新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 伍 クリスマス決戦! レイvsアスカ

 - Aパート -


 ……カーテンの隙間から、朝の光がアスカの頬を優しくなでる。

 ……窓の外からは、雀たちの朝を告げる声が聞こえてくる。

 「う、う~ん……」

 十四歳にしては多少悩ましげな声を上げ、アスカは目覚めた。

 何物にも代え難い朝のまどろみのひとときをのんびりと味わいながら、優雅な仕種で
 目覚まし時計を手に取った。

 そして……。

 「どぅえぇ~~~っ!! 何よこれ~~~っっ!!」

 先ほどまでの優雅さはどこへ行ったのやら、アスカはベットから飛び降りた。
 そして、着替えもせず、パジャマのままキッチンに怒鳴りこんだ。

 「くぉら! バカシンジ!! どうして起こしてくれなかったのよ!
 遅刻しちゃうじゃない!!」

 しかし、キッチンには誰もいなかった。

 「え? シンジがいない……どうして?」

 いつもいるはずの人物が、いつもいるはずの場所にいない。それだけなのに、アスカ
 はなぜか言いようのない不安に襲われた。

 『ま、まさかシンジ、私を置いて一人で学校へ? そんな……どうして……?』

 アスカは、胸が締めつけられるような気がして、一段と不安が募っていった。

 「……そんなハズないわ! シンジが私を置いていくなんて……。きっと寝坊して
 るだけよ。絶対まだ部屋にいるんだから!」

 声に出し、自分にそう言い聞かせると、走るようにして (……実際に走って)
 シンジの部屋へと向かった。

 部屋の前に着き、ふすまに手を延ばそうとしたが、不安さで手が凍りついた。

 『もし、この部屋にシンジがいなかったら……。もし、本当に私を置いて学校に
 行ったのだとしたら、私は……』

 部屋の中にシンジがいない。それはアスカにとって最悪の事態を意味する。そして
 その時、アスカの脳裏にレイの姿が浮かぶ。

 『シンジ……まさか』

 アスカは、その思いを振り切るように頭を大きく振り、力強くふすまを開けた。

 薄暗い部屋の中で、シンジはまだ眠っていた。そして、その姿を見て、アスカは
 安堵のため息をついた。

 『良かった……シンジまだいたんだ。私を置いて行ったわけじゃなかったんだ。
 やっぱりただ寝坊しただけだったんだ。良かった、本当に良かった……』

 しかしアスカは、シンジが部屋にいた事で安心しきっている自分に疑問を感じた。

 『な、なんで私、シンジが部屋にいただけなのにこんなに安心しているのよ!
 なんでこんな事が、こんなに、こんなに嬉しいのよ!』

 アスカは無意識のうちに、自分の心の底に閉じ込めていた自分の気持ちに気付いて
 しまった。

 『え? 私、シンジの事が……? ま、まさかね、なんで私がこんなやつの事なん
 か……』

 改めてその思いを否定しようとしたアスカだが、高鳴る胸の鼓動と、赤くなる頬が
 その思いが偽りでない事を示していた。

 『まいったわね。なんだって私はよりによってこんな情けないやつの事がこんなに、
 こんなにも……』

 アスカは、自分の中に沸き上がった初めての思いにとまどい、どうしていいか分か
 らず、もどかしい思いをしていた。そして、それは、のんきに寝ているシンジへの
 怒りへと変わっていった。

 『この私がこんな思いしてるってーのに、のんきに寝てんじゃないわよ!』

 そう思うと、ズカズカと部屋の中に入り、シンジの耳もとで大声で怒鳴った。

 バカシンジ!! いつまで寝てんのよ! さっさと起きないと
 遅刻するわよ!!」

 いきなり耳もとで大声で叫ばれたシンジは、飛び上がるようにして目を覚ました。

 「ア、アスカ? なんで僕の部屋に? それも、そんなカッコで?」

 目を覚ましたら、目の前にパジャマ姿のアスカがいた……。シンジはパニックに
 陥りかけたが、辛うじて『遅刻する』という言葉で、現実を理解した。

 「え、遅刻?」

 そう言って、手もとの時計を見る。

 「な、なんで!? ご、ごめんアスカ! 朝ごはんは……」

 「そんなもん食べてる暇なんか無いわよ! さっさと起きなさい!」

 「う、うん」

 シンジは慌ててベッドから飛び起きたが、そのまま倒れてしまった。

 「ちょっとシンジ、何やってるのよ? まだ寝ぼけてるの?」

 「なんか、身体がだるくて……」

 「シンジ、カゼひいたんじゃないの?」

 そう言って、シンジの額に手を当てた。

 「熱があるじゃないの! 大丈夫!? 今日は学校休んだ方がいいわよ!」

 「だ、大丈夫だよアスカ。今日は土曜だし、何とかなるよ」

 シンジは、アスカを心配させまいと、微笑んでいた。

 「そう……なら、早く着替えなさい。本当に遅刻するわよ」

 「うん。わかった」

 こうして二人は、それぞれ着替えを始めた。

 『シンジ、大丈夫かな? あのシンジが朝起きられないなんて、よっぽど苦しいん
 じゃないのかしら……』

 アスカは、そんな事を考えていたが、時計を見ると、さすがにマズイ状況だった
 ので、慌てて服を着替え、髪をとかし、シンジの待つ玄関へ向かった。

 男の朝の準備は、女性ほど時間はかからないので、すでにシンジは玄関で待って
 いた。

 「お待たせシンジ! まだ走れば間に合うから、走るわよ!」

 「うん」

 そう言って、二人は学校に向かって走り始めた。

 『……何か忘れているような気がするわね……。ま、思い出せないんだから、たい
 した事じゃないわね!』

 アスカ (とシンジ) に忘れられたモノ……いや忘れられた人物、葛城ミサトは
 その頃もまだ夢の中にいた。……数時間後、リツコに電話で叩き起こされ、散々
 イヤミを言われたのだが、そんな事は、今全力で走っているシンジ達には全く関係
 なかった。


 マンションと学校の中間ほどの所に来たとき、アスカと並んで走っていたシンジが
 遅れはじめた。アスカも、同じように自分のスピートを落とし、シンジと並んだ。

 「シンジ、本当に大丈夫なの?」

 「う、うん。僕は大丈夫だから、アスカ先に行っててよ。このままじゃ、アスカ
 まで遅刻してしまうよ」

 「何言ってんのよ! 病人を放っといて、私一人先に行けるわけないでしょ!
 シャキッとしなさい、シャキッと!

 そう言ってアスカはシンジの手を取り、再び全力で走り始めた。

 『別に手をつないでいるんじゃないんだから! 遅刻したくないから、シンジを
 引っ張ってるだけなんだから!』

 アスカは自分に言い訳をしていたが、繋いだ手がどうしても気になったし、身体が
 熱くなるのは、走っているせいだけではなかった。


 そして、アスカの努力により、なんとか時間内に校門をくぐった。校庭には既に
 人影はなく、おそらく自分達が最後だろうとアスカは感じていた。

 靴箱を開けると、いつものように大量のラブレターが飛び出したが、それを無視し、
 靴を履き終えたシンジを引っ張り、階段を登っていった。

 「ほら、シンジ! もう一息よ! 頑張りなさい」

 アスカはシンジに声を掛けたが、シンジは返事をする気力すらなかった。

 「ふぅ~~~、どうやら間に合ったようね」

 教室に入り、一息ついていると、ヒカリが声を掛けてきた。

 「おはよう、アスカ。でも珍しいわね。アスカがこんなにギリギリで来るなんて」

 「あ、おはよう、ヒカリ。それがね、シンジが寝坊したせいなのよ。全く朝から
 いい迷惑だわ!」

 「碇君が寝坊? それはますます珍しいわね」

 「うん。なんか、カゼひいたみたいなのよ」

 「碇君もカゼ? 今日はカゼが流行ってるみたいね。うちのクラスでも随分と休ん
 でるみたいだし」

 そう言われて、アスカは教室を見回してみると、確かに空席が目立つ。この時間に
 来ていないという事は、おそらく休みである。

 『ファーストも休みか……。ま、あの女は普段から良く休むから、カゼかどうかは
 分からないわね』

 アスカがそんな事を思っていると、トウジとケンスケがやってきた。

 「……しかし朝っぱらから仲ええなぁ~お二人さん」

 「ほんと、イヤ~ンな感じ」

 「どういう事よ、二人とも?」

 「どういう事、言われても、な~~ケンスケ」

 「そうそう。朝から仲良く手を繋いで登校してくるんだから、冷やかされても仕方
 ないと思うな、僕は」

 「え?」

 そう言われるまで気が付かなかったが、アスカはまだシンジと手を繋いでいた。

 「ち、違うのよ! これは、シンジが手を引っ張ってたから、カゼひかないように
 私が遅刻してきたのよ!」

 「はぁ? 何ゆーとんのや?」

 アスカはよほど慌てていたのか、意味不明な事を口走っていた。

 「ちょっとシンジ! いつまで私の手を握ってるのよ! さっさと離しなさい!」

 「え、何? アスカ」

 しかし、シンジは今までの話を全く聞いていなかった。そして、その顔はひどい汗
 をかいていた。

 「ちょっとシンジ! あんたそんなに汗かいて大丈夫なの!? やっぱりカゼで
 苦しいんじゃ……」

 「走ったから……汗かいた……だけ……だよ」

 「あれだけ走っただけでそんなになるわけないでしょ! ヤセ我慢はよしなさい!」

 「なんや、シンジもカゼひいとんのか?」

 「確かに顔色悪いな。大丈夫なのか?」

 「碇君、ほんと保健室行った方がいいわよ。私がついていってあげるから」

 「う、うん。じゃあ、ちょっと保健室行ってくるよ」

 「あ、ヒカリ! ついでだから私が連れていくわ」

 「アスカが? ……じゃあお願いね。先生には私が言っておくから」

 「お願いね」

 「アスカ……ありがとう。今日はやさしいね」

 「な、何言ってんのよ! わ、私は別にシンジの事心配してんじゃないわよ!
 シンジに寝込まれたら困るからよ! そ、そう、誰が家の事やると思ってんのよ!
 それだけよ! それだけなんだから!」

 「はは……そうだね」

 「じゃ、じゃあヒカリ、シンジ連れて行くから!」

 「ええ、ゆっくりしてきて」

 アスカはシンジの手を引き、その場から逃げるように教室から出ていった。

 「……しかし、惣流も素直じゃないね」

 「ほんと。もう少し素直になってもいいのにね」

 「? どういうこっちゃ? 惣流は家の事やりとないから、シンジに寝込まれたら
 困る言うとったやないか」

 「はぁ~。ホント鈴原は鈍感ね。あれはテレ隠しで言ったに決まってるじゃない
 の。口ではああ言ってるけど、アスカは本当に碇くんの事を心配してるのよ。鈴原
 が知らないだけで、アスカはとても優しいのよ」

 「あの惣流が、か? 信じられん……」

 『はぁ~。ホント男の子ってどうしてこう鈍感なのかしら……。アスカ、お互いに
 苦労するわね』

 ヒカリが溜め息をつきながら見ている事も知らず、トウジはひたすら『信じられん』
 とつぶやいていた。


 その頃、シンジ達は保健室に着いていた。

 「失礼します」

 「あら、どうしたの?」

 「はい。シンジがカゼで苦しそうなので、見て欲しいんです」

 「今日は随分とカゼが流行ってるようね。朝から薬をもらいに来る生徒が後を絶た
 ないのよ。でも、あなたは少し重症のようね。とりあえず熱を計ってみて」

 「はい」

 シンジは体温計を受取り、熱を計り始めた。その間、先生はシンジの目や喉を見て
 いた。

 「うーん、確かに熱があるわね。喉も腫れてるようだし……。薬を飲んで、昼まで
 寝てなさい」

 「はい、そうします」

 「あの……先生、シンジ、そんなにひどいんですか?」

 アスカは心配そうに尋ねたが、先生はアスカを安心させようと、優しく答える。

 「心配しなくてもいいわよ。薬を飲んで、昼まで寝てれば良くなるわ。今日、明日と
 ゆっくり寝てれば治るわよ」

 「そうですか。良かった」

 「じゃあ、後は私に任せて、あなたは授業に戻りなさい」

 「はい。それじゃあ、シンジの事、お願いします」

 「ええ。あなたもカゼには気を付けてね」

 「はい! じゃあ、失礼します」

 そう言って部屋を出て行こうとするアスカに、シンジが声を掛ける。

 「アスカ、ありがとう」

 「病人はおとなしく寝てなさい」

 アスカは顔を赤くして、部屋を出ていった。

 「ふふ……。あんなかわいい彼女に心配してもらえるなんて、うらやましいわね」

 「え? 違いますよ。アスカは彼女ってわけじゃ……」

 「照れなくてもいいじゃない。お互い、名前で呼び合う仲なんでしょ?」

 「本当に違うんですけど……」

 シンジは何とか説明しようとしたが、今の様子だけ見ると恋人同士と思われても
 仕方がないかと思い、説得を諦めた。そして、薬を飲み、おとなしく寝る事にした。


 アスカは、保健室の帰り、ぼんやりと考え事をしていた。

 『情けないシンジは毎日見るけど、あんな弱々しいシンジ初めて見た……。早く
 良くなればいいのに……』

 ふと気が付くと、教室の前に立っていたので、そっと中に入った。

 「あの……遅くなってすいません」

 「ああ、話は聞いてる。席に着きなさい。……カゼが流行っているようなので、皆
 も十分、気を付けるように」

 教師はそう言って授業を再開したが、アスカはシンジの机を心配そうに見ていた。
 そして、そんなアスカを、ヒカリは優しそうに見つめていた。


 そして、あっという間に午前の授業が終わった。今日は土曜なので、家に帰る人、
 部活に出る人、友人と話している人などそれぞれだが、アスカはヒカリとともに、
 買ってきたパンを食べている。すぐ近くでは、トウジとケンスケも、同じように
 パンを食べている。もっとも、トウジは他の人の倍近く食べているが……。

 そんな所に、シンジが戻って来た。

 「お、シンジ、もうええんか?」

 「だいぶ、顔色が良くなったようだな」

 「碇君、もういいの?」

 「うん、もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 「しっかし……授業にも出んと昼まで寝てられるとは、ウラヤマシイのぉ~。ワシ
 もいっぺん、カゼひいてみるか」

 「何バカな事言ってんのよ! カゼひいてる本人は大変なのよ!」

 「そない怒らんでもええやんか、イインチョー。ちょっと言うてみただけやー」

 「まったくもう!」

 そんないつものやりとりを見ていたアスカが、シンジにパンと牛乳を差し出した。

 「はいシンジ! 買っといてあげたから食べなさい。どうせ今日は家に帰っても、
 昼ごはん作る元気ないんでしょ?」

 「ありがとうアスカ、うれしいよ……」

 「ま、この私がここまでしてあげてんだから、うんと感謝しなさいよ!」

 「うん。分かってる」

 「じゃ、態度で示してもらおうかしら。……月曜のお弁当は、私の好きな物ばかり
 入れといてよね」

 「うん! 腕によりをかけて作らせてもらうよ」

 「分かればいいのよ」

 そう言うと、アスカはヒカリとの会話に戻ったので、シンジはトウジ達の机に
 向かった。ヒカリには、アスカが照れ隠しで自分と話をしているのだと分かった
 ので、シンジが席に着いたのを見届けると、アスカに小声で話しかけた。

 「ねぇアスカ。今日は随分と碇君と仲がいいじゃない。何かあったの?」

 「な、何を言うのよヒカリ! 何もあるわけないじゃない!」

 「本当?」

 「本当よっ!」

 「ふふ……。じゃ、そういう事にしてあげる!」

 「だから、本当に何にもないって!」

 二人がそんな事を話している時、トウジ達も同じ事を言っていた。もっとも、こちら
 は小声で話すなんて事はしていないのだが。

 「シンジ、お前、惣流となんぞあったんとちゃうんか? 怒らへんから、正直に言う
 てみぃ」

 「は? 何の事?」

 「とぼけるなよシンジ。あの惣流がシンジのためにパンを買ってくるなんて、普通
 では考えられない事だぞ! これは二人の間に重大な何かがあったと見るのが自然
 だな」

 「何言ってんだよ(のよ)! 二人とも! そんな事あるわけないだろ(でしょ!)
 バカじゃないの!?

 シンジとアスカは同時にそう答えた。もちろん、最後の『バカじゃないの!?』は
 アスカだけだが。

 「じゃあ、何で惣流がシンジにパンを買って来たりするんや!? 納得いく説明を
 してもらおやないか!!

 「アスカは僕がカゼひいてるから、心配してくれてるんだよ」

 「嘘や! 惣流に限ってそんな事ある訳ない! きっとこれは悪い夢や!」

 「きっとこれは悪い事の前触れに違いない……。サードインパクトが起きるとか、
 ……雪でも降らなきゃいいけど」

 結構失礼な事を二人が言っているので、アスカの怒りゲージはグングンと上がって
 いった。

 「……アンタたち、随分といい度胸ね。覚悟はできてるんでしょうねぇ……」

 アスカの怒りが爆発しそうだった時、シンジの一言がそれを止めた。

 「今のは言い過ぎだよ! 二人とも知らないだけで、アスカは優しいんだよ!」

 『え? シンジ、私をかばってくれたの? 私の事、優しいと思ってくれてるんだ』

 そう思うと、急速に怒りが収まったので、二人への制裁はまた今度にする事にした。
 ……忘れた訳ではないのが、いかにもアスカらしいのだが。

 「シンジが惣流をかばうなんて……やっぱり何ぞあったんや」

 「イヤ~~~ンな感じ!」

 「だから、何でそうなるんだよ!」

 「本当に二人ともいい加減にしなさい! 碇君の言うように、アスカは優しいのよ。
 だから、碇君のためにパンを買ってきたのよ」

 「つまらん」

 「本当、何かあったと思ったのに……」

 「あのね……」

 「でも、相田君の話じゃないけど、一度雪って見てみたいわね。私、雪なんてTVや
 本でしか見た事ないのよ。それに、今日はクリスマスイブでしょ? こういう日に
 雪が降るのをホワイトクリスマスって言うの。さぞ綺麗でロマンティックでしょう
 ね~」

 ヒカリがうっとりとそうつぶやく。

 「雪か~~~」×一同

 「ま、確かにワシも雪なんぞ見たコトないわ」

 「仕方ないよ。なにしろ日本は一年中夏なんだから」

 「セカンドインパクトの前は日本でも雪が降ってたって、ミサトさん言ってたよ」

 「何よ? あんたたち、雪見た事ないの?」

 「アスカはあるの?」

 「ま、ドイツには四季があるし、何度も見た事あるわよ」

 「ね、ね、どんな風なの? やっぱり、綺麗なの?」

 「まぁ、ヒカリの言うように、ホワイトクリスマスなんてのは綺麗でいいわね。
 ま、ロマンティックかどうかは一緒にいる相手にもよるけどね。……でも、そんな
 にいいもんじゃないわよ。寒いし、交通はマヒするし、溶けると汚いし……。雪
 なんて年に一度、クリスマスイブの日にでも降れば、それでいいのよ」

 「そうなの? ……でも、やっぱり一度は見てみたいわね」

 「それなら、思いっきり意外な事をしてみたらいいんじゃないのかな?」

 「? どういう事、ケンスケ?」

 「さっき、惣流がシンジに優しくしているのを見て、『雪でも降らなきゃいいけど』
 って言ったろ? 日本じゃ昔から、普段しないような事をすると雪が降るって言う
 んだよ。だから、雪を降らせたかったら、逆に意外な事をすればいいんじゃないか
 と思ってさ」

 「意外な事、か……。それやったら、こう言うのはどうや? シンジと惣流がキス
 するってのは? 普通じゃまず起こらん事やから、効果があるかも知れん」

 「何でそうなるんだよ(のよ)!!」

 「そう二人して怒らんでもええやんか。例え話やし、別に今ここでキスせえ言うとる
 わけやないんやし」

 「だからって、もう少しましな例え話は無いの!?」」

 アスカは身に覚えがあるし、うっかりシンジが余計な事をしゃべらないかと気が
 気でなかったので、早く話を変えたかった。

 「意外っていうんだったらさ、綾波が笑うっていうのも、意外だと思わないか?」

 「そうね。あの女が笑うなんて、絶対にない事だものね」

 アスカはとりあえず話が逸れたのでホッとしていた。

 『……古いことわざなんて、アテにはならないな……』

 シンジはそう思った。なぜなら、アスカとキスした事もあるし、微笑む綾波も見た
 事がある。なのに、一度も雪など降っていないのだから。


 そんな時、初老の担任教師が教室に入ってきた。

 「ああ、洞木くん、まだいたのかね。良かった、ちょっといいかね?」

 「は、はい! 何でしょうか?」

 ヒカリは先生の所へ行き、何事かを話していた。

 「……じゃあ悪いけど、よろしく頼むよ」

 「……はい、分かりました」

 先生が教室から出て行くと、ヒカリは溜め息をつきながら戻ってきた。

 「どうしたのヒカリ、溜め息なんかついて?」

 「……」

 ヒカリの身に一体何が!?


 <つづく>


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