シンジがチンピラに襲われた翌朝、シンジは、レイ、アスカ、ミサト
に連れられ、ネルフ本部内の病院で精密検査を受けていた。
(昨夜のうちに病院に行くべきだというまっとうな意見もありますが、話の都合上
翌日になりました)
幸いな事に、シンジの身体に異常は無く、外傷のみにとどまっていたので、三人は
ネルフを後にして学校に向かった。
「碇くん、思ったほどケガが酷くなくて良かったね」
「ほんと、昨日は元気そうだったけど、朝シンジの顔を見るまで、ずーっと不安
だったのよ」
「私も、もし起きてこなかったどうしようかとずーっと心配してたの。これでやっと
安心できる」
「ごめんね、心配掛けちゃって。もう大丈夫だから。……ところでさ、綾波?」
「なに、碇くん?」
「だから……その……この包帯、取っちゃ駄目かな?」
シンジはそう言って、頭に巻かれている包帯を指差す。昨夜レイが巻いた包帯は
検査の時に外したのだが、その時付き添っていたレイが再び巻き直していた。
「どうして?」
「だ、だってほら、先生もそれほど酷いケガじゃないって言ってたし、このままの
格好で学校に行くと、また色々と騒ぎになる気がして……」
「碇くんが外したいと言うなら私は止めないけど……。ばい菌とかが入らないよう
に、ケガが治るまではそうしていて欲しい……」
「……はい、そうします」
「うん」 (にっこり)
シンジは、このまま学校に行って注目されるのが嫌だったが、真剣に自分の体を
心配してくれているのを拒む事ができるはずもなく、このままの格好で学校に行く
事にした。そんなシンジの横では、アスカがやれやれといった顔をしている。
「……それと、綾波?」
「何? まだあるわけ?」 (アスカ)
「う、うん」 (シンジ)
「なに?」 (レイ)
「その……かばん、やっぱり僕が持つから返してくれないかなぁーと思って」
「いいの。碇くん、私のせいでケガしたんだもの……。だから全部私が持つの」
「だから、綾波のせいじゃないって……」
「いいの」
「ま、いいじゃないシンジ、レイは責任感じてんのよ。それで気が済むのなら、
レイの好きにさせてあげなさいよ」
「でも、本当に気にしなくていいのに……」
「それとレイ、その角曲がったら、次は私が持つんだから、替わりなさいよ」
「えー」
「えー じゃない! 家からネルフまでとネルフからここまで持ってたん
だからもういいでしょ、私に持たせなさいよ」
「だって、今、私の好きにさせてくれるって言ってじゃない」
「それはそれ、これはこれよ。独り占めしないって約束でしよ」
「う、うん……分かった」
「分かればよろしい」
「え、アスカまで持つの?」
「当ったり前じゃないの。レイが持ってたんだから当然私も持つの」
「は、はは……」
「ふふ、シンジ、安心しなさい。学校に着くまでには返してあげるわよ。こんな
ところ見られたら、またケガが増えちゃうものね」
「はは、そうだね」
「でも、随分と遅刻しちゃったわね」
「ま、しようがないわね。まーミサトが学校に連絡入れてるし、どうせ遅刻なん
だからのんびり行きましょ」
「そうだね」
「ええ」
そして、三人はのんびりと学校へ向かった。
シンジ達が教室に入ったのはちょうど昼休み時間だったので、トウジ達がすぐに
駆け寄ってきた。また、クラスの生徒達もシンジに注目している。レイの包帯姿は
見慣れているが、シンジが包帯を巻いている姿は初めてなので、かなりざわついて
いる。
『はぁ~……やっぱりこうなったか』
「シンジ、そのケガどないしたんや?」
「ネルフの訓練でケガでもしたのか?」
「いや、そうじゃなくて、ちょっとケンカを……」
「ケンカ? 碇君が?」 (ヒカリ)
「それで相手は誰や? ワシが仇とったる!」
「それが、全然知らない人だから……」
「? どういうこっちゃ?」
「碇くん、私を守ってくれたの。それでケガしちゃったの」
「綾波さんを守る?」
「つまりね、シンジとレイが買い物に行った時、二人組の変なチンピラに絡まれた
のよ。で、その時にレイをかばってケガしたのよ」
「そうだったの……良かったわね、綾波さん」
「うん!」 (にっこり)
「……そうか、そないな事があったんか……しかしさすがシンジや。それでこそ
男や」
「それでシンジ、ケガの方は大丈夫なのか?」
「うん、今朝ネルフの病院に行って検査してきたけど、どこも異常は無いって
言ってたから大丈夫だよ」
「そっか、それで遅れて来たのか……。でもまぁ、無事で良かったな、シンジ」
「うん、ありがとう」
シンジ達が話し合っているのを、他のクラスメートも注目していた。そして、
自称『シンジのファンクラブ』の構成員達により、その話は瞬く間に
学校中に知れ渡る事になった。……もっとも、かなり脚色されまくって、人々
に伝わる事になるのだが……。
そんな事になっているとは知らずに、シンジ達の話は続いていた。
「……なるほど、それで自分を鍛えるために、部活動をしようっちゅうわけか」
「うん、いざという時に何もできないのは辛いからね。体を鍛えようかと
思ってね」
「でもシンジ、何で陸上部なんだ? 空手部とか柔道部とかの方がいいんじゃ
ないのか?」
「僕は別に、ケンカに強くなりたいわけじゃないんだ、ただ体を鍛えたくてね。
それに、ケンスケ達に追いまわされてるうちに、知らずに足が結構速く
なってるみたいだし、自分に向いてるんじゃないかと思ってね」
「う、それを持ち出すか……。しかし……何だかシンジじゃないみたいだな」
「え? な、何か変かな?」
「変ってわけじゃないけど……何て言うか……今までと雰囲気が違うって
言うか……」
「それはね、あんたとシンジじゃ心がけが違うからよ。あんた、誰かのために体を
鍛えようとか、何かを守るために体張ろうとかできる? それがあんたとシンジの
違いよ」
「目標持ってる碇くんってとても素敵なの。それに、その目標も私たちのため
だし……。とても嬉しいの」
『僕だって、今までに撮影してきた秘蔵フィルムを守るためなら、いくらでも体を
張るさ。でも、これ言ってもかえってバカにされるだけだろうし……とりあえず
話題を変えるか……』
「ところでシンジ、ネルフの訓練はどうするんだ? 部活やってる暇あるのか?」
「うん、僕もその事が気になってるんだ。多分、訓練とか実験とかが忙しくて、
まともに練習には出られないと思うんだけど、自分一人じゃどう練習していいか
分からないから部活には入りたいし……。だから、今日陸上部の部長に相談して
みようと思うんだ」
「ふーん……そうか。ま、大丈夫やシンジ。うちの学校の部活動は、良く言えば
おおらか、悪く言えばいい加減やから多分大丈夫や。頑張れやシンジ、
ワシも応援するわ」
「うん、頑張るよ」
そして放課後、シンジは陸上部の部室で部長と話し合っていた。ちなみに、レイも
部室の中へついていこうとしたのだが、アスカに『過保護にするのはシンジのために
ならない』とレイを説得したため、今は部屋の外で、アスカと二人でシンジの話が
終わるのを待っていた。
「……というわけで、練習には出られない日も多いと思うんですけど、陸上部に
入れてもらえないでしょうか?」
シンジは、ネルフの事をそれとなくごまかしながら、状況を説明した。
「……なるほど……話は大体分かった。君は随分と複雑な家庭環境にある
ようだね」
「え……ええ……まぁ……」
「しかし安心したまえ。我々陸上部は、来る者は拒まない方針だ。君の入部を
歓迎するよ」
「あ、ありがとうございます!」
「練習には都合のいい日だけ出ればいい。もちろん、タイムさえ良ければちゃんと
大会とかにも出られるから、しっかり頑張ってくれ」
「はい!」
『良かった、優しそうな人で……できるだけ部活動に参加したいな』
『……碇シンジ君か……何かと噂の絶えない男だな。確か、一番最近の噂では
日本刀や拳銃を持ったやくざから彼女を守ったという話だが……。
なるほど……その時のケガか……』
……かなり話に尾びれが付きまくっているようである。
『意味もなく もてまくってるわけではない……という事か。部に入りたいという
のも、大切な人を守りたいから体を鍛えたいという事らしいし……見た目よりも
ホネのある人間かも知れないな。ま、部活にはなかなか出られないという事だから
記録的には期待できないが、シンジ君が入部するという事は、学校で双璧をなす、
綾波君と惣流君が入部してくるだろうから、そっちの方が期待大だな』
と部長は思っていたが、この時点で大きな二つの勘違いをしていた。
(その一)
レイとアスカは、部長の予想通り、確かにマネージャーとして入部してきた。
しかし、陸上部のマネージャーとしてではなく、シンジ個人のマネージャーと
しての入部だった。
(その二)
シンジの足は、予想外に速い。
シンジがどの種目に向いているかをテストしたところ、短距離走においては陸上部
並みのタイムを記録し、他の部員、及びシンジ本人も驚いていた。ケンスケ達から
逃げ回っていたため、予想外に足が速くなっていたようだった。
当初、レイとアスカの二人を、個人マネージャーとして連れて入部してきたシンジに
対し、他の部員達はいい印象を持たなかった。
……無理もないな……。
しかし、実際に目の前でこれほどのタイムを出されては、認めないわけにはいかな
かった。それでも、心のどこかにあるシンジへの嫉妬心やねたみ、羨望などの感情
をどうしていいのか迷っていた。
と、その時、部長が話し始めた。
「お前達、確かに碇君はもてている。その事を羨んだり、ねたんだりする気持ちは
良く分かる。だが、碇君は意味もなくもてているわけではないぞ。陸上部に入部して
きた理由はお前達も知ってるんだろ?」
「…………」
「それに、今のタイムを見ただろう。うかうかしてたらすぐに抜かれてしまうぞ。
ねたむのもいいが、それより自分自身を鍛えるべきだとは思わんか?
……考えてもみろ、碇君は我々と同じラインに立った。つまり、碇君よりいい
タイムを出せば、綾波君や惣流君も我々の事を見てくれるだろう。
その方がいいとは思わんか?」
と、このやたら前向きな部長のセリフにより、全男性部員はシンジを認め、より
一層練習に打ち込んだ。そのため、部としてのレベルがかなり上昇したという。
こうして、碇シンジの陸上部員としての生活が始まった。
<つづく>