『ア、アスカが僕にキスしてる!?』


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 

 外伝 拾壱 勇気を出して、アスカ!

 - Cパート -


 「おおおおー!最近の子はなかなかやるわね」

 「あ、アスカが碇君にキスしてる? アスカが!」

 「うわーキスしてる! 私初めて見た」

 「あ、こらノゾミ! 見るんじゃない!」

 「えー!? おねえちゃん達だけなんてずるいよ!」

 「あんた達静かにしなさい! 気付かれるじゃないの!」

 部屋の外でこれだけ大騒ぎしているのだから、普通なら気付かれるはずだが、シンジ
 もアスカもそれどころではなかった。


 やがて、二人は離れる。

 あ、あの、アスカ……これは、その、一体……

 シンジは真っ赤になり、うろたえていた。しかし、シンジ以上にアスカの方がパニ
 ック状態だった。

 え、えと、だから……その……こ、これは……

 『ど、どうして私こんな事……。ど、どうしよう……えーと、えーと……』

 「そ、そうよ。こ、これは迷惑料よ」

 「え? 迷惑料?」

 「そ、そう。せっかく臆病なシンジが私の事を好きだなんて言えたのに、その想いに
 今は答えられないための迷惑料よ。そ、それ以外の何でもないんだから、勘違い
 するんじゃないわよ、いいわね」

 「今日はうがいしないの?」

 「い、いいのよ。今日はそんな気分じゃないから。そ、それと、こういうのは今日
 だけだからね。明日からはいつもの私、いつものシンジ、いつも通りの二人よ。
 いいわね。ベタベタするんじゃないわよ

 「うん、いいよ。僕はいつもの元気なアスカが好きだから

 シンジは一度自分の気持ちを伝えた以上、もう隠す気がないのか、さらっと言った。

 アスカは一瞬、きょとんとしていたが、すぐに真っ赤になり、うつむいてしまった。

 ば、ばか……

 そんなアスカがたまらなくかわいく思えるシンジだった。


 「う~ん、青春してるわね~」

 「いいなー、私もあんな風に誰かに言われてみたいなー」

 『アスカってあんなに可愛かったんだ。……それにしても、碇君って思ってたより
 ハッキリ言うのね。見直しちゃった』


 「アスカ」

 「な、何?」

 「帰ろうか」

 そう言って、シンジは手を差し出す。

 「うん」

 アスカは自然にシンジの手を掴み、立ち上がる。

 「ま、まずい! 出てくるわよ。早く隠れなきゃ」

 「ちょ、ちょっと! 痛い! おねーちゃん!!」

 きゃ、きゃ~っ!!

 シンジがドアを開けると、そこにヒカリ達が重なり合って倒れていた。

 「あ、あらー、もういいの。ゆっくりしてっていいのよ」

 「あ、あの、アスカ。これは、その、おねえちゃん達が覗こうとしてたから止めよう
 と思って……」

 「あ、ずるい! おねーちゃん自分だけいい子ぶるなんて!」

 「そうよヒカリ、あんただって覗いてたじゃないのよ」

 「あ、あの、アスカ……ご、ごめんね、そ、その……」

 「う、うん。ヒカリ、私の事心配してくれたんでしょ。あ、ありがとう」

 「アスカ、ちょっといいかな?」

 「え?」

 「碇君、ちょっとアスカ借りるわよ」

 そう言って、ヒカリはアスカを連れて部屋に入った。一人残されたシンジは、コダマ
 とノゾミにじろじろと見られて赤くなっていた。


 「アスカ、ほんとにごめんね。覗くつもりはなかったんだけど、つい……。でも
 良かったね。碇君、ほんとにアスカの事好きみたいじゃないの」

 「うん」

 「早く碇君に返事ができる日が来るといいわね。もう返事は決まってるんでしょ?」

 「う、うん」

 アスカは真っ赤になりながらも、嬉しそうにそう答える。あまりにアスカが嬉しそう
 にしているので、ちょっぴりいたずら心が浮かぶ。

 「ねぇねぇアスカ、さっき碇君が、『今日はうがいしないの?』って聞いてたけど、
 前にもこんな事があったの?」

 ヒカリにそうからかわれ、つい先ほどシンジとキスした事と、その事をみんなに
 見られていた事を思い出し、アスカは真っ赤になった。

 「ふふふ、ごめんねアスカ、冗談よ。でもいいなアスカ。碇君、あんなにはっきりと
 アスカの事を好きだと言ってくれてる。ほんと、うらやましいわ」

 「大丈夫よヒカリ。鈴原だっていつかきっと気付いてくれるわよ」

 「だといいんだけどね」

 「あ、あのヒカリ……その……」

 「分かってるって。今日の事、誰にも言わないから安心して」

 「う、うん。ありがと、ヒカリ」

 「じゃあ、碇君が待ってるからアスカを碇君に返さないとね」

 そうからかわれ、またもアスカは赤くなる。


 そして、シンジとアスカは玄関までやってくる。ヒカリ達三人も見送りに来ている。

 「ほんとに、夜遅くまでご迷惑かけて申し訳ありません」

 「いいのよ、気にしないで。何かあったらいつでもうちに来ていいのよ。もう覗い
 たりしないから」

 「おねーちゃん!」

 「冗談よヒカリ、そんなに怒んないでよ」

 「そ、それじゃあ、失礼します」

 「ヒカリ、ほんとにありがと」

 「うん。もう夜遅いし、気を付けてね」

 「じゃあ、おやすみ、ヒカリ」

 「おやすみ、アスカ」

 そう挨拶し、シンジとアスカは洞木家を後にした。シンジ達の影は街灯で伸び、
 まるで寄り添うようだった。

 そんな二人が見えなくなるまで、ヒカリ達は見送っていた。


 「さーてヒカリ、あの二人が一緒に暮らしてるってとこを徹底的に教えて
 もらうわよ

 「うん。私も聞きたいな、おねえちゃん」

 「もー! 絶対に人に言っちゃだめよ。いいわね、二人とも」

 「分かってるって。こう見えても口は堅いんだから」

 「さ、中入ろ」

 「絶対しゃべっちゃだめよ」

 そう言いながら、三人は家の中に入っていった。


 二人は、先ほどキスしたばかりなのでお互いに意識し、何もしゃべれないでいた。

 そして、ヒカリの家からかなり歩き、絶対に見えなくなった頃、アスカはそっと腕を
 曲げ、シンジの方に差し出した。

 「え?」

 「え、じゃないわよ。私を迎えに来たんでしょ。男なら女の子をリードするくらい
 しなさいよ」

 「だ、だって、こんな事はしないって……」

 「だ、だからそれは明日からだって言ったでしょ。きょ、今日はいいのよ、今日は。
 私を迎えに来てくれたんだから、腕くらい組まさせてあげるわよ、ほら」

 「う、うん」

 シンジはガチガチに緊張しながらも、アスカと腕を組み、歩き始めた。あまりに緊張
 していたため、その動きはポリゴンのようにカクカクしていた。

 「ちょ、ちょっとシンジ。そんなにくっつかないでよ。歩きにくいじゃないの」

 「し、仕方ないだろ。こんな事した事ないんだから」

 「全く情けないわね。たかが腕を組んだくらいで」

 「何だよ、そういうアスカだって手と足が一緒に出てるじゃないか」

 「う、うるさいわね。男が細かい事気にするんじゃないわよ」

 初めて女性と (しかも好きな人と) 腕を組んだシンジが緊張するのは当たり前
 だが、加持と何度も腕を組んで歩いた事のあるアスカは、なぜ自分がこんなにも
 緊張しているのか分からなかった。

 『どうしたんだろ私。腕なんて何度も加持さんと組んだ事あるのに。何でシンジと
 腕を組むとこんなに緊張するんだろ?』

 アスカは疑問に思い、色々と考えてみた。答えは案外すぐに出た。しかし、それは
 アスカにとってあまり面白いものではなかった。

 『そっか。結局、私は加持さんの事、年上の男の人として憧れてただけなのかな。
 加持さんも私の事、妹としてしか見てくれなかったし、今でもミサトの事を……。
 私は腕を組んでるつもりだったけど、ただ加持さんの腕にぶら下がってただけだった
 のかな。でもシンジは違う。私の事、妹扱いなんてしない。私の事を対等な立場と
 して、恋愛の対象として見てくれる。私の事を好きだって言ってくれる。だから
 かな? 初めてそういう男の人と腕を組んだから、こんなに緊張してるのかな?」

 そう思い、ちらっとシンジを見る。シンジは相変わらずガチガチで、前しか見て
 いなかった。

 『ふふ』

 そんなシンジを見て、アスカは緊張が解けるのを感じた。シンジと組んだ腕が、
 シンジの体温以上に温かく感じられ、嬉しかった。


 この日からアスカは少しずつ、ほんの少しずつだが、シンジに優しくなっていった。

 そして、アスカのこれまでの人生の目標、

 「使徒を倒し、自分の力を世に示す」が、

 「使徒を倒し、平和な世の中にし、そして……」

 に変わったという。


 シンジの想いがアスカに通じる日は、そう遠い日の事ではないかも知れない。


 新世紀エヴァンゲリオン-if- 外伝 拾壱

 勇気を出して、アスカ! <完>


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