新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 参 アスカ、心の 迷宮 ラビリンス

 - Aパート -


 シンジはベッドに寝ころがり、粗末な照明の明かりをぼんやり眺めていた。

 『アスカ、どこに行っちゃったんだろう? もう二日も帰って来ない……』

 『そういえば、ここんとこ様子がおかしかったな……。無理もないか。僕たちは
 まだ十四歳なのに、世界の運命をかけてあんなバケモノと戦ってるんだ。いつ死ぬか
 分からない毎日。そりゃストレスも溜まるよな……』

 『それに、アスカは僕や綾波の事をライバルだと思ってたし。何でも自分が一番に
 ならないと気が済まない所があるから、シンクロ率が悪くてエヴァが動かせなく
 なったなんて事があれぱ、いたたまれなくなって家出するのも無理ないか』

 『でも、僕はどうすればいいんだろう? 相談したくてもミサトさんはなかなか帰
 って来ないし、帰って来てもすぐ自分の部屋にこもって何かやってる。僕の話なん
 か聞いてもくれない。……みんな自分の事だけで精一杯なんだな。他人の事まで構
 っていられない……。僕も人の事は言えないな。いくらアスカの行きそうな所の心
 当たりが無いからって、いくら自宅待機の命令が出てるからって、アスカを探そう
 ともしないんだからな……』

 『でも、会ってどうするんだ? ……綾波の話でもするのか?』

 『そもそも、アスカは僕に会いたくないから家出したんじゃないのか? だとしたら
 今会っても逆効果なだけかも知れないな……』

 そんな事を考えていると、玄関のドアが開く音が聞こえてきた。

 『ミサトさんかな? どうせすぐ部屋にこもってしまうんだろうな……』

 シンジはゴロリと寝返りを打った。しかし、足音は部屋の前で止まり、ノックも
 無しにふすまが開かれた。

 「ア、アスカ!?」

 そこには、アスカが立っていた。この二日間何も食べていないのか、少し頬がこけて
 いた。そして、寝ていないのか、あるいは泣いていたのか、目が赤かった。

 「アスカ?」

 シンジが声を掛ける。しかし、アスカの返事は無かった。何か思い詰めたような
 表情でシンジを見つめていた。

 そして、おもむろに口を開いた。

 「……シンジ、私を抱いて」

 「なっ!」

 シンジは自分の耳を疑った。あのアスカがこんな事を言うなんて、とても信じられ
 なかった。

 「何言ってんだよアスカ! 自分が何言ってるのか分かってるの!?」

 「別に大した事じゃないわよ。前にキスした時と同じ、退屈なだけよ」

 それがどうかしたの? というような表情で、アスカはシンジを見た。

 「た、退屈だからってそんな……」

 「私はもうエヴァには乗れないのよ。他にする事がないのよ。……それとも、
 女が恐いの? 私が恐いの?」

 アスカはシンジを挑発するように見ながら、ゆっくり近づいてきた。

 しかし、シンジはアスカの挑発には乗らず、ムッとした表情を見せた。

 「あぁ、恐いね。僕は今のアスカが恐いよ」

 「えっ?」

 「アスカは今自暴自棄になってる。ストレスが溜まって、何もかもがどうでもいい
 と思ってるだろ? いくら僕でもそれくらい分かるよ。……確かに、僕たちには
 色んな重圧やストレスがのしかかってくる。でも、それから逃げるなんて全然アスカ
 らしくないよ。僕は、アスカがその重圧で壊れてしまうようで、アスカがアスカで
 なくなってしまうようで恐いよ」

 「な、バ、バカにしないで! 何よ、私には女としての価値が無いって言うの?
 エヴァのパイロットとしてだけじゃなく、女としても私は用無しだって言うの?
 バカにしないでよ!」

 「な、何言ってんだよアスカ!? 誰もそんな事言ってないだろ?」

 「うるさい! うるさい! うるさいっ! 何よ、私の事何でも知ってるような口
 きかないでよ! シンジに何が分かるって言うの? エヴァに乗れない私は誰も見て
 くれない。誰も気に掛けてくれない。誰も、誰も私の相手をしてくれない! それ
 がどんなに悔しいかシンジに分かるって言うの? 簡単に使徒を倒せるシンジに
 なんか、私の気持ちなんか分かる訳ないわ!」

 「だからってアスカ、そんな事したって……」

 「分かってるわよ、こんな事したって何にもならない事くらい。でも、私はもう
 疲れたのよ。毎日毎日、こんな苦しい思いをするくらいなら、いっそ心なんか
 無ければいい。人の言う事を何でも聞く人形になれればどんなに楽になれるか、
 そう思ったのよ。……だから、だから私は自分を傷つけたかった。堕ちる所まで
 堕ちてみたかった。そうすれば、もう傷つく事もないと思って……」

 「だから、私は大キライなシンジなんかに抱かれようとしたのよ」

 「そうすれば私は汚れる事が出来る。何もかもなくせば、もう心もなくなって
 しまう。そう思ったのよ。だからシンジなんかに……シンジなんかに……」
 アスカの言葉一つ一つが鋭いナイフのようにシンジの心をズタズタに引き裂いて
 いた。アスカを見るのがつらくなってくる。

 『アスカは自分自身を傷つけるために、僕を利用しようとしたのか』

 「ア……アスカ」

 シンジは何とか声を絞り出した。

 「うるさい! 同情なんかまっぴらよ。大体、私がこんなになったのはシンジの
 せいなのよ」

 「え?」

 「シンジが来なければ、私はエヴァのトップパイロットでいられたのよ。みんな私
 の事を見てくれて、大事にしてくれたのよ。……それがシンジが来てからという
 もの、シンクロ率は下がるし、とうとうエヴァには乗れなくなるしロクな事がない
 わ。これも全てシンジが悪いのよ。シンジさえ来なければ……シンジさえいなけれ
 ば、私は……私は……」

 「キライ! キライ! みんなキライ! 大キライよ!」

 アスカはそう叫ぶと、部屋を出ていってしまった。どうやら自分の部屋に閉じこも
 ってしまったらしい。シンジは茫然と立ちつくし、アスカの出ていった入口を見て
 いた。指一本動かす事も出来なかった。悲しかった。ただ、全てが悲しかった。
 今すぐこの場から消えてなくなりたいと思った。アスカの言うように、心など無け
 ればいいとさえ思った。

 だが、逃げる事は出来なかった。今のアスカを放っておいたら何をしでかすか
 分からない。……最悪の事態だけは避けたかった。

 シンジは、重たい身体を引きずるようにアスカの部屋へと向かった。

 「アスカ、入るよ」


 <つづく>


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