新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 九 アスカ、逃げ出した後

 - Bパート -


 「アスカ!!」

 シンジは慌ててアスカのもとに走る。

 「アスカ! どうしたの!? 何があったの!?」

 アスカは何も言わず、ただ震えて指差した。シンジがその方向を見ると、かなりの
 数のネズミがこちらを睨んでいた。さすがのシンジも怯えたが、近くにあった石を
 投げつけると、散り散りに逃げていった。

 「アスカ、もう大丈夫だよ」

 シンジは、アスカを落ち着かせるように優しく言った。アスカは、震えながら目を
 開けると、そこにはもはやネズミの姿はなく、微笑んでいるシンジがいるだけだっ
 た。その顔を見るだけで心が軽くなり、安心する事ができた。だが、すぐに強気な
 性格の自分が出てくる。

 「何しに来たのよ!? こんな所に一人で?」

 「何って……アスカが帰って来ないから探しに来たんじゃないか」

 「探してどうしようって言うのよ? 私を笑いに来たの!?

 「何で僕がそんな事しなくちゃいけないんだよ。さ、アスカ、一緒に帰ろう」

 「帰るって、どこによ?」

 「どこって……僕たちのマンションに決まってるじゃないか」

 「私があそこにいたのはエヴァのパイロットだからよ。エヴァを動かせない私なんか、
 ネルフにとって必要の無い私なんかミサトが置いとくわけないじゃない! すぐ追い
 出させれるだけよ。私には、もう帰る所なんて無いのよ!!

 「そんな事ないよ。ミサトさんはそんな事しないよ。それに、アスカは疲れてるだけ
 だよ。ゆっくり休めば、また今まで通り動かせるようになるさ。……だから、僕と
 一緒に帰ろうよ」

 「……いいのよ。もう私の事は放っといて。私にはもう何も無いの。何もできない
 のよ。あの女に助けられておきながら私はあの女を助ける事ができなかった……。
 あの時、私は指一つ動かす事ができなかった……。もう、あの女に借りを返す事も
 できない……。私はもうだめなの。生きていても仕方ないのよ……」

 アスカはうつむき、ただ泣いていた。

 「……あの時、何もできなかったのは……僕も同じだよ……」

 「……」

 「あの時、僕だって何もできなかった……。目の前で綾波が消えるのを、
 ただ見てる事しかできなかったんだ!!

 シンジは大声で叫び、涙を流していた。

 「シンジ……」

 「だけど……だけど僕たちはまだ生きているじゃないか。生きてさえいれば……
 いつの日か、いい事だってきっとあるさ」

 「…………いい事なんて何も無いわよ。私にとってエヴァが全てだったのよ。私は
 常に勝たなきゃいけなかったの。常に一番でなきゃいけなかったの。絶対に負け
 ちゃいけなかったのよ! なのに私は負けてばかり……。とうとうエヴァを動かす
 事すらできなくなった。こんな生き恥をさらしながら生きろって言うの? もう私
 には何の価値もないの。私は誰からも必要とされない、いらない人間なの
 よ!!

 そんな風に泣き叫ぶアスカを見て、シンジは改めて自分とアスカが良く似てると
 感じていた。シンジも、父に捨てられ、誰からも必要とされない、いらない人間
 なんだと思っていた時があったので、今のアスカの気持ちは痛いほど良く分かった。

 だが、シンジの心の中には、同情ではない、確かな思いがあった。そして、それが
 今のシンジの行動力となっていた。

 「アスカ、アスカはいらない人間なんかじゃないよ。誰からも必要とされない人間
 なんかじゃないよ。だって、僕にはアスカが必要なんだ。いつもそばにいて
 欲しいんだよ」

 「もうこれ以上、自分の力が足りなくて、大事な人を失うのは嫌なんだよ!

 「……私が必要? ……私が?」

 「いつも一番でなきゃいけないって言ったよね? アスカはいつだって一番だよ。
 僕の中でアスカは、一番大事な人なんだ。それじゃだめなの? 僕の中で一番じゃ
 だめなのアスカ?」

 乾いた砂が水を吸い込むように、シンジの心はアスカの心に染み込んでいった。
 心を覆っていた鎧が、少しずつ砕けていく。

 『……シンジが私を必要としてくれてる。こんな私を……』

 『私は一人じゃないんだ。……シンジがいるんだ』

 アスカの心が徐々に開きかけた時、二人の前にネルフ本部の人間が現れた。

 「セカンドチルドレン、惣流アスカラングレーだな。我々と一緒に来て
 もらう」

 「い、嫌……」

 アスカは思わず後ずさった。雰囲気からして、自分を必要として連れ戻しに来たの
 ではない事はすぐに分かった。

 今連れ帰られると、最も聞きたくない事を聞かされる。

 アスカの心は、再び閉ざされ始めた……。

 そんなアスカをかばうように、シンジがアスカと保安部の間に入った。

 「何だよ、あんた達は今頃になって!? いつも僕たちの事を監視してるんだろ?
 それなら何でアスカがこんなになるまで放っとくんだよ!? 何でアスカの居場所
 を教えてくれなかったんだよ!? 一体何考えてるんだよ!!

 「……シンジ?」

 アスカは、シンジがこれほど怒ってるのを初めて見た。しかし、なぜこんなにも
 怒っているのかは分からなかった。

 「サードチルドレン、碇シンジだな。君も我々と一緒に本部まで来てもらう。パイ
 ロットには、定期的に現存位置の報告と携帯電話の所持が義務付けられているはず
 だ。この三日間、連絡も入れず何をしていた?」

 「そんなの僕の勝手だろ!」

 「シンジ……三日間って……まさか……」

 「アスカを探してたんだよ」

 シンジはアスカの方に振り向き、そう答えた。服装はかなり汚れ、顔は疲れきって
 いた。この三日間、マンションに帰っていないためだ。

 「私を? 三日間も? だって待機命令が出てるはずなのに……。なぜネルフに
 とって必要の無い私を? 何のために?」

 「命令なんて関係ないよ。さっきも言っただろ、僕にとって一番大事なのはアスカ
 だって」

 「……命令無視までして……私の事を……私の事を……」

 アスカは感動で震え、涙を流していた。シンジの言葉が、自分を連れ戻すための
 嘘ではないと分かり、嬉しかった。

 アスカの心の鎧は粉々に吹き飛んでいた。

 「シンジ!」

 アスカはシンジに抱きついていた。

 「シンジ、私を離さないで! 私を一人にしないで! どこにも行か
 ないで! 私はシンジが好きなの! ずっとシンジのそばにいたい
 の! お願い、私をシンジのそばに置いて、お願い!」

 アスカは涙目で訴えかけるようにシンジを見つめていた。

 シンジは、いきなりアスカに抱きつかれ驚いていたが、やがてアスカを優しく抱き
 しめた。

 「うん。僕はどこにも行かないよ。ずっとアスカのそばにいるよ。約束する」

 「本当に? 本当に私でいいの? 私、シンジに優しくないのに……。シンジに迷惑
 ばかりかけてきたのに……。本当に私でいいの?」

 「うん、僕だってアスカが必要なんだ。だからアスカ、もう黙っていなくなったり
 しないで」

 「うん、私はもうどこにも行かない。だって私の帰る所は……」

 「え?」

 「ううん、何でもない。シンジ、好き

 そう言ってアスカは、さらに強くシンジを抱きしめる。まるで、そうしなければ
 シンジが消えてしまうかのように……。僅か三日間会わなかっただけなのに、シン
 ジの匂いが妙に懐かしかった。シンジの温もりが嬉しかった。そして、すぐそぱに
 シンジがいる事に安心できた。

 『どこにも行かない。だって私の帰る所はシンジのいる所、シンジの腕の中だもの。
 ……結局、私の方から言っちゃったんだ……。シンジに負けた事になるのかな?
 でもいい。負けたとしても、シンジがそばにいてくれるのなら、それでいい……
 シンジ……

 アスカはこの三日間、常に何かに脅え、殆ど寝てなかった。しかし今、安心して眠
 れる場所を見つけ、深い眠りに落ちていった……。まるで、迷子になり泣き疲れた
 子供が親に出会い、安心しきっているように……」

 シンジは、アスカが眠ったので慌てて支え、近くの瓦礫に腰掛けた。そして、アスカ
 を守るように優しく見つめていた。

 そんな二人を囲んでいた保安部の一人は、その場を静かに離れ、シンジ達に絶対
 聞こえない場所まで行き、どこかに連絡を入れた。

 「私です。サードチルドレンがセカンドチルドレンと接触しました」

 「そうか。それで状況はどうなっている?」

 「はっ。…………というわけです」

 「分かった。二人をマンションに送り届けろ。その後は通常の監視だけでいい」

 「は? 本部に連れて行かなくてよろしいのですか?」

 「報告を聞いた限りでは、その必要は無い」

 「はっ、分かりました」

 そして通信は途絶えた。

 ・ ・ ・

 「シンジ君の警備を解き、自由に行動させる事でアスカを立ち直らせる……。お前
 のシナリオ通りだな」

 冬月は、不快感を隠そうともせずそう言った。

 「……レイがあの状態だからな。今パイロットを失うわけにはいかん」

 「だが、いかに目的のためとは言え、自分の息子を道具のように扱うのは関心せん
 な。今の報告では、シンジ君は今回のお前のシナリオ、気付いているようだぞ」

 「…………」

 「しかし分からんな。普段あれほど冷たく接しているのに、シンジ君にアスカを
 発見させ立ち直らせる、という今回のシナリオ、シンジ君を信用しなければ成り立つ
 まい。一体、何を考えている、碇?」

 「…………」

 「まあいい、確かにパイロットは必要だからな。ゼーレがおかしな動きをしている
 ようだし」

 「ああ。パイロットは定員揃えておかねばならん。この時期、ゼーレの介入を許す
 わけにはいかんからな」

 「あと一体だな」

 「ああ。それを消せば我らの願いが叶う、もう少しだ」

 「その時には、彼らの苦しみが終わる事を願うよ」

 「…………ああ、そうだな」

 シンジは、今回の行動が父の思惑通りなのだろうという事を、直感的に気付いて
 いた。だが、アスカを取り戻せるならば、それでもいいと思っていた。

 『今、自分にできる事を、悔いのないように精一杯行う』

 それが、レイの死を経験したシンジなりに導き出した一つの答えだった。

 自分一人にできる事はそう多くはない。だが今、

 『自分の腕の中の少女だけは守りたい』

 シンジは、心からそう思った。

 父に呼ばれこの街に来た、全てに対して消極的だった少年は、様々な苦しみを経て、
 男に成長しつつあった……。


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 外伝 九

 アスカ、逃げ出した後 <完>


 ・ ・ ・


 -if-原稿担当、加藤喜一(仮名)氏による、後書き


 アスカメインの話を作れ!

 と脅迫されたので、急遽作ったのがこの話です。しかし、

 「ゴメンねー、マジで時間無かったんだー本当ゴメンねー!」

 てな訳で、こんな短い話になってしまいました。本当はもっと長くする予定
 だったんだけど、あまりアスカを追い込むのも辛いので、こうなりました。

 しかし、アスカメインの話になると、相変わらずレイが出ない。
 今回なんかシンジには生きてる事すら知らさせてない。

 あーストレスが溜まる!!

 きっとこのせいで、-if-本編ではレイの扱いがいいのだろう。
 しかし、そうするとアスカを出せと感想が来るし……。あ~困った。

 ま、こんなやつなんで、今後とも見捨てずに読んでやって下さい。
 良かったら感想もお願いしますね。


 <つづく>

 「ちょっと何よ!? この<つづく>って!?」


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