新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 伍 クリスマス決戦!  レイvsアスカ

 - Bパート -


 先生が教室から出て行くと、ヒカリは溜め息をつきながら戻ってきた。

 「どうしたのヒカリ、溜め息なんかついて?」

 「うん……。今日、プリント配られたでしょ? あれ、大事なプリントだから、
 今日中に休んでいる人にも配って欲しいって言われたの」

 「何や、そんな大事な事、今頃言うて来たんか? イインチョーが帰ってしもとっ
 たらどないするつもりやったんや」

 「本当だよ。あの先生、もうボケてきたんじゃないのか?」

 「まあ、私は学級委員だからプリント配るのは構わないんだけど、今日、休んでる
 人多いでしょ? 全員の家に配ると結構時間が掛かるのよ」

 「なら週番に頼めばいいじゃない。週番って、こんな時のためにいるんだから。
 ……で、今週の女子の週番は誰?」

 「それが、綾波さんなのよ。でも、綾波さんも今日はカゼで休んでるし……」

 「え? 綾波もカゼなの?」

 「ええ。今朝、『カゼで休む』って連絡があったの」

 『そうか、綾波もカゼなのか……。大丈夫かな……』

 「相変わらず、使えない女ね。じゃ、男子の週番は?」

 「それが……」

 「あ、確か、今週の週番って僕……」

 「そうなのよ。病気の碇君に頼む訳にもいかないから……」

 「いいよ、委員長。僕が手伝うよ」

 「でも……」

 「僕はもう平気だから。それに、週番なんだから手伝うのは当たり前だよ」

 「本当にいいの?」

 「うん。で、僕は誰の家に行けばいいの?」

 「それが……」

 そう言って、ヒカリは申し訳なさそうにアスカを見る。

 「……綾波さんに届けて欲しいの」

 ヒカリがそう言った時、やはりアスカに変化があった。

 「綾波の所?」

 「ええ、他の人は私の帰り道や家の近くなんだけど、綾波さんだけ方向が逆なのよ」

 「うん。じゃ、僕が綾波の家へ持って行くよ。綾波のカゼも心配だし」

 アスカのまゆがピクッと動く。

 「鈴原! 相田! あんた達、シンジと一緒に行ってあげなさいよ! シンジは病み
 上がりなんだから!」

 「スマン、シンジ! ワシは今日、妹の見舞いに行くって約束しとんのや。ホンマに
 スマン!」

 「僕も、今日はちょっと外せない用事があるんだ。ごめんな、シンジ」

 「いいよ。用事があるなら仕方ないよ」

 「何よあんた達、薄情ね。それでも友達なの?」

 「用があるんやからしゃあない言うとるやろ。そなに言うんやったら、惣流がシンジ
 と一緒に行ったらええやないか」

 「そうだよ。惣流にとっても、綾波はエヴァのパイロット仲間だろ? 見舞いに行く
 のがスジってもんじゃないか」

 「なんでこの私が、あの女の見舞いになんか行かなきゃなんないのよ!」

 アスカは口ではそう言っていたが、内心はケンスケの申し出に感謝していた。シンジ
 の体の事も心配だったが、自分の気持ちに気付いてしまった今、シンジとレイを二人
 っきりにはさせたくなかった。

 『そうね、エヴァのパイロット仲間という口実もできたし、シンジと一緒に行こう
 かな……』

 そう思っていた所に、トウジの余計な一言が入った。

 「一緒に行ったらええやないか、惣流。シンジを綾波と二人っきりにはさせとないん
 やろ?」

 「何で私がそんな事気にしなきゃいけないのよ! 私は行かない!!

 「アスカ、そんな事言わないで一緒に行こうよ」

 「私は行かないの! せっかくファーストと二人っきりになれるのを邪魔しちゃ悪い
 でしょ!」

 「僕は別に、そんな事は……」

 「とにかく! 私は行かないの! それと、今日の食事当番はシンジなんだから、
 早く帰って来るのよ!」

 「う、うん。分かってるよ」

 「それじゃヒカリ、プリント配り頑張ってね」

 「……ゴメンね、アスカ」

 アスカは、それには答えず、さっさと教室を出て行ってしまった。

 「なんや惣流のヤツ。人の事薄情や言うとって、自分やって薄情やないか。なぁ、
 ケンスケ」

 「…………バカ」

 「? なんや、どういうこっちゃ?」

 「スーーーズーーーハーーーラーーー! なんで
 あんな事言うのよ! あんな言い方されて、アスカが碇君と一緒に行けるはずない
 じゃない! まったく……どうしてこう鈍いのかしら……」

 「な、なんや。何のこっちゃ?」

 『あ~あ、トウジのやつ、これは血を見るな。僕は今ので、からかった分はチャラ
 だろうけど……。惣流のいる所ではトウジから離れている方が良さそうだな。巻き
 添えくらっちゃたまらないもんな』

 結構、打算的なケンスケだった。

 「じゃあ委員長、綾波の家に行ってくるよ。で、プリントってどれ? 僕も今まで
 寝てたから分からないんだ」

 「あ……。はい、これ。ほんと、ごめんね碇君」

 「いいよ、週番だし」

 「……それと、アスカに『今度あんみつおごるからね』って伝えておいて」

 「え? あ、うん。伝えとくよ」

 『はぁ~。やっぱり碇君、アスカの気持ちに気付いてないんだ……。アスカ、
 お互い、ほんと苦労するわね』

 「スマンな、シンジ。一緒に行けんで」

 「ほんと。ごめんな、シンジ」

 「いいよ、用があるなら仕方ないよ。それじゃ」

 「ああ、気ィつけてな」

 そして、シンジが教室を出た後、トウジ達もそれぞれの帰路についた。


 その頃、アスカは考え事をしながら、家への道を歩いていた。華やかなクリスマスの
 飾りつけも目には入らず、クリスマスソングも耳には届いていなかった。

 『あ~あ、どうして私はいつもこうなんだろ。シンジと一緒に行けば、こんな思い
 しなくて済んだのに……。シンジ、もう教室出たかな? 今から追いかければ……
 ……ダメね。私はファーストの家知らないもの。シンジがどっちに向かったか分か
 らない……。

 それにしても腹たつのは鈴原よね! ヒカリには悪いけど、た~~~っぷり
 仕返しさせてもらうから、覚えておきなさいよ!

 ま、あの気の弱いシンジがファーストと二人っきりになった所で、何かする度胸
 なんかある訳ないか。それに、ファーストもそんな事に興味があるとは思えないし。
 あの二人に限って、何もある訳ないわよね。……でも……もしもって事が……』

 不安が沸いてくる……それを打ち消す……また不安になる……。そんな事を、家に
 帰るまで……いや家に帰ってからも延々と考えていた。


 シンジはレイの家に向かいながら、街の様子を眺めていた。朝はそんな余裕など
 全くなかったが、こうして改めて見てみると、クリスマス商戦で随分と街は賑わって
 いた。

 土曜という事もあり、子供連れの家族を良く目にする。そして、子供達が親にプレ
 ゼントをねだるという光景があちこちで見られた。

 シンジはそれらを見て、少しうらやましくなった。

 『クリスマスか。僕には関係の無い事だな……。クリスマスのいい思い出なんて、
 一つも無いからな……』

 少し暗くなりかけた気分を頭を振って振り払い、レイの家へと向かった。

 だんだんと街の賑わいは薄れ、すれ違う人もいなくなった。

 すでに取り壊しの決まっている、放置区画。レイのマンションは、そこから更に奥
 に入った所にある。全く同じマンションが並んでいるが、シンジは迷う事なく、
 一つのマンションに入った。壁はヒビ割れ、電気やガス、水道が来ている事自体が
 信じられなかった。恐らく、このマンション……いや、この辺りに住んでいるのは
 綾波だけだろうな、と思いながら、402号室の前で立ち止まった。

 インターホンを押したが、予想通り返事は無い。恐らく、壊れているのだろう。

 そして、ドアノブに手を延ばし、回してみる。こちらも、予想通りカギは掛かって
 いなかった。

 「おじゃまします」

 そう言って、ゆっくりと中に入る。シンジは、レイの部屋に来るのはこれで三回目
 だったが、いつもタイミングが悪いのか、玄関まで出迎えてくれた事はなかった。

 いないのかな? とも思ったが、靴があるので部屋の中にいるようだった。

 シンジはこれまでの経験から、すぐには中に入らずに、耳を澄ませてみた。

 ……水の音は聞こえない。

 『どうやら、今日は大丈夫なようだな』

 シンジは安心すると同時に、少しがっかりした。案外、正直である。

 部屋の中はカーテンで閉めきられているので、かなり暗かった。

 レイはベッドの上で眠っていたが、その顔は苦しそうに寝汗をかいており、寝息も
 荒かった。一目見て、苦しそうなのが見てとれる。

 「綾波! しっかりして、綾波!」

 「ん……碇……くん? ……どうして碇君が……ここに?」

 レイは少し苦しそうにそう言った。普通、どんな顔見知りでも、目覚めた時に目の
 前に男がいれば、もう少し慌てそうなものだが、レイはそんな素振りなど微塵も
 見せなかった。……あるいは、シンジ以外の男だったら、もう少し違った反応を
 見せたかも知れないが……。

 「プリントを届けに来たんだ。でも、来て良かったよ。綾波がこんなに苦しそうに
 してたなんて……。立てる? 病院に行こう」

 「病院? 私はいい。平気だから」

 「良くないよ。こんなに苦しそうにしてるのに。熱だってあるじゃないか」

 「本当に大丈夫だから、心配しないで……」

 「じゃあ、カゼ薬飲んだ?」

 「カゼ薬、持ってないから……」

 「そんな……あ、そうだ。綾波、これ飲んで。カゼ薬だから」

 そう言って、シンジは胸ポケットから薬を取り出した。

 「どうして碇君がカゼ薬を持ってるの?」

 「うん。僕も今日、カゼひいててね。昼まで保健室で寝てたんだよ。その時、先生が
 くれたんだ」

 「碇君もカゼひいてるなら、碇君が飲んで。私は平気だから」

 「僕はもう治ったから平気だよ。だから綾波が飲んで。今、水持ってくるから」

 そう言って、シンジはキッチンから水を持ってきた。レイは幼い頃から検査などを
 繰り返されてきたので、病院や注射、薬といった物があまり好きではなかった。
 しかし、シンジがあまりに熱心に勧めるし、本当に自分の事を心配してくれている
 のが分かったので、おとなしく薬を飲む事にした。

 「綾波、今日はどうしたの? 昨日は元気だったのに」

 「朝、学校へ行こうと思ったら、急に気分が悪くなったの。それで、学校に連絡して
 から、今まで寝てたの」

 「そうだったんだ。……じゃ、何も食べてないんだ」

 「ええ」

 「じゃあ、僕が何か作るよ。……冷蔵庫開けるよ」

 しかし、予想されていた事とはいえ、冷蔵庫の中には殆ど何も入っていなかった。
 生卵がいくつかと牛乳、そしていくつかのレトルト食品……。まともな料理の材料
 になるものは何も無かった。冷蔵庫の横には大量のラーメンが置いてあるので、
 いつもそれを食べているようだった。

 「だめだよ綾波! もっと栄養のある物も食べなきゃ。ちょっと待ってて、何か
 買ってくるから!」

 そう言って、シンジは部屋を出て行った。

 レイは、しばらくシンジが出て行った所を見ていたが、再び眠りに陥っていた。


 シンジは、レイのマンションを出たものの、どっちに行ったらいいか分からず、
 悩んでいた。そもそも、この周辺は放置区画なので、店などあるはずもなかった。
 ……仕方ないので、来た道を引き返す事にした。レイの事が心配なので、全力で走
 った。

 やがて、街がにぎやかさを取り戻した頃、一軒のコンビニを見つけた。本当は、
 ちゃんとしたスーパーでいろいろ買いたかったのだが、この際、ぜいたくは言って
 いられないので、コンビニで買い物をする事にした。

 カゼをひいている時は、食べやすくて消化のいい物がいいと思い、雑炊を作る事に
 した。しかし、レイの部屋に米があるとは思えないし、今から炊いたのでは遅くなる
 ので、すでに出来上がっていて、あとは温めるだけで良いものを選んだ。

 さらに、『雑炊のもと』を選ぼうとしたとき、一つの事に気が付いた。シンジは、
 レイの好みを殆ど知らなかった。肉が嫌い、ラーメンが好き、おそらくニンニクも
 好き。この程度しかレイの好みを知らないのである。しばらく悩んだが、結局、
 ごく無難な味のものを選んだ。そして、具が少し寂しかったので、野菜も追加した。

 さらに、栄養があってカゼにもいい、チューブ入りのすりおろしニンニク、ビタミン
 補給のためのリンゴ、法改正により、コンビニでも売られるようになったカゼ薬、
 そして、氷のいらない氷まくら (商品名『ヒエール君』) ……を追加した。

 (商品名でいい名前があれば教えて下さい)

 『とりあえず、これだけ買えばいいかな……』

 そう思い、レジに向かおうとした時、ふとクリスマス商品のコーナーが目に入った。
 その中に、可愛いサンタの人形が付いた小さなレースがあったので、手に取って
 みた。

 『そういえば、今日はクリスマスイブか……。綾波の部屋は相変わらず何もない
 から、飾りの一つでも買ってくかな』

 そう思い、それも一緒にレジに持っていった。

 支払いを済ませ、店を出たシンジは、来た時と同じように全力で走って帰った。


 マンションに戻ってみると、レイは眠っていた。薬が効いてきたのか、その寝息は
 随分と落ち着いていた。シンジは、その寝顔を見て、やっと一息つく事ができた。

 そして、レイを起こさないように額にタオルを乗せ、その上に『ヒエール君』を
 乗せた。また、一緒に買ったレースは、眼鏡の邪魔にならないようにタンスの上に
 乗せた。

 さらにその後、レイが起きるまでに雑炊を作ろうと思い、キッチンへ向かった。
 幸い、調理器具は一通り揃っていたが、殆ど使われていないようだった。

 鍋にご飯を入れ、ぞうすいの素、水、野菜などを入れ、煮込み始めた。そして、
 出来上がる寸前にとき卵を入れて完成である。

 その時、シンジはある事に気付いた。ついいつものクセで、三人分作ってしまった
 のだ。

 『ま、いいか。温めれば明日も食べれるし。ラーメンよりはいいよな』

 そう思いつつ、野菜クズなどを片付けていた。


 その頃、人の気配と料理の匂いで、レイは目を覚ましていた。額がひんやりして、
 気持ち良かった。

 「これは? ……碇君が? ……冷たくて気持ちいい」

 シンジは、レイが目を覚ましたのに気付き、ベッドまでやってきた。

 「綾波、目が覚めた? 気分はどう?」

 「…………ええ。だいぶ良くなったみたい」

 「良かった。雑炊作ったんだけど、食べれる? もちろん肉は入れてないから」

 「ええ、ありがとう。頂くわ」

 「うん。じゃ、ちょっと待ってて。今持って来るから」

 そう言って、雑炊と水をお盆に乗せ、レイの所に持ってきた。

 「はい。熱いから気を付けてね。それと、これはニンニクだから、好きなだけ入れる
 といいよ」

 「分かった」

 レイはそう言って、結構大量にニンニクを入れ、食べ始めた。そして、シンジは
 その様子を、じぃ~~~っと見つめていた。

 「おいしい」

 「本当!? 良かった!」

 レイがおいしいと言ってくれたので、シンジはホッとしていた。シンジにとっては、
 混ぜて温めるだけという料理とも言えない簡単なものだったが、いつもインスタント
 ラーメンやレトルト食品を食べているレイにとって、それは人の温もりが感じられ
 る、立派な料理だった。おまけに、朝から何も食べてない上、カゼで疲れた身体が
 栄養を求めていたので、今まで食べた物の中で、一番おいしく感じられた。

 「おかわりまだあるから、たくさん食べてね。ついいつものクセで、三人分作っ
 ちゃったんだ」

 シンジは嬉しそうにレイの食事の世話を焼いていた。そして、レイが食事を終える
 と、カゼ薬を取り出した。

 「綾波、病院が嫌いなんだったら、せめてカゼ薬だけでも飲んでよ。お願いだから
 さ」

 「じゃあ、そうする」

 レイは、あれほど嫌がっていた薬を飲む事を、いとも簡単に了承した。そして、
 そんな自分に戸惑いながらも、素直に薬を飲んだ。シンジはそれを見届けると、
 食器をキッチンに戻し、タオルを持ってきた。

 「綾波、随分と汗かいてたみたいだから、これで身体を拭くといいよ」

 シンジに言われるまで気が付かなかったが、確かに身体は汗で湿っぽかったので、
 タオルを受け取り、身体を拭こうとして制服を脱ぎ始めた。

 「ちょ、ちょっと! 綾波!!」

 シンジは、慌てて後ろを向いた。

 「どうしたの? 碇君」

 「ど、どうしたって言われても……。じゃ、じゃあ僕、キッチンで食器片付けてる
 から、終わったら呼んでね」

 そう言って、シンジは慌ててキッチンへ向かった。

 「……おかしな碇君……」

 『はぁ~……。相変わらずだな綾波は。どうしてあんなに無防備なんだろ。僕の事
 男だと思ってないのかな? ……それとも、恥ずかしいっていう感覚が無いのか
 な?』

 食器を洗いながらそんな事を考えていると、タンスの引き出しの音が聞こえてきた。
 どうやら、下着まで替えているようだった。シンジは、理性を総動員して、自分を
 押さえ込んでいた。

 覗いちゃダメだ。覗いちゃダメだ。覗いちゃダメだ……

 シンジは、心の中で呪文のように何度も唱え、何とか平静さを取り戻し、リンゴを
 切り始めた。実に手慣れた手つきで皮をむき、食べやすいようにと、一口サイズに
 切り揃えていった。

 しばらくして、レイから声が掛かったので、リンゴを持って部屋に入った。レイは
 シンジの買ってきたレースを手に取り、眺めていた。

 「あ、それ。今日クリスマスイブだし、綾波の部屋何も無かったから、飾りにでも
 なるかなって思って、買ってきたんだ」

 「碇君、キリスト教徒だったの?」

 「そういう訳じゃないよ。日本人でクリスマスを宗教的な意味で迎える人はあまり
 いないんじゃないかな。だから、単なる飾りだと思えばいいし、気に入らなければ、
 捨ててくれてもいいよ」

 「そうなの。ありがとう、頂いておくわ」

 そう言ってレイは、レースをベッドの横の小さなテーブルに置いた。

 なお、余談になるが、このレースはシンジから初めてプレゼントされたものとして、
 後にレイの宝物になるのだった。

 「綾波、リンゴは食べれるよね?」

 「ええ。肉以外は何でも食べれるわ。でも碇君、どうして私にこんなに優しくして
 くれるの?」

 「え?」

 「この前も部屋の掃除してくれたし……。どうして?」

 「う~ん……。自分でも良く分からないんだけど……。うまく言えないけど、
 綾波の事が気になるんだよ

 シンジは、真っ赤になりながら、そう答えた。

 「私の事が?」

 「うん。なんだか、放っとけないような気がして……。め、迷惑かな? 

 シンジは、恐る恐る聞いてみた。

 「ううん、そんな事ない。私、嬉しい

 「本当!? 良かった!!」

 シンジは、本当に嬉しそうに微笑んだ。そして、その笑顔を見たレイは、全身を
 カミナリに打たれたような衝撃を覚えていた。

 『どうしたの、私? こんなに心臓が早く動いてる。それに、顔と身体がこんなに
 熱くなるなんて……。またカゼが酷くなったの? でも、この胸の苦しみ……少しも
 嫌な気分じゃない。どうして……?』

 「どうしたの綾波? 顔が赤いよ。また熱でも出てきたの?」

 シンジは心配そうにレイの顔を覗き込んだ。レイは、シンジの視線を感じて、更に
 顔が赤くなるのを感じた。

 「う、ううん。私は大丈夫だから」

 「本当? 苦しいんだったら、遠慮なく言ってよ」

 「うん、ありがとう。ほんと、何でもないから」

 そう言って、シンジの視線をごまかすため、リンゴを口に運んだ。体がビタミンを
 求めていたので、心地よい酸味がレイの口の中に広がっていった。

 カゼをひいている人にとって、雑炊又はおかゆ、リンゴ、そして、優しく看病して
 くれる人、この三つがあれば、カゼは確実に治る。確かに、薬の力も大きいだろう
 が、カゼをひいて気弱になっている人にとって、優しく看病してくれる人がそばに
 いるだけで、カゼに対して随分と効果がある。まして、レイは、優しく看病して
 もらうのはこれが初めてだったので、その効果は絶大だった。シンジの看病のもと、
 レイは目に見えて回復していった。……もっとも、それ以外の変化も、レイには
 起きているようだったが……。

 しかし、レイが回復していくのに反比例するかのように、シンジの体調は悪くなって
 いった。

 レイが回復してきたので安心して気を抜いたため、カゼが治りきっていないのに
 全力で街の中を走り回った疲れが一気に吹き出てきたのだ。

 シンジはめまいを感じたあと、そのままベッドの横に置いていたイスから滑り落ち、
 床に倒れてしまった。

 碇君!! どうしたの!? 碇君! 碇君!!

 レイは慌ててベッドから降り、シンジを抱き起こした。

 「碇君、熱が……。そんな、どうして? ……私のせい? 私の看病なんかしたから
 碇君が?」

 「どうしよう……私はどうすれば……そうだ、薬。碇君が買ってきてくれた薬」

 レイは慌てて薬を取り出し、水を持ってきた。

 「碇君、薬、飲んで」

 しかし、シンジは気を失っているので、薬を飲む事が出来なかった。そこで、レイは
 薬と水を口に含み、口移しの要領でシンジに薬を飲ませた。少しむせたものの、
 なんとか薬を飲ませる事には成功した。

 「良かった。碇君、薬飲んでくれた……」

 レイは、シンジが薬を飲んだ事で一安心したが、今自分がした事を思い出し、口に
 手を当てて真っ赤になっていた。

 私……何て事を……

 レイは、その後しばらくぼ~~~っとしていたが、思い出したようにシンジの方を
 見た。しかし、薬がすぐ効いてくる訳でもなく、いまだに気を失ったままだった。
 レイは今まで他人の事に関心が無く、自分の身体にすら興味が無かったので、こんな
 時にどうしていいのか全く分からなかった。

 そんな時、レイの携帯電話が鳴った。

 「まさか、使徒!? こんな時に……。どうしよう……」

 レイは少し悩んだが、電話に出ない訳にもいかないので、着信ボタンを押した。

 「はい、綾波です」

 ・ ・ ・

 場所が変わって、ここはミサトのマンション。時間も少し前にさかのぼる。

 アスカは、時計をにらみながらイライラしていた。

 「遅い! ファーストのマンションがどれだけ遠いか知らないけど、いくら何でも
 遅すぎる! 『早く帰ってくる』って言ったのに。何してんのよシンジのやつ!」

 「どうせファーストの看病でもしてんでしょうけど、シンジだってカゼなんだから
 人の心配ばかりしてないで、たまにはゆっくり休みなさいよ。まったくお人好し
 なんだから……」

 そんな時、玄関のドアが開く音が聞こえてきた。

 「シンジ! 帰ってきたんだ!」

 アスカは慌てて玄関に駆け出そうとした。が、押し止まった。

 『何やってんのよ私は! 玄関まで出てったら、まるで私がシンジを待ってたみたい
 に思われるじゃないのよ!』

 そう思い、改めてその場に寝転がり、シンジが入ってくるのを待つ事にした。

 しかし、入ってきたのは、(当然) シンジではなく、ミサトだった。

 「ちょっとシンジ君! どうして起こしてくれなかったのよ? おかげで遅刻する
 し、リツコに散々イヤミ言われちゃったじゃないの」

 『……なんだ、ミサトか』

 アスカは、ミサトの顔を見るなり、最大限イヤそうな顔をした。

 「何よアスカ、そのイヤそうな顔は?」

 「別に」

 「あれ? ……シンジ君は?」

 「ファーストの所へ行ったきり、戻ってこないのよ」

 「え、レイの所へ? そりゃまたどうして?」

 アスカは、今日一日の出来事をミサトに語った。

 「そうだったの……。シンジ君、カゼひいてて私の事起こすの忘れたんだ。……でも
 アスカも薄情ね。それなら私も起こしてくれればいいじゃないの。ちょっと声掛ける
 だけでいいんだから」

 「いつもシンジがやってるから、すっかり忘れてたのよ。それに、起こしてくれな
 かったから遅刻した、なんて言って怒るのは子供だけよ。ミサト、目覚まし時計も
 セットしてないの?」

 「う、うるさいわね! アスカだっていつもシンジ君に起こされるまで寝てるじゃ
 ないの。私と同じじゃない」

 「私はちゃんと起きたし、遅刻もしなかったわ。ミサトと同じじゃないわよ!」

 「……どうしたのアスカ? 随分と機嫌が悪いようだけど、何かあったの?」

 「別に、何でもないわよ」

 「ははぁ~ん……そういう事か」

 「何よ、その笑いは」

 「シンちゃんがレイの所から戻ってこないんで、機嫌が悪いんでしょ?」

 「なんでそんな事で私が不機嫌にならなきゃいけないのよ! 私が機嫌が悪いのは
 おなかがすいてるからよ! 今日の食事当番はシンジなんだから!」

 「あきれた……。病気のシンちゃんに料理作らせる気?」

 「もう治ったって言ってたからいいのよ」

 「それじゃあ、あくまで『機嫌が悪いのはおなかがすいてるため』だと言い張るの
 ね」

 「言い張るも何も、それ以外にどんな理由があるって言うのよ?」

 「じゃあ、私が買ってきたクリスマスケーキを食べましょ。これでイライラも解消
 ね!」

 「何で夕食にそんなもん食べなきゃいけないのよ!」

 「あら、結構おいしいのよ。それに、随分と大きなケーキ買ってきたから、私達三人
 だけなら、今日明日は何も作らなくても大丈夫よ」

 「私はミサトと違って、そんな乱れた食生活は送ってないの。夕食はお米のご飯
 決めてるのよ」

 「アスカって、随分と日本的な食事になじんだわね。と言うより、シンちゃんの
 作る料理に馴染んだと言った方がいいかしら? ……やっぱり、シンちゃんが帰っ
 て来ないんで不機嫌なんじゃないの?」

 「だから、違うって言ってるじゃないのよ!」

 「照れない照れない。……でも、確かに遅いわね。……しようがない、レイの所に
 電話してみるか」

 そう言って、携帯電話を取り出した。アスカは、それを見て表情がぱ~っと明るく
 なった。レイに連絡したくても、自分はレイの携帯の番号を知らないので掛けられず
 にいたからである。冷静に考えれば、シンジの携帯に掛ければ済む事なのだが、今
 のアスカは、そんな事にすら気が付かないほどイライラしていたのだった。

 しかし、いきなり明るい顔になったアスカを、ミサトが見逃すはずもなかった。

 「う~~ん……。やっぱり止めよっかな」

 「な、何でよ!?」

 「だって、今日はクリスマスイブでしょ? せっかくのイブの夜にレイと二人っきり
 でいるのに邪魔しちゃ悪いじゃないの。……もし、電話を掛けた時、いい雰囲気
 だったら、後でシンちゃんに恨まれちゃうわ」

 「いいから、さっさと掛けなさい!」

 「……それならアスカ、一つ条件があるわ」

 「何よ、条件って?」

 『どうせ無理難題を私に押しつける気なんでしょ! ホント性格悪いんだからミサト
 は……』

 チョコレートの家、私が食べるわよ」

 「へ?」

 「ケーキの上に乗ってるやつよ。私、あれが大好きなのよ」

 「好きにすればいいじゃない! そんな事」

 『う~~~。私だってあれ好きなのに~~~』

 「じゃ、掛けるとするか」

 ピ ポ パ ……

 トゥルルルルルルル……

 ガチャッ

 「はい、綾波です」

 「あ、レイ? あなたカゼだったんだって? もう大丈夫なの?」

 「あ、葛城三佐……。はい、私は碇君が看病してくれたので、もう治りました」

 「そう。それは良かったわね。で、シンジ君はまだそこにいるの? まだ帰ってきて
 ないんだけど」

 「その事なんですけど、碇君、熱出して倒れたんです」

 「なんですって!? シンジ君、大丈夫なの!?」

 「はい、今は薬飲んで寝てます。私はどうすればいいんですか?」

 「今からそこ行くから、待ってなさい!」

 「はい、お願いします。早く来て下さい」

 そう言って、電話は途切れた。

 「ちょっとミサト、どうしたの? シンジに何かあったの?」

 アスカは、不安げにミサトに聞いた。

 「シンジ君、熱出して倒れたそうよ」

 「え!? そんな……。シンジ、大丈夫なの?」

 「ええ、今は薬飲んで寝てるそうよ。私、迎えに行ってくるわ」

 「私も行くわ!」

 「ええ、ついてきなさい」

 それから、二人はマンションの地下駐車場へ向かった。ミサトは三台ほど車を所有
 しているが、今回はシンジを連れて帰るため、四ドアタイプの車にした。

 アスカが助手席に座ったのを確認して、ミサトは車を急発進させた。

 『待っててね、シンジ君。今すぐ迎えに行くから……』

 『シンジ……』

 二人のそれぞれの思いを乗せた車は、一路レイのマンションへと向かった……。


 <つづく>


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