シンジは、ついに壁ぎわまで追い詰められた。

 危うし、シンジ! ついに一線を超えてしまうのか!?


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 参 アスカ、心の 迷宮 ラビリンス

 - Dパート -


 「あ、ありがとうアスカ。……でも、やっぱりだめだよ。僕はアスカの事
 が好きだよ。だからこそ、今はまだ無責任な事はしたくないんだ」

 シンジのその真剣な態度に、アスカは諦めざるをえなかった。

 「……じゃぁシンジ、キスだけならいいでしょ? 私はまだ不安なの。シンジが
 の事を好きだという証が欲しいの。お願い……」

 「う、うん」

 そして、アスカは静かに目を閉じた。その表情は、いつも自分の事をバカにしている
 アスカとは、とても思えないほど可愛かった。

 そして、二人を唇を重ねた。以前とは違い、お互いが求め合い、心を重ね合わせる
 大人のキス。今の二人には、それが自然にできた。

 「ん……」

 そして、どちらからともなく離れる。さすがに、二人とも赤くなっていた。

 「ねぇシンジ。いい男になりなさいよ。私が最初で最後の男として、シンジを選んだ
 事を後悔しないように、シンジを選んだ事を誇りに思えるように、いい男になりな
 さいよ!

 「さ、最初の男って言ったって、僕はまだ何もしてないよ」

 「だ~め! 私のファーストキスとセカンドキスをあげたんだから、もう逃がさない
 わよ!」

 「あ……」

 『しまった~~~! これは罠! 十四歳にして、将来が決定してしまうなん
 て……』

 シンジは一瞬、目まいを感じた。しかし、それは心地のよい束縛感だった。

 「うん、いいよ。僕はアスカを守るために強くなるよ」

 「ええ」

 そして、二人はもう一度キスを交わす。

 「……ねぇシンジ。私、どうしてエヴァを動かせなくなったのかな?」

 アスカは、甘えるような声で、そう言った。

 「う~~ん。良く分からないけど、アスカは焦りすぎてたんじゃないかな?」

 「焦りすぎ?」

 「うん。アスカは、僕や綾波の事をライバルだと思ってただろ? 敵だとさえ思っ
 ていたのかも知れない。僕たちはエヴァのパイロットとして、仲間のはずなのに」

 「……そうかも知れないわ。あの時の私は、シンジもあの女の事も嫌ってた。私の
 存在理由を消すかも知れなかったから。そして、全ての物を嫌ってた。周りの人、
 自由に動かせない弐号機、そして、そんな私自身も……。みんな嫌ってた」

 「多分、それが原因だと思うよ。いつかリツコさんが言ってた。エヴァとのシンクロ
 に必要な、A10神経は特殊だって。誰かを愛したり、守りたいと思う心が必要なん
 だって」

 「誰かを愛したり、守りたいと思う気持ち……。じゃぁシンジ、私は今ならエヴァ
 を動かせるかも知れない! だって、私には愛する人が、守りたい人ができたから。
 私はシンジを守りたい。私の事を支えてくれて、私が安心していられる場所を作って
 くれるシンジを守りたい。私の全てを使って!

 「じゃあ、僕はアスカを守ろう。僕の全てを使って!

 アスカは、この日の事を決して忘れなかった。シンジと分かり合ったこの日の事を。

 ・ ・ ・

 そして数年後、使徒も来なくなり、世の中は平和になった。

 シンジは、アスカとの約束を守り、心身共に立派に成長していた。父親譲りなのか
 随分と背が高くなり、たくましい身体になっていた。また、母親ゆずりの整った
 顔立ちは、年と共に精悍さを増していた。誰にでも優しい性格は相変わらずで、
 周りの女性に非常にもてた。そして、その女性たちはアスカの存在を知ると、しきり
 にアスカの事をうらやましがった。

 そのアスカも美しく成長していた。常にシンジがそばにいる事で心にゆとりができ、
 攻撃的だった性格は影をひそめ、すっかり丸くなっていた。そのため、周りの男は
 アスカの事を放っておかなかったが、アスカは常にシンジを見ていたし、シンジは
 男から見てもいい男だったので、諦めるしかなかった。

 こうして二人は、美男美女のお似合いのカップルとして羨望の眼差しを浴び、周り
 の人々の祝福の中、結婚する事ができた。


 そんなある日、アスカは幸せそうに左手の薬指を見つめていた。

 「どうしたの、アスカ?」

 「あの日の事を思い出してたの。あの時、シンジが私を支えてくれなかったら、
 きっと私はダメになってた。もしかしたら、自殺してたかも知れない。少なくとも、
 今ここでこうして幸せには暮らしていないと思うわ。だから、本当にシンジには
 感謝してるの。私を幸せにしてくれたシンジに……ね」

 そう言って、少し甘えたようにシンジを見る。

 「それは違うよ、アスカ」

 「え?」

 「アスカが僕を支えてくれたから、僕はアスカを守るために強くなれたんだよ。
 それに、僕だって今幸せなんだ。だから、僕がアスカを幸せにしたんじゃない。
 僕たち二人で支えあってきたからこそ、今、二人とも幸せでいられるんだよ」

 アスカは、そう言うシンジを誇らしげに見つめていた。

 「シンジ……、本当に強くなったわね。やっぱり私の目に間違いはなかったわ」

 「約束破るとアスカ、恐いだろ」

 「もう! 私はそんなに乱暴じゃないわよ」

 「うん、アスカは本当に優しくなったよ。これからも、二人で支えあって生きて
 いこう」

 「ええ、シンジ。……でも、二人じゃないわよ、三人

 そう言って、アスカは自分のお腹を撫でる。

 「え、アスカ、まさか!?」

 「ええ、今日、病院に行ってきたの。そしたら、『おめでとうございます』って」

 アスカは、少し赤くなりながら、そう言った。

 「やったじゃないか! おめでとうアスカ、そうか、僕は父親になるのか!」

 「そして、私は母親になるのね」

 「僕たちの子供には幸せになって欲しいね。だって、僕たちの子供の頃には、それ
 が無かったから」

 「大丈夫よ。だって、この子の父親はシンジなんだから、きっと幸せになれるわ」

 「そうだね。アスカが母親なんだから」

 二人は見つめ合い、微笑んでいた。これまで自分たちが歩んできた道が間違って
 いなかった事を確信して。そして、これからも家族で幸せに暮らせる事を確信しな
 がら。

 シンジとアスカ、そして二人の子供たちが幸せである事を願って……。


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 外伝 参

 アスカ、心の迷宮 <完>


 ・ ・ ・


 -if-原稿担当、加藤喜一(仮名)氏による、後書き


 はう~! 綾波が出てこない!

 と、お嘆きの綾波ファンの皆さん、僕も同じ気持ちです。

 どうもスイマセン。

 しかし、この話はもともと、あのままじゃあまりにアスカが可哀相だと思って書いた
 ものなので、綾波は出しにくいんです。綾波を出すとドロドロした世界になりそう
 だし、シンジにどちらかを選ばさなくてはならなくなる。話の展開上、シンジは
 アスカを選ぶでしょう。となると、シンジとレイは別れなくてはならなくなる。
 そんな話は死んでも書きたくないので、今回はあえて出さない事に
 しました。出さないと決めた以上、徹底的に出さなかったので、今回はセリフすら
 ありません。

 しかし、おかしいなぁ。僕は二人とも好きだけど、どちらかと言うと綾波のファン
 だったはずなのに、話を作ると、なぜかアスカの方が倍以上に長くなってしまう。

 これはきっと、全国一億人と言われるアスカファンが、電波で僕を操っている
 に違いありません。

 しかし、次の外伝は、バランス上綾波の話になるはずです。
 それまで待てない人は、綾波のナヤミでも読んでいてください。
 僕が恥ずかしさのあまり、転がりながら書いたやつなので、読んだ人も、きっと
 転がり回る事でしょう……。


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