新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 七 オペレーション・コード『ばれんたいん』

 -後 編-


 「おはよう」

 ピシッ!

 シンジが教室の中に入った瞬間、まるで怪光線のような野郎どもの視線が、
 シンジに向かって一直線に向けられた。

 その直後、いきなりシンジは数人の男子に教壇まで連れて行かれ、ボディーチェック
 を受けた。カバンの中まで調べられている。

 「こっちには無いぞ!」

 「こっちも無いようだ!」

 「え? 何? 何があったの?」

 シンジには、何が何だかさっぱり理解できなかった。すると、ケンスケが一枚の紙を
 見せながらやってきた。

 「良かったねぇ碇君。君がチョコレートを持っていたら、大変な事になる所
 だったんだよ。まぁ、これでも見たまえ」

 シンジはとりあえずケンスケからその紙を受け取った。それには、

 『碇シンジ 所有チョコによる制裁一覧表』 (クリックで表示します)

 と、書かれていた。

 「何だよこれ~!」

 「見ての通りだよ。我々は不幸は分かち合うが、一人だけ幸せになる事は、断じて
 許さないんだよ」

 「そんな無茶な……。で、何で二個までならいいの?」

 「あんたバカぁ!? 私たちの分に決まってるじゃないのよ! ほら、チョコ
 レートあげるから感謝しなさいよ!」

 そう言ってアスカはカバンからチョコレートを取り出し、シンジに渡した。

 「え? 僕に? ありがとうアスカ! うれしいよ」

 「ほら、レイ。あんたもあるんでしょ」

 「う、うん……。あの……碇くん……これ……受け取ってくれる?」

 「え? 綾波も僕に? ありがとう綾波! 喜んで受け取るよ」

 クラスの男子全員が、怒りと嫉妬の目でシンジを見ていた。

 (……ま、無理もないな)

 「あ……あの……その……碇くん……」

 「え? 何、綾波?」

 「す…………好きです」

 「え!?」

 ざわざわざわざわざわざわざわざわ

 クラス中が、今のレイの告白を聞いてざわめき始めた。

 「ちょ、ちょっとレイ! 何言ってんのよ!」

 「え? だってバレンタインって、チョコを贈りながら告白する日なんでしょ?」

 「そ、そりゃまあそうだけど……。だからってそんな改まって言わなくっても
 いいじゃないのよ。それに、あんた今まで何度もシンジに告白してるじゃない。
 こんなとこで言われちゃ、シンジだって迷惑よ」

 ざわざわざわざわざわざわざわざわ

 「な、何度も告白してる?」

 「シンジのやつ、一体マンションで何やってんだ?」

 「え? 碇くん、迷惑なの?」

 「え? い、いや、そんな事ないよ。その、うれしいよ」

 「良かったぁ!」

 レイは、とてもうれしそうに微笑んだ。もちろん、アスカは機嫌が悪い。

 『ムッ! 何よレイのやつ抜け駆けは無しって言ったのに。だいたい、シンジも
 シンジよ! デレーッとしちゃって!』

 「シンジ!!」

 「は、はいっ!」

 い、言わなくたって、分かってるわよね

 アスカは真っ赤になりながら、そう言った。

 「え? あ、う、うん。分かってる。ありがとう、アスカ」

 「わ、分かってんならいいのよ。分かってんなら」

 ざわざわざわざわざわざわざわざわ

 「聞いたか!? あのアスカが!?」

 「ああ。しかも、赤くなってる」

 「シンジのやつ~~~!」

 この時、ケンスケのメガネが怪しく光り、先ほどの表を書き直していた。

 そして、書き直された、

 『碇シンジ 所有チョコによる制裁一覧表』 (クリックで表示します)

 を、クラスの男子に見せた。

 「みんな! 意義ないよな!?」

 「あるわけないだろ!」

 「碇君、君が悪いのだよ。我々は、広い心で君を許そうと思っていたのだが、
 目の前でこのような事をされてはねぇ……。残念だよ」

 「えー、あの、み、みんな、落ち着こうよ。話せばきっと分かるから。ね、ね」

 「問答無用!!」

 「かかれ~!!」

 「うわ~~~僕が何したってんだよぉ~~~~!」

 クラス中にシンジの悲鳴がこだました。

 (……ま、無理もない。諦めろ、シンジ)

 「あ、碇くん!」

 「いいのよレイ。放っておきなさい」

 「え? でも碇くんが……」

 「嫉妬は男の勲章よ。それに、これがバレンタインデーってもんなの。
 男は、こうやって友情を深めるのよ」

 「……そういうものなのかな?」

 (……違うと思うぞ)

 「ふっ……。裏切り者の末路は、こういうものさ」

 「何や? ケンスケは指揮しとるだけで参加せんのか?」

 「僕は暴力は嫌いだからね」

 「ここまでやっといて、よう言うわ」

 「そう言うトウジこそ、参加しないのかい?」

 「ああ。ワシは後でええわ。今行っても順番待ちやからな」

 シンジの周りには殆どの男子が集まり、確かに順番待ちの列ができていた。
 もっとも、みんな本気でやってるわけではないのだが、人数が多いのでシンジは
 結構大変だった。

 「なるほどね。確かに今行っても参加できないかもね」

 「やろ」

 そんな事を二人が話していると、ヒカリがやってきた。

 「あ……あの……鈴原……こ……これ

 そう言って、ヒカリは真っ赤になりながらチョコを差し出した。

 「イ、イインチョー! ワ、ワシにか!?」

 「う、うん。鈴原いつも残り物食べてくれるから……そのお礼」

 「す、すまんなーイインチョー

 珍しくトウジも赤くなっている。まさか自分がチョコをもらえるとは思っても
 みなかったらしく、よほどうれしいのか、顔はだらしなく崩れていた。

 だが、その時トウジは、すぐ横ですさまじい殺気が漂っているのに気付き、そちらを
 向いてみた。そこには、またもやメガネを怪しく光らせているケンスケがいた。

 「悲しいよ、トウジ。君まで裏切り者だったとはね」

 そう言って、指を鳴らした。すると、シンジの周りにいた男子全員が、ゆっくりと
 振り向き、近づいてきた。

 「な、何やお前ら! 目標はシンジやったんとちゃうんか!?」

 「チョコを持ってるやつは、みんなだ!」

 だ!」

 テキだ!」

 「トウジもだ!」

 「トウジ、この状況下でチョコを受け取るとは、実に勇敢な行為だよ。だが、
 愚か者だ」

 男子の包囲網が徐々に狭くなってくる。

 「ま、待て! 何でいちいちそないにケンスケの言う事に従うん
 や!?」

 「甘いよトウジ。こういう日の男子の結束力をなめちゃいけないよ」

 「そうだ。俺達の結束力は、ダイヤより固いんだ」

 「裏切り者には、を!」

 「ま、待て!! う、うわぁぁぁぁぁぁ……」

 シンジに続いて、トウジの悲鳴がこだました。


 「いたたたた。ひどい目にあったよ」

 「ま、私たちからチョコをもらう幸せを考えたら、これくらい安いもんよね、
 シンジ」

 「ははははは。そ、そうだね」

 「碇くん大丈夫? ここ、血が出てる」

 レイに指摘されて初めて気が付いたが、確かにひじの辺りに少し切り傷ができ、
 血が滲んでいた。

 「あ、本当だ。さっきの騒ぎでどこかに当てたのかな? ちょっと保健室行って、
 絆創膏もらってくるよ」

 シンジはそう言って教室を出ようとしたが、アスカが呼び止めた。

 「待ちなさい、シンジ。私たちがついていってあげるわ」

 「え? いいよ別に。そんな大したケガじゃないし……」

 「だめよ! 今、校内は危険なんだから」

 「危険?……あぁ、そういう事か」

 シンジは、『嫉妬にかられた男子が襲ってくるかも知れない』と思ったのだが、
 アスカが危険と言ったのは、シンジにチョコを渡そうとする、女子の事だった。

 アスカとレイはシンジの左右に立ち、シンジを守るように廊下に出た。その直後
 から、自分達(正確にはシンジのみ)を見つめる視線を幾つも感じ取った。が、
 シンジは何も気付いていない。

 『ちっ! やっぱりいたか。これは今日一日中、シンジから目が離せないわね』

 『碇くんが人気があるのはうれしいんだけど……何かヤだな』

 シンジの横をアスカとレイが守っているので、保健室で絆創膏をもらい、教室に
 戻るまでの間は、誰一人寄って来なかった。

 しかし、教室に入ろうとした時、一人の女子がシンジの前に走って来た。

 「あ……あの……碇センパイ」

 「え?」

 シンジが振り向くと、その少女はうつむいてしまった。しかし、勇気を出して顔を
 上げる。すると、シンジの後ろから四つの目が自分を見つめている事に気付き、
 少し怖じ気づく。しかし、ここまで来た以上後にはひけないとばかりに、シンジに
 チョコを差し出した。

 「碇センパイ、これ、受け取って下さい!」

 照れながらそう言ったその少女は、一年生の中で人気の高い、かなりかわいい子
 だった。

 「え? ぼ、僕に? で、でも、僕は君の事知らないし……」

 「あ、私、一年の『天城』と言います! よろしくお願いします!」

 「あ、は、はい」

 シンジはすっかり圧倒されていた。

 「だめ、ですか……」

 少女はそう言って、上目使いでシンジを見つめた。

 『うっ!か、かわいい……』

 「い、いや別にダメってわけじゃ……うっ!

 シンジは背後に殺気を感じ、恐る恐る振り向いた。するとそこには、青白い炎
 真っ赤な炎を背負ったレイとアスカが、自分をにらんでいた。

 シンジは引きつりながら、再び少女の方を向いた。

 「あ、あの、悪いけど、僕はもうチョコレートもらってるから……これ以上もらう
 訳には……」

 「……だめなんですか……」

 少女は、涙目になりながらそう言った。

 「そ、そんな事ないよ! う、うん。ありがとう、頂くよ!」

 優しいんだか優柔不断なんだか分からないが、少女を泣かせる位なら、後でアスカに
 殴られた方がマシだと思い、シンジはチョコを受け取る事にした。

 「本当ですか!? ありがとうございます!」

 少女は本当にうれしそうにほほえみ、シンジにチョコを渡した。

 「あ、ありがとう天城さん」

 「きゃー!! 碇センパイに名前呼ばれちゃったぁー!」

 と、はしゃいでいたが、レイとアスカの視線がさらに恐くなってきたので、ひとまず
 自分の教室に戻る事にした。

 「それじゃあ碇センパイ、失礼します!」

 「う、うん」

 シンジは少女の行動が良く分からなかったが、とりあえず泣かれる事はなかった
 ので、ほっとしていた。

 しかし、その直後、後頭部を思いっきり殴られた。

 「いてててて! ひどいじゃないかアスカ! いきなり殴るなんて……」

 シンジは、アスカが殴ったものと決めつけて振り返ると(もちろん、殴ったのは
 アスカだが)シンジの目の前には、どアップのアスカの顔があった。

 「うっ!」

 「シンジ、あんたが誰からチョコをもらおうと自由だけど、ホワイトデーで地獄を
 見たくなかったら、これ以上受け取らない事ね」

 「え?」

 「え? じゃないわよ。三倍返しは当たり前よ」

 「あっ!」

 『しまったー! チョコレートもらってうかれてたけど、バレンタインデーは
 そういう恐ろしいイベントがセットになってたんだ……』

 「ま、ホワイトデーに破産したくなかったら、おとなしくしてる事ね」

 「は、はい。そうします……」

 「分かりゃいいのよ。分かりゃ」

 「うんうん」

 アスカの横で、レイもうんうんとうなずいていた。


 そしてシンジは、今日一日はおとなしく教室でいようと思い教室に入ったが、
 その途端、また数人の男子に取り押さえられた。

 「見たぞ、シンジ」

 「また受け取ったようだな……」

 「しかもあの子、一年ナンバーワンの天城さんじゃないか」

 「今度こそ、許せん!」

 「た、助けて。二人とも……」

 しかし、アスカはもちろん、レイも助けようとはしなかった。

 「やっちゃっていいわよ」

 「そんなぁぁぁぁぁぁ」

 そして教室に再びシンジの悲鳴がこだました。


 その日、シンジにとって平和な場所は存在しなかった。嫉妬にかられた男子と、
 チョコを渡そうとする女子から逃げるため、一日中学校を走り回っていた。

 そして、そんなシンジを監視&護衛するため、レイとアスカも学校中を走り回って
 いた。

 第三新東京市の平和な一日は、こうして過ぎていったとさ。


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 外伝 七

 オペレーション・コード『ばれんたいん』 <完>


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