新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 参 アスカ、心の 迷宮 ラビリンス

 - Cパート -


 「私は、私はシンジの事が好きなの!!」

 「え?」

 シンジはすっかり混乱していた。

 『さっきまで僕の事を嫌いだと言って激しく罵っていたのに、今度は僕の事が好きだ
 なんて……』

 シンジには何が起こったのか全く理解出来なかった。

 「アスカ……あの……どういう事?」

 シンジは恐る恐る聞いてみた。

 「私は……私は、あの女にだけは負けたくなかったの」

 「? あの女って綾波の事?」

 「そう、あんな人の言う事を何でも聞く人形のような女にだけは負けたくなかった。
 ……でも、私はあの女に助けられた。そのうえ、とうとうエヴァを動かす事もでき
 なくなってしまった。……私は完全にあの女に負けたのよ。私のパイロットとして
 のプライドはズタズタになったわ。だから思ったの

 せめて女としては勝ってやる

 って」

 「女として?」

 「そう、あの女はシンジの事を気にしてた。シンジもあの女の事を気にしてた。
 だから私は、あの女からシンジを奪ってやろうと思ったの。そうすれば、パイロット
 としては負けても、女としてはあの女に勝てると思ったのよ。
 だから、シンジとキスしたの

 「あ……あのキスはそういう意味があったのか」

 「でも、シンジはそんな私に優しくしてくれた。いつも酷い事を言ってたのに。
 さっきも、私のために家を出るとまで言ってくれた。だから、私はいつの頃からか、
 本当にシンジの事が好きになってたの。確かに、あの女に勝ちたいという気持ちは
 あったけど、あのキスは、本当にシンジとキスしたかったからなの……。

 だけど、シンジはあの女ばかり見てた。それがどんなに悔しいか、悲しいか、せつな
 いか……。だから、私はシンジに抱いてもらおうと思ったの。そうすれば、シンジ
 は私の事だけを見て、私の事だけを考えてくれると思ったの。……だけど、シンジ
 はそんな私を受入れてはくれなかった。だから、あんな事を言ってしまったの。

 ごめんなさい。本当にごめんなさい……

 アスカは心からシンジに謝っていた。

 「アスカが謝る事ないよ。僕が悪いんだ。僕がアスカをそこまで追い詰めてたなん
 て。アスカが僕の事をそこまで思ってくれてたなんて全然気が付かなかった。

 本当に自分の鈍感さが嫌になるよ。

 ……だけど、アスカ。さっきも言っただろ? 僕が好きなのはアスカだって」

 「で、でも、シンジは……」

 「確かに僕は綾波の事を気にしてる。でも、それは綾波の中に母さんの面影を見てる
 から
だと思うんだ」

 「お母さんの?」

 「うん。なぜだか分からないけど、綾波を見ていると何か懐かしいような気がして、
 何だか母さんを見ているような気がするんだ……」

 そして、シンジはつらそうな、悲しそうな、悔しそうな、複雑な顔をした。

 「……父さんが綾波を使って何かやってるようなんだ。僕には良く分からないけど、
 綾波に母さんの面影を見るのはそのためだと思うんだ」

 「碇司令が……?」

 アスカはどういう事かをシンジに聞きたかったが、シンジの顔を見て思い止まった。
 シンジにとって聞かれたくない事、言いたくない事のような気がしたので、それ
 以上は聞けなかった。

 「……それじゃあシンジ、本当に私の事を……?」

 アスカは、少し赤くなりながらシンジを見つめた。

 「うん。僕はアスカの事が好きだよ」

 シンジは、赤くなりながらも、しっかりとアスカの目を見て、そう言った。

 アスカは、一瞬、泣いているような笑っているような不思議な顔を浮かべたが、すぐ
 に満面の笑みに変わった。それは、シンジが数週間ぶりに見るアスカの笑顔だった。
 いや、心からの笑顔という点においては、シンジにとって初めて見る笑顔だった。
 また、アスカにとっても、そういう顔になれたのは、まだ自分が小さく、幸せだった
 頃以来であった。完全に心を無防備にして微笑む事のできる相手、シンジに出会えた
 おかげで、遙か昔に忘れてしまった、心からの笑顔を作れるようになっていた。

 そんなアスカを見て、シンジも優しい顔になった。二人は自然に見つめ合い、微笑
 んでいた。

 その時、アスカはシンジの額の血を見て、シンジが怪我をしている事を思い出した。
 シンジの足元には、色々な物が散らばっていた。マクラ、クッション、本……。それ
 らに混じって、目覚まし時計が転がっていた。アスカは、瞬時にそれが当たったと
 判断した。アスカは血の気が引くのを感じた。

 『いくら取り乱していたからといって、目覚まし時計をぶつけるなんて……』

 アスカは自分の行動が信じられなかった。

 「シンジ、ここに座って。ケガ、見てあげる」

 「え、ケガ?」

 シンジは、そう言われて初めて自分が血を出している事に気が付いた。今まで、それ
 どころではなかったので全く気にならなかったが、血を意識した途端に痛みが襲って
 きた。

 シンジは、アスカの座っているベッドに、アスカの横に並ぶように腰掛けた。その
 直後、アスカは、白い手でシンジの前髪を分け、そして額の傷を覗きこんだ。アスカ
 の息づかいが感じられるほど近く、少し動けば、すぐにアスカに触れられる。シンジ
 は急に心臓の音が早くなるのを感じた。考えてみれば、アスカの部屋 (元は自分の
 部屋だが) に入るのは、これが初めてだった。

 『ア、アスカの顔が、こんなにも近づいてる……』

 シンジは、早くなる心臓の音がアスカに聞こえるんじゃないかと思い、気が気で
 なかった。

 やがて、傷を見ていたアスカは、バンソウコウを取り出し、シンジの額に貼った。
 少し切れているだけで、見た目ほど酷い傷ではなかった。

 「ゴメンね、シンジ……痛かった?」

 「アスカの心の傷に比べたら大したことないよ。これくらい、すぐに治るよ」

 シンジは、アスカを心配させまいと、そう言って微笑んだ。

 「ありがとう。シンジ……優しいのね」

 アスカは目は潤ませながら、そう言った。



 「ねぇシンジ、それでも私の事、抱いてくれないの?

 アスカは、そう言いながら、ズイッとシンジに迫る。

 「え……で、でも僕たちはまだ中学生だし……。ドイツじゃどうだか知らない
 けど、日本じゃまだ早いよ」

 シンジは、そう言いながら、少しベッドの端に移動する。

 「ドイツや日本は関係ないわよ。要は二人の気持ちの問題よ」

 そう言いながら、再びズイッとシンジに迫る。

 「で、でも僕はまだ自分に自信が持てないし、アスカを守れる程強くないよ。
 そ、それに……、子供とかできたら困るだろ……」

 そう言いながら、再びベッドの端に逃げる。

 「私は、シンジの子供なら構わないわよ」

 そう言いながら、更にシンジに迫る。

 既にシンジの逃げ場はなくなっていた。

 (もうすぐ~そこは~しろぉい~カベ~)

 シンジは、ついに壁ぎわまで追い詰められた。

 危うし、シンジ! ついに一線を超えてしまうのか!?


 <つまずく……もとい……つづく


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