新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 参 アスカ、心の 迷宮 ラビリンス

 - Bパート -


 「アスカ、入るよ」

 「入って来ないで!」

 すぐに強烈な否定の言葉が返ってくる。シンジは決意が鈍るのを感じた。

 しかし、ここで逃げればアスカに何も言えなくなる。壊れかけたアスカを止める事が
 出来なくなる。

 そう思い、再び声を掛ける。

 「アスカ」

 ……返事は返ってこない。シンジには、目の前のふすまがアスカの心の壁のように
 思えた。こちらから働きかけなければ、決して開かない心の壁。

 しかし、今、目の前のふすまは、少し勇気を出し、手を伸ばせば開く事が出来る。

 アスカの心の壁はそんなに簡単には開かないだろうが、こちらから働きかけなけれ
 ば、決して答えてはくれない。

 シンジはそう思い、体中から勇気を絞り出し、アスカの部屋に入った。

 アスカは驚きを隠せなかった。あのシンジが、あの臆病で人の顔色ばかり伺っている
 シンジが、入るなと言ったのに入って来た事が信じられなかった。

 だが、それはすぐに怒りに変わった。

 「何よ! 入って来ないでって言ってるでしょ! 早く出てって!」

 「アスカ、僕の話を聞いてよ」

 「うるさい! 話す事なんか何も無い! 出ていけ!」

 そう言いながら、手当たり次第にシンジに物をぶつけた。マクラ、クッション、本、
 手に触れた物を片っ端からシンジに投げつけた。シンジはあえてそれを避けず、
 それらを体中で受けていた。

 やがて、疲れたのかアスカは静かになった。

 そして、シンジはゆっくりと口を開いた。

 「アスカ、僕にはアスカの気持ちが分からないって言ったよね。じゃあ、アスカには
 分かるの? 僕の気持ちが」

 「え?」

 「好きな人に酷い事を言われた僕の気持ちがアスカに分かるの? ……今、アスカ
 がしようとした事が、男にとって、僕にとってどれほどつらい事なのか、アスカに
 は分かるって言うの? 僕はそこまでされて平気なほど強くはないよ」

 「あ……」

 アスカは泣き叫びながら心の中の物を全てぶちまけ、シンジに色々な物をぶつけた
 ので、少し気が楽になり、落ち着いていた。そして、自分が何を言い、何をしようと
 したのかを冷静に考える事ができるようになっていた。

 確かに、シンジに対して酷い事を言い、許されないような事をしようとしていた。

 改めてシンジを見ると、少しうつむき、酷くつらそうな顔をしている。自分がぶつけ
 た物で額を切ったのか、血が出ていた。

 『どうして……どうしてこんな事になってしまったんだろう……。私はシンジに
 こんな事を言うつもりじゃなかったのに……。こんな事を言うためにシンジに会い
 に来たわけじゃないのに……。どうして、どうしてこんな事になってしまうの?
 どうしてもっと自分に素直になれないの……?

 アスカは、すさまじい後悔に襲われていた。ボロボロの今の自分を唯一救ってくれる
 かも知れないシンジ。そのシンジを今、自らの手で深く傷つけ、そのせいでシンジを
 失おうとしていた。

 『嫌! このままじゃシンジに嫌われてしまう……そんな事になったら私は……私
 は……。何とかしなければ……でもどうすれば……。あんな酷い事を言い、あんな
 酷い事をしようとしたのに……。いくらシンジが優しくても、もう私を許してくれ
 ない。どうすれば……どうすれば……』

 アスカは、何とか弁解しようと思ったが、気ばかり焦り、言葉が出てこなかった。

 しばらく沈黙が続いたが、シンジの方が沈黙を破った。

 「でも、アスカの気持ちも分かるよ。アスカは子供の頃からエヴァのパイロットで、
 その歳で大学を卒業して、天才と呼ばれてきて……。でも、きっと本当はもの
 すごく努力したんだろ? 誰にも気付かれないように。アスカ、そういう事、人に
 見られるの嫌うから」

 『どうして、どうしてシンジにそれが分かるの? どうして?』

 アスカは、なぜシンジが自分の子供の頃を知っているのか分からなかった。

 確かに、今シンジの言った通りだった。両親に捨てられたと思い込んだアスカは、
 自分を見て欲しい、自分を必要として欲しい、自分を認めて欲しい。
 と思う余り、屈折した完全主義者となった。そして、苦しいエヴァの訓練にも耐え、
 寝る間も惜しんで勉強し、ついに高いシンクロ率と大学卒業を成し遂げた。人々は、
 口々にアスカを天才と讃えた。アスカは、自分の望む物を手に入れた。しかし、その
 陰で、アスカがどれだけの努力をしてきたかを知る者はいなかった。

 それなのに、たった数ヵ月一緒に暮らしただけのシンジが、こんなにも自分の事を
 理解してくれているのが嬉しかった。そして、そのシンジを傷つけてしまった自分
 の軽率さを呪った。

 「努力してやっとなったエヴァのパイロット。それが僕みたいに、いつも何かから
 逃げているようなやつと同じだと知ったら、そりゃ怒るよね。しかも、自分の調子の
 悪い時に、たまたま僕のシンクロ率が良かったとしたら、嫌いになるのも無理ない
 よ。でもアスカ、自分を傷つけても、他人を傷つけても、何も変わらないよ。
 自分がつらくなるだけだよ」

 「うん、分かってる」

 アスカは、自分でも信じられないほど素直に、そう言えた。

 「でも安心して。僕がこの家を出ていくから」

 「え? 何でシンジが出ていくのよ?」

 アスカはうろたえてしまった。シンジが何を思っているのか、全く分からなかった。

 「だって、アスカは僕の事が嫌いなんだろ? 僕の顔を見るとイライラしてストレス
 が溜まるんだろ? だから僕が出ていくよ。僕は元々独り暮らしのはずだったんだ。
 ……ここに来るまでも同じようなものだったし。又、昔みたいに一人になるだけだ
 よ。寂しくは…………ないよ。でも、今、アスカは一人でいてはいけない。一人で
 いると悪い方にばかり物事を考えてしまうからね。……僕はそばにいられないけど
 ミサトさんがいれば大丈夫だよ」

 「嫌よ! あんな女と二人っきりにしないで!」

 「え? どうしたのアスカ? ミサトさんの事、嫌いなの?」

 シンジは、アスカが突然厳しい顔になったので慌てていた。

 「そうよ! あんな私から加持さんを取った女なんか……シンジばっかり可愛がる
 女なんか……。シンジ、私をあんな女と二人っきりにしないで。私を置いていかな
 いで。私を一人にしないで……」

 「で、でも、アスカは僕の事が嫌いなんだろ?」

 「ち、違うの。あれは違うの。私はあんな事を言うつもりじゃなかったの。
 ……ううん。心の中ではどこかでそう思ってたのかも知れない。だから、とっさに
 あんな事を……。でも違うの」

 「私は、私はシンジの事が好きなの!!


 <つづく>


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