新世紀エヴァンゲリオン-if-

 外伝 壱 綾波のナヤミ

 - 前 編 -


 「おはよう、レイ」

 「あっ、おはよう、あなた」 ニコ

 そう言って、レイは微笑んだ。

 「ちょうど朝食の準備が出来たから、今から起こす所だったの」

 そう言って、朝のキスを交わす。

 「今日は何?」

 「トーストとハムエッグ、海草サラダと牛乳よ」

 レイはそう言いながら、楽しそうに食卓を指差す。食卓には、おいしそうな食事が
 二人分用意されていた。

 そう、二人分。

 「……レイ、肉、嫌いなんだったら無理しなくていいんだよ」

 「ううん、平気。最近はだいぶ食べられるようになったから。それに……あなたと
 同じ物を食べていたいから……」 ぽっ

 「レイ……ありがとう」 ニコ

 二人が結婚してから既に半年が過ぎた。初めは肉が全く食べられなかったレイだった
 が、『同じ物を食べたい』との思いが次第に強くなり、今では少量なら食べられる
 ようになっていた。

 「ふふふ……」

 「どうしたの?」

 「あなたが初めて私の事を『レイ』と呼んでくれるようになった日の事を思い出して
 いたの」

 「ああ、あの日の事か」

 「あなた、覚えてる?」

 「もちろんさ。あの日の事は忘れる事はないさ」



 あの日。

 それは、シンジ達が三年に進級して間も無い日の事だった。

 シンジ、レイ、アスカ、トウジ、ケンスケ、ヒカリは揃って同じクラスになって
 いた。

 レイは誰とでも分け隔てなく話せるようになり、クラスの人気者だった。特に、
 アスカとヒカリは、何でも話し合える親友になっていた。

 「ふぅ……」

 レイは溜め息をついていた。そんなレイを見てヒカリが声を掛ける。

 「どうしたの、綾波さん?」

 「え? ああ、洞木さん」

 「また何か悩み事?」

 「……うん」

 「今度は何? 私が相談に乗るから言ってみて」

 「……ありがとう。あの……絶対に誰にも言わないでね」

 「もちろんよ」

 「実は、碇君の事なんだけど……」

 『やっぱり』ヒカリはそう思った。今まで、ヒカリがレイの相談に乗った時は
 100%シンジの事だったので、今回も大体は予想していた。

 「碇君とケンカでもしたの?」

 「ううん、そんな事ない。碇君やさしいから」

 「はいはい、ごちそうさま。それじゃ、どうしたの?」

 「あのね……。碇君、どうして私の事を名前で呼んでくれないのかな? って思っ
 て。だって、アスカは名前で呼んでるのに、私は『綾波』って名字で呼ぶでしょ?
 どうしてなのかなーっていつも思うの」

 ヒカリは頬が赤くなるのを感じた。時々レイは聞いている人が赤くなるような事を
 平気で言ってくる。それに慣れているヒカリでさえ、今の言葉で赤くなった。

 『今どき、十五にもなってそんな少女マンガのような事で真剣に悩んでいるなん
 て……』

 ヒカリは呆れるのを通り越して、レイの純粋さに感動すら覚えた。

 「……碇君、アスカの方が好きなのかなぁ?」

 レイはそんな事をつぶやいていた。

 「え、えっと……そんな事ないと思うよ。偶然よきっと」

 ヒカリにとって、レイもアスカも親友である。それに、アスカの気持ちも知って
 いるので、うかつな事は言えなかった。

 「そんなに碇君に名前で呼んで欲しいんだったら、碇君に頼んでみたら? 『私も
 名前で呼んで欲しい
』って」

 「えっ? そ、そんな、ハズカシイ……。それに、もし断られたら私……」

 「大丈夫よ。碇君やさしいから女の子が傷つくような事は絶対しないから。その事
 は、綾波さんが一番良く知っているでしょ?」

 「うん。だけど……」

 二人がそんな事を話していると、トウジがやってきた。

 「何や二人とも、深刻な顔して?」

 「ちょっと鈴原! 女の子二人が秘密の話してるのよ。男はひっこんでなさい!」

 「何や、イヤラシイ話か?」

 「何バカな事言ってるのよっ! 綾波さんだって困ってるじゃない!」

 「え? 私は別に……。そうだ鈴原君、碇君と仲良かったよね?」

 「オゥ、ワイとシンジは親友やさかいな」

 「じゃ、どうやったら碇君が私の事名前で呼んでくれるようになるか、分からない
 かな?」

 「? どういうこっちゃ?」

 「つまり、綾波さんは碇君に名前で呼んで欲しいんだって。アスカのように」

 「何や、そないな簡単な事で悩んどったんかいな」

 「何かいいアイデアでもあるの!? 鈴原君!」

 「要するに、綾波やのうて名前で呼ばれたいんやろ?」

 「うん」

 「それやったら簡単や。シンジと結婚したらええ」

 「え? 結婚?」

 「せや。そしたら『碇レイ』になるさかい、まさかシンジも綾波とは呼ばんやろ。
 自分の妻なんやから、名前で呼ぶはずや」

 「鈴原! 何バカな事言ってるのよっ! 綾波さんは真剣に悩んでるのよっ!」

 「ダメか? ええアイデアやと思たんやけどなぁ」

 「まったく……! 綾波さんも、こんなバカの言う事なんて無視して…… って、
 綾波さん?」

 ヒカリの思いとは裏腹に、レイは瞳を輝かせていた。

 「そっか! 結婚すればいいんだ。そうすれば碇君、私の事レイって呼んでくれ
 るんだ……」

 「ちょ、ちょっと綾波さん? あなた、まさか、本気で……」

 ちょうどそんな所に、シンジがトイレから戻って来た。

 「あっ、碇君!」

 そう言ってレイは席を立ち、電光石火の勢いでシンジのもとへ走っていった。
 そのあまりの素早さに、ヒカリは止める事が出来なかった。

 「碇君」

 「何? 綾波」

 「私と結婚してっ!」


 <つづく>


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