新世紀エヴァンゲリオン-if-

 外伝 壱 綾波のナヤミ

 - 後 編 -


 「碇君」

 「何? 綾波」

 「私と結婚してっ!」

 この瞬間、教室の中の時間が、凍りついたかのように何の物音もしなくなった。

 そして、しばらくたち……。

 「キャー 綾波さん大胆っ!」

 「碇! お前って奴は……いつの間に!」

 「なんてうらやましい……い、いや不純な事を……」

 「じゃ、アスカさんはフリーか」

 「ね、ね、どんなだったどんなだった?」

 と、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。口々に勝手な噂が飛び交い、人々の
 頭の中でイメージだけが膨らんでいた。

 「ちょ、ちょっとレイ! あんた何考えてんのよっ!いきなり結婚して、なんて」

 「え? あ、あの、そうすれば碇君、私の事名前で呼んでくれるかな、って思って。
 さっき相談したら、鈴原君がそうすればいいって言ってくれたから……」

 あんたバカ!? 名前で呼んで欲しいだけで、結婚するバカが
 どこにいるっていうのよっ!」


 「だ、だめなの?」

 「当ったり前じゃない! ……要するに、シンジに名前で呼んで欲しいだけなんで
 しょ?」

 「うん」

 「だったらシンジにそう頼めばいいじゃない」

 「え……でも……恥ずかしくって……」

 「結婚してって言う方がよっぽど恥ずかしいわよっ!!」

 「そうなの?」

 「ほら、シンジ! そういう事らしいから、名前で呼んであげなさいっ!」

 「え、え、何?」

 「いつまで固まってんのよっ! つまりレイはあんたに名前で呼んで欲しいだけなの
 よ。だから呼んであげなさい」

 (全く……そんな理由で結婚されてたまるもんですか! それならシンジにレイと
 呼ばせる方が遙かにマシだわ……)

 「何だ、ツマラン」

 「そうだよな。碇にそんな度胸あるわけないか」

 「綾波さんって……けなげ」

 「碇君、当然、呼んであげるんでしょうね?」

 クラス中が見守る中、シンジとレイは向かい合っていた。

 「ええと、あの、その…………レ……レイ

 「は……はい

 2人とも蚊の鳴くような声でそう言って、真っ赤になっていた。それも、顔だけで
 なく、身体中。

 「おー!」

 「ついに言ったぞ」

 「綾波さん、良かったわね」

 「それでこそ男だ!」

 「いやぁしかし、こんな少女マンガの一シーンを生で見られるとはな」

 「全く、長生きするもんですな。はっはっは」

 「綾波さん、おめでとう」 パチパチパチパチ

 「碇、おめでとう!」 パチパチパチパチ

 「おめでとう」 パチパチパチ

 「おめでとう」 パチパチパチ


 「父に、ありがとう」

 「母に、さようなら」

 「そして、全ての読者に」



 「おめでとう」





 「安心しろ碇。綾波のプロポーズはしっかり録画したからな。お前たちの結婚式の
 時にでも使ってくれ」

 その一言で教室中に笑い声が広がり、二人はますます赤くなっていた。

 『クッ! 相田のヤツ、余計な事を……』

 「と・こ・ろ・で。鈴原、まさか、逃げられると思ってんじゃないわよね~?」

 教室の後ろのドアからこっそり逃げようとしたトウジは、しっかりアスカに見つ
 かっていた。

 「お、落ち着け惣流! ホンの冗談やったんや。そ、それを綾波が
 真に受けて……」


 問答無用っ!!!!!

 「ヒーーーーーーッ!


 アスカの八つ当たりは、あまりの事にヒカリが止めに入るまで続いた。

 そして、この一件以来、レイとシンジの間が縮まった事は、誰の目にも明らかだっ
 た。



 「……ほんと、まるで昨日の事のように思い出せるわ」

 「あの時は心臓が止まるかと思ったよ。いきなり『結婚してくれ』だもんな。
 僕が同じセリフをレイに言うのに、どれだけ勇気がいったか」

 「でも、そのおかげで、今、私はとっても幸せよ」

 「もちろん僕もだよ。……でもレイ、あなたと呼ばれるのも嬉しいけど、たまには
 名前で呼んでくれないかな?」

 「うん! それじゃ、シ・ン・ジ

 「何だい、レ・イ

 「ス・キ

 「ぼ・く・も


 もしそばで見ている人がいれば、恥ずかしさで死んでしまうような会話が、碇家では
 毎朝繰り返されていた。それも、シンジが会社に遅刻寸前になるまで。

 なお、ケンスケが撮ったビデオは、碇家の家宝となった事は言うまでもない。



 あーーーっ、書いてて恥ずかしいいいいいいっ!

 もう逃げたーーーーーーいっ!!


 あ、それは読んでる人も同じか。


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 外伝 壱

 綾波のナヤミ <完>


 [もどる]