新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 拾四 サンドイッチ・シンジ


 「ねぇアスカ、大丈夫? 顔色悪いわよ。やっぱり保健室行った
 方がいいわよ」

 ヒカリは今日一日、アスカの具合が悪そうなのをしきりに心配していた。

 しかし、アスカは保健室や病室といったものが嫌いらしく、ヒカリの申し出を断り
 続けていた。

 「ありがとうヒカリ、でもほんとに大丈夫だから。授業も終わった事だし、帰って
 寝てれば治るわよ、きっと」

 「そう……。アスカ、無理しないでね。疲れてる時は休めばいいんだから」

 「うん、ありがと」

 「碇君呼んで来ようか? 碇君も随分と心配してたみたいだし……」

 「う……うん、お願い。あんなのでもカバン持ちくらいにはなるものね」

 『こんな情けないとこ見せたくはないけど……しょうがないか……』

 『アスカ、ほんとに苦しいのね。碇君に助けてもらう事を嫌ってるはずなのに……。
 でも、一人では生きていけないんだし、助けてくれる人がいるのなら頼ればいい
 のよ。意地を張ってもいい事ないんだから……』

 ヒカリは、シンジをアスカの元まで連れてきて、家まで一緒に帰ってあげて欲しい
 と伝えた。もちろん、シンジもそのつもりだった。

 「じゃあアスカ、帰ろう。カバン持つから」

 「……うん……ありがと……」

 「なぁトウジ、惣流のやつ、ほんとに具合悪いみたいだな……」

 「せやな、あなに素直に礼言うとるとこなんて初めて見たわ。まさに鬼のかくらん
 やな」

 「まったくだね」

 「うっさいわね! 私はあんた達と違って繊細なのよ!!」

 「そーよ二人とも! アスカが苦しんでるのに何て事言うのよ!
 謝りなさいよ!」

 「そーは言うてもなイインチョ、普段が普段やからなー」

 「そーそー」

 「ヒカリ、もーいいわよ……こんなの相手にしてるだけ時間の……む……だ……

 言い終わらないうちに、アスカは意識を失いかけた。

 ア、アスカ!? しっかりして! アスカ!!

 「アスカ、やっぱり保健室行った方が……」

 「い、いいの……寝てれば……治る……か……ら……

 そう言うと、アスカは今度こそ意識を失ってしまった。

 「どうしよう……保健室連れて行った方がいいんだけど、あれほどまで保健室を
 を嫌うのは何か理由があるのかも知れないし……どうしよう……」

 「委員長、僕が家まで連れて帰るよ。どうも疲れてるみたいだし、ゆっくり寝てれば
 少しは良くなると思うから……。悪くなるようなら無理にでも病院連れて行くから」

 「そう? それじゃあ碇君、お願いね」

 「うん、分かったよ。……アスカ、アスカ?

 シンジはやさしくアスカを揺すってみる。しかしアスカは一向に目を覚まさない。

 「え……と、どうしよう……」

 「碇君、アスカおぶって帰ってあげて

 「え? で、でもそんな事したら後でアスカに何されるか……」

 「でもこのままじゃどうしようもないし……。アスカには私から良く言っておいて
 あげるから。お願い、碇君」

 「う、うん……分かったよ……」

 「鈴原、相田君、手伝って。アスカを碇君に背負わせて」

 「しゃーないなー」

 「シンジ、役得だな」

 「な、何言ってんだよ! 僕はそんな事……」

 「そーよ! バカな事言ってないで早くしてよ! アスカを早く横にさせ
 てあげたいんだから」

 ヒカリは本気でアスカの事を心配しているらしく、必死になっていた。トウジ達も
 アスカの容体が悪いようなので、それ以上何も言わず協力し、アスカをシンジに
 背負わせた。


 ふにゅ


 『う、うわぁ~っ』

 背中に当たるアスカの胸の感触に、シンジはうろたえていた。

 『こ、これはアスカのためなんだ……ぼ、僕は別に何もやましい事してる
 わけじゃ……。そ、そうだよ、これはアスカのために……』

 「じゃあ碇君、お願いね」

 わーっ!! ご、ごめんなさい!」

 「え!? ど、どうしたの碇君?」

 「い、いや、あの、その……な、何でもない」

 「 碇君、アスカお願いね。ほんとは私も一緒に行きたいんだけど、今日は
 ちょっとどうしても抜けられない用事があるの。ほんと、ごめんね」

 「いいよ委員長、気にしないで。じゃあ僕はこれで帰るよ。あ、そうだ、アスカの
 カバン……」

 「それは私が運んであげるわ」

 「え? 綾波?

 「碇君のカバンも持ってあげるわ。惣流さんを背負って重いだろうから」

 「あ、ありがとう綾波、助かるよ」

 「そう。じゃ行きましょ」

 「うん」

 「シンジ、しっかりな!」

 「変な事考えんなよ!」

 「代わってやってもいいぞー!」

 クラス中の男子から温かい(?)励ましの言葉が飛ぶ。


 バーーーン!!


 しかし、ヒカリが机を叩き、睨み付けると、全員おとなしくなってしまった。

 「じゃあ碇君、よろしくね」

 「う、うん」

 『委員長って結構恐いかも……』

 そう思いながら、シンジは教室を後にした。


 「……しかし、惣流が倒れる事ですら信じられん事やのに、あの綾波が自分から
 手伝うとは……意外やったな」

 「ま、綾波も一人の女の子って事だな」

 「? どーゆうこっちゃ?」

 「ま、トウジには無理か……シンジもだろうけど……」

 『ほんっとにシンジとトウジはお子様だからな……。ま、確かに意外ではあった
 けどね。これから面白くなりそうだな……』

 と、ケンスケ一人が事態を把握していた。


 その後、シンジはアスカを背負ったまま家路についた。そのシンジのすぐ横には、
 二人分のカバンを持ったレイが一緒に歩いている。

 「綾波、ほんとにありがとう。助かったよ」

 「いいの。私が自分で言い出した事。碇君が気にする事はないわ」

 「でもやっぱりお礼は言っておかないとね。実際、一人でアスカを背負ってカバンを
 二つ持つのは疲れるだろうからね。ほんと、ありがとう、綾波」

 「……うん……」

 『でも私、どうしてカバンを持つなんて言い出したんだろう? いつもの私なら
 あんな事言わないのに……どうして? ……碇君と惣流さんがくっついているのが
 嫌だったから? 二人だけにしたくなかったから? どうして? ……良く分から
 ない。でも、碇君が喜んでくれてるから、私は嬉しい……

 レイがそんな事を思っていると、シンジの背中で眠っていたアスカが意識を取り
 戻した。

 「う……ん……」

 「あ、アスカ! 気が付いた? 具合はどう?」

 「……シンジ……」

 アスカは、しばらくはぼ~~~っとしていたが、シンジに背負われていると
 分かり、一気に赤くなり、慌ててしまう。

 ちょ、ちょっとシンジ!? 何やってるのよ! 降ろしなさい
 よ!

 「だめだよアスカ! 暴れないでよ」

 「何がだめなのよ!? こんな所誰かに見られたらどうするの
 よ!? それとも何? そんなに私とくっついていたいわけ!?」

 「ち、違うよ。そんなつもりはないよ、ただ……」

 「ただ、何よ?」

 「いつも元気なアスカが倒れるくらいなんだから、よっぽど疲れてるって事だろ。
 今歩かせてまた倒れたら困るじゃないか。だから、嫌だろうけど、家に着くまでは
 このまま我慢して。いいね?」

 「う、うん……」

 珍しく強気なシンジに、アスカは驚いてしまった。それに、シンジはやましい気持ち
 ではなく、本当に自分の事を心配してくれてるんだ、と思ったので、おとなしくする
 事にした。

 『……シンジ、今日はやけに強気なんだ……。いつもこれくらいだったらいい
 のに……。でもシンジの背中……結構広いんだ……なんだか落ち着くな』

 アスカはそう思うと、シンジの肩からだらりと下げていた両腕を、そっとシンジの
 首に巻き付けた。

 「え、アスカ?」

 「ありがと、シンジ」

 「う、うん」

 「………………良かったわね。気が付いたみたいで」

 な!? なんでファーストがここにいるのよ!?」

 アスカはてっきりシンジと二人きりだと思っていたのに、すぐそばにレイがいて、
 今の行動を見られてしまったので、恥ずかしさのあまり、怒ってしまった。

 「碇君が心配だったから」

 「はぁ?」

 「え、僕が心配?」

 「あ、間違えた。こういう時は、『あなたが心配だったから』と言うべきね」

 「……いーわよもう。どーせあんたが私の心配なんてするわけないし。社交辞令
 なんていらないわよ」

 「アスカ、そんな言い方ってないよ。綾波だって心配してくれてるんだよ。カバン
 だって持ってくれてるんだから」

 「ありがとう碇君、私は碇君がそう思ってくれてるのならそれでいいの」

 『……何よこの女、私だってシンジ一人が心配してくれてんならそれでいい
 のよ』

 「ね、碇君、一つ聞いていい?」

 「何、綾波?」

 「私が惣流さんと同じように倒れたら、同じように背負ってくれる?」

 「うん、もちろんそうするよ」

 「ありがとう。そうよね、碇君、優しいもの。女の子が苦しそうにしてると絶対に
 助けてくれるものね。初めてエヴァに乗ったのも、私のためだって葛城三佐言ってた
 し……」

 レイはそう言うと、ちらっとアスカを見る。

 「う~~~、この女、せっかくシンジが私の事心配して背負ってくれてるのに、
 誰にでもする事、として片づけるつもりね~!」

 「何よファースト、今日は珍しく絡んでくるわね。……ははぁ~ん、ひょっとして
 あんた、シンジに優しくされてる私がうらやましいんでしょ。だから
 そんな事言うんでしょ」

 アスカはレイをからかうつもりでそう言った。しかし……

 「ええ、そうよ」

 「な!?」 (アスカ)

 「え!?」 (シンジ)

 「私は碇君と一緒に暮らしてるあなたがうらやましいわ。今、背負ってもらっている
 のがうらやましいわ」

 『私、どうしてこんな事言ってるの? でも止められない。口が勝手に動いてる……
 これが私の本心?』

 「私も碇君に背負われたい。優しくされたい。代わって欲しい……

 「嫌よっ!!」

 「え?」

 「ここは私の場所なの。あんたにはぜ~~~ったいに渡さ
 ない!!」

 アスカはそう叫ぶと、背中に背負われたままぎゅ~っとシンジに抱き付いた。

 「あ、あの、ア、アスカ……そ、そんなにくっつくと……その……む……胸が……
 あの……その……」

 「ふふ、シンジ、私結構胸あるでしょ? ファーストなんかより絶対私の方がよ」

 アスカはそう言うと、ますます身体を密着させるので、シンジはただ赤く
 なるだけだった。

 アスカは勝ち誇ったようにレイを見る。


 ムカ


 『え? 何? 今の”ムカ”っていうの……私、嫌がってるの? 惣流さんが碇君と
 密着してる事を……。惣流さんが碇君を一人占めしようとしてるのを嫌がってるの?
 ……そう、そうなのね。惣流さんに碇君を取られたくない。私だけを見て欲しい。
 私も碇君と密着したいのね……

 「そう、あなたはそこ(シンジの背中)がいいのね?」

 「そうよ! ここ(シンジ)は私のものよ!!」

 「じゃあ私はこっち

 「な、何する気よ?

 「え、綾波?

 シンジはアスカを背負っているために両手が使えない。また、レイも三人分のカバン
 を持っているために両手が使えないので、シンジの正面に回り、そのまま
 シンジに身体をもたれかけてきた。

 !!!!!!

 「んなっ!?」

 「私は碇君に私を見ていて欲しいから前に回るの。あなたはずっと
 そこにいてもいいわ」

 ぬわんですっとぅぇえええ!?

 「どうして怒るの? そこがいいと言ったのはあなたよ」

 「私はシンジがいいって言ったのよ!!」

 「私も碇君がいいの」

 シンジは自分の身体を挟んで前と後ろ、自分の頭を挟んで右と左で繰り広げられて
 いる壮絶な戦いを最後まで聞く事もなく、その場に崩れ落ちてしまった。

 (ま、無理もない)

 そして、そんなシンジを、『面白そうだから』という理由でつけていたトウジと
 ケンスケは、この大スクープをビデオにしっかりと収めていた。

 「す、凄いものが撮れてしまった……どーするこれ……?」

 「どーするったって、決まっとる。シンジの幸せを皆に知らせて祝福するんや」

 「そーだね、これ見たやつらは絶対に祝福するね」

 「シンジ、お前が悪いんや。一人でええ思いしよるんが悪いんや」

 「そーそー、我々の祝福は天罰だと思ってくれ」

 実際にはシンジに罪は無いと思うのだが、そんな事は男子達には関係無かった。

 もっとも、崩れ落ちたシンジを二人掛かりで介抱しているところを目の前で見れば、
 そんな事は言っていられないだろうが……。


 次の日、シンジが学校で男子生徒+一部教師からどんな祝福を受けたか……は、
 各自の想像にお任せします。


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 外伝 拾四

 サンドイッチ・シンジ <完>


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