聞くと、レイは少し悲しそうな、複雑な表情になった。

 「ど、どうしたの? 僕、何か悪い事聞いた?」

 「私…………誕生日…………ないの…………

 「誕生日がない? どういう事?」

 「私の過去の記録は全て抹消されてるの。だから、私は自分がいつ生まれたのか
 知らないの……」

 「そうだったの……。ごめん、嫌な事聞いちゃって」

 「いいの、気にしてないから」

 「あの……父さんやリツコさんに聞けば分かるんじゃないかな?」

 「無駄だと思う。私にそんな物が必要だとは思ってないだろうし、私も必要として
 ないから」

 「だめだよ、そんなの!」

 「え?」

 「誕生日なんて誰にだって一つはある物なんだ。綾波にだけないなんて、
 そんなの良くないよ!

 「碇君……」

 「必要ない、なんて嘘なんだろ? だってさっき悲しそうな顔してた
 じゃないか。綾波だって本当は誕生日が欲しいんだろ? ほんとの
 事教えてよ!」

 「…………私は…………」

 レイはしばらく悩んでいるようだった。

 「……私は……碇君と同じように自分の誕生日が欲しい……碇君に祝ってもらえる
 日が欲しい……」

 それは、微かに震えているような、小さな声だった。しかし、レイが口にした、
 初めての自分自身が欲しい物、して欲しい事への欲求だった。

 「うん、そうだよね。誰だって誕生日は欲しいものね。でも、父さんやリツコさんも
 ダメとなると、どうすればいいんだろう……う~ん…………。そうだ! 綾波、
 誕生日作ったらどうかな?

 「え? 誕生日を作る?」

 「うん。記録が全然残ってないんだったら、自分で作ってしまえばいい
 思うよ」

 「いいの? そんな事して?」

 「構わないと思うよ。誰かに迷惑が掛かるわけじゃないし」

 「いつでもいいの?」

 「うん。だって綾波自身の誕生日だからね。綾波の好きな日を選ぶといいよ。いつ
 がいい?」

 「私……今日がいい

 「え? 今日って六月六日? 僕と同じ誕生日……どうして?」

 「だって、碇君が誕生日を作ろうって言ってくれた日だもの。私にとってとても
 大切な日……。私は今日がいいの」

 「そ、そう。なら今日から六月六日が綾波の誕生日だね。綾波、十五歳おめでとう」

 「あ、ありがとう碇君」

 レイは生まれて始めての誕生日をシンジに祝ってもらい、本当に嬉しそうに、泣き
 出しそうになっている。

 「でもごめんね。ちゃんとした誕生日を調べてあげられなくて。僕じゃどうしようも
 ないから……」

 「ううん、いいの。私、碇君に祝ってもらえる日が欲しかったの。本当にありが
 とう」

 「うん。……そうだ、綾波、プレゼント何がいい? 明日買ってくるよ」

 「え? プレゼント?」

 「うん、ほんとは今日渡すのが一番なんだけど、急に決まったし、僕も綾波が喜び
 そうな物持ってないからね。何が欲しい?」

 「いいの、私何もいらないから」

 「え、でも……」

 「ほんとにいいの。さっき碇君も言ってた。祝ってくれる人がいるのが一番嬉しい
 って。私も同じ。碇君が祝ってくれる、私が生まれた事を祝ってくれる、それが一番
 嬉しいの。それに、碇君は私に誕生日をくれた。それが何よりのプレゼント。本当
 に嬉しい……ありがとう、碇君

 そう言って、本当に嬉しそうに微笑んだ。レイがこんなに喜んでいるので、シンジも
 嬉しくなってきた。

 「良かった、綾波が喜んでくれて。僕も嬉しいよ

 「え? 私が嬉しいと碇君も嬉しいの? どうして?」

 「ど、どうしてって言われても……とにかく嬉しいんだ

 「……私も嬉しい……碇君が嬉しいと私も嬉しい……」

 そう言って、二人は嬉しそうに見つめ合っていた。


 <つづく>


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