新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 拾弐 2年A組・お弁当決戦!

 - Bパート -


 「嫌いな物があったら残してくれていいから。はい」

 そう言って、シンジは弁当を渡した。

 「あ……ありがとう……」

 レイは少し赤くなっているようだった。

 見慣れないものを見たクラスメイト達(特にアスカ)は、動揺を隠せなかった。

 「うん、それじゃあ」

 シンジはそう言って自分の席に戻ってきた。すると、早速トウジとケンスケが絡んで
 きた。

 「シンジ、いきなりどうしたんや? 惣流だけやのーて、綾波にまで弁当作って
 来るやなんて」

 「そうだよ。これは綾波との間に何かあったって見ていいんだな?」

 「ケンスケ、トウジにも同じ事言ってたね。聞いてたんだろ? 綾波、いつもパン
 だけしか食べてないから、心配になっただけだよ」

 「僕だって、毎日コンビニ弁当やパンだぞ。僕の心配はしてくれないのか?」

 「何言ってんだよ。ケンスケにはちゃんと親がいるじゃないか」

 「いると言っても、パパの料理はあんまり美味しくないし、しょっちゅう帰りが遅く
 なるから、夜も弁当になる事が多いんだ。あんまり綾波と変わらないさ」

 「でも、親がいるだけいいじゃないか。綾波はいつも一人だからね……。せめて
 昼ご飯だけでもと思って」

 「まぁ、シンジの気持ちも分からんではないけどな。しかしええんか、シンジ?
 こないな事をして……

 「え?」

 「つまり、綾波にまで弁当を作ったりして、惣流が黙ってないんじゃない
 のか、って事だよ」

 「 なんで? アスカにもちゃんと作ってるよ

 「……お前、本気でそれ言うとんのか? 惣流はこれまで、シンジの弁当を独占
 する事で優位を保っとったんやぞ。それをシンジが崩したんや。ただでは済まん
 のと違うか?」

 「? ? ?」

 「……無駄だよトウジ、シンジにそんな事言っても気付いてるわけないじゃないか。
 それより、明日、シンジが何枚バンソウコウを張ってくるか、食後の
 ジュースを賭けないか?

 「よっしゃ! ワシは五枚に賭ける」

 「甘いね。相手はあの惣流だよ。二桁はかたいね」

 「何だよそれ」

 「ええんや、シンジは気にする事あらへん」

 「そうそう、確実に身に起きる不幸なら、その時まで何も知らないのが
 幸せってもんだよ」

 「そういうこっちゃ」

 「いやーそれにしてもかわいそうになぁ~。ま、自業自得ってやつだな」

 「だから、何がだよ?」


 その後、シンジがどういう事か聞いても、二人は『かわいそうに』としか言わなく
 なってしまったので、シンジはレイの方を見た。

 レイは、初めて自分のために作られた弁当を、なぜか照れたように見つめていた。

 そして、ふたを開いてみる。

 時々買ってくる弁当とは、まるで違う物のように思えた。また、おかずの中には嫌いな
 肉類は一つも無かった。自分の好みを伝えたのは一度だけ、それもアスカに対してだけ
 なのに、シンジが覚えていてくれた事が嬉しかった。気を遣ってくれているのが嬉し
 かった。

 『碇君……覚えててくれたんだ……』

 レイは心が温かくなるのを感じた。

 そして、一口食べてみる。

 自分のために作ってくれたお弁当。という事で、とてもおいしく感じられた。本人は
 気付いていないが、その顔はとても嬉しそうにしていた。

 『良かった……綾波、食べてくれた』

 シンジはそう思い喜んでいたが、周りに与える影響は、それより大きかった。

 『…………うそ。ファーストが喜んでる? 顔の筋肉あったの……? 像が踏んでも
 変化しないと思ってたのに……。さっきは照れてたようだし……。それにしても
 シンジのやつ、何でファーストなんかに……』

 「ね、ねぇアスカ、綾波さんて、学校以外ではあんな顔するの? 私、綾波さんが
 嬉しそうにしてる所なんて初めて見た……」

 「私だって初めて見るわよ」

 「え、アスカも……」

 「昼ご飯代が浮いたのがよっぽど嬉しいんでしょ!」

 アスカはそう言って、殆どヤケ食い状態になってしまった。

 トウジとケンスケは、ただ呆然とするばかりだったが、空腹には勝てず、とりあえず
 食事を始めた。

 やがて、シンジ達三人が食事を終え、雑談している頃、アスカが不機嫌そうにやって
 来て、乱暴に弁当箱をシンジの机の上に置いていった。

 「どうしたんだろアスカ、何だか機嫌が悪いみたいだったけど……。好きな物ばかり
 入れたはずなんだけどな……」

 「ケンスケ、こらぁ間違いないな……」 ひそひそ

 「ああ、そうだね。惣流のやつ、相当不機嫌だね、シンジのやつ可哀相に……」 ひそひそ

 と、トウジとケンスケが話している所に、今度はレイがやって来た。

 「碇君、ありがとう。とても美味しかった」

 「ほんと? 良かった。あれ、お弁当箱は?」

 「洗ってから、明日返す」

 「え、いいよ。そんな事、僕がするから」

 「いい。せっかく作ってくれたんだから、これくらい私がする」

 「うーん。ひどく常識的な意見だね」

 「全くや。どこぞの誰かに聞かせてやりたいセリフやな」

 その、どこぞの誰か……アスカは、レイの意外な行動に動揺し、トウジとケンスケに
 対して制裁活動に入る事もできず、呆然としていた。しかし、決して許したわけでは
 なく、心の中の制裁表には二人の名がしっかり書き加えられていた。もちろん、
 トップにはシンジの名が大きく書かれている事は言うまでもなかった。


 「ほんとに気にしなくていいんだよ。それに、弁当箱が無いと明日の分が作れない
 し」

 「え、明日の分?」

 「うん。さっきも言ったように、二人分作るのも三人分作るのも大して変わらない
 から、明日からも作ってこようと思って」

 そう言って、シンジは照れながら微笑んだ。

 「ありが……とう……」

 レイはそう告げると、明らかに赤くなり、うつむいてしまった。

 『碇君が明日もお弁当作ってくれる。私のために……嬉しい……とても嬉しい……
 でもなぜ……どうしてこんなに優しくしてくれるの……分からない……』

 レイは、シンジが優しくしてくれる理由が分からないので、嬉しい反面、戸惑って
 いた。

 『これまで私に優しくしてくれたのは、碇司令だけ……でも、それは私が道具と
 して必要だったから……碇君はどうして……?』

 レイは色々と考えた結果、ある結論に達した。

 浮かれていた気分が急速にしぼんでいった。

 「? どうしたの、綾波?」

 「碇君、どうしてこんなに私に優しくしてくれるの?」

 「え? だから……その……」

 「命令……されたの? ……葛城三佐に……私の……お弁当も作るようにって
 ……そう命令されたの?」

 レイはとても悲しそうに、そう聞いてきた。

 『そうか、シンジのやつ、どうもいつもと違って積極的だからおかしいと思ったら、
 ミサトに命令されてたのか。それならそんなに深刻に考える事もないか。焦って
 損しちゃった』

 「いや、僕は別にそんな命令なんか受けてないよ。……ただ……綾波の体が心配
 だったから……。ごめん、勝手な事して……迷惑だったみたいだね……。ほんと……
 ごめん……

 シンジは、はたから見ていて悲しくなるほど落ち込んでいた。そして、どう見ても、
 嘘をついている様子ではなかった。そんな姿を見て、レイは先程よりももっと悲しく
 なった。

 シンジは誰かに命令されたわけではなく、本当に自分のことを心配してくれている。

 なのに、自分はそれを疑ってしまった。

 シンジを傷つけ、悲しませてしまった。

 それがとても悲しかった。

 心が押し潰されるような感覚に襲われていた。

 「ごめんなさい……碇君。……私、嬉しかったの。碇君が私のためにお弁当を作っ
 てくれるのがとても嬉しかったの……。でも、分からなかったの……。どうして
 優しくしてくれるのかが……。だから思ったの。誰かに命令されたから作ってくれ
 るんだろうと……。嫌な考え方……。

 だけど、命令されたから仕方なく作ってくれてるのだったら……嫌々作ってくれて
 るのだったら、それは悲しいだけだから……ごめんなさい。本当にごめんなさい。

 私、ばかな事を言って、碇君を傷つけてしまった……。碇君、きっと私の事嫌いに
 なる……。嬉しかったのに……素直に喜べば良かったのに……。私は……私は……」

 レイは、今にも泣き出しそうになっていた。


 <つづく>


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