今回の外伝は、-if-本編と同じ設定の、別の世界のお話です。


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 七 オペレーション・コード『ばれんたいん』

 -前 編-


 それは、ある平和な日の事だった。

 ミサトは、リツコと買い物に出掛け、シンジも、トウジ達とどこかへ遊びに出掛けて
 いた。

 レイとアスカは二人で昼ご飯を食べていた。もちろん、作ったのはレイである。

 そして昼ご飯も終わり、後片付けを済ませたレイは、お茶を飲んでいるアスカに
 ここ数日疑問に思っている事を聞いてみた。

 「ねぇ、アスカ。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

 「ん~? 何よ急に、改まっちゃって」

 「『ばれんたいんでー』って、何?」

 ゴン!

 アスカは派手な音をたて、テーブルに顔面ダイブをしていた。

 「? どうしたの、アスカ?」

 「いたたたた……。あんた、それ本気で聞いてんの?」

 「え? ……だって、最近良くTVで耳にするから何の事かと思って……。アスカ
 も知らないの?」

 『……どうやら、私の事からかってる訳じゃないみたいね。本当に知らないの
 かしら?』

 「ねえ、レイ。試しに聞くけど、女の子にとって、二月にある大切な行事って、
 何だと思う?」

 「二月にある行事…………節分かしら?」

 「あ、あ、あんたバカぁ!? 女の子が豆まいて何が楽しいのよ!
 バレンタインデーに決まってるじゃないの! 大体、どうやったら十五年間も
 バレンタインデーの事知らずに生きてこられるのよ! 全く信じられないわね」

 「だから、その『ばれんたいんでー』の事を教えて欲しいんだけど……」

 『全く……今までどんな暮らしをしてきたんだか……。ほんと国宝にしていたい
 位の天然ボケね』

 「……しようがないわね。いい、バレンタインデーって言うのはね、二月十四日に
 女の子が好きな男の人にチョコレートを渡して、告白する日の事よ」

 「え?そういう日の事なの……そうだったんだ……。あ、二月十四日って明日
 じゃない。大変! チョコレート買ってこなくちゃ」

 「へー、あんた、告白したい人がいるの?」

 「う、うん」 ぽっ

 『珍しいわね、レイがシンジ以外の男を好きになるなんて……。しかし、これは
 チャンスね。レイが他の男とくっつけば、シンジは迷うことなく私を選ぶはず。
 これは何としてでも、レイの恋を成功させなくては……』

 「レイ、あんたバレンタインデーの事、何にも知らないんでしょ? 特別にこの私が
 バレンタインデーの事をみっちりと教えてあげるわ」

 「え、本当に? ありがとう、アスカ」

 「ま、他ならぬレイの頼みじゃ断れないしね」

 「アスカ、ありがとう」 うるうる

 レイは本気で感動しているようで、目にうっすらと涙が浮かんでいた。さすがに
 アスカも良心が痛んだが、レイの恋を邪魔する訳ではないし、成功させるための
 協力なので、まぁいいかと自分を納得させた。

 「それじゃあレイ、まずはチョコレートを買いに行くわよ。その間に色々と教えて
 あげるから」

 「うん。分かった」


 そして二人は近くのスーパーまでやってきた。もちろん、その間にアスカはレイに
 あれこれとバレンタインデーを成功させるための秘訣などを教え込んでいた。

 「うわー! こんなにチョコレートが一杯あるなんて……。どれにすればいいの
 かしら?」

 「レイ、そんなどれも同じようなやつじゃなくて、これにしなさい」

 「え、どれ?」

 「これよ、これ」

 そう言ってアスカが見せたのは、割りチョコだった

 「これ? でも、割れてる……」

 「いいのよ。これを溶かして、自分だけのオリジナルのチョコを作るのよ。
 その方が絶対に気持ちが伝わるから」

 「そうなんだ。さすがアスカね」

 「ふっ……。こういう時は私に任せておけばいいのよ」

 実はこの時、アスカは既に自分だけちゃっかりとシンジ用にチョコを用意していた
 のだが、どうせなら、レイと一緒に自分も手作りのチョコにしようと考えていたの
 だった。

 その後、二人は色々とバレンタイン用の小物を買い、マンションに戻った。そして、
 買ってきたチョコを湯せんで溶かし、ハートの型に流し込んで、冷えて固まるのを
 待っていた。

 「でも、このチョコレート受け取ってくれるかな? もし受け取ってくれなかったら
 どうしよう……」

 「大丈夫よレイ。そういう女の子のためにバレンタインデーがあるんだから。自信
 を持ちなさい。きっとうまくいくから」

 「う、うん……」

 「ところでレイ、このチョコレート、誰に渡すの?」

 「え? い、いいじゃない、そんな事」

 「ここまで協力したんだから、それくらい教えなさいよ」

 「……絶対に他の人に言わない?」

 「言わない言わない! 絶対に言わない! で、誰なの?」

 「…………碇くん」 ぽっ

 あんた何考えてんのよ! 何で今さらシンジにチョコ渡すだけで、
 そんなにときめいてんのよ。大体、今まで何度もシンジに好きだって
 告白してんじゃないの」

 「えー。でもこういう事は、チョコレートを渡しながら言うのが正式
 なんでしょ?」

 「うー、相変わらずマニュアル思考ね。……とりあえずレイ、やっぱりあなたは
 よ。こっから先は一人でやんなさい」

 「えー。じゃあやっぱり、アスカも碇くんに?」

 「い、いいじゃないのよ、そんな事どうだって」

 「分かったわ。ここから先は一人で研究してみる」

 「ええ、そうしなさい」

 その時、二人の間に火花が散っていた。


 レイは、チョコが固まったので、ホワイトチョコレートを溶かしたもので、
 碇くんへと書いていた。そして、それを持ち、自分の部屋に入っていった。

 「全く……シンジに渡すと知っていれば協力なんかしなかったのに……。
 第一、研究するったって、レイの場合、少女マンガを読むくらいだろうし、さっき
 私が教えた事以外に何があるって言うのよ。ま、いくらレイでも、今回は勘違いの
 しようがないわね……。さ、人の心配より今は自分の事ね」

 そう言って、アスカは自分のチョコレートに、ホワイトチョコでシンジへ
 と書いていた。

 「これでよしっと。手作りなんて面倒臭いと思ってたけど、やっぱりいいもんね。
 何しろ、世界中で一つしか無いんだから。シンジのやつ、喜ぶだろうな。
 ふふふふふ……」

 そして、自分の部屋に帰ろうとした時、ある事に気が付いた。

 「あ! レイのやつ、片付け私に押しつけたわねー。幾らシンジが鈍くても、この
 状態見たらさすがに気付くだろうし……。仕方ない、私が片付けるか」

 アスカは渋々片付けを済ませ、自分の部屋に戻っていった。そして、昨日シンジに
 渡すために買っておいたチョコを食べ始め、喉が乾いたので、キッチンにジュース
 を取りに行った。

 すると、リビングでレイが何かを読んでいた。

 「レ、レイ。何やってんの?」

 「え!? う、ううん、何でもないの

 「? どうしたの、そんなに慌てて。それに、顔が赤いわよ」

 「ほ、本当に何でもないから。そ、それじゃあ私、用があるから

 そう言って、レイは慌てて自分の部屋に入っていった。

 「? 一体どうしたのかしら、あんなに慌てて。何か読んでたようだったけど」

 アスカは、さっきまでレイがいた所にやってきた。そこには、一冊の本が置いて
 あった。

 「こ、これは!? ミサトが買ってきたレディースコミック!
 レイのやつ、これ読んで真っ赤になってたのか……。それにしてミサトのやつ、
 こんな本をこんな所に置いとくなんて、レイの教育に悪いじゃないのよ……」

 アスカは殆ど母親の気分だった。と、その時、本の表紙に気になる文字を見つけた。

 そこには、バレンタイン特集号と書かれていた。

 アスカは悪い予感がした。

 ま、まさか……

 アスカは赤くなりながら、ぱらぱらとページをめくった。そこには、予想通り、

 チョコレートと一緒に自分もプレゼントする

 という、この手の本には良くあるマンガが載っていた。

 「まずい!」

 アスカは慌ててレイの部屋に駆け込んだ。部屋の中に入ると、レイは鏡の前で、

 自分の頭にラッピング用のリボンを結ぼうとしていた

 所だった。

 「やめんかー!!」 ぽかっ!

 「痛い……」

 「全く……いちいちマンガに影響されるんじゃないわよ!」

 「何するのアスカ、痛いじゃない」

 「あのね、レイ。そういう事はまだ早いの。私たちがする事じゃないの」

 「そうなの?」

 「そうなの。それに、そういうのシンジ嫌うわよ」

 「え、本当!?」

 「ええ、本当よ。シンジに嫌われたくなかったら、やめる事ね」

 「じゃあやめる」

 「そうしなさい」

 『ふー。やれやれ。レイにしてはいけない事を教えるのは、この方法が一番ね。
 何かハラたつけど……。それにしても、あれほど事細かく教えたのに、こんな
 暴走するとは……。やっぱりずっと監視している必要があるか……』

 「しようがないわね。シンジには二人同時に渡しましょう。抜け駆けはなしよ。
 いいわね、レイ」

 「ええ、私はそれでいいわよ」

 『ま、しようがないわね。レイに暴走されるよりはましか』


 そして、あっと言う間に二月十四日の朝。

 「それじゃあミサトさん、行ってきます」

 「はーい。三人とも、気を付けて行くのよ」

 「はーい」×3

 「あ……あの……碇くん……これ……むぐむぐむぐ

 「ん? 何、綾波? あれ、アスカ、なに綾波の口塞いでんの?」

 「べ、別に何でもないわよ。さあシンジ、学校行くわよ。私はちょっとレイと話が
 あるから先に行ってて」

 「? う、うん……」

 シンジは疑問に思いながらも外に出た。

 「アスカ何するの? 碇くんにチョコレート渡すんじゃないの?」

 「いい、レイ。こういう事は、学校でみんなの目の前でやるのが効果的
 なのよ。その方が、シンジに寄ってくる害虫が減るし」

 「害虫? …………あぁ、そういう事」

 「分かった?」

 「ええ」

 最近どういう訳か、シンジは下級生を中心に結構もてていたため、レイやアスカは
 その事があまり面白くなかった。そのため、このバレンタインデーは、シンジが
 誰のものかを周りに見せつける絶好の機会であると同時に、シンジにチョコを渡そう
 とする女子からシンジを守らなくてはならない、一大決戦の日だった。

 そんな訳で、レイとアスカは一時休戦し、協力する事にしていた。

 レイとアスカは、外で待っていたシンジの左右を固めていた。鈍いシンジは気付いて
 いないようだったが、電信柱の陰や曲がり角からシンジを見つめる視線がかなり
 あった。しかし、レイとアスカが周りを固めているので、近付けなかった。

 『やっぱりいるか……。何でこんなやつがこんなにもてるんだろ? 分かんない
 わね……』

 アスカは心に棚があるようだった。


 やがて学校に着くと、ここでもかなりの視線が集まっていた。

 「ねえ、何か今日、学校の雰囲気がいつもと違わない?」

 「気のせいよ。ねぇ、レイ」

 「ええ、きっと碇くんの思い過ごしよ」

 「そうかな? なんか空気がピリピリしてるような……」

 「ほら、ぼさっとしてないで教室入るわよ。ここは危険なんだから」

 「危険? 何が?」

 「いいからさっさと来なさい!」

 そう言って、アスカはシンジの手を引っ張って行った。

 「おはよう」

 ピシッ!

 シンジが教室の中に入った瞬間、まるで怪光線のような野郎どもの視線が、
 シンジに向かって一直線に向けられた。

 果たして、シンジは今日一日を無事に過ごせる事ができるのか?


 <つづく>


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